調整2
「入るぞ…ってどうした?」
オニキスが入ってきた
肩を揺さぶられる
ゆるりと時計を見ればもうそんな時間かと…
あれからぼうっとずっとしていたらしい
準備し終えた肩掛けバックを
机に置いたまま…
「おい!どっか調子悪いならそう言え!」
強く揺さぶられる
その肩の手も退かす気力も湧いてこない
揺れるままにそのまま…僅かに頭を横に振る
「…目、覚まさせて欲しいのか?」
「…」
まだ夢うつつ、
だから反応が薄い訳ではない。
目ならばとっくにラピスのお陰で覚めに覚めている
なんの反応も起こす気にならない
そう口も開くのも面倒と思っていれば…
椅子ごと向けさせられて両肩を掴まれる
「オリゼ、聞いているんだが」
「…いや、欲しくないし覚めている」
「そうか。で、どうした?」
改めて同じ質問をしてくる、
なんの気力も湧いてこない体…
指一つ動かすのも億劫だったが、頭をあげてオニキスを見る
「…ラピスを怒らせた」
「お前なに今さら…ああ、1週間会ってなかったもんな」
今更…?
ああ、成る程。
ラピスが怒懲り始めたのはいつからかは分からない
だが、今日ではないことは確か
そんなラピスと過ごしてきたオニキスにとっては今更なのだろうな。
俺は怒りを買っていることを予想していたし、
こいつの台詞で実際にそうだとも知った…
しかし、
目の当たりに実際にそんなラピスと相対したのは今日の朝なのだ
仕方ないか
俺に一日中侍って居たもんな…そりゃそうかと
独り言を言いながら一人だけ勝手に納得しているオニキス
その事実に、
結論に一人で気付いたようだ
「…本気で怒らせた」
「ああ、そうだな。で?」
「1週間分、毎夜4時間友人として時間を取れって」
「…ご愁傷様、でも早くラピスを普段通りに戻せ」
ぼうっとしたまま、
何処か夢うつつのように言えば帰ってくる言葉は冷たくはないが余裕のないもの…
また、疑問が増える…
「…もしかして…まさかとは思うけどオニキスに対してもか?」
「スイッチが壊れてる…誰に対しても家業の仕事状態だ…あれは俺でもどうにもならなかった」
嘘だろ?
そこまで状況が悪いなんて予想してない…
対面は柔らかで人当たりの良い、悪く言えば八方美人のラピスが?
多少のスイッチが入ったとしても、それはオニキスや俺に…親しい間柄のみの話
冗談半分に…
本気で俺らにたまに怒るときでも
…節度や理性は残っているから外面はそんなことにはならない。
「…オニキス、1週間ずっとか?」
「…」
呆けているわけにはいかない
気力も湧いてこない何て言えない…絞ればなんとでもなる
回転し始めた思考に、そう聞けば無言で頷くオニキス…
その様子に…
一人で相手をさせて悪かったと言いかけた時
「オニキス、行こう」
扉が開いてラピスが顔を出す
俺の部屋に来たはずなのにオニキスだけを誘うような台詞
そして冷たい…表情
口調だけは普段通りにオニキスに対して言う
でも…オニキスはラピスを怒らせてなんていないのにそんな態度?
これはいよいよ不味い…
オニキスが俺に目配せをしてくる
分かってる
ここで着いていかないと…と
先程ラピスに対して
俺に朝食に来いと言われた件を見習いが伝えなかったことになる、
マルコの責任になる
…
ラピスに居ないものとして扱われたこと、
遺憾に思っても…変な意地だけでバックレるわけにもいかない
そして友人として、
…約束を守るためにもとオニキスの後ろに続いて、部屋を出た
…
…
正直…何か食べたいとは思わない
何時もなら美味しそうだと、最近であれば腹までなる筈の並んだ皿に盛られた色とりどりの料理にも食欲がわかない
食べる行為すら億劫だが、
食を抜くことはしない…
オニキスの薬を飲むためでもあるが、
散々皆から自己管理の大事さを説かれたからな…
…パンとチーズに、バターで良いか
それとコーヒー
それだけだと駄目かと少しばかりのスープと果物、ヨーグルトも…と
それらを取り分けて、
先に席についている二人の元に向かう
口に運んで飲み込む
味はするし美味しいが…それで感情が振れるわけではない
二人の会話は…
余りにも痛々しかった
普段通りだと言うラピスにオニキスが戻ってくれと…
お前はそんなんじゃないだろ…
そう言い聞かせるように願うように言っても
俺らしいって何?
これだって俺だし俺らしいでしょ?
と、ニコリともしないで淡々とナイフとフォークを進めるラピスは…
そしてそれを聞いて苦しそうな表情をするオニキスが…
会話の声量は大きくない
それでも俺ら以外誰もいないここでは響き渡る様な、
より誤魔化しが利かない明瞭になって耳につく。
いつもであれば
貸し切りで気持ちの良い空間が…
寒々と棘を鋭利に感じさせるだけになっている
このような雰囲気だ、
会話を興味を示した他の人達に聞かれる心配が要らなかったと…
そんな怪我の功名的事象は
慰めに言う気にもならなかった、
こんな状況でも流石と誉めるべきなのだろうか?
オニキスは俺への丸薬は忘れないようだ…
俺が差し出されたそれを飲めば
各々無言で立ち上がる二人
久しぶりに三人が集まったと言うのに、な…
ラピスはそれを、
確かに望んだ筈なのに…
雑談に花を咲かせる気も…飲み物片手にとどまるつもりもないらしい
そんな出口に向かう二人にただ足を動かして付いていった




