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責27。




一粒流れ落ちれば

最早止めることが出来なくなった


関を切って溢れる感情が、

友が書いた苦悩に贖うように流れ落ちていく



もう、

文字1つだって読み取れはしない

ぐちゃぐちゃに浸水した高級な紙は、

ただなんの景色かも分からない…水墨画のように成り果てている





「オリゼ」


「…は…い」



恥ずかしくなる程、

弱々しい己の声が耳に入る…


それでも返事をしないわけにはいかなかった、

これ以上自身を惨めなままの

敗走者にすることは出来なかった。



返事をすることで

次に痛い言葉が差し向けられたとしても、

打ちのめされる判断がなされると想像はついていても


もう、

堕ちるところまで堕ちているこの場所から

更に後退りなんて出来るわけがない

…逃げれば、

即座に奈落に落ちることは分かっているんだ





それでも、

目の前の傍仕えはまだ俺の名前を呼んでくれる

話を続けてくれていて、

見習い侍従に対しての指導はまだ途切れていない



…再起をはかる機会を差しのべて貰えている。


そう

取り返しのつく瀬戸際で、

今…俺は踏みとどまっているらしいから…






「侍従としての自覚はあるかと聞いています」


「…」


三度目の問い掛けに

改めて今までの行動を考えるが…


結論は考えたところで変わらない




…あるはずもない

アコヤが言った事なんてひとつも考えることなく此処まで過ごしてきた。

多岐に渡る業務を覚えること、

侍従としての振る舞い…敬語や体面に気を使うだけで精一杯だった




マルコを主人として、

気遣うまでのことを出来たか…

侍従として主人に心配りが出来たか、そんな事は一度だって出来たことはない。


気遣うどころか

マルコを心配させて…

単なる侍従として俺を扱う事を困難にさせてきた。


俺が不出来なせいで

何度も責を問うことをさせてきた

主人としての立場等要らないと、

友として俺を扱いたいと、

処遇など下したくないとマルコには何度思わせただろうか…





「オリゼ」


「…ありません」



そもそも…

あの時生きることを捨てた俺を

この世に繋ぎ止めるために己の侍従にしたのにと、

友ではなく…

命令する立場になれば自殺などしなくなるからと考え…

仕方なく、

守るためにそうした。



それなのに何故この手で痛め付けなければならないのかと、

侍従としてなんて…本当はそんなもの求めていなかった、ただ傍に立ってくれるだけで


侍従として仕事が出来なくても良い…

意に介していないのだから手打ちにもしたくない。

主人としてではなく友としていてくれるだけでいいのに…


そんな痛々しい吐露が含まれた

走り書きからも推し量って見てとれる



結果的に酌量は多かった

つまり…俺は友人の立場に甘えることが多く、

外身すら侍従として不完全になっている。



そう、

侍従の心構えなんて、

俺は問われる迄もなく…一ミリも出来ていない





「成る程、今後もそのまま仕えるつもりですか?」


追い討ちに追い討ちを掛ける、

そんな問いかけに

次第に心が悲鳴を上げていく




こんなことを続けるつもりか、

侍従として主人に仕える心構えを持つ気がないのではと。

それに空き足らず、

失態や未熟な振る舞いのせいで…主人に負担を掛けさせるだけなのかと…


主人に害なす敵を見るような、

そんな視線が此方に向けられている気がしてならない





「いいえ…」


「ならばどうするおつもりですか?」


「侍従として心構えを持ちます…今からでも、間に合いますか?」

「それは私が決めることでも判断することでもありません」





「…っ」


今から心構えを持ったところで、遅い


これだけ負担を掛けてきたのだ…

もう俺など要らないと言われても仕方がない


それでも、

間に合うならばマルコの気持ちに報いたい

主人として振る舞ってきた、

その心遣いに…今度は俺が侍従として少しでも支えたい






そんな決死の思いで紡いだ言葉は、

一蹴された。


そんなことは

傍仕えである私には知らぬことだと…



ならばどうすれば良いのかなんて、

俺には分からない。

こうして教えを受けて、

改心したところで…

この後主人にその道が絶たたれるのであれば、徒労になる。


それなのに、

何故この人は指導を止めてくれないんだ…?




辛い



目の前が暗くなっていく

ただ俺をなぶるためだけに、

この状況があるならば…もう聞きたくない


耳を…塞いでしま



「オリゼ、聞きなさい」


「…ぅ」


肩を掴まれ、

意識を飛ばそうとしたのを咎められる


強い力ではなくとも、

逃げ出そうとした俺を諫める意図が含まれたそれは激痛にも似た感覚を与えてくる





「…耳は此方に向いていますか?」


「い…いえ…」


聞きたくない…

耳に痛い事ばかりだ。


聞くことが義務であることも、

逃げることは許されないと知っていながらも…

一瞬気が揺るげば、

この様だ。


情けない

ガタガタと震える身体の振動が、

肩を掴まれた手からも伝わっているだろう

その諫めがなければ…


崩れ落ちそうな上半身を支える腕を折って…

床に踞って、耳を手で塞いでいたところだ



…そんな状態で耳を傾けていたなんて言えはしない






「今は向いていますね、続けますよ」


「…」


非情だ


指導を拒絶した、

耳を向いていないと言ったのに、

見切られることを覚悟で正直に言ったのに…まだ続けられるのか?


どうして諦めてくれない

指導を続けたところで見込みがない行動を俺はとったのに…







「本来は侍従見習いが主人の身の回りを始めからする事はありません。

見習いとして入れば長い下積みを経て、下僕…つまり沢山いる侍従にやっとなれます。そこから侍従としての技術や格をあげて一握りが主人の身の回りを直接する傍仕えや傍仕えの補佐につきます。

ですが…貴方は傍仕えの補佐ですね?」




「…私はまだ」


まだ見習いに過ぎない…

こうして指導を受けている身だ、その見習い足りえてすらいないんだ。




傍仕えの補佐なんて立場、

俺には分不相応なのは分かっている。


それでも拒否権はなかった、

主人に役職を与えられれば拝命するしかなくて受け入れた役職

アコヤとは違って、

俺のは実力を伴わないただの肩書きだ…




なのに何故、

今この話を振る?

見習いとしても、

侍従としての心構えを出来ていないと認めて貰えていない。

そもそも、

俺の事を侍従だなんて思っていないだろうに、

…そんな立派な役職付きの侍従であると認めるような発言をこの人はするんだ?





「言い訳は聞けません。

例外も例外、特例続きではありますが学園では傍仕えの補佐として貴方は傍目から既に認識されています。

ですがこのまま主人が城に戻れば貴方はただの従僕になります。

侍従として何の役にも立たない心構えもない貴方が主人に侍る…それも傍仕えに世話もさせている。見習いと言うにも憚られるような見習いが主人の気に入っているという理由だけで役職を持ち、侍るならそれは最早侍従ではなく従僕です」



「…従僕、ですか」



言われてみて

否定したくても…確かに従僕だと思わざる終えなかった




俺は主人のお気に入りだから、

侍従資格もなく見習いであったとしても役職が与えられたのだと…


役に立たなくても良い、

命を繋ぎ止めてくれたら良いと…

マルコもそれが理由で俺を侍従見習いにしたのも知っている。


そして現状、

録な仕えも出来ず

主人に心労と手間をかけさせるだけの存在だ



これだけの材料が揃えば、

この傍仕えから従僕だと見なされても仕方がない



…俺から見ても従僕の条件を満たしている





「厳密に言えば、従僕も侍従です。

ですが私は技量のない使用人を侍従としては認めません。

主人に気に入られているというだけで厚かましく温情にぶら下がり侍る相手を侍従だとは思えません。

勿論体面はそう扱いますが…貴方はそうなりたいですか?」



「…なりたくありません、私は曲がりなりにも侍従見習いとして仕えたい。それが他の侍従と仕える理由が違うとしても…主人を思う気持ちは…それに甘えるだけの従者にはなりません」



侍従の中に従僕という役割はある。 

だけど、従僕に普通の侍従の働きは求められない





俺が見たことのある従僕は、

ただ主人に気に入られるように振る舞って、公の場でも憚り無くその腕を巻き付けていた


役職だって…

お気に入りだから、高いものが与えられていたな。

それを当時の俺は、馬鹿馬鹿しいと毛嫌いしたものだったが…

過分なそれを与えられているのは今の俺も同じ。






袖を引くなんて…

裏であんなことをしていると見なされたくはない


でも、

こうして何度も酌量して貰うことも

見切られること無く手を差しのべて貰っていることも…

情にすがっていることと同じだと、

従僕らしい振る舞いを俺がしていると言われているのも理解出来る


…嫌でも分かる



俺だって…

従僕を侍従と認めてなんていないから

これが、この人にとって俺に向けた厳しい諫めの言葉だと身に染みて分かるのだ






「ならば、侍従としての自覚を持ちなさい」



「…はい」



地下の冷たい監獄で…

侍従紋を刻んで見習いになったとき、

この人は俺に甘い指導が欲しいかと聞いてきた。


俺は普通の指導を願った、

従僕ではなく侍従として扱ってくれと示した気持ちに今も変わりはない





「先程は知らないと言いましたが、今こうして主人は私に貴方の指導をさせています。

理由はなんであれ…今あなたが解雇されていないことも明白

…従ってまだ貴方には機会があるということです」


「…」



「普通の侍従であれば…傍仕えだろうと補佐であろうととっくに首です。

信用が命の侍従です。

これだけの失態を続けたならば首をとっくに切られていますし、

そんな侍従は他の主人に仕えることも叶わなく落ちぶれていくのが普通です」



そう溜め息をつきながら続けて言われた言葉に

重大さが漸く理解できる…



曲がりなりにもと言ったが…酷い体たらくだ…

これだけ侍従として優遇されてそれに応えるどころか首物の失態を続けてきた。

それでも、

俺にはまだ主人の許しがあるのだ



従僕としても、その枠をとうに越えた待遇。

侍従としてもここで反省1つすら出来なければ…と、

アコヤが怒るのも必然だ





「…申し訳ありません」


「オリゼ、魔力を殆ど使いきりましたね?

録に体に力が入らないのでしょう、そんな状況で今有事が起これば貴方は主人を守ることが出来ますか?」


「出来ません…」


「その様な身体で、使いに走らされる用事を頼まれたら出来ますか?」


「…満足に、出来ません」



申し訳ないと口に出せば、

諫めるために肩に置かれていた手が緩んでいく

…それに浅く、

詰めていた息を吐いたのがいけなかったんだ



まだ指導は終わっていないと

頭に置き直された手が、

俺の頭を下げさせていく…俺の失態を言葉にして降り注いでいく





「2、3時間の自由時間とはいえ、もし何かあれば私しか動けませんね?

傍仕えの補佐はその間そこに座り込んでいるだけです…それは侍従として正しい行動ですか?」


「いいえ…違います」



膝において倒れないようにしている体勢が、

ぐらりと前に倒れ込みそうになる

置かれた手によって

強く…懺悔を促すように頭を下げさせられてる




そもそも侍従に自由時間などない、

常に主人のことを念頭に動くことが仕事だ…

休日だって呼び出しがあれば傍に馳せ参じるのは普通で…休み等ないのが通例


でも、殿下は違う

侍従であろうと一人の人間、休憩も休日も必要だと…

四六時中主人に侍ることは不要だし業務を越えたものになるだろうと、

休憩だって

睡眠時間だってちゃんと確保出来るようにしている

…この殿下の意向は俺も短い間で学んだことだ。




だからと言って…

自由時間を自由にして良いものではないことくらい分かってる

呼び出しや有事がないとは限らない。

主人の配慮を己の権利であると勘違いするなと、

録に力も入らない状態になるまで魔力を消耗するなどあってはならないと…

癇癪を起こすなどもっての他


そう、アコヤが俺に注意を促すのも当然のことだ…






「食事管理も傷の手当ても同じです。自己管理が出来なければ主人に迷惑をかけます。そんな侍従をもつ主人の評判は落ちるということの弊害は今は言いませんが…想像はつきますね?」


「…つきます」


「薬も食事管理も主人の御命令です。暫くは私がしますが、命令…私の管理がなくとも今後はきちんと自身でやられると約束出来ますか?」

「…はい」



世話をする側が、

世話をされていては世話ないだろうと…

己の体調や食事管理ができないのであれば、

満足な働きは出来ないし…侍従として未熟であると言われていく


主人の生活や

身の回りの世話をしたいのであれば、

まずは己が出来ていなければそれを出来るわけないと…



「…分かったならば、話はこれで終わりです。

見習いに失敗はあるものです…傍仕え補佐である貴方には、その猶予期間が十分にはなかった。

免罪にはなりませんが…考慮位はしてもいいでしょう」


「…見限ら…ないの…ですか」





「見限った相手に、私は時間を割きはしません。

オリゼ、泣いている場合ではありませんよ…ほら顔をあげなさい」


「…上げる顔などありません」



失敗しても許して貰える

見習いとしての猶予時間がなかったからなんて、甘い待遇

考慮してくれるだなんて…


…つくづく情けない

見限らないと、こんな俺にまだ言ってくれる傍仕えに合わせる顔などない



嫌だと…

崩れた顔を見られたくなくて逃れようとするも

頭に置かれていた手が、俺の顎にかけられていく



「仕方ない子ですね…本当に憎めないのはそういうところなんでしょうけど…」


「…ぃ」



呆れた声と共に、

しっかりと掴まれて無理矢理に顔を上げされられた…


泣いたせいで、

熱をもった目も…

流れ落ちた涙の後も残ったまま

びちゃびちゃになった鼻水も

そのままの顔が…


隠すこと無く晒されていく




「見限らせないでください…本来は下の侍従が世話も指南もすることですが傍仕えの私がそんなレベルで教え、合格点をあげるとは思わないことです。

これに懲りたら…オリゼ、今後は素直に指導に付いてきますね?」


「…はい、心に」




そうしかと見返して言えば

再度、頭に手が置かれる

また反省を促すように、下げさせられるのかと思ってびくりとすれば、

今度は優しく…どこかあやすように撫でられていく


そしてもう一方の手では…

泳いだままの目を覗かれながら、

いつの間に用意したのか…綺麗な折り目のついた布で顔を拭かれるがままになる

少し濡らされているそれは、

俺の顔を綺麗にしていく…




言葉無くとも、

その労るような手付きに

目を細め…


緩んでいく心に任せて、

…終いには頭をアコヤの膝の上に預けるようになってしまったのだった





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