覚悟しろ
さて、どうしたものか。
どうやら俺はまた死んでしまったらしい。二度目の人生は約半年ほどの短い命であった。
いろいろあったなぁ。楽しかったなぁ。
……悔やんでももう遅い。
もう、俺は死んでしまったのだ。
しかし、何故なのだろう。はじめに死んだときとはずいぶん気持ちが違う。
俺は今、どうして蘇りたいなどと思ったのだろう。
前に死んだときはこんなことほとんど思わなかった。しかし、今はどうだろう。
走馬灯のように、さまざまな記憶がまぶたの裏に浮かぶ。
ああ、楽しかった。この半年が、空虚に過ごしていた十六年間よりも……格段に。
出来ることなら、もう一度、苦しくも楽しいあの暮らしを、残酷で美しいあの世界を、楽しみたい。
生きていたかった。いや、もう一度生きたい。
希望が俺を突き動かす。
身をよじらせ、ここから抜け出したいと足掻く。
一縷の希望に瞳を輝かせる中、モニターの画面が移り変わった。
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銃声が鳴り響く。
放たれた巨大な弾は、あっさりと、風をまとった剣に弾かれる。
「畜生ッ!」
「僕にそんなのは効かないぞ! 覚悟しろ!」
剣を差し向け叫ぶ少女。凛としたその声に、復讐者はつばを吐く。
「お前に俺の気持ちなどわかるまい!」
「確かに、僕にはお前の気持ちなんてわかりはしない」
「そうだろう!」
「だけど、お前のやったことがいいことじゃないのはわかる! 見ろ、この地獄を!」
――辺りは、もはや凄惨という言葉では片付けられないような、文字通りの地獄絵図。
血と肉塊で彩られた地面に、鳴り響く悲鳴。今も命が散らされていく。
それを形作るのは、未来があったはずの年若き少年少女の血肉であった。
「これが、お前のやったことだ」
「うるさい! 黙れ! 私は悪魔を殺せれば――」
「今、お前がその悪魔と同じことをしているということに、なんで気づかない!」
「――!」
ラジウムは射すくめられたかのように目を見開いた。
「殺して、殺して、殺して――彼らの未来を、奪った」
「……それがなんだ!」
「お前がさっき言っていた、悪魔にやられたことと同じじゃないか。自分の苦しみを他人に味わわせたくないとは思わないのか!」
叱責するノアに、ラジウムは黙り込み――やがて、笑い出した。
「ははは……ははははははは……ははははははははは」
「なにがおかしい」
「いやぁ、お前の言うことがあまりに幼稚でな……! 今は、自分の味わった苦しみを他人に押し付けるな? それをせねば成し遂げられぬことがあるのだよ!」
「幼稚なのはお前のほうだよ。そんなにも成し遂げたいことなら、ほかの方法を探ればいいじゃないか! それを探さずに、結果、残酷な出来事が起こった。お前はただ、殺戮したかっただけじゃないのか!?」
「だ、黙れッ!」
男は青ざめた顔で後ずさった。
「大体、この殺されたゴミどもに生きる価値も意味もない……」
「誰がゴミだって? 生きる価値も意味もないだって? そんなわけ、あるはずがない!」
「黙れッ!! どうせ遅かれ早かれ死ぬ奴らだ! どうしたって俺の勝手だろう!」
「それは実に傲慢な考えだ! お前は自分が神にでもなったつもりなのか!? 笑止! お前も、僕も、お前や魔獣に殺された人々も、同じ人間だろう!」
「それがどうした! 同じ人間でも、俺は教師でお前らは生徒だ!」
「教師が生徒の命までもを好きにしていい道理なんてないだろう!」
「ぐっ……」
ノアは叫び、ラジウムはさらに後ずさる。
そして、ラジウムは口では勝ち目がないと感じたのか、銃を構えた。
「それでまた惨劇を繰り返すつもりなの? いい加減にしろよ!」
「知ることか! まずはお前を殺す!」
「……これ以上、誰も殺させない! シルフ!」
呼ばれた精霊の少女は、一瞬でその場に現れ、ノアの目を見た瞬間にその真意を悟った。
「……わかったわ。でも、大丈夫なの?」
「ああ。必ず、彼を止めてみせる。リリスちゃんにもそう伝えて」
「私はいなくて平気?」
「うん。それよりも、魔獣を止めることに専念して。一人でも多くの人を救いたいから」
シルフは、ゆっくりと頷いた。
「……死なないでね」
「ああ、もちろん。だれも殺しはしないよ」
「じゃあ、いくわよ。風よ!」
シルフが叫んだ瞬間、向かい合うノアとラジウムの周りに風が渦巻き――たちまち巨大な竜巻が現れた。
周りに被害を及ぼさないように。流れ弾で誰も殺すことがないように。そんなノアの配慮が生み出した、風の結界である。
「ノア……絶対に死ぬなよ……。――絶対に、殺せよ」
リリスの呟きがその少女に伝わることはなかった。
次回、「かすかな希望と――」