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契約



そんな考えに浸っていると、

噂をすれば陰というのは本当に諺になるほど必然的に起こる事象のようだ


ガチャリ



扉をみれば傍仕えのアコヤを連れて入ってくるマルコ…

早速謝罪の機会が訪れたようだ


しかし何事だろうか?

何事かと思ったのは単に

用事の伝達ならアコヤに任せれば良いだろうにと考えただけで…

だが、そんな不審げな感情が顔に出ていたのだろうか

みるみる、

マルコの不機嫌な表情が更に不機嫌になっていく



ベッドに入ったままでは流石にと

手に持ったままの封筒をサイドテーブルに置き、急いで立ち上がる

これ以上の機嫌の悪化は阻止したいと…

マルコの前に進み出て一礼をする



「面を上げろ。契約書だ、確認して署名しろ」

その端的に言われた言葉に

焦燥感が増す…


頭を上げれば

マルコは更に不機嫌な表情を隠すこともなく腕組みをしている

それだけしか言うつもりはないらしい、

意を汲んだ…後ろに控えていたアコヤが書面を差し出していた



「…」

侍従見習いの契約書か…

差し出されるまま受け取り無言のまま、読み進めていく



月給は80ルース

土日の二日勤務

土日が学園の行事等の場合、振休扱いとし勤務日を長期休暇等に相当数振る。

侍従見習いから侍従になった際は改めて契約更新



思ったより甘い

いや、甘甘だ。





「…殿下、ありがとうございます」

自然と一礼していた


頭をあげれば、またもや目の前に差し出されていた万年筆を取り署名していく

周りを見渡すも捺印はない…

全く意味のない行動だというのに体というのはそう無意識に動くものか、

寮の自室でも自身の屋敷の部屋でも無いから捺印はあるわけもない


あまり誉められた方法ではないが…

そっと溜め息を吐きながら仕方無しに魔力を集めて拇印を押す

署名を再確認して無言で待っているアコヤに返した




「殿下…ご確認を」


「ああ、そう言えば。見習いとは言え侍従が最下位クラスと言うのも箔がつかないな?」

俺の署名を確認し、

最終チェックを促すアコヤからマルコが契約書を受け取り

…紙面を確認して、顔を上げる。

アコヤに問題はないと目配せだろうか

契約書を預けたマルコが

…とふと気付いたように俺の方に振り返り言う台詞は…


「…精進致します」

目礼して答えれば、気がすんだのか不機嫌な表情は普段通りの顔に戻っていく

ほっとしたのも束の間


「アコヤ、後は頼む」

踵を返し出ていった



嵐のように、ではないがやることを済ませて突風の様に去っていった…

険は取れたものの

雑談もなく

突き放し責めるような言い方をするのは…

紛れもなく俺に対して怒っている証拠だ






「…」


「…」



それはそうと、この無言の空気はなんだろうか?

残された者通し互いに向かい合い、目もあったまま…



なにかあるのか?そう感じるも目礼し、

上司になったアコヤの視線を切って洗面台に向かう。

誉められた行動ではないが…

そういや、起きたばっかりで目が覚めていなかった…とっくに覚めたが、封筒に目を通したら顔を洗おうと思っていたんだと思い出したからだ



冷水が気持ちいい

顔を洗い終え部屋に戻れば解凍されたアコヤが物言いたそうな表情を浮かべていた



「お待たせしました?」

疑問符がつくのは諦めて欲しい


「契約書の控えです」

「…頂きます」

そう差し出され、

受け取り文面に目を落とす…成る程

物言いたげにしていたのはこれのことか。

受け取った契約書の文面には、先程は書かれていなかった書面の空白部分に魔法文字が浮かび上がっていた



「…何故、この空白を疑問に思われなかったのですか?」

呆れたような心配したような、そして少し馬鹿にしたような声音と表情


「…拒否権はありませんから」

苦笑混じり返し書面を受けとれば、更に呆れた表情

サイドテーブルに向かい、封筒と共に置く



目に入ってきた文面は、まあ…言わば賞罰の類いだ。

…ぱっと見では賞の割合は1割未満だったが

アコヤの反応からすれば、読み返してもその通りで間違いなさそうだ

そしてそれを理解するのと同時に…

魔力でこの厳しい部分を伏せて俺に甘い契約内容だけ見せて署名させた、

その意図と覚悟に気付くことになる。

本当に…あいつは大人だ、

甘い対応をすれば謗りを…今後の俺の事を考えて厳しく接すると

やりたくもないだろうにと心の中で苦笑する。

不機嫌な表情は、

これも原因の一つだったのかもしれないと…



「…」


「…初等科の講義が受けられるだけ、賃金が出るだけ想像以上。これ以上望むのは…お門違いってものですよ?」


「…」


だから、そんな顔をしなくていい。

あまり重くならないように…マルコはともかく俺は気にしていないと軽く言えば

言葉を失ったのか、

言葉を選んでいるのかは分からないが無言になったアコヤに返せど…

…無言のまま


「…」


「…」




「はぁ……アコヤさん、俺…いや私が泣こうが喚こうがそれは貴方のせいじゃない。きっとそれは貴方の指導についていけない自身の努力不足のせいだ」


埒が空かない

言葉を発しないアコヤに溜め息を押し殺すことも出来ず、

元来優しい性格をしているのだろうか…

そう思いながらもその渋面に向かって遠慮なく言い放った






「本当に宜しいのですか…今まで私が指導した見習いが侍従になったことはありませんよ?

それと貴族の継承権が消えていない子息が侍従見習いになる場合これほど迄厳しい賞罰は…通例ありません。

その隠されていた契約内容の部分を見て知っても、貴方はそこまでの啖呵を吐くのですか?」


漸く口を開けば…言いにくそうに、

辛そうに呟く

ただ、辛い立場に置かれる俺に対しての心配からだけではない。

強い口調で諭すのは、

複雑な顔をするアコヤ自身に不利な事があるから。

"追い詰められているのは俺ではなくアコヤ"

人は自身の窮地に他人に攻撃的になる…この会話の様子からその考えが浮かぶ。


成る程?

監獄で意地悪げに言われた"通常対応"は形骸的でなくても普通の侍従見習いより手心を加えるつもりだった甘い対応…か

そうか…

だから最初は俺の指導役を拒んだのに、考え直して殿下の要求を飲んだ理由は"それ"か…?


甘い対応ならばと、

本格的に侍従になるべくしてなる、見習いではないと考えたから…

だが…マルコは、

そこまで甘くないと傍仕えならば知っている筈ではないのか?

無礼を許して親友のように接していた俺に対しても

けじめはつける奴だとわかっていなかったか…?

それに理由はそれだけではない、

アコヤ自身もマルコの意図には気付いている筈だ



「アコヤさん、侍従見習いの指導には何かしらのトラウマがあるようですが…俺を貴族子息として甘い指導をしようものなら殿下から叱責されるのは貴方です。

啖呵であろうと、見栄だろうと俺は言いきりますよ…手心等要りませんと」


「ですが…」

「…もしもその今までの見習いが各々最大限の努力をして実らなかったのならば、それは侍従の才能がなかったからだ。

だが貴方は…アコヤさん自身はそうは思わないからこそ後悔しているのでしょう…《もしくは指導者の指導が間違っていたからだ》と、

…優しい貴方はその可能姓を否定しきれないから。違いますか?」



「…」

言い淀む相手に、

更に言及すれば遂に視線を背ける…

これは…やはり気付いていていた証拠だ。

それを理解すると同時に、

頭に血がのぼっていく…


「加えて言うならば、あの殿下は貴方に期待している。傍使えとして指導を任せるのは…

俺…いや私を侍従見習いにした理由とはきっと違うはずだ。

《アコヤなら出来る》と、

そして自信を取り戻して欲しい…信頼を置くと同時に心配もしているからこそ…乗り越える為の機会を、当て馬の俺を用意した。

俺がアコヤさんの指導で侍従になることをもってして…

今回の俺が負う責と貴方のトラウマの払拭、丁度良いと一石二鳥とでも考えるのが皇太子である、殿下の考え方…そんなところだと思いますが?」




「貴方の…その自信は何処から来るのでしょうか。

呆れて物も言えませんね…」


静かに呟かれた台詞に…

ぷちり

頭のこめかみら辺から響く音。

青筋と言うものは実際あるのかは知らない

だが、切れる音はこうして明白に聞こえたのだから何かしらので存在はしているらしい…

話をそらしているアコヤに、

俺を謗るのは良いが…今は貴方の話をしているのだと

貴方がそんなんではあまりにマルコが報われないと、

その音を皮切りに激情が体を巡っていく




「…見習いとして私の指導に手加減は無用だ。

そう生意気を言ったのは、貴族子息に対しては厳しすぎる契約内容…《指導への遠慮や躊躇いは、この契約書の賞罰が要因》そう理由付けして…貴方はトラウマから殿下の恩意に、意図に気付かぬ振りをしたからだ。

私に本当に後悔しないのかと問いかけたのも、

俺が辞退して…自身の逃げ道を作るために、ですね?

だから私は貴方に対して怒りもします、貴方が敬うべき上司になったとしてもマルコの意を汲まない処か気付かない振りをして逃げることに…


…ああ、勿論自信等ありはしませんよ?

ですが貴方のように逃げはしない。

それがマルコに対する誠意だと知っているから…だから、でも…弱音を一つ吐くのならば、

今後も見習いとしてではなく一個人の意見としてこのように貴方に口を利く事を許可して欲しい。それが烏滸がましくも貴方の為に…

そして未熟な私自身の道になると思うから」



「…」


感情に任せて言いたいことを遠慮なくぶつけると…

今度こそ二の次も言えなくなったのか、

泳ぐ視線と共に何か言おうと口は動けど何も声を発っさず閉口するアコヤに

…分があったと

勝負はついたかと肩の力を抜く。


そして…

らしくもなく足りない頭で思考を巡らせて加熱した脳に、

怒りで酸欠気味の自身の頭に

冷気を送るべく…深く一息ついて酸素を送った…



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