調整8
本気で…捨て身のそれを選び取るつもりかと、
何の保険もなく
主人の身を脅かす事になろうとも躊躇しないつもりかと
そう呟けば
…口を引き結び、
なにやら考え込むルーク
何を考えているのかわからないが、
思考を巡らせている様子に…
ただ沈黙が落ちるのにも関わらず俺は何も言わなかった
…
…
「…すまなかったと、私に仰いましたね」
「ん?ああ…あのときか」
本当に何してるんだか…
と自身の事を棚に上げてそんな事を考えていれば、
…
長い間をおいて言われた、
前後の繋がりが…脈絡なく言われた台詞に
一瞬思考が止まる。
記憶を辿れば、傷を縫い終えたときのことかとすぐに分かったが…
これが何の意味がある?
「疑心ながらも、侍従への見方も変わったのかと期待したのです」
「…あれは"見習い"としての立場だった。目上の侍従の手を煩わせた、せめてもと今後仕事をしやすくするように言ったまでだ」
今後…
殿下の見習いとして過ごす。
上の立場の侍従から睨まれたままでは動きにくい…
だから打算的にそう言ったと言いながらも
…
ルークの足が刺さった反対…
思わずチェストの側に目を向ける
「…では何故、視線を背けるのですか?それが本心であればそのような体の動きはしない筈です」
「ちっ…」
「そして今回のこの状況下…
まるで私に謗られたいとでも言うようですね?
主人を悲しませて豹変させた…それについて私が貴方に罵声でも浴びせるとでもお思いですか?
私に対しての贖罪の意図は分かりました…侍従に対しての意識も変わったであろうことも確信出来ました。
だからこそ、謗りも罵声も紡ぐことは致しません…それで楽になろうとなんて思わないことです」
「…好きになじれば良いだろう
俺が嫌いな筈だ、どんなことしようと責を追及しないって分かってるなら、この機会にぶちまければ良いだろうが…」
「…いいえ、致しません。もし私に負い目を感じているならば…主人を戻してください。それが私が貴方に求めることです」
「だから確約出来ないって言ってるだろ…」
「不十分です」
「…やるだけはやる、それしか言えない」
本当に敵わない…
目的のために…嫌悪感を持つ相手に自制心をここまで保てる
年端のいかない俺に頭を下げられる。
そして、
感情か揺さぶられたとしてもすぐに取り戻した…
馬鹿だな、
謀った筈の俺がこんなことを意図していたわけではないと…
困惑してどうするんだと、
一呼吸…落ち着けと自身に言い聞かせる
そしてこれが、
先程の俺の問いへの解答を兼ねたものであることも…
何となく理解出来る。
俺がルークを差し出さないと…確証したと断言した。
その証拠は揃ったと、
揃うものだと見込んで見きり発車した…
ラピスと関係無しに、
俺がルークへ悪かったと本気で思っている。
散々自身に対して悪辣な態度を、
行為をしてきた本人を俺を…目の前に
…人が変わったと表現した。
だから謗りも罵声も…断及はしないと、
今までのように見下すことなく己を1人の人間として扱う
…贖罪の気持ちと謝罪代わりの偏屈した機会を設けた。
…
そんな心づもりがあるならばこの場で
自身の1番の望みを叶えろと…ラピスを戻せと言ったのだ
そして、
出来ないと…やらないと俺が断る事を
退路を奪った。
それを免れるため…
俺が自身を悪く扱わないと、
やりようによってはただ事では済まなくなると知りながら、
独断で動いた理由
それは
そんな俺が、殿下の身を脅かすことも…
御家問題にすることはないと
主人や仕える子爵家…そして自身の安全の打算が出来たからだと言いたいのだ
「それは…失敗しても構わないと仰りたいのですか?」
「…死地を尽くす、己の持ち得る立場と利用出来る伝や権力を持ってして事に当たる所存だ。
…それで無理なら、俺はラピスにとってそれだけの人間だったと言うことで弾いて貰って構わない」
「そうですか…」
たった、
それだけの言葉
それでも空気が緩む…納得したと取っていいだろう
「だから…一つ頼みがある」
「…聞くだけ聞きましょう」
「出来る限り邪魔立てするな」
「…邪魔立てと言うのは何でしょうか」
ピリッと肌に刺す警戒、疑念が向けられる
何を条件にするつもりだと…そこまで言って逃れるつもりかと
端的にそういえば
強い圧力が込められた質問をされる…
そりゃ伝わらないか…
「遠慮なく手を出す…好きなようにやらせてもらうってことだ。
駆け引きも小細工も不得手なのは今ので分かっただろ…俺が出来ることは正面きってぶつかりに行くことだけ。
…
豹変と言うが…あの状態だってラピスにはかわりない。
あいつの大事な一面だろ…ただそれが引っ込みつかなくなってるだけ…それを発散させれば普段通りになる筈だ。
ただ…ここまで酷くなったのは見たことがないし、確証をもてるわけではないが…」
あらゆる手立て、
つまり手法を使うと言ったが…
それはルークの立場からは止める事、
手を出すこともするつもりだと
それを看過できるかと言いたかったのだ
まあ…実際にそれは
手を出したところで通用するかは別問題。
…
ラピスに勝てるほど俺は強くないのだ…
勝算があるなら、
それはラピスの情や隙がある時のみ
今の状態ならば…その余地は限りなくないだろう
加えて、
…今まで本気で向かったことはない
負けるのは分かっている
…本気になる様な喧嘩もなかったがそれでも負けたらやっぱり悔しい
その心の、自己防衛のブレーキで
余裕綽々のラピスにぶつかりに行けたことはない
負けた理由を
己の手抜き…本気ではなかったからと言い訳できるようにだ
が…それは出来ない
きっと今回はぼろ負けするだろう…と、
矜持もプライドもズタズタになることを分かっていて覚悟した。
本気でぶつかりにいくと、
…思わず溜め息をつく
「…職務上看過できません」
「これでも侍従の端くれだ…分かっているからこそだから頼んでるんだ。…最初の1、2撃位我慢して見逃してくれ、俺が本気で殴っても大したことにはならない。それにその後は俺がやられるだけだ…多分一方的にな」
「…」
「…なんだ?急に黙って。ああ…ラピスに不利になるようなことにはならないししない。俺が死なない限り、止めなくて良い」
俺が死ねば
流石に殿下や俺の家から処断が下るだろう
ラピスだけでなく侍従のルーク、子爵家まで類は及ぶ
それに…結局我に返ればラピスは泣くだろうから…
だが、それでなければなんとかなる…すれば良いだけだ
最悪、あれ以来謝りにも行かず、顔すら会わせていない兄上に頼み込めば…
「…本当に、嫌いです」
「くくっ…そうか、そうだろうなあ」
自嘲混じりに笑う
はっきり言わなくても知っている…主人にとって百害あって一利なしだもんな
なんだ、
結局は謗るじゃないかと反らした顔を戻し再び対面する
「…もし貴方が私の友人であればとっくに張り倒しています」
「ん?…なんだそれ?」
恨み辛みの話じゃないのか?
そう、予想外の言葉に拍子抜けする
「もし…私がラピス様の立場なら、不遜ながらそう仮定した場合です」
「ああ…そう言うことか。死なないなら良いだろ…講義だって投げ打たず取り組んでいる、自暴自棄にもなっていない。
…それで十分だろ?」
「これ程まで周りに恵まれておいて…気づかない振りがここまで出来るのが不思議です。様々な理由はありますがこれが一番貴方を嫌う原因です」
「…俺にどうしろと言うんだ」
なんだつまりはラピスの心配か…
そんなこと、出来たらとっくにしている
…苦労しない
周りに心配も掛けない
勢いがなくなった声が、自身の耳に入る…情けない
「…私は侍従の職務を全うします」
「分かった…無理を言ったな」
「貴方も"友人"の責任を果たしてください」
「…勿論だ」
仁辺もない
一見冷たいその言い切られた台詞…
それでもルークなりの励ましだろう、
嫌う相手にここまで言わせてなにもしないなんて…
流石に事に当たる前に矜持が廃る。
立ち上がり腕も足も外された壁
いつの間にか、
平衡感覚も取り戻していた身体を立ち上がらせ、
壁とルークの隙間を通って右に進む。
ルークを帰すために…
使用人通路側の扉、左手の拳を掲げ陣を解いたのだった




