かすかな希望と――
「……ジュンヤくん……」
少女は涙を落とす。しかし、彼はもう戻ってくることはない。
白髪の青年、ラビが言う。
「とりあえず、先生たちに報告に行きましょう。やることはやりました」
その隣に座る神官の少女チェシャも、珍しく沈痛な表情で頷く。しかし、ふと何かに気がついたようで、ベッドに眠る少年、純也の懐を探る。
「……ねえ、これ見て~。なにかおかしくな~い?」
彼女が取り出したのは、純也の冒険者カードである。
「……なにがです?」
ラビが聞くと、チェシャは口角を上げながら答えた。
「HPの欄。死んでたらゼロのはずでしょ?」
「本当だ。満タンになってるです!」
冒険者カードには特殊な魔術がかけられている。
それは、登録者の現在の能力や生命力、魂の記憶などをリアルタイムで計測し、数値として可視化する、という、数年前にとある異世界転生者が開発した超高度な魔術だ。
生命力を現すHPがゼロ以下になるなどして死んでしまえば、即座に死んだという情報が表示される。死んでいたとすればHPが満タンということもありえないのである。
完全に回復した生命力。それがあらわすのは、つまり。
「まさか、ジュンヤくんは、生きてるの……?」
嘆いていた少女、アリスはかすかな希望に瞳を輝かせた。
**********
(俺が、生きている……!?)
孤独にあがいていた俺は、その言葉を聴いた瞬間、驚愕に目を丸くした。
(生きている……ならば、ここはどこなんだ!)
死後の世界ではないことだけはわかった。しかし、それならばこの空間の正体が逆にわからなくなる。
神様も仏様もなんにもいないこの不可解な状況。縛り付けられ、仲間たちの悲しみや苦しみをまざまざと見せ付けられる。この地獄にも思えるような空間。
一体、誰が、どうして、どうやって?
しかし、謎が増えた代わりに、希望が見出せた。
(体が生きているのなら、ここから抜け出して元の世界に戻れるかもしれない!)
死んでないのなら、生き返れる。そもそも死んでない。ここがただの夢なのならば、目覚めればいい。
(――それならば、目覚めたい)
確信的な希望。
俺は願った。そして、足掻く。
足掻き続けた。
**********
彼女は地獄を見た。
表彰台のあったところには巨大にして局所的な竜巻。それを中心として、周囲は赤く紅く染まっていた。
命の潰しあい。本物の戦場がそこにはあった。
和気藹々とした、先ほどの表彰式の面影など、もはや無に等しい。そこは、まさしく地獄であった。
「お姉ちゃん!」
「リリス! これ、どういうこと――」
聞く間すらもなく、巨大な狼型魔獣ウルヴェンが彼女を襲い――金属音が響く。
躍り出た騎士の少年は、背後の少女たちを守る。
「ラビ!」
「ここはいったん逃げて、戦う準備を。まったく、嫌な予感が当たってしまって、嬉しいやら悲しいやら……はあッ!」
そう言いながらも、彼は右腕につけた盾で魔獣の爪を弾く。
そのまま、左腕に持った槍を投擲。それは魔獣の首筋に突き刺さり、また地面を赤く上書きする。
ラビは跳躍し、槍を引き抜きながら叫ぶ。
「さあ、早く!」
「――うん。また後で」
アリスは憂いを帯びた表情を一瞬見せ――後ろを向いて走り去った。
「なんで逃げないのです、チェシャ」
「私は聖職者だからね~。そんなに準備は要らないのよ~」
そういって、ラビの背後で笑う少女の格好は、明らかに戦場には不似合いの、白を基調としたセーラー服。この場には恐ろしく不似合いな格好である。
対するラビの格好は同じく制服。学ラン姿なのである。それに右腕に盾をつけ、左の手に槍を持っているのである。
「そんな格好で無茶している馬鹿なリーダーを放ってはおけなかったってのもね~」
「う、うるさいです。というか、お互い様ですよ、それは」
「あはははは~、それもそうだね~」
「笑ってる場合じゃないですよ……」
ラビは苦笑して、チェシャは大笑い。戦場だとは思えないほどの朗らかな空気が一瞬流れ。
「でも、とりあえずみんなを助けなきゃね~」
「ええ。そのために、僕たちに出来ることを探しましょう!」
二人は駆け出した、その瞬間――新たな悲鳴が響く。
アリスは魔法を放つ。
「光矢、爆発光矢、風刃斬……」
続けざまに放たれるそれは、彼女を囲む魔獣たちの命を削っていく。屠っていく。彼女は前に進む。
しかし――もはや無限に沸き続けているとも思わせるような、魔獣たちの群れ。それが彼女の行く手を阻む。それを彼女は、魔法でどうにかなぎ払う。
だが、それにもいつしか限界が訪れる。すなわち。
「……もう、MP切れ……?」
体内に宿る魔法を使うための力には限界があるのである。
それでも必死に抵抗しようとする彼女を、倦怠感が襲う。
必死に魔法を繰り出そうとするが、出ない。
魔獣たちはここぞとばかりに彼女を襲う。
今にもその華奢な体を噛み千切らんと口を開く魔獣たちに、少女は悲鳴を上げた。
そのときである。
その顎が、剥き出しの牙が、真っ二つに切り裂かれた。
崩れ落ちる肉塊の後ろに立っていた少年の姿に、少女は顔を緩ませ、涙を流す。
「ぜえ……はあ……。大丈夫か、アリス……」
「ジュンヤくん……!」
次回、「蘇生」