蘇生
闇の中、俺は足掻いた。
しかし、靄は俺を縛りつけ放さない。
(助けてくれ!)
届かぬ声。祈り。
壊れそうになりながらも、ひたすら足掻き――そのとき。
愛する人が獣に襲われている光景がスクリーンに映し出されたのである。
その瞬間、俺の中で何かが燃え出した。
助けに行きたい。助けにいかなくてはならない。助け出したい。
魂が――俺の体が、靄が、辺り一面が赤く燃え始める。
彼女を失いたくない――失わせるわけには、いかないッ!
熱く、燃えて、燃えて、燃えて――
瞬間、俺は見知らぬベッドの上で起き上がった。
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「ぜえ……はあ……。大丈夫か、アリス……」
「ジュンヤくん……!」
目の前で涙を流す少女の顔を見て、胸をなでおろす。
「生きててよかったぁ……」
「それはこっちの台詞だよ……ジュンヤくん……」
そう言って彼女は顔をほころばせた。俺も少しだけ微笑み――瞬間、殺気を感じる。
囲まれている状況に変わりはないのである。
「……どうしよう……ジュンヤくん……」
上目遣いで俺に縋りつくアリス。俺は苦笑しつつ、言った。
「とりあえず、控え室に行こうか。着替えたいし」
今の俺の服装は、自分の血で汚れた学ラン姿。着心地が悪い。しかも少し重い。その上、慌てて剣だけを持ってきたので、愛用の防具類は控え室に置いたままだ。
それに……少しアリスを落ち着かせたい。息が乱れまくっているし、体力もつきかけてるらしい。
俺はさっき来たほうに体を向け、その先のドアを睨みつける。
目の前に小型の魔獣たち。今にも俺たちを食い殺さんと、唸り声を上げている。
それを一瞥し……俺は叫んだ。
「行くぞ!」
アリスと俺に強化魔法を一通りかけて、アリスにはさらに回復魔法を。そして、彼女の手を引いて駆け出した。
いっせいに襲い来る魔獣たち。俺はあくまで目の前の、道を塞ぐものだけを切り伏せる。
俺も復活してまだそれほど時間は経っていない。少し足元はふらつくし、まだ頭に靄がかかったようにぼんやりしているような気がする。思考が鈍い。
ゆえに、ここは最低限の動きで乗り切らせていただくッ!
そして、魔法も使いつつ、少しだけ時間をかけ――どうにかドアを開けた。
俺たちは息を切らしながらその巨大な扉を閉め、二人で座り込んだ。
「ちょっと、あのウルフ、多すぎなかった?」
「確かにだな……一歩間違えたらまた死ぬところだったぜ」
そう言ってまた笑うと、アリスは。
「もう……笑い事じゃないよぉ……心配したんだから……」
泣き笑う。ようやく落ち着けたからか。俺に抱きつきながら。俺の血まみれの服で涙や鼻水をぬぐいながら。
彼女は笑いながら泣いたのである。
それを俺は目を細めて見つめ、優しく頭をなでてやった。
「ふう。やっぱ新しい服にして正解だぜ」
「もう振り向いていい?」
「ああ。大丈夫だ」
選手控え室。その一角。
かばんにしまってあった替えの私服――ジーパンに白シャツでその上にジャージを羽織った、すごくラフな格好である――を着て、その上に軽装鎧をつけた姿。
どうせ汚れると思って持ってきた服がこう役に立つとは。
「似合ってるね。異世界風の洋服」
「異世界って……ああ、ここでは向こうが異世界なんだよな」
向こう、すなわち俺が生まれ育ち十数年間を過ごしたあの世界では着慣れていた服なのだが、こっちでは新鮮に映るらしい。
……この服も大方、俺と同郷の人が持ち込んだ技術で出来てるんだろうな。この世界で入手したはずなのに、ものすごくよく知ってるような、いい着心地だ。ちょっと値は張ったけど。
それはさておき。
「とにかく、今なにが起きているか整理してみようぜ」
「……私もよくわからないよ……。一体、なにが起こってるの?」
アリスが虚空に問いを投げかける。普通なら答えられるものはこの場にはいなかっただろう。
ところがどっこい。
「俺は見ていたのです……! みんなの様子を……!」
気絶していたときに見た映像。それがもし真実であったならば、全員の様子を知っていることになる。今起こっていることもすべて把握していることになる。
そして、あのスクリーンが映し出したものが事実だったことが、アリスの状況を見て証明された。
あれが事実でなければアリスを助けられなかった。
「つまり?」
首を傾げるアリスに、俺はドヤ顔で言った。
「いま起こってることすべてを知ってるってことさ」
次回、「何度でも何度でも」