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オニキスに心配を掛けている

疲れているだろうに

朝食の後、

まだ講義開始まで時間があるというのに…講義棟へ向かう俺に付き添ってくれている



過保護だと、

お前は寮に戻って一旦休めと言ったのだが…

あまりにも俺の様子は目に余ったらしい


そんなオニキスに構うことなく、

教室で先程身が入らなかった予習をする。

…まあ、

多少最初はラピスのことが気にかかって効率は落ちていたが

オニキスの手前、

それでもガラスペンを紙に走らせていれば集中力も増してくる




その様子を何が面白いのか…

退屈しないのかと思うが一時間経っても寮に戻らない

後ろ向き…

つまりは俺に向かって椅子に跨がり背もたれに腕を乗せ、

姿勢悪く頬づえついてただ見てくる


基礎講義の分が、

切りが良くなったところで頭を上げる

この後も選択講義の物を続けてやるつもりだ…

その様を

内容を見ていたってオニキスの成績のプラスには、微塵もならない


改めて部屋に戻ったらどうだと、

言おうとした…その時だ


ガラリ…

教室の扉の音

人目につくと思い目をそちらに素早く向けて、

…緊張を解く

見慣れた姿、

ビショップが自室に戻ってこないオニキスを探しに来たようだ。


「此処に居られたのですか…」

「ああ、悪いな。

目を離したくなかったんで、お前に知らせる暇がなかった」


「左様で御座いますか、

では…此方に荷物をお持ちしますね」

「後、何か飲むもの…二人分用意してくれるか?」


「御気遣いなく…私は要りません」


オニキスとビショップの会話に割って入る

そんなに気を回して貰わなくて良いと、断った。

此処まで付き合ってくれている上に、と遠慮から言った台詞。

それに加え、

選択講義の書庫から借りている教本に万が一でも染みを作っても困る

そんな考えからだった。


「こいつの意見は無視して良い、用意頼むぞ」

「…畏まりました」





ビショップが出ていく、

多分オニキスの習慣が変わっていなければセイロンのウバ茶

挫折して引きこもる前、

学園に入って仲良くなってから朝早くにたまにオニキスの部屋に遊びに行ったこともあった。

その時は必ずそれを飲みながら、

寛いでいたり…研究や、薬草の実験結果だという資料を片手に机に向かっていた。


高級過ぎる、

今の俺にとっては分不相応だ…

それに、

普段誰もこの時間帯から来る組の奴は居ないが…

今日もそうである保証は何処にもない。

誰か此処に来れば、親しげにしている姿を見られる

オニキスの醜聞になるかもと、

俺が嫌がると知っている筈なのに…



「…何故」

「ああ?それは俺の台詞だ、

何を危惧しているか…共に食事している姿だって目撃されていないわけではない、紅茶位なんだ…それくらい問題ないだろ?」

「…」


「お前の考えてることくらい、分かってる。

…様子がおかしいラピスの相手を一人させてとか、それで疲れてるだろうに更に今、俺に迷惑かけてるとか思ってんだろ…

その上侍従に手間をかけさせるとかなんとか…だな?」

「…否定はしません」


「なら当たってんだな、

で…こんな時間誰も来やしないだろう…敬語を使う理由が分からないな?」


「壁に耳あり障子に目あり、ですよ」


お前の考えてることくらい分かってる…ねえ?

その上敬語も取り払っていれば、

どう見えるかなんて自明だ。

無視しようと軽くあしらって、机の端に置いていた選択講義の教本に手を伸ばした



「…また俺に絞められたいのか?」


その手を縫い止められる

強い力ちオニキスの意志が感じられる…本を開かせるつもりはない、

答えろと…敬語を取り払えと言いたいのか…

これでは勉強の時間も、

俺の精神も削られていくだけだ。



「ちっ…煩いな。

喉も渇いてるし、有り難く飲ませて貰う…これで満足か?」

「くくっ、素直になりゃ良いのに。

で…朝食の後、やっぱりいつもこうしてるのか?」


「…」



此処まで来れば、開き直ってやる…

そう思って口調を雑にしてやれば笑い出す、

…ったく、失礼な奴だ。


あっさりと手を引いた…

質問に答えることなく本を引き寄せ、頁を捲る


で、

何か問題あるのか?

傷の治りが遅かったのはこのせいか、

とか今更言うんじゃなかろうな?





「はあ…責めてる訳じゃない、感心してんだよ」

「…俺はお前らと違って頭が良くないからこうして人一倍やらないと覚えられないし理解が深まらない」


「まあ…お前ほどはやらないな。

薬の配合の研究してた方が面白いし」

「俺だって、鉱石図鑑眺めてた方が面白いが?」



「怒るな…

オリゼの努力を俺は…俺らが笑うわけない、

そんなに勉強が楽しいのかって揶揄した訳じゃないこと位分かるだろうが…」

「知っている、

だがあまり見せたい姿でもない」


「プライド高いのは相変わら…

…なんか、こうして話すのも久しぶりな気がするなあ…」



知っている。

勉強を欠かしていないことは、

それをしている時間がすくないのはただ単にオニキスは記憶力が良いから短く済むこともだ。

それを勉強時間が短いと俺が皮肉って返事をしても…

俺がこうして再び努力し始めたことをただ嬉しいと言う。



立ち直った、

そうは思っていないだろうが…


そして昔のようにこうして、

束の間でも他愛もない言い合いじみたやり取りに…

久しぶりだと微笑みが浮かぶ顔に負けた。



…仕方ない

これ迄、最近も苦労や心配を掛けてきたからな…

開いた…本を閉じる


「…雑談位、付き合ってやらんこともない」

「くくっ…それは嬉しい限りだ」



パアッ…そんな表現が適当か、

普段のオニキスからは想像出来る奴はいないだろう…

俺ですら滅多に見ない喜を惜しみ無く表現する


講義にいつも持っているバックと、予想通りの紅茶を携えたビショップが来ても…話し始めれば話題に尽きることはなかった









キン…キン…


不規則な金属音が周りに響き渡る

俺の荒い呼吸音が、煩く耳に障っている



「もう…息があがってるのか!」

「っ…っく」


「そうだ、その意気で向かってこい!」

「…はっ!」




何でこんなことになったのか…

事の始まりは

昼食後、一旦寮に戻り午後の講義の準備をした。

午前中…鞘もない剣を持ったまま朝食や選択講義を過ごしたくなかったからだ。

オニキスとの会話で目を通せなかった侍従関連の本を読みながら特別棟の教室、講義までの時間を過ごす。

借り物の練習剣を立て掛けた…俺の定位置と化した机に座っていた。



ガラリ…

「行きますよ」

「…はい、教授」


そんな風に…


気が正直進まないとも、

今度にと先伸ばしにする言葉を言う暇も与えずに…

教室に来るなり、

帯刀した教授は…特別棟から外に俺を誘ったから有無も言わさせて貰えなかった




鈍った身体は直ぐに思うように動かなくなる、

握った…剣を握る握力も、

本気で打ち込んでいるわけではない教授の度重なる打撃によって意識せねば取り零してしまいそうになる


大した体たらくだ…


こんなことになるならば、

こんな様になるならば…

普段の雰囲気と違う教授相手と相手するならば…


多少強引でも、

剣をわざと忘れてくれば良かった…

そう思ってしまうのは、

こうして今…

見苦しく必死に剣を振り回す羽目になっている…からだ。


こんなんではラピスの頬を張ることすら出来ない、

ラピスを元に戻せな…っ



「っ…」

「…危ない!」


キィン…

「何処にっ…気をやっている!」


鑪を踏んで倒れ込む俺に教授が叫ぶ

その声にはっとすれば、

握っていた筈の…

薙がれ、力負けして飛ばされた剣は近くの木の根元に落ちている



そうか…

思考にかまけて小石に躓いた、

それを立て直すことも…

その判断すら遅れた。


その様子に気づいた、

剣を持ったまま倒れ込めば危険だと

一瞬の判断で

教授は俺が倒れ込む前に、俺が剣から手を離す様に力を込めて弾いたのだ


反射で手を…

剣を握ったそのまま…反射で身体を支えようと動いた腕

それに倒れ込めば身体が突き刺さる


それを防ぐ為に

…薙いだ

俺が握る剣を遠くに飛ばすため、

…俺の身を守る為に

…命が無くなることがないように。




その叫びにも顔も向けず、腕で体を起こす…


剣撃で痺れるように力が入らない右手で…

あまりの迫力と

起きた事象の深刻さに膝が笑っているせいで立ち上がれない


それでも拾わないと…

早く、

拾わないとと

無様に這いながら、

その蔦の紋様の入った剣に向かって進む…


冷たい…

学園から貸し出されたそれを拾った





「講義中、それも剣を扱う最中に…まだ講義を受け持って数回ですが、そのような生徒だとは思っていませんでした」

「…すみません」


仁王立ちの教授の前に戻り、目の前に立てば

またか…

そんな目で見られるのか

そんな事を思ってしまう…目も見れない

剣術指南を受けていたあの教師みたいに…と、

侮蔑しか映っていないあの目が脳裏に甦る


視線が落ちる…

この人にも呆れられた、

お前は剣を握るに相応しくないというような、

そんな…

また…侮蔑の視線に晒されると思ってしまえば…

焦燥感で何も考えられなくなる



「何故です?」

「…」



「はぁ…少し休憩を挟みましょうか」


黙ったままの俺に

剣こそ握ったものの…地に座り込み項垂れたまま動かない様子に埒が明かないとでも思ったのか…

こちらに来なさいと、

続けて言われた声の向く方に

視線を少し上げて目を向ければ近くに横たわった丸太



人為的に間引かれたのか

間伐材にするためにそのまま乾かしてあるのか…

実戦に必要な障害物として…


はたまた休憩用の腰掛けか


その丸太の

教授の隣に腰掛ければ、水分補給のマグを此方に差し出される



受け取って直ぐ…一気に煽る

キーンと冷えた水が喉元から火照った体を中から冷やしていく

雑念も…脳裏に張り付いたあの記憶も流していく

こんなこと、

あの教師はしてくれなかった…今横にいる教授はあの教師じゃない

同じなのは…変われていないのは俺だ



口を付けたマグの縁を袖口で拭ってから返す


「…ありがとうございます」

「少しは落ち着いたか?」


受けとりながら返ってきた言葉は

優しいもの…口調も崩して…



「はい…集中出来ず申し訳ありませんでした」

「剣術、嫌いか?」

「…っ」


息を飲む

痛いところを突かれて言葉が途切れる

いや、苦手と言うより拒否か拒絶か…と独り言のように付け足した教授に、なんと言って良いのかも分からない




「…ほら、もう1杯飲みなさい…」

「っ…ぅ…すみません…」


今度はゆっくりと口を付ける…

口に含んで、胃に送る

何度か繰り返すと…漸く口が…言葉が出る気がする

目は…顔は伺えはしないが…

待ってくれているんだと、雰囲気からも十分に伝わっている



両手で持ったマグを膝に置く

目を1度強く瞑って見開く…今後の講義にも支障が出るかもしれない。教授に伝えておくべき事かもしれないと


そして見切りをつけられたくない

その一心で…


「…教授」

「なにかな?」

「何故と言う問い、二点…思い当たる節があります」

「うんうん…二点ね。一点目は?」


「一点目は、友人が気になって…まだ怒らせたまま解決出来ていません」

「そうか、で…二点目はなんだい?」


「……」

「君は…よく私の目を見て来るね?質問するときも此方が面喰らうくらい凝視するよね?初めての講義の時は驚いたけれど…

でも今日の講義中1度も目を見てこない、

顔すら見ない…視線をずっと下を向けている…それが必要である剣を交えている時だけは」


「…自覚はあります」

「なにか理由があるんだろう?」

「…はい」


「言えるね?ゆっくりでいい」

「…はい」


それは言い聞かせるように…落ち着いた声音で諭される

ここまでされて言えない等とどうして言えようか…

教授の領分から…

義務からも幾分か外れる心配りか、人生相談か…


緩やかに口を開いた



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