緑
目の前に鎮座する代物
セロリ、パクチー、パセリ…
小鉢選り取りみどり
どれも選びたくない。どれも取りたくない。
セロリに至っては半径五メートル以内に近づきたくない
こんなに楽しくない膳…?は初めてだ
小鉢に少しずつ美味しいものを。目で楽しみ、舌で楽しみ、作り手の創意に思いを馳せながら
…加えて季節の移り変わりを感じながら、親しきものと談笑しながら共に同じ膳を頂く。
こちらを見てみよう。
小鉢にこんもりと苦手なものが。
目で楽しむ濃淡豊かな個々の緑の色彩
舌を刺す独特の風味と刺激的な香り
作り手の意図的な食材の選択
加えて、寒さがようやく和らいだ今日この頃。
季節を先取りし過ぎた暑さ溢れる季節外れの食材
極めつけが、膳の乗るサイドテーブルを挟んだ向かいには無言のマルコもとい殿下
…その後ろには膳を運んできたアコヤが控えている
昼には粥と薬の口直しに用意されたダージリン。
救いを求めて配膳台を見れば薬各種のみ
ガラスのピッチャーに入った水は…
未だ注がれる空気は、ない。
薬を飲む用でしか提供しないとばかりに、グラス一杯程。殆ど入っていない…
「…いただきます」
呟けば、声が静かな室内に、耳障りなほど通って聞こえた。
鼻を摘まんでかきこむわけにも、飲み下す訳にもいかなそうだ。
箸を取り意を決してセロリに…
『そういえば』
箸から再び小鉢に戻るセロリ
マルコの声に目をあげれば
『これは俺が指示をだして用意させた。せっかく膳にしたんだ、味わって感想でも言いながら食べてくれると幸いだが?』
腕と足を組んだまま、此方を見ながら何を言うかと思えばこれか…
念押ししなくともその魔力やら視線やら、
空気の圧力で嫌でも理解してるって…
そもそも膳って、三鉢だけで言わないんじゃないかとか
感想なんてわかりきっているだろうとか
これだけ俺の好みの真逆の物をアコヤは知るわけがないだろう、俺の指示だなんてわざわざ今思い出したようなわざとらしい演技はなんなんだ!
…とか言葉がついて出そうになるが
「…御意」
喉元まで出かけた言葉を飲み込み飲み込み…
再び小鉢へ箸を進める…
シャクリと繊維を押し潰しながら広がる青臭さと鼻を通る香り
雑草としか思えない…
ふわりと噛みごたえのない添え物…
…シャクリ
一種類なら一種類済ませて食べたらまだましだろうに
えぐみ、香りに味、三位一体どころか混沌だ
食べ合わせもあったもんじゃない
…シャクリ
膳だと言うなら膳なのだから
ばっかり食いなど出来るはずもない
積み重なる、舌に残る味
…シャクリ
声を出せばたちまち込み上げてきそうだ
無理矢理に噛んで飲んで
噛んで飲みこんで
…
…
シャク…
口のなかに残ったまま
飲み込めない
…
無理矢理に口に運ぶ
押し潰したなにかがどんどん頬にたまっていく
…シャク
箸が進まない
もう食べたくない
言葉なんてでない
冷や汗が気持ち悪い
口のなかに残ったままの蓄積物
箸を握り締め
興味もない絨毯の柄を凝視しながら
ゆっくりと少しずつ胃に押し込んでいく
…後少し。
後。少し
「…つっ」
見れば、残る2かけらずつ
『何だ?…ああ、食べ進めながらで良いぞ?』
震え、力の抜けた手から落ちかけた箸
左手で腕を掴む
「…いえ、なんでも…ありません」
…シャク
シャク
必死の思いで箸を運ぶ
…後三つ
後二つ
後一つ…
シャクリ…
これを飲み込めば終わりだ
終わりだ。
頭にはもはやそれだけしかない
カチャ
最後だ
最後と
奮い立たせて飲み下しながら箸を置き…
『ああ、感想もなにも言わないのはまだ食べ足りないのか…追加でも持ってこさせようか…』
「…」
絶句
思わず顔をあげて見る
変わらない…いや更に無表情
『…アコヤ、追加だ。多めに持ってきてやれ』
後ろに視線をやりながら、なんてこともないそれが当然だとばかりに指示を出す
箸を置きかけたまま、硬直化した俺を待つことなく話が進んでいく…
「かしこまりました…」
ちらりと視線をこちらに向け、踵を返し瞬く間に退出していく
…ただ、ただそれを目で追った
セロリ、パクチー、パセリ
個人の好みです…
好物の方には申し訳ない。




