調整9
ルークを部屋から出し見送った後、
ドアノブから落としておいた腰帯を拾い元のように結び直す
…アコヤに対してのメッセージ代わり
万が一異変に気づいた場合…有事があると確信を持たせるために。
アコヤ程の玄人ならば扉越しにもルークの魔力は探ろうと思えば探れるはず
…その為の保険にルークを部屋に通した後、
見えないようにほどき床に落とした
"なにもなかった"
だからアコヤに気付かれる必要はなくなった…
だからそれを見咎め、もし問いただされたならば
苦しい言い訳だが、
ルークの魔力の残存に気づかない前提で…ただほどけ落ちたのだろうと言えば良い
それはそれで、
異変に気づかない危機管理がなっていないと叱責されそうではあるが…
それで通そうと脳内で算段を組み立てる
結び直し終え…そのまま、襟を正して部屋を出る
夕食を済ませないと…余り時間の余裕もない
そう考えながら食堂へと向かった
…
…
今日は…
前菜はソーセージ3種盛り合わせ
ホワイトソーセージ、豚の血のものとチョリソー
添えられたザワークラフトの独特の味が口の中に広がる
疲れた体にその酸味が染み渡るようだ
次に出てきたのは暖かいビーツのスープ
…行水して冷えていたのか
口に運ぶ毎に、自覚していなかった冷えを体の内から暖めていく
胃が動くのがわかる
食欲に忠実となった腹
そこに運ばれてきたのは一見魚料理ではなかった
そんな時期か…
立派なホワイトアスパラだ
王道のオランデーソース掛け
卵黄のまったりとしたこのソースはよく合う
春らしいな…
口直しの檸檬シャーベットを食べ終えれば
メインの肉料理が運ばれてくる
…本日の肉料理はアイスヴァインか
思わず唾が口内に溢れ出る
それを飲み込みながらナイフを入れれば、
柔らかく煮込んだ豚の肉…するりと骨から離れ
横に切り分ければ肉の繊維がホロリと縦に裂ける
それをフォークに刺して口に運ぶ
…含んだそれは噛まずとも舌で押し潰されるようにほどけていく
良い仕事をする…
たっぷりと盛られたマッシュポテト
バターの香りが鼻腔を突き抜ける
滑らかな舌触り、アイスヴァインのソースともよく合うそれは
肉と共にみるみるうちに嵩を減らしていく
美味しかった…
ハーブティーを飲みながら
胃が満たされたと同時に体に満ち満ちてくる力と気力
これで
ラピスと対面する覚悟が漸く決まった
本音を言えば怖い
戦地に赴く前の最後の晩餐は堪能した…悔いはない
あんなにスイッチが入った理由が
…俺のせいと分かっている
だからこそ
加減と理性が残っていれば良いが…ラピスのそれに賭けるだけだ
ルークに大見得を切ったが、
具体的に俺にラピスを止める手だても元に戻す確証も策もありはしない
策と言っても無策…当たって砕けてみる
それだけだ。
加えてルークも彼方側の状況下、
…面を切って目を覚まさせる…それに勝ち目もないだろうなと
一撃も通らないだろうと、
不利な、勝機の薄い事に頭を悩ませながらも…
そんな考えをしながら食堂を出た外の空気は
その不安感を予兆させるように…
妙に生暖かに湿った、
不穏にも感じられる季節外れの風が吹いていた




