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根源。




泥のように眠った筈、

それでも夢を見るなんて珍しい


深い眠りならば、

夢を見ること無い筈なのにと思いながらも

夢の景色…その山間を走る人影を空から眺める




誰かと思えば


兄上だ…

そしてもう一人の小さな人影

その兄上の背中を追って沢の辺り(ほとり)を走る



「兄上!待って!」


「滑るから気を付けろと言われただろ?」

「…ごめんなさい」


怒りながらも、

そんな俺を振り返り…足を止め追い付くまで待ってくれる




「転んだらどうするんだ…」


「…うん」


「ほら、此処からは特に乾いた岩場じゃないでしょ

…濡れた岩肌や苔に覆われた足場は滑るよ?」


「うっ…」



あの頃の兄上にしては珍しい

俺を甘やかしてばかりの、

いつもオリゼの味方であった口からの窘めは…

俺にとって青天の霹靂だったんだよね


だからか、

眼前の小さな俺は…優しく注意されただけだと言うのに

しゃがみこんでその場でぐずり始めている




「ほら、手繋いでいこう?」


「…ぐすっ…」


仕方ないなあと、

優しい面持ちで俺のところまで戻ってきた兄上

その差し出された手を握り、

幼い俺は連れられて歩いてく



見下ろす視点からは更に雄大な景色に見える

俺と兄上が進む…

その足場は自然の造形物

水に濡れた苔、岩や石が一面緑の衣を纏っている




大きくなる水音


開けた場所に出れば小さな滝

滝壺と言うには小さいが水深がそこだけ深い…澄んだ濃い群青が綺麗にそこに広がる



夢にしても…

懐かしい


母上の帰郷…兄上と二人で和の国で渓流に行ったこともあった

沢山の侍従を連れて、雇ったガイド役も含めれば大所帯だったが…



誰だったか…ガイド役の一人が

羽虫に見立てた擬似餌をつけている…


もう一人はポイントだと言うそこに竿を振り、糸を投げ入れて…瞬間竿の先が大きく曲がる

糸を巻き上げ、川辺りに引き寄せられてきた岩魚

透明な水の中に、綺麗な紋様の魚が現れる


ほんの少し下流を見れば

兄上は指南され楽しそうに参加している…俺は同じようにさせて貰えるわけもなく、ただその様子を一際大きくて高い岩に登って眺めている…


そんな小さい己の背中を俯瞰して見る

…ああ、だからか

やってみたかったんだ…己の手で

野営も冒険者に憧れたのも…これがしたかったから

これが原因だったのか




反転

…鮎か


風情なのだと流れの早い河に組み立てられた斜めになった橋のようなもの

流れに乗って泳いできた鮎が、その橋の上に

ピチピチと打ち上げられていく



思わずそれを掴もうと足を進めるも

侍従に止められてまた見るだけ…兄上の方が嫡子だろ

俺よりもずっと何かあればだめな筈なのに何で兄上はいいの?


駄々っ子のように僕もやりたいと言うが

まだ小さいからと暗に言われて…


簡素な小屋で…串に刺された鮎が炉端に並ぶ

ジュッ…

逆さになった並々に曲がった鮎の口から水が滴る

香ばしい匂いと、寒かった風で冷えた体が暖まってくる…


ではお言葉に甘えて…御相伴に預かりますとと串ごと持ってかぶりつく…そんな豪快な…そして美味しそうに食べる姿

半端に貴族の子供になんて生まれなければ

どうせ成人すれば貴族の爵位は俺にはない…優秀な兄上が男爵を継ぐ


それなのに、兄上同様

御丁寧に骨が抜き取られた鮎が目の前に差し出される…

頭も尻尾も…串もない…

こんなところだけ兄上と同じ待遇はいらない


そう拗ねながらも、宥められ口に運ばれるほくほくの白身

炭火で焼かれた皮がパリッと弾ける…香ばしい匂いと独特の風味



串だけだ…驚いて聞けば

このサイズなら頭も骨も食べられる…内臓も好まれるらしい

内臓がについて説明を聞く侍従に

苦いですよ?癖も強いです…お口に合わないでしょうと止められても押しきって一口だけと差し出させる


口に含めれば苦い…

でも身を食べたときに感じたあの不思議な香りがちゃんと舌に感じる

これが醍醐味なのか…侍従を黙らせて食べ進める

珍しいと…大きくなったらこれで日本酒が何杯でも行けるんだよなあと豪快に笑う案内役達に侍従達の空気が変わる





何処かのお偉いさんの子息かと、お忍びでも分かっているのだろう…これだけの大人が子供にかしずいている…

ああ…侍従らの顔色を伺って俺に向かって大の大人が詫びてくる様子に

何処か他人事のように空虚を眺める



でも…これだけは覚えておいて欲しい

そう兄上ではなく僕を真っ直ぐ見て言われたのに気づき、目をしっかりと見つめ直す


初物の初日…これで仕事初めを祝うのが慣わし

その命に感謝して食べることで

豊漁と漁期の安全を祈るんだ…殺める…命を頂くそれを儀式として昇華させる

綺麗事かもしれない…だから俺らは捕った初物は食べられる内臓まで鮎は食べる

美味しいのもあるけれどな…

そうニッカリと歯を見せて笑う案内役の頭か…

ガタイの良い…日に焼けた一見怖いとまで最初は思ったその顔で笑う


…頂きます


そう言って骨や頭は除けられてはいる…でもせめて内臓位はと使用人の手から箸を奪い、食べ進める






兄上は離れた炉端で談笑している

貴族の跡取りとして…その背中からも窺える俺にはない雰囲気も…

でも、それでも良い

食べ終わった皿には何も残らない…


これで…この鮎は少しは浮かばれたのだろうか?

そう皿を見ていれば頭に手が置かれる感覚

撫でられて離れていくその手は

ごつごつとした節立った…見慣れた貴族の綺麗な手ではない

でも…それでも恥じる様子もない

何故だろうと、その手を無意識に取れば

いよいよ俺付きの侍従が眉を潜めているのを隠しもしなくなったのを横から感じる




何で恥じないの?

手を離して聞けば、両手を差し出して見せてくる…


これが誇りだからだ

仕事をしてきた証だからだ…それが綺麗でなくとも武骨であっても…傷だらけでもな?

そう言われてもピンとこない…頭を傾げれば

その様子がおかしかったのだろう…きっと分かる時が来るとまた頭に撫でながら爽快な顔で笑った




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