殺陣
「お待たせ致しました」
「来た来た!」
「オリゼ、練習場で良いのか?」
…大丈夫だろうか?
普段とあまりにも違った犬が二匹…
まだ落ち着かないのかと、溜め息が落ちる。
「その隣の…採集を先にしても宜しいでしょうか」
「構わないよ?」
「あの森みたいなところか…何を採集するんだ?」
「有り難うございます。…蒲公英と、熊笹ですね」
ラピスとオニキスは急かすまでもなく、
早い足取りで進んでいく
それにただ付いていった…
…
…
もう人目はない。
それを良いことに先陣をきる…
サバイバルナイフで薙いで、踏みしめながら
熊笹の密集地帯を進む。
後続の二人が通りやすいように
風呂敷を袖から出して、
目についた艶のある熊笹の葉を採っては入れていく
抜けきれば…
沢の涼しげな音が耳に入ってくる
そのまま歩みを進めれば、
この前見た大きな倒木のある、少し開けた場所に出た
「そこで待ってて、後は蒲公英だけだから」
「…分かった」
「ねえ、オニキス」
「なんだ?」
「オリゼ、楽しそうだね…」
「確かにな…」
木々を避けながら進んでいく背中
少し離れた所に見える浅黄色の羽織は風に靡いて
何処か羽を伸ばしたように楽しげに見える
ラピスがそれを見て言っている訳ではないことは分かる
実際に生き生きしているのだ…
「たまに…付いてこようか」
「そうだな、ここなら誰も入ってこなさそうだし」
ラピスと久々にゆっくりと話が弾む。
ラースについて、
別人格の説明もしていなかったと…気苦労かけて悪かったと言ってくる…
「で、何で戻った?」
「ラース…あいつがオリゼにやり込められたから」
「…は?」
「勿論オニキスと同じ、僕は他人格の話をオリゼにしたことはないよ…
それでも俺ではないと感じた、多分感受性の高いオリゼには違和感があったんだと思う」
「俺は…」
「オニキスは気付かなかったって凹んでるの?」
「…気付けなかった、別人格だなんて思わなかった」
「ふっ…」
「おい、何がおかしい?」
俺だってラピスの親友に変わりない、
それでも気付けなかったと…後悔か悔しさか…
感情を滲ませて答えれば何故か吹き出すラピスに、剣呑な視線をやる
「ねえ…ラースが何で逃げたか、俺が戻ってきた理由…分かる?」
「いや…」
「お前もラピスだって、そう言いきった。
俺ですら認めきれていないから人格が解離しているのにさ…
酷く扱われても親友には変わりないと言って警戒心も取り払ったらしい」
「くくっ…敵わないな」
「でしょ?
だから凹む必要はないってこと…オリゼ曰く、ラースも俺…ラピスらしいから」
「なんだその理論は…くくっ」
ラピスは、
別人格に入れ替わった事を気付けなくてもそれはラピスには変わりなかったのだから当然だ。
そう言った…
そんな論理、通じる筈はないのに…
己も自身だと認めないから別人格として解離していると言ったのにも関わらず…
オリゼがそう言うのならそうだろうと、俺が凹む要因も無いのだと言う
「本当に…そういう変なところ、真似できないよねえ…」
「言えてるな…」
馬鹿だよねえ…ラースの危険性、
感受性が高ければそれも分かった筈なのに…
そう呟くラピスに
お前だって十分危険だろうと言えば、
少し寂しそうに笑いながら…なにそれと噛みついてくる
そんな話をしていれば、
用は済んだのか…
話題のオリゼが此方に向かってくるのが見えて互いに会話を止める
…
「…何をそんなに楽しそうに話してるんだ?」
「んー?秘密」
「秘密だ?おい、オニキス?」
「…蒲公英、どうする気だ?」
「コーヒーの代用品…やっぱり朝はコーヒーでないと。
…てか、答える気ないのか」
「ないな…それと、蒲公英に目覚ましの効能はないぞ?」
「おい…まあ味が似ていればそれでいいんだ、それと元々効かないのは知ってるだろ?」
「まあな、で?」
目覚めの一杯、
それにカフェインが含まれていようといまいと俺には効かない
オニキスが味は似ていたとしても効能はないと、口を挟んだのは…
俺がカフェイン目的ではないと知りつつも、
蒲公英を飲むことを止めたかったのかもしれない。
ただの習慣ではある…
だが習慣であるからこそ、紅茶や白湯で代用しても気分的に目が覚めないのだ
欠かせないから仕方ないじゃないか…
何を二人で会話していたかも気になると言うのに…
言及する時間も無さそうだ。
そう、もう手合わせをする気らしい
やる気満々な様子に…
今更お前の求めるレベルまではついていけないと…言えはしなかった
「…急かすな、慣らしてからだろ?」
「ああ…」
倒木から立ち上がったオニキス
その近くに風呂敷を置いて、袖に手を入れる
襷掛けをしながらオニキスを諌める
「…ラピス、お前は?」
「んー、気分が乗ったらやるよ」
「そうか」
髪を結わえ直して、オニキスの方へ向き直る
「…物好きだよな、オニキスも」
「何がだ?」
「俺はあまり…良い練習相手にならないと思うが?」
「…手、抜かないよな?」
「…勿論、慣らしてからだけどね」
もしやここまで来て反故にしないだろうなと
そんな表情をするオニキスに…
思わず肩をすくめた
「…行くよ」
「ああ、来い!」
髪を結わえ直した後、ベルトから剣を引き抜いて言えば
待ちわびた
そう顔に書くように、
ニヒルに吊り上がった悪友の顔は
…本当に、
本当に楽しげで…
此方まで口角が上がるのが鏡を見ずとも自覚出来た
自身のタイミングで斬りかかりに行く
キィン
キィン…
冷静に…それでいて余裕を持て
顔を上げ続けろ
授業通りの型の繰返し
それでも楽しい…
剣筋から次の型を読んで、退くか構えるか
どの太刀筋で行こうか
次第に体が動くようになる
力も剣に乗ってくる
腰を落として、大きく横に薙ぐ
オニキスが飛び退くのと同時、同じく後ろに飛び
距離をとった
「肩慣らしは済んだか?」
「…っはぁ、じゃかしいわ!」
息が乱れている…
指摘されなくても自身でも分かるほど
それを見て嘲笑っているのではない
整える必要のない、
平常時と変わらないそのオニキスの呼吸に…
余裕綽々、始める前と同じ笑みで此方を見返してくる
明らかに俺の回復を待つ素振りに苦笑で返す
…肩を借りるさ
差があるのは分かっていた
それでも楽しんだものの勝ちだろうと
何度も落ち着くまで深く空気を吸い込んだ
「…休憩挟むか?」
「っ…冗談じゃねえ…漸く温まってきたところだ」
「言うじゃねえか…なら今度は此方から行かせて貰う!」
「望むところだ!」
暫く…一、ニ分経っただろうか
頃合いを測ったオニキスが発破を掛けてくる
ここまで待ってもらって…休憩等取るなど言う筈もない。
俺の気性も、性格も、
返ってくる答えなんて知っていてそんなことを言うものだから…
売られたものは買うさ…
地面に突き立てた剣を引き抜いて構え直しながら
その言葉を買うと、
地面を蹴り上げて先程までの
ニヒルに笑ったオニキスが本当に楽しそうに向かってくる
ギィーン
初手の重い一手を何とか流し受け、
体勢を整える
薙ぐ、避ける…退く
そこから生まれる僅かに生まれた隙に受身から攻撃に転じる
その繰返し
切り返され、隙が生まれる
痺れるような重い斬撃受けながらも、必死に…活路を見出だそうと足を動かして刀身を振るう
酸素が薄い…
喉が切れるように呼吸が荒い
型が単調になる…
予備動作の少ないものばかり、これなら手数も型も容易に読まれてしまう
何とか立て直さねば…
距離を一旦稼ごうと横に風を切るように大きく薙ぐ
そしてその隙に後ろに退く
…誤算だった
思っていたより疲労で重くなった脚が…動かなかった
その一瞬
リーチから外れることなく
正面ががら空きになったのを見逃してはくれなかった
ぴたり
左肩に置かれた剣
「…っはぁ…はぁ…」
「オリゼ」
「…っ…はぁ、…参っ…た」
剣を引いて、
目を瞑る。
続行の意思がないことを明示する
勝敗が決したことを…口に出した
…
荒い呼吸が落ち着かない、
肩で息をするせいかやけに存在感を感じさせる
負けたと認めたにも関わらず…
呼吸を整えながら暫く待ってみても、
それでも引く気配はない。
視界を閉ざしたまま、
変わらない肩の重みに…
いい加減引けと、そうオニキスに言葉を掛ける代わり
下げ持っている剣を地面に突き立て、
手を離した




