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喧騒と幸福は永遠に

 最終回です。

 

 ――あれから五年がたった。

 この世界に来てからおよそ七年、いや八年か。もう割と記憶はあいまいだ。

 年齢も覚えていないが、おそらく向こうの世界での成人年齢はとうに過ぎ去っていることだろう。

 煙草をふかして……ゲホゲホとむせて。格好なんざつけるもんじゃねぇな。

 ふうっと息を吐いた。

「山奥に引きこもってる馬鹿がどうしてため息なんてつく必要があるんだ」

「リリス、一応俺も働いてんだぜ」

「働くといってもノアのところの非常勤講師だろう。週一回だけ山から下りてきて何が引きこもっていないだ」

 正論で言い負かされた俺は少し頭を抱えて、またため息を空に吐き散らす。

「お前、とっくの昔にくたばったボケジジイの家に勝手に住み着いて、もう五年になるのか」

「そうだな。長老の家を譲り受けて半ば隠居し始めてからもう五年になるな」

 あの日よりまた少しだけ成長した――しかしとても向こうの世界でいう高校生くらいの年齢で通っているとは思えない小さな体の少女型悪魔の悪口をやんわりと訂正しつつ、俺は今日までの出来事を思い返した。

「あの日、お前と契約して、その勢いでアリスと結婚して。それから――」

「なにもなかっただろ。いい加減にしろ」

 ノアやテネシンなどの冒険者たち、さらにはあの教室でノア達とともに育てた教え子たちの一部もまた後継の冒険者となったおかげで、この町におおよそ危機と言えるものはなくなっていた。

 俺が出て対処しなければならないような強敵はもはや現れることはないだろう。まして、契約を行使して命を燃やし尽くすことも――きっと、絶対にできない。リリスが絶対に許してくれない。

 ……力を使わない限り、俺は死ぬことができないというのに。

「死ねないことがつらいか?」

「ああ。けど慣れちまったよ」

「……そんなもんさ」

「流石、大先輩の言うことは説得力が違うねぇ」

 リリスはこれでも何千年と生きてきた悪魔なのだ。たかが二十と数年しか生きていない俺とは違う。

「……慣れるのはまだ早いと思うがな」

「だろうな。……いつかアリスを失う日が来るのは、知ってたとしても心苦しいよ」

 わかってはいる。死ねなくなった、ということは一般的な人間の寿命をはるかに超えて生き続けるということ。俺の嫁は……残念ながらただの人だ。

「あの日から、お姉ちゃんはずいぶん成長しただろう」

「ああ。胸も少しは大きくなって、優しくなって。時々……その」

「言わなくてもいい。しかし、お前は」

「あの日から一切変わらない。あの日のままの姿。きっと、それは永遠に――」

 最後まで言い切りたくなかった。

 本当は、一緒に老いていきたかった。アリスとなら子供だって作りたかったし、二人で同じ墓に入るのもよかった。何度も考えたけど。

「お前の命は私のもの。子種を作る分の生命力すら――私の担保なのだ。故に」

「子作りはできない、だろ? ったく、何年も言われてりゃいやでも覚えるさ」

「……お姉ちゃんはいいといったのか」

「何度も言っただろう。……了承して、それでも受け入れてくれたって」

 申し訳ないと、いまでも思っている。別の人と幸せになってもいいのだと、彼女には何度も話した。その方が幸せだろうと。

 けど、彼女は断って、俺を抱きしめたのだ。


『ジュンヤくんと一緒じゃない幸せなんて、ありえないよ』

『子供なんていなくていい。死ぬまで、あなたと一緒にいたい。……今度はもう、絶対に離さない』


「それで、いま幸せか?」

 リリスはあきれたように笑った。

「ああ、嫌になるくらい幸せさ」

 俺も答えるように笑った。


「それで、俺んち寄ってくか? アリスが山菜おこわを作ってくれてるから」

「ああ、世話になろう。ちょうど、いい酒もあるんだ」

「それは楽しみだな」

 とりとめのない会話をしながら山を登り、そろそろ家も近くなってきたころ。

 その声は聞こえてきた。

「……わぁぁぁぁん……」

 あれは、子供の泣き声か?

「行こうか」

「だな」

 一言の意思疎通で以て、その泣き声の元に向かうと、そこには。

「……ふぇ?」

 おおよそ五歳くらいの、白髪赤目の、白磁の肌をした少女がいた。

「ああ、忌み子か」

 読者の皆様はアルビノという言葉を聞いたことがあるだろうか。

 知らない方のために説明すると、皮膚や髪の毛などに色を付ける色素が生まれつき欠如してしまった人間のことである。

 それ以外は普通の人間と同じはずなのだが。

「この子の親は不幸なことに、よほど熱心な宗教家だったらしいな。とある宗教に、アルビノを忌むべき存在とする教義があったらしいし、おそらくそういうことだろう」

 リリスの解説に、俺は納得した。わずかな違いだけで人を人として見なくなる大衆の醜さ、その被害者なのだろう。

 俺はまたため息を吐いた。これから忙しくなってしまうような予感がして。

「じゃあ、行こうか」

 俺は幼い少女の手を引く。

 冷たい手は、不安げに俺の手をつかんでいて。


「なんの根拠もないけど、きっとなんとかするから。……安心して」

「……うんっ」


 微笑みかけたら、彼女はぎこちなく笑い返して。

 これから待ち受ける騒がしい運命を幻視しながら、俺はまたため息を吐いたのだった。


 最終回でした。

 思ったよりあっけない上に続きそうな終わり方ですが、もう続ける気はないです。続編案はありましたが没です。異世界バトルファンタジーは苦手です。

 彼らの旅はもう終わり。これからは静かでやかましい、しあわせな日常が待っていることでしょう。悲しみや苦しみと向き合いつつも、きっとうまくやっていけるはずです。ハッピーエンドです。


 最後に、拙作をここまで読んでくださった皆様、ご愛読大変ありがとうございました。

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