日常4
オリゼの隣の席
既に店に入っていた客
食事も終えたというのに、何をするでもなく居座る
店には他の客はもういない
「なあ、マスター」
「なんだ?」
「さっき出てった子だけどよ…」
「ああ…」
「危なっかしくて見てられねえ…何処の坊っちゃんだい?あれ」
「…俺が知る訳ねえ」
「…嘘こけ」
「はあ…そう言うお前こそ、感づいてるんだろ?騎士様?」
「釣れねえ…そっちこそ貴族様だろうに」
「…たまたまその家に生まれだけだ。ほら、食ったら出てけ!
何時まで居座るつもりだ?もう暖簾も下げたんだ」
絡んでくる客をあしらいながらも、
手早く皿を洗い、キッチンの片付けを済ませていく…
「へえ?普段より閉店時間が早いし、
店仕舞いも…もう済ませたんだろ?気になって追うつもりだろ?」
「何言ってやがる」
「気になるんだろ?こんな下町に何しに来たのか興味津々だろ?
証拠にもう洗い物も火元も…戸締まりもしてるじゃねえか」
ニヤニヤしながらカウンターに肘をつき、
此方を見ている
「分かった分かった…あの坊主が皿を受けとるときに見えたんだ
まあ、故意的に見るつもりだったが」
溜め息をつきながら漸く吐いた。
食器を拭き、棚に戻して
前掛けを外す、
所定の壁に引っかけてカウンターから出てくるマスターにニヤリと笑いかける
「流石、貴族様の手腕は凄いなあ?」
「お前だって見てただろ…」
「まあな…で、どうする?
最近噂になった男爵家次男が何するのか…」
根が生えるのではないか、
そう思うほど座ったままだった腰をあげ
すんなりと立ち上がった
「良いから先に出ろ、追えなくなるぞ」
「了解」
………
「…見失った、か?」
「ああ、そうここらで滞在するわけ…居たぞ」
定食屋のマスターに、
騎士とも思えぬ着崩した下町に馴染む着衣
店前、通りを隈無く眺めるも何処にもその姿を捉えられはしなかった。
諦めるか…そう二人で踵を返そうとした時だった
目の前の武器屋から出てきたのは
先程美味しそうに自身の料理を食べていた坊主に間違いない
「…何やってんだろうね?」
騎士から聞かれるが俺にも分からん…
頭をふりながらも、隣の青果店に入っていく姿を目で追う
「なあ、貴族向けの剣なんて取り扱うようになったんだっけ?」
「いや、騎士向けとしてもギリギリ。実際、お前の知識通りの品揃えだ…今でもあれは傭兵位しか使わない」
「なんか買ってたけど…短刀かな?
小さい紙袋だった…」
「…何に使うんだ」
ぼそり、独り言のように口から出た言葉に
本当にねぇ…そう呟きが返ってくる
「…あ、出てきたよ」
「もしやとは思うが…店先の特売品だよな?」
「…うん、根菜のまとめ売りのやつだね」
「値段は…」
「2ルース」
「…俺の目がおかしい訳じゃないな?」
「うん…あそこの家って困窮してるの?」
「な訳ねえだろ…問題はあったが元々裕福な方だ。
現当主も中々のやり手、それに嫡男は有望株。
次男とくれば、皇太子と仲が良い…らしい、…これを見る限り信じられないが」
「…そう」
斜向いの雑貨屋に足を向ける次男
青果店の店先の特売品を見る振り…いや、確認しながら小声で会話する
…店先で籠に無造作に入れられた商品
埃も被っている
流行どころではない
そもそも商品として価値があるか…それすら疑問だ
その筈だが…
「なあ…そんなに気分が上がるほど良いものって入ってるか?」
「いや…てか4点で1ルースって書いてあるよ…」
「…自身の情報が間違ってる気がしてきた」
「少なくとも…次男であることは確認した…よね?」
こめかみを揉みほぐしていると、
自信なさげに確認してくる騎士…
軽く頷きながらも、
店先で籠の中から何やら選び続けている様子を眺める…
「…今見てる限りでは、俺の店の売り上げが一番高い。
が…3ルースだぞ?それも、もいもい…美味そうに食ってた…」
「…薄利。高級とは言えないけど、確かな質の材料使ってるよね?」
「まあな、だが貴族の口に合うとは…思えない」
「そうだよねえ…」
話していれば、何やら選び終えたようだ
…
退色しかけたインクに…
質の悪い雑紙が束で纏めたもの
石鹸の端切れの詰め合わせ
安物のネックレス2本セット…
近くを通りすぎるようにして見れば石を嵌めるトップの金具にはガラスすらも入ってはいない
「…」
「…おいおい…そこらの儲かってないギルド員の奴等でももっと良いものを買うぞ?」
「…嬉々として、良い買い物した!って顔してたけど」
「…嘘だろ?」
「嘘ならもう少し最もらしいこと言うよ…」
「…」
「…」
隣の店先で足を止め、店先から出てくるその表情を見て
二人して無言になる
何処に次は行くのかと思えば…
真っ直ぐ此方に向かってくる
目配せをして店の奥に進み、商品を選ぶ振りをしながら棚越しに伺えば、
店先の客寄せ用のセール品
…
またそこで足を止めるのか?
先程買ったネックレスのトップにでもするのか…
…輝石、準貴石、どれもトップにするには華がない
まして貴族なら、手にもしないだろう…
だが、
質の悪いそれらを、籠の中から…
取り出してはトップの金具に填まるか確認しながら真剣に選んでいた




