責30。
冷や汗が、
額から落ちそうになる
それを拭いながら
この学年一位の頭脳と教養を持つ相手に応え続ける
算術が終われば、
息が付けるかと…紅茶でも所望してくれるかと一縷の望みを持った
が、そんな休憩も挟まれることなく
歴史学の教科書を読み上げながら
記憶の限り重要な地名や人名と…教授が言っていた言葉を借りながら紡ぎ続けた
殿下は俺の言葉を片耳にしながら、
メモ用紙に記憶するためだろう、
万年筆で何度か書き留める様子を見ながら、次に進む
そんな事を
体感で何時間したのだろう…か
コンコン…
と扉をノックする音に聞きなれた声が響く
「入れ」
「失礼致します」
手を止めた殿下に
俺も聞かれていた3講義目の魔法陣の説明を止めた
やはりアコヤさんだ
「アコヤ、もうそんな時間になったか?」
「はい。
夕食の支度が終わりましたが…いかがなさいますか」
と、少し言い淀むのは
教本や羊皮紙が広がるテーブルの上を見ているから。
アコヤさんは、間が悪いと考えたのか…
自身の入室によって殿下の復習が中断したことを察したのだろう
殿下の手が、
万年筆を握ったまま止まっていること
羊皮紙に書き留めた文字が、
章の途中の内容であること
つまりはキリがついていないことを察して、
俺の隣まで来たアコヤさんは
時間をずらす伺いを立てている
「分かった」
「では御用意して参ります」
そう殿下と簡単なやり取りをして、
すぐにはけていった。
思わせ振りな視線を俺に残して、だ
…カチャリ
殆んどしなかった扉の閉める音が大きく聞こえる
アコヤさんが退室して、
今再び俺と殿下の二人きりになる
呆れられたかもしれない
あの向けられた目、
とても好意的な物ではないと直ぐに気付いた
俺が、
任された仕事一つ満足に出来ていなかったからだ
主人に負担をかけているからだ
「殿下…申し訳ありません」
「…」
返答はなくとも、
その場で頭を下げる
最も深い角度で謝罪する…
「申し訳御座いませんでした」
そう…
復習は半端で、まだ終わっていない
驕っていた、
アコヤさんに殿下の傍に侍ることを許可され…
役回りを1人で任されたことに俺は舞い上がった。
…状況把握や判断すらすることも失念するほどに
自惚れ、
浮き足立って
己の能力を大きく見積もった。
…そんな面がなかったとは到底言えない。
「…」
再び…
返答はない
機嫌を損ねただろうか…
そう不安になるが、
下げた頭をそのままに、その殿下の表情を伺う視線を意識して床の絨毯に落としていく
座位の殿下と
立って頭を下げている俺
今、頭を下げているにしても
その表情を盗み見ることは可能だがそれはしない
貴族社会では
通常失礼に当たる行為
はしたないと考えられているが…
そうでなくても、情けない挙動はもう一つも重ねたくはなかった
…
考えて臍を噛む
やはり
一時間で3講義の分の復習はキツかった…
そもそも、
復習の内容量が多いし
始める前から目測でも時間ギリギリ。
それなのに所要時間の推測も、
中断すべきタイミングの判断も俺は甘かった
思わせ振りなアコヤさんの視線は、
まず一つに時間管理を出来なかった俺を咎める物
只でさえ慣れない俺が教える立場なのだ、
そして俺の習熟度を試すように殿下の質問が幾度と無く差し込まれれば…
時間はずれ込む、
当初考えて予定していたキリの良いところまでは終わる筈がない。
ならば
途中で俺は予定変更の判断するべきだった。
キリの良いところで止める事が肝要だと、
その前の章で止める提案をするのがベターと算段しなければならなかった…
3教科全て終わるのがベストだとしても、
そのベストを主人に指示や命令はされていない。
単に復習がしたいとだけ命じられただけだ…
ならば己の力量で最善は、
ベストに突き進み
中途半端なまま夕食の時間になることじゃない
復習範囲のキリの悪いところで
休憩や別の用事が入れば気持ち悪いだろうと分かるのに。
俺は俺の目標に、
主人を付き合わせて不快にさせたかもしれない…
「面を上げろ」
「はっ…」
「理解しているなら構わん」
きっと上げた自身の面は、
情けないものだろう
怒られないだけ、
許されるだけましなのだろうが…
これが俺が見習いで、
容赦されていると考えれば情けないの一言に尽きる
「…ありがとうございます」
希望されれば、
食後に続きをする。
再開するにしても、
後日続きを復習にするにしろキリの良いところから始めれば、
すんなり出来る…これが俺がとれる最善だった
アコヤさんのように、
時間きっちり復習範囲を全て収める技能は俺にはないが…
キリの良いところで終えること、
それくらいのことは出来たのではと
復習範囲を自己本意に設定し…
それを終わらせることもなく半端にさせた。
主人のペースを第一に俺は考えなかった、
質問が幾度と無く差し込まれたことも時間がずれ込んだ要因で…
計画通りに終わらなかったことや、
このように中途半端なところで夕食の時間になったことも
…俺はまるで殿下側に非を押し付けようとはしなかったか?
そもそも、
俺は侍従見習いで殿下は主人だ
侍従ならば主人を第一に動くべき
問われた質問には時間を割く、
当初の予定を押すとしてもなおざりにすべきではなかった。
勉強を教えることに手一杯になって時間管理を疎かにし、
結果…半端で夕食の定刻が差し迫ることになった
復習したいと聞いて、
勝手に算段して自滅…失態をさらした
俺は主人を尊重することも、
復習も満足に完遂することが出来なかった
加えて恥の上塗り
己の力量に憤るならまだしも、
予定調和させるように主人を不用意に動かした
そんな
…不愉快にさせるようなことは、あってはならないと。
アコヤさんのあの視線は
…俺の未熟な仕えを諌めるものだったのだ
「もういい。
続きは食後にまたするが、一旦片付けてくれ」
「はい、直ちに」
溜め息が混じった声に
己の反省など後回しだとハッとさせられる
許しは得た。
忸怩たる私的感情も、
改善策を考えることもそれは後で自室ですべきこと。
こうして突っ立ったまま
今、その考えに時間を使う事は愚の骨頂
"一旦片付けてくれ"
その言葉にそういわれた気がして
頬を張られた様に感じて自然と身体が動き始める
考えてみれば簡単に分かること。
もうすぐ、
アコヤさんが夕食を準備してここに来る
その時に
テーブルに羊皮紙や教本がひろげられたままでは当然食事は出来ない
口を煩わせ
準備を急かされてしまった。
指摘されるまで動かなかったのも見習いとしても未熟なのだろうなと…
せめて、
自身への負の感情を押し込めて目の前の指示に取りかかる
今の今まで…
手にずっと握ったままだった万年筆を手渡され、
片付けをし始めたのだった
…
…少し時間が経過して
「殿下、
一旦傍を辞しても宜しいでしょうか」
移動させやすいように
片付けがおわり
そう言って立ち上がりテーブルの上の物をまとめ腕に抱えていく、
基礎魔法陣の講義の物は、
後ですぐに運べるように書斎の机の上に簡単に置こうと考えながら
傍を離れる許可を口にした
「オリゼ」
「はい」
「夕食は"友人"と共にするつもりだ…分かっているな?」
退出を引き留めるような意図が見える
まるで俺が逃げるように感じたのだろうか…
勿論分かっているよな、
とでも言う…そんな威圧感も感じる強い言葉が向けられている
約束は違えるなと…
失念もしていないだろうなと確認の念押し。
食事管理から逃れることは許さない、
そんな強い意識が込められた声
そんなこと…
忘れたくても忘れていない
…分かっているさ
「…畏まりました、
こちらを片付けた後…呼んで参ります」
「ああ、頼んだぞ」
「御心のままに」
後ろ髪を引く視線を背中に感じながらも、
その場を離れる
テーブルに広げられた教本、その他諸々を
部屋と書斎の往復を数回を繰り返して全て運びいれた後
所定の位置に手早く戻していく
復習が済んだ算術と歴史学は棚に戻して…と
「ん?」
そうして食後の算段ついでに
殿下の書斎で整頓していると、先程言われた殿下に言葉に違和感を覚える
…食後に、
勉強の続きをするにしても魔法陣の復習はすぐに終わる。
半端になった残りの範囲は、
一時間もかからない
…だけど、
その短時間の合間に休憩をとるか?
休憩に紅茶も後で入れろというのは、
勉強の合間の休憩だと考えるのが普通なのに…10分そこらで殿下の集中力が切れる筈はない
つまりは
そんな一時間に満たない所要時間、魔方陣の復習の間には休憩は取らない。
ならば…
もっと他のものも復習するつもりなのだとすれば、
あの発言に違和感はなくなる。
魔法陣だけではないかもしれない可能性、
三教科のみで復習は終わらない示唆だ。
「やだな…苦手分野ばかりだ」
念のため、
今週講義数が多かった地理の準備もしておくかと
すぐに用意出来るよう…出番がないことを祈りながらも魔方陣の教本のとなりに資料等を並べて準備をしておく
今週多かった講義は地理
食後から就寝までの時間で追加されるとなれば、
今週分の地理の講義範囲をなぞるのが好ましい
が、俺はその地理苦手だから…
気がすすまない。
非常に嫌ではあるのだが
鶴の一声は絶対地理だ…殿下は俺が不得意であると知りつつ
復習したいと言うだろう。
…仕方がない
用意を終えれば、
次の指示を履行しなければならない。
既に退室の許可を取っているためそのまま居室を通って
一礼してから…自身の使用人の部屋に戻る。
友人を呼んでこいと言われた…
勿論、お呼ばれしたのは侍従の俺ではない。
ならば
俺が先ずしなければならないのは着替えだと…手早く侍従服を脱ぎ手袋も外していく
緊張からかいた冷や汗、
初めて主人である殿下の傍で侍従らしい仕事をしたからか
その緊張の糸が自室に下がったことで一度緩んでいく。
軽い疲労を感じつつ、
サラシで軽く汗を拭いつつチェストの引き出しを開けて…
着なれた着物を取り出していく。
浅黄色の無地…
気に入ってよく着ているもので、家紋の入った格の高い着物。
肌馴染みのいいそれを、
襦袢の上から普段通り着付けていけば…
身体も無駄な力が抜けて楽になっていく。
俺にとっては、
着物の方が楽…学園にはいる前は洋装は殆んどしなかった。
大半は着物、
洋装はしたとしてもラフなシャツにスラックス
屋敷を出ることはほぼ無かったから、
制服や侍従服のようなかっちりした洋装なんてほぼしてこなかった
兄上や父上も、
来客のない屋敷内では最低限身だしなみを整えていれば
着流し一歩手前の着物や洋装でも許してくれていた…
「…袴、羽織姿が制服であれば楽なんだけど…無理だよな」
侍従服はおいておいて。
そのましな制服ですらも半年位引きこもりで録に来てこなかったから…
他の皆より、
益々着なれているとは言えないんだ
と、
実現不可能な望みを吐き
自嘲しながらも
帯を締め両手で袖を掴みパンッと最後に歪みを直していく。
…次、
と手が自然と伸びたが、一考する。
取り出そうとした羽織は要らないかと…殿下の居室からは出ないこと、
加えて
その殿下が俺を友人として招くと言うならば格を下げても良いだろうと…
その方がきっと…喜ぶと思ってだ。
そのまま引き出しを閉めて机の上に置いていた簪で髪を一旦下ろす
そしてその半分を救い上げ纏める
半分は肩に流したまま…
侍従は短髪か、
主人の許しがあれば長髪
そして長くても髪を一くくりにするのが身だしなみの基本。
貴族階級ならば
何も髪を靡かせられるかと言えばそれは否。
成人貴族もリボンで一まとめにするのが通例で、
子息や学園生はそれに準じる。
まあ…基本成人貴族の身だしなみをするのだけど
…だがそれを括らず半分肩に流すことで、
かなりラフではあるが…俺は殿下の友人としての身だしなみの範疇になる
…
…時計は7時5分前、
本来なら友人が使用人部屋から伺うなんて事はないし
来るべきではないとは分かっているが…
かなり衣の格を落としている。
流石にこの格好で表廊下から伺うわけにはいかない。
それに…今アコヤさんは夕食二人分の準備で部屋を空けている。
つまり今正攻法で伺えば、
俺を来客として迎えるのは殿下一人、仮にも主人に扉を開けさせる訳にはいかないから…と、
使用人部屋から居室へと繋がった扉をノックする
「入ります」
「…入っていいよ」
入室の許可は、
侍従としては眉を潜める物だ。
だけど友人のそれとしても微妙なライン…
どちらとしてもギリギリ受け入れられるような文言にしたつもりだった
入ると振り返って此方を見ているその表情…に、
その文言への咎めはない。
そして…
先程まで侍従に向けていた主人の顔も何処にもなかった
…
「オリゼ、早く」
年相応…いや忘れかけていたあの無邪気とも言える友人の顔と口調
俺を手招く
マルコの晴れやかなその表情と声に、
こちらも思わず笑みが溢れる
「…分かり…いや、分かったからそう急くな」
思わず敬語が出そうになるのを飲み込んでソファーに座る
若干…
いやかなり動きはぎこちなくはなったが、
それは仕方ないことだと自身を納得させた。
数分前には無断でここに座るなんて出来はしなかったのだから…
「オリゼ、話したいことが沢山溜まってるんだ」
「なんだ…食事したらすぐ帰るぞ」
「…そうだけどさ、あの一件から録に話せなかったじゃないか」
「悪かったって…」
録に話を出来なかった
確かに言われてみればそうかと納得できる。
言葉自体ならば交わすことはしてきたが、
その多くは俺を叱責するものだったし…さっきのそれも主従関係のやり取りだ。
それは侍従として、
マルコとしても主人としての立場
互いに友人として過ごしたわけではなかったから…
「まだ水には流しきれてないからね?罪を被って自殺しようとするなんて…本当に心配したんだから」
「ぐっ…本当に悪かった」
不満げな、
話す機会すらなかったとしかめられた眉間
そしてさらにそれは陰っていく
その表情の急降下に
友人を本当に心配させたと、改めて考えさせられる。
そして、
痛いところをつかれて…居心地の悪い気分になっていく
「本当にそう思うならこんなこと二度としないでね?」
「善処する…」
「しないって言わないの?それ、和の国の常套句だよね…名言を避けるか暗に断る時に使う」
「ちっ…」
調べたんだよと言うマルコ…
前々から事あるごとに使い回していたが…遂にその意味が分かるとはな
これから不用意に使えなくなるなと舌打ちが思わず出る
悪いと思っているが、
自分でも確約できないと返事を濁したのだが直ぐにバレた
二度としない、
そんなことはしないと言わないのは
俺が貴族の血をひくから。
もし、
この帝国に必要な犠牲になれと言われれば
俺は戦地に赴く。
そして敵に捕まれば直ぐに自害をしなければならない。
敵に、
有益な情報を渡さないために…
自害は推奨されるのだ
だから、
マルコも次期国の権威として俺に絶対するなと2度は言わない
…己の言葉の重みを知っている。
それでも口にしたのは
そこの場の発言が皇太子としてではなく
立場のない…
俺の友人としての希望だからだ
「まあいいけど…その舌の魔方陣、解かないでね」
魔方陣は描くよりも解く方が難しい
普通、
基本的な浄化魔方陣等の生活系や
攻撃魔法陣の部類は一度発動してしまえば失効するが
俺の舌に描かれているものはその様な一過性の陣ではない
それに…
自殺防止のこれはその中でも
かけられた本人が解こうとすれば更に難度は跳ね上がる代物
陣を刻まれた人間の
行動や思考を制御したり、強制力が強いものほど
その傾向が強くなる
魔力量はともかく、
陣への理解や
練度や魔力操作でマルコに劣る俺にとれる筈はない
「今の俺の実力じゃ解けない…分かってるだろ」
「そういう意味で言ってるわけじゃないの理解してるでしょ?」
心配するだけの能力はないと、
そう吐露すればこうきたか…
…
理解ね…
今の俺にその実力がなくても解く手段は幾つか思い付く。
仮にも貴族の次男だ…
家名を使って専門家を呼べば解かせること位出来る。
それに、
この先…そのレベルに自身が成り得るかもしれない
そうなれば一人で解陣することも出来るようになる
侍従として、解くなと命令されてはいないし…
俺自身としてもマルコに知られずに解く手段は持っているのだ
…元からするつもりもないが、
それでも不安そうに見てくるマルコに溜め息が漏れる
「…理解してる。解かせることもしない、解きもしない」
「嘘付かない?」
「友人相手に約束出来ないことは言わない」
「ならいいんだ」
すんなり俺が頷くなんて思わなかったのだろうな
疑る視線の後…
嘘は付かないと俺が確約すれば、
語尾に音符でも付きそうな位…跳ねた口調と声で喜んでいる
誰も好き好んで、
陣を身体に刻まれたままにされたくはない。
それが己を守るために施されたと知っていても、
生死を管理される物を好んで受け入れ続けることはあまりいい気分はしない
外せるなら外したい
それでもこいつに隠れて今まで行動を取らなかったのは、
一応マルコの気持ちを汲んでの事だ。
そもそも…
今の俺が家名を使うことを避けざる終えないことも、
分かっているだろうに…
それに実力がなくて解けないことも承知している筈だが…何故此処まで喜んでいる?
俺が確約しなくとも、
暫くは解く危険がないと知ってるだろうし…
確実に阻止したければ侍従の俺に命令すればいいだけ
「…お前が解けと言うまでは、そういうことだろ」
「うん…流石に許してないから」
そう、
命令でもなんでもすれば良いと投げる様に返したのがいけなかったのか
いい加減面倒になってきたと、
ソファーの肘掛けにもたれ掛かっている態度が気にくわないのか…
あしらったのが決定打か?
まあ、
真面目に取り合わない俺の本心が
マルコに伝わったらしい
故意に滲み出させた攻撃の色を帯びた魔力が肌を刺し、
俺への威圧が強まっていく
仕方なく背けていた視線を其方に戻せば、
向けられている眼光は口調の柔らかさとは正反対に鋭利で…
どう見ても確実に許してくれていないのも
苛々しているのも、
マルコの目を見れば即座に理解出来ていく
「ああ…分かってる」
「本当に?」
「身に染みて分かっている」
「…本当に、だよ?」
再三の確認に閉口する
譲れない、
水に流さないと言いたいのはその一点だろうな
俺が命を捨てないように、
その点に関しては何重もの保険をかけたいのだと…
そして、
確認したとしても不安は拭えないだろうことも。
この件に関する俺への信用度は低い、
殆んど無いらしいこともありありと分かる
分かる
だからこそ言いたくなる事もある…
ならとれる手段をとればいい
お前が安心できる手段を、
俺を従わせる術を持っているならば使えば良い
それをする権利も、
立場も全部持っているならば…と
「…はぁ」
溜め息が漏れる
だが絶対の安心や確約を得たいその一方で、
強制はしたくないんだろう。
マルコが強硬策をとらないこと、
力を振るわないこと。
安堵を得るには意味がないと分かりつつ
甘い考えを捨てずに…
こうして友人の俺にそれを聞いていることで
生きる意思を命令で縛りたくはなかったと察することは出来る…
…
だけど
冷静に考えれば、
両方は両立しないことで、
どちらかを選らんで一方を諦めなければならないし…
そもそも
どの言葉にも信も置けないなら、
友人である俺の確約にも甲斐はない…結局マルコは信用できない筈だと。
それを言わない分別は持っている。
だから言いはしないけど、
それでも
それでも…かなり嫌な気分になってはいく
「あのな…俺はあれから一度も解こうとも足掻いたことも、
解かせようと画策したこともない。
今こうして甘んじているのは事実だ、それでも信用に足りないか?」
「…不安は拭えない、かな」
「あのな…マルコ」
「オリゼ?」
「…」
信用がないなら、
こうして俺からいくら言質をとったところで意味はない。
そんなに不安なら
いっそ侍従の俺に命令して縛れば良いと…
そんなに心配ならば確実性を取れと吐き捨てそうになる。
…マルコの気持ちを
何も配慮しなければそう言ってしまっていたところだ…
「遠慮しないで、何言いかけたの?」
「俺は真面目に取り合おうとしてない訳じゃない。
…後はマルコが好きに判断すれば良い」
だって、
俺の言葉に信用がないなら
ここで何を言ったとしても無駄な事だと
そう言ってしまいたいと思う
それでも
…喉元からせりあがるその言葉の刃を飲み下せているのは
俺が一重にマルコに悪いと思っているから。
…ただ、
その詫びる感情から自制出来てるだけだ。
マルコが俺の言葉を信用しない
信じるために俺を制御する力も振るわない
その上で信じさせることは俺の持ち札で叶わない…
俺が示せるのは、
これを刻まれた時から今までそれから逃れる行動をとってこなかったその事実のみ
好きなように裏はとればいいし、
そもそも俺の動向や情報は知っている筈と口にすること。
そして、
その真偽の判断をマルコに任せると示して誠意を示す…
これで納得できないなら、
俺にきれるカードはもう何もない
提示できないと、
正眼きって見返していく
暫し見つめあったまま
…居心地の悪い静寂が落ちたが、
俺を見返したマルコから気まずそうに視線をそらしたのは直ぐ
「ごめん…」
「お前が謝ることじゃない、
俺が蒔いた種だし悪かったのも俺だからな」
「そう?
ねえ、オリゼ…なんでそんなに僕の友人として自覚がなかったの?」
「それについては…二度も言いたくない」
謝ってきたこいつにやっと話が終わったかと思えば、
済んだと考えたがそうは問屋がおりない
ずっと話したかったって話は
2つ目もあった…
次に来るのはやっぱりその話題か
何もマルコにそう思われていないなんて思ってはいなかったし、
友人としての自覚がなかった訳じゃない。
だけど
柄にもなく家の格の差があることと、
単に己に自信が持てなかったから気後れしただけの話
それに
先日無理矢理に言わされただろ…?
これに関してはマルコも納得したはずだし、
俺としても今さら繰り返して言いたいとこではない
「そう…でも言っておきたいことはあるよ」
「なんだ…」
ソファーの肘掛けにもたれ掛かっていた姿勢を、
更に崩していく
背もたれに背中を沈み込ませ、
社長座りのように身体から力を抜いていく
もう、
色々と面倒でなおざりにしたい…
「オリゼの兄上とあのとき話していたのは、学園初等部の色んなアドバイスをくれるように頼んでただけ。
それはオリゼと友人になる交換条件でも契約でもないってこと」
「…そうか」
「ただ、仲良くしてやってくれとは言われた、でも友人になれとも世話を焼けとも言われてない…
最初はオリゼの奇人変人ぶりに面食らったけれど、僕がオリゼと友人になりたいと思ったからこうして接してきたんじゃないか…鈍感でもそれくらい気づいてた筈でしょ?」
それでも
付き合う義務のある話題だと返事をすれば
こんなことを言い出す
気付いてた筈、ねぇ…?
仰け反るように
天井を見上げて過去の記憶を思い返していく
あー思えば
マルコが親密になりたいと
一歩踏み込んできた事は記憶にある。
友人になりたいという行動は俺からではなくマルコからだったし、
当時も奇人変人だとか言いながら
俺に合わせてくるものだから流石の俺でもその機敏にら気付いていた
慢心ではなく友人としての自覚も、
早い段階からは実は有ったとも…今でも言いはしないが
その気持ちが無かったと嘘を偽称することもしない
「マルコ…俺が付け上がるとは思わなかったのか」
だから、
返事がわりにそう聞けば
流石に怒るよとぼそりと聞こえた…
オリゼがそんな人間性を持っているならば、
最初から関わろうとは思わないと…
君の兄に頼まれても、
…例え契約や交換条件でどんなに旨味のある対価を提示され
得られるとしても
続けられた
一人言の様な言葉に、
…何も言わず耳を貸したのだった




