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此処は学園の式典棟

煌びやかなゴシック建築の意匠が細部に渡る迄施された絢爛豪華な内装

外観は言わずもがなである。



そんな中、

同じ学年の数十名の列

その最後尾で自身の名を呼ばれるのを

今…こうして待っている

時間にして30分もない待ち時間


有力貴族の子孫やら従騎士が箔がついた安堵か、慢心かに満ち溢れた面持ちで順番を終え、退出していった。




「ルチアーノ・レイ・オリゼ」

「…はい」


…そして漸く自身の番である。


男爵の息子として、

自身にとっては初めて着る礼装に身を包んでいる。

定位置に進み左膝を付け、頭を垂れ、ありふれた礼をする。


…汗が止まらない…口が乾く…

8年前

城下から祭典の際一目見たことのある陛下

その威光が今、自身の目の前に。

嫌がおうにも肌を突き刺して、緊張を増幅させてくれる。




「ルチアーノ・レイ・オリゼ。

貴殿のこの度の戦火前線による敵中隊副官の捕縛の報奨の授与を行う…ラクーア侯爵続きを」


シンとした空気にに響く、初めて聞く自国の頂点の声に

額からつたった汗が、落ちる音がした。


勿論実戦ではない

"この度の"と言うのは学年末にある実習訓練のこと。

講義内容の1つで身の危険等、

教授陣に保証された大人から見れば出来の悪いお遊び…


それでもこの式典に参列出来るのは、

その中でも優秀な成績を修めた者達…兄の入れ知恵によって何とかそこに

出来の悪い俺も運良く含まれたのだ。





「はい、陛下。オリゼ前へ」



緊張を解すかのようなラクーア公爵の声音

昨夜も聞いたはずのその声に励まされ、干からびて張り付いた唇が動く


「…はっ」



ラクーア卿

数多くの通り名と功績

゛家臣に下った王族゛

゛ラクーア侯爵家の婿゛

゛王に排斥された弟゛

…そして俺にとっては年の離れた兄貴分



その姿と声をを認め

足を進めようとするも…

唇は動けど、体とまではそう問屋は卸さない

そう言うことだ。

意思に添わない体を無理やりギシギシと耳元でなるような動きで、奮い立ち上がらせる。


ゆっくりと流れる絨毯の模様


伏せた目の端に映る重厚な礼服…

いや、目が疲れるようなきらびやかな略章を飾った王国の重臣達が佇む圧力の中、

陛下の側に控えるラクーア卿に向かって更に歩みを進める。







感慨も流石に湧く、というものだ。

騎士や陛下達から見れば遊戯であってもこうして此処に立てた、

それだけでも俺にとっては善戦した…

そう…今までにラクーア卿にかけた面倒や切らせた青筋の数は計り知れないのだから。


だから…

…その恩に、少しは報いられただろうか…と。

本来兄貴分と呼ぶに値する距離に少しは近づけただろうか…

…面と向かって言うことは今までもそしてこれからもないが、感謝はしている。

後で改まって感謝を、

とも思うが…普通なかなか言いづらいものだよな?



……そう言えば親友のマルコが、

天の邪鬼とか、ツンデレ通り越してツンドラとか、肝の冷えるようなことをするやつだとか俺のことをそう評していたが…





…普通だよな…


普通……





普通?



…普通


……普通?



…いやいや、普通じゃない。


何が…って?

距離がだ。



歩きつつ、現実逃避してはみたが近くないだろうか?

すでに王座近すぎる。

まだ前に進まないといけないのか?

思考どころか魂がどこかにいきそうになる…


他の授与者はもっと手前で渡してたじゃないか…ラクーア卿よ…

そうか、定位置で目線を下げたときか

しれっと立ち位置変わってるし…

……と、ぶつぶつと呟けもしない言葉を思い浮かべながら、

漸くそこに座せと指示されて膝を付く




しかし…


定位置では遠近感ではっきりとはわからなかったが…

いや、分かってはいましたが認識も確認も脳が拒否反応を起こしているだけだと、何処か冷静にならなくてもいい思考回路がそう結論付けてくれる


……王よ…膝はつきましたけども…

…いや、前へ出て、膝を付け頭を垂れた状態だけれど…

けれど、

…近い…これほんと何あったら困るレベルの距離だ

王座目前じゃないですか…


まさか…

マルコの友人特典?

…そもそもマルコが俺の名前を陛下に出したことがあるのか?

…末端の留め置く存在でもない俺を?





「…また、今回の勝利はセルシーオ公国捕虜による内部情報により、戦禍における戦術をたてる際の……」



一頻り、

何をしているんだと

陛下の後ろで控える護衛ときっと同じ気持ちだろう


こんな餓鬼が何を出来るかと聞かれれば、

何も出来はしないが…

それでも無用心過ぎる。


そんな心境を察しもせず、

朗々と読み上げられているのは実習の内容だ

何故だと…

警備はどうしたのだと疑問符を脳内で量産し終え、

なんとか現実に戻した耳には、

やっとラクーア卿の読み上げる声が入ってくる…



架空の敵国

セルシーオ公国と学園内…

学園の広い敷地で国境における模擬練習。

気紛れに取った行動が、その戦況における重要な…実習の大きな評点項目、戦果とも言える項目を満たしていたらしい。

大したこと、

周りに比べれば些事

苦手な剣を

…扱えた訳でもない

得意な奴らに任せて後方で唯大半くだを巻いていただけなのにな…

策だって、

頭の良い奴らの話に茶々を入れる程度で採用されたのはごく僅か

後方支援班であった役回りも満足にこなせなかった…



それにしても長い

話が…長すぎる

格式を繕って間伸ばしさせても誉める点等ほぼ無いだろうにな…









そういや、

あの頃はよくこのラクーア卿の声で睡魔のお世話になった…な…

こんな状況下でまた、お世話になれば更に別の眠りにつきそうだが…

と黒歴史が思い出され…



カサッ


ん?カサッ?


「…以上を鑑みた目録を読み上げる」




ん?


思考から引き上げられた意識…

伏せた頭

紙擦れの音に少し目線をあげ、映った光景を認めた。

さも当然とばかりに、ラクーア卿に目録を差し出しに隣に立つ若人

刹那、

どす黒い感情が沸き上がる


「目録、……っ!……一つ、賞金10オンス 二つ、白石章 三つ男爵位の相続権………」


御前にもかかわらず、

焦げた感情に滲んだ視界

ラクーア卿が、ぴくりと反応したのが見える…


…嫉妬だ

見なければ良かった…

紙を手渡し下がる若人を眺めながら思う。

あの隣に、ラクーア卿の隣に一度はと憧れた場所

俺の方がずっとずっと……と妬んだ感情がラクーア卿に伝わってどうするのかと…


そう、自分自身で勝手にへこんでいると、

なにやら目配せをする二人


「…以上を報奨とし、白石章の授与に移る…陛下?」



「ああ、わかっている」

そう言ってラクーア卿の呼び掛けに応じて、

その手から勲章を受けとる陛下



…うん?

陛下が?


……固

いや、流石にこれはやりすぎだ



「では…オリゼ、これからの貴殿の活躍を期待しここに白石章を授与する」


武骨な手…ではなく藤色の指輪をつけた手にのる最下位の白い勲章

が差し出される。



…ッ

手に真鍮の金具の冷たさ

それにはまるつるりと鈍く光るオーバル型の石


その豪華とも貧相とも言えない勲章を、

出来うる限り最大限の礼をこめて手を高く上げ、

゛正面より゛受けとめた。


「…ここにしかと、精進して参ります」



勲章の白石、か…

通称捨て石…

ありふれた…とまでは言わないが、男爵子息としては、爵位の相続に欠かせない証のようなもの。

嬉しいが…手に入れるべき物がこの手に今…

と湧くはずの

感慨も枯渇したのか一ミリたりとも心を満たしてはいない。



…さっきから近い近い近いと思ってはいたが、

陛下直々のお言葉と、最下位勲章を態々御手から頂くとは…



これでも嬉しかった筈だった

式典に出られると聞いて此処で待っている間は少なくとも…

でも今は、

ただただ疲弊している。


少しでもこの場を立ち去りたい

特別待遇は…要らない

ここまでされる覚えは無いのだ。


もしかしたら、

裏口で、これも手に入れたのかと…

そう勘ぐってしまう程の

…なんなんだ…

疲れた…

からだがもたない…

はやく退出許可の言葉を…




と、また思考を飛ばしていると



カツッ

さっと視界に差す影


(よくやったな、オリゼ)

「っ……」


一歩近寄り、耳元に不意に囁かれた台詞。

驚きと滲み出る嬉しさで

押し殺し損ねた声が喉奥から漏れる…


(…ありがとうございます)

そう思わず呟いた……



いや呟いたところで陛下にも聞こえる距離での声を抑える意味はなんなんだ…と思ったが後の祭り


言わないつもりの言葉も返さなくてはならない上に…

そのやりとりにか、陛下の生温い視線が刺さり

根源に目を向ければ、なにやら満足そうに笑みを浮かべるラクーア卿


この場では到底相応しくないなんとも言えない穏やかな空気が三者の間に流れ始める…



お陰さまで

嫉妬心だけじゃなく、散っちゃいけない緊張も霧散した…

退出はやく!とか思っていたのに、

最高権威にその空気に惑わされ一人心地ついていると


…ん?



タタ…


タタタタタ…


タタタタタタタタ…ピタッ


突如聞こえてきた騒々しい足音

大きくなり…

そして今、扉付近で止まった…


「…?」

「…?」

「…?」




ーーーーーーーーーーーー



がん!!!!

「取り継ぎを!」

(ま、マルコ様…)


「……」

扉の向こうからする騒々しい雰囲気

対して、

シンとなる重臣、陛下、ラクーア卿に俺




「早く取り次ぎいたせ」

(…マルコ様、只今授与式中で改めて入室許可を…)


「…出来ぬと?」

(……出来かねます。…恐れながら、式中にて入室の…)

「父上、マルコでございます、入室の許可を…ふがっ」


…しん



……鼻の骨の具合が気になるところだ 



……



「…入れてやれ」

…うん、仮にも継承権ある王子だしな。

ほら、王が額のツボを押してるぞ…

十中八九、頭痛だろう…普段優秀で模範って性格のやつほど突拍子まないとこをするというのは、本当だったんだな、怖い、怖い。

…あいつは息子枠で赦されるだろうが……暴挙にもほどがあると思うぞ?




「失礼しま…っルチアーノ!!」



「…失礼しました、父上。 式中に申し訳ありません」

「…いい、なんだ。重要な案件か?緊急を要するものか?」



「はい、ルチアーノに関することで…」



…グリ


「……マルコ。

マルコ、心情は分かる。だが略式とは言えど式は式。

……式終わりまで待てぬ用事なわけで「待てませぬ」もなかろ…うん?」


「…ではなんだ」

…グリグリ


陛下…お疲れ様です…

…俺への祝辞でも言いにきたわけじゃない…

流石のマルコでもきっとそうだと思うので、グリグリしすぎるのはやめたほうが…



グリグリクリグリ……

しかし、ツボ押しの音がまるで聞こえてきそうな……



グリグリクリグリ…

本当略式の式でよかったーって声が聞こえてきそ…

そろそろツボがえぐれてきそうな気もする…



「…陛下」


ん?…父上呼びじゃないなんて珍しい、

それと、マルコ一人の足音でもなかったな、後に気配はあるし付き添わされたやつらがかわいそうだ…



「…陛下、監査部下士官として申し上げます。……っ、先ほどオリゼ卿が息子ルチアーノ・レイ・オリゼの…オリゼの逮捕令状が出されました」



…うん?令状?



「誠か?」

「…間違い御座いません、ここに令状が。陛下」




…監査部?

…じゃあぞろぞろと来たのは監査部か、

先程迄式典に参列していた身を蜻蛉返りさせてきたと思えば何事だよ…

てか、俺の令状?…うん?

うん!?



…まさか!


ぴくりと動く体…刹那


「ルチアーノ!動くな!」



…ッ

その近距離で放たれたラクーア卿の声圧に更に反射的に腰が浮く

……瞬間、目に火花が散る



逃げ…れないよな……

…よりによってこの状況…

脳裏に焼き付く、駒送りの映像


陛下の冷たい目

横から目も追えぬ早さで繰り出されたラクーア卿の腕

残像を追う間もなくきた衝撃に

傾いでいく


近づいていく絨毯の模様が

歪んでは大きくなっていく…


目の端に王座後ろに控えた近衛が

抜きもしない鞘に包まれた剣先を向けてくるのが流れて…



……でも、反射は仕方ない、

よな?


愛用の刀を携帯してるわけでもなし、

結界により術式は使えないし、

そんなに強くしなくとも……



王座からの距離ほぼ0

先程の嫉妬心

反射による動き


…うん、………

理解は…出来るが……


そう考えている間に

下に押し付けられた頭に血が下り、次第にぼやけていく思考

それも一時で、

鮮明になる首筋に当てられた鞘の冷たさ

肩関節の軋むような痛みが増し、意識が戻ってくる…



「…また、ルチアーノ自室からの収支記帳の改竄、予算の増額に関する資料の…」



「…加えて、昨年の春の祝賀招致における…」



…長々と続く罪状…

戻ってきた意識も

後ろに捻りあげられた腕の痛みも

色々通り越して感覚がなくなってきた…


そしてその口上の走りは、

知っている内容

聞かなくとも…顛末も詳細も読み上げられなくても知っている



軋む…

魔力は発動されていなくても、実戦向きではない装飾の多い祭典用の剣を引き抜かれていなくても

それでも肌に圧力がビリビリと刺すように痛く…

先程あれだけ優しく温かい空気が、

それを向けてくれた相手から発せられていることに

ラクーア卿の俺を捕らえる気迫に

自己嫌悪に目の前が暗くなっていく


「また……計画性が…………時期、事業に……ける…」




「上記、領地活性化予算の長年にわたる不正拠出及び隠蔽の罪により、第8監獄禁固28年を執行する」



「…なにか弁解はあるか」  


…ッ

「…御座いません」


…マルコらしからぬ威圧的な口調と雰囲気にはっとする。

流石にこの突き刺さる視線と凍りついた空気のなか、

どうせ聞いてもと

途中から聞いていなかったので、どう答えたものかと


この場を乗り越えられる、意味の通らないことはないだろうと、咄嗟に口にした返答………

が、しくった感が否めない……

もう少しまともに答えた方が良かったか?


「やれ」


ゴスッ

そう…後悔した瞬間、首筋に衝撃

…次第に

今度こそ本当に視界が黒く染まっていくのがわかった。




「監査官、連れていけ」


そして、

遠くで…

泣きそうな声で誰かがそう言ったのが微かに聞こえた…



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