調整6
気を持ち直して自室に足を進める
…鞘、作らないとな
ずっと手に持ちながら移動していると不審に見られる
教授と寮までの道すがら、奇異の目で何度振り返られたか…
そんなことを思いながらも
疲れた体を運んでいく
机横に立て掛けて
浅黄の着物と羽織を手に
行水しに行った
土や草木の色が滲んだローブも体も
清め洗い流す
さっぱりした…な。
魔方陣で即座に乾く髪
ハーフアップに平紐で纏めて、簪で固定する
改めて簪を見て思った…
素朴で…でも作り手の意匠と技術がそれを陳腐には見せない、
こういう仕事をする人は…
自身の技量や仕事、それにきっと誇りを持っている
…良い顔つきをしているんだろうなと思いを馳せた
次いでに洗ったローブと浴衣を手に使用人通路を進んでいると、ルークが扉の前で立っている
「…ルーク、さん?」
まだ約束の8時には早すぎる…そんなに思い詰めた顔をしてどうしたのかと
立ち塞がるように佇んでいるルークに声をかけた
「オリゼさん、お話がございます」
「…分かりました、中で聞きましょう」
そう言いながら扉を開けて中に通す
一つしかない椅子を勧める
「ルークさん、お話と言うのは何でしょうか?」
座ったのを確認して
息をつく間もなく質問した
俺を嫌っている筈だ
主人の命と言うわけでもなさそうだ
ならば、何か緊急の用事だと判断して
「…主人の"ご友人"と見込んで、お願いがございます」
「"ラピス"がどうかしたか?」
見習いとしての姿勢を崩し、
チェストに寄り掛かり腕を組む
「主人を戻して戴きたい」
「…意味が分かりかねる」
「普段通りの主人を取り戻して頂けませんでしょうか。
あの一面も主人は主人です、侍従としてではなく一個人としてお願いに上がりました」
「…この一週間、何があった?」
「…申し上げかねます」
長い間を開けて口を開いたと思えばそんな台詞
肩を入れ込んで項垂れるように頭を下げるルーク
らしくない…いつも冷徹で無表情、何事にも冷静沈着とも思える態度に行動
高いプライド、例え立場が上の貴族であろうと頭を下げるなんて真似、媚びる様にも見えることなんてするはずもない
それがどうだ
目の前の侍従が同一人物だとは誰が分かろうか
平静、単調な声音
ただ、抑えていても繕っていても分かる
己に向けられたその感情が…更に地に落ちたことが
「はぁ…今この時、この場所でのみやりたいようにやれ」
「話が見えませんが…」
呆れた
まだ繕う気か…そう思って言えば
急になんのことだか、と誂えた顔をあげ
此方を仰ぎ見る
「とぼけるな…わかっている筈だ」
腕組みを解く
チェストを背中で押しその反動で立ち上がり歩き出す
言葉を返しながら
固定魔方陣を書いた紙、
椅子に座るルークの横を通って書き貯めておいてあるそれを3つの扉の錠の上に貼っていく
「これなら会話中に誰か入ってくる心配もない、気を使わなくて済むだろ…ただ生憎今日は講義で俺は魔力を使い果たしていてね、変わりに注いでくれるか?」
「…承りました」
チェスト横の壁に背中を預ければ
椅子から立ち上がり、順に魔方陣を発動させていくルーク
それを目で追いながら口を開く
「主人がそうなった原因の俺に解決を頼み込む…さぞかし嫌だろうになあ…
蔑んだ見習いの顔に、主人の友人としても相応しいと認めてなんか居ない餓鬼に対して頭を下げるなんて…
それでもそれが唯一の解決法だとわかっているから個人的に頭を下げに来た…腸煮え繰り返ってるんだろ、ルーク」
マルコの部屋に続く扉
最後の陣を発動させた、その背中に出来る限り嫌味ったらしく声をかける
振り返った顔は普段通り
無表情の冷静そのもの
「これでよろしいでしょうか」
「ああ、ありがとう」
場が出来上がった、
無礼を働いたとしても咎められることはないと示したにもかかわらず
未だ崩さない態度に…
ルークへ満面の笑みを向ける
「で、流石に主人の醜態までは話せないってか?矜持があるもんななあ、優秀な侍従だ。そんな自分でもどうにも出来ない状況の話なんて恥ずかしくて言えるはずもないよなあ…?」
右の口角を上げながら笑う
嘲笑う
眉をついに動かしたルーク
それを見て更に笑う
「…お返事を頂きたい」
「嫌だね」
元のラピスに戻すと、そう言質をとりたいのか
まだ、ポーカーフェイスを保とうとするルークに止めの一言を放った




