調整35
「…ラピス、もういい」
「駄目だからね…終わってないの分かってて言ってるでしょ?」
食後にマッサージするからとのその言葉通り
ソファーに横たわってされるがままになっている
体がぽかぽかしてくる…
血液と疲労が押し流されていく
時折、手首や足首を掴まれるのは
多分跡が残っていないか…
確認も兼ねて念入りにしているのだろう
「…終わったよ、最後にシャツ脱いで」
「は?」
「腕回り確認するから、太股を確認しないだけましでしょ?」
「…」
「僕が脱がせようか?」
「…分かった、分かったから」
釦に手をかけようとするラピスの手を払って
自身で外していく
…が、
何故オニキスも立ち上がって此方にくるんだ?
脱ぎ去ってから、気づく
傷跡か…?
やけに左肩を見てくると思った
「…オリゼ」
「ちゃんと治ってるだろ…オニキス」
「確かにな、でラピス」
「ん?…ああ、こっちも異常ない…もう着て良いよ」
二人がかりで俺の身体を診る…
その行動に
信用がないと、そして心配し過ぎだと感じる
「…過保護だ」
「ねえ、オニキス…今なんて言ったか聞こえた?」
「いいや…なんか聞き捨てならないような台詞なのは分かったが」
「だよねえ…折角仕舞ったけど、また出番かなあ?」
「かもな…」
ニヤリと悪どい笑みで二人、からかってくる
確実に聞き漏らしもしていないだろう、
悪友達に肩を竦めて返事がわりにする。
本気じゃない
冗談だと分かるから放置しても構わないだろうと判断した…
釦を掛け終えて、背もたれに沈んだ
「で、この後二人はどうするんだ?俺は選択講義までしか時間とれないが」
「俺は特にないな、なんか久々にやるのか?」
「んー、僕も特に無いしね」
「…おい、オニキスは分かるとしてだ。ラピス、ルークをどうするんだ?」
「放置?」
やることが特にない?
ルークの処断をしたりする必要があるんじゃないかと…
寝ていた間に完全に済んでいないことは、
起きてからラピスの行動から分かっていた。
それなのに放置?
あまりに残酷だ…
「いや…俺に聞かれてもな。てか、どうなったんだ?許してやったのか?」
この状態が、
ルークへの罰であるのか…
それとも許されず首になる前のカウントダウンであるのか
最終的な結論を聞かずに寝た俺には分からない
「あの状況下で二度寝されるとは思わなかったよ…本当に寝てて顛末分かってないの?」
「御名答…寝てたから分からない」
「肝が座ってると言うか…抜けていると言うかオリゼは変なところあるよねえ」
「お褒めに預り光栄だ」
「誉めてあげるよ…したくないけどね」
「…で、ラピス。オリゼの斯々然々については聞いたが、何かあったのか?」
折角のボケにも突っ込まず、流してくれるラピス。
心底呆れたようにオニキスに伺ってくる目…不名誉だ。
変なところがあるって…
そもそも
元から二度寝することは俺の親友をしていれば分かっていただろうに…
それを止めなかったラピスが悪い。
一先ずルークへの処断が、
最悪にならないと思ったから眠気に従ったまでなのだから…
…
「んー大まかに言えば、命令違反一つに勝手な行動三つかな」
「首もんじゃねえか…」
「そ、解雇しようかとも思ったんだけどね…
オリゼが庇うから、今回は赦すことにしたんだよ」
「…訳がわからねえ」
ラピスが話し始める
その無いように眉間の皺を刻んだオニキス
首ものなのに、俺が庇うだけで免れた
重いのか軽いのか…
そりゃオニキスでも訳もわからなくなるだろうな
てか…
「オニキスちょっと待って。…計三回の間違いだろ、ラピス」
「いや、四回で間違ってない、
てか、気づいててルークの減刑でも更に計るつもり?」
行動三つと命令違反一つ
そう言うラピスに話に割って発言する
そんなに多くはない筈だと、
本格的に雲行きが怪しくなる前に止める意味を込めて…
「…何のことだか分からない」
「一つ、僕を戻せと勝手にオリゼに頭を下げに行ったこと
二つ、仕事に口出ししたこと
三つ、命令違反で枷を勝手に外した事
四つ、枷を外した事を隠そうとしたこと」
「枷は外されていない…隠くそうとしたことも未遂だ、
ルークはやってはいない」
「方便だな…就寝前、朝はいつも通りの時間にとルークに言った。だが、早く起きて待っていたら…
案の定その時刻よりも随分と早くにここにルークは入ってきた…何のためだろうね?」
「…部屋の整理でもするつもりだったんだろ」
「無いね、ルークはソファーに一直線で向かってこようとした」
「ちっ俺の世話と…鎖を外した隠蔽か」
「その通り、俺が禁じた…ね?加えて俺を憚ろうとした。
朝俺が来る前に枷を繋ぎ直せばバレないとでも思ったのか…オリゼの為なのかは知らないけど」
「…」
「ん?色々考えれば…六つかな?」
「…考えなくていい」
結局全バレじゃねえか…
何が上手く立ち回りますので、だ
呆れた
本気でラピスがルークを首にする気は無さそうだったから、
俺が口出しした程度で何とかはなった
…
そもそも自分の擁護すら出来ない癖に…
いつもの精彩さも機微も知能も発揮しないで
馬鹿なのだろうか…
ソファーの背越しにチラリと見れば、
変わらない姿勢でずっと居るようだ。
あんなに気詰めて…
…体壊すぞ
「…つまりは、全てにオリゼが絡んでいて
オリゼが庇うことでその分酌量したのか?」
「半分は当たり、命令違反と口出し…最初の二つなら軽く済まして上げようかと思ったんだけど…
仕事に関わることで憚ろうとした事は赦せなくてね
オニキスなら分かるでしょ?」
「…まあな
てか、仕事って?」
…
オニキスがラピスに聞くも、
そのラピスは一向に答える素振りを見せない…
そればかりか俺に目をくれてくる、
なんのつもりだ?
「オリゼ?」
「ああ?」
「今の俺の仕事」
「…それがなんだ?」
「オニキスが教えてほしいってさ」
「てめえの仕事だ、自分で言えばいいだろ」
「じゃあ…仕事の続きでもしようかな?
邪魔されたり中断させられた…最終確認も兼ねてね?オニキスの理解も見た方が早いだろうし」
ラピスのからかう様で、何割かは本気で思っている声にげっそりする
俺が言いたくないことを知っていて言わせるつもりらしい…
「…冗談じゃねえ」
「ルークの減刑、考えてあげなくもないけど?」
「ちっ…オニキス、一度しか言わない。
こいつの今の仕事は…俺の枷作りだ、殿下がパトロンのな」
オニキスが何とも言い難い表情をする…
俺だって好き好んで巻き込まれてる訳じゃない
きっと朝の光景から色々と想像でもしてるのだろうが、
一刻も早くその思考から此方に戻って頂きたい
「…ラピス、考えるだけか?それでもいいが…俺はもう部屋に戻る、やること溜まってるんだ」
「連れないね…何するの?」
「さあな、ラピスには教えてやらない」
意地悪には意地悪を
聞きたいことには答えてやらないと素知らぬふりをする
眉を下げたそのラピスの反応に、
オニキスも気付く…
「…オリゼ、何するんだ?俺には教えてくれるだろ?」
「オニキス…そういう問題じゃない」
「さっき、予定を聞いてきたのはオリゼだろ…俺は答えた。筋が通らないぞ」
今此処でオニキスに話せば、
ラピスも聞くことになることを知っていて聞いてきたのだ。
筋が通らないと言って、俺ではなくラピスを庇ったのだ…
「お前らと遊ばないなら、野草を採りに行く…ついでに剣術の練習でもしようかと思ってた」
「は?苦手なのにか?あの剣術嫌いのお前が?」
「え?オリゼ…自主練するの?」
二人とも前のめりに聞き返してくる…
だから言いたくなかった
絶体付いていくとか…
一緒にやろうとか…
キラキラした目と黒い犬みたいな期待に溢れた顔をするな
…
聞き間違いじゃないよな!
とか二人でごちゃごちゃ確認し合っている
その様子に、
ソファーにもたれ掛かったまま…
腕を顔の上に置いて騒ぎが収まるまで場外を決め込んだ




