絶望の始まり
「ねえ、ジュンヤくん! どうしたの!?」
アリスは急速に冷たくなっていく彼の体を抱きしめて、叫んだ。
彼の腹に開いた風穴からは未だ臓物と血液が流れ出していて、もはや命の灯が消えてしまうのも時間の問題であった。
アリスは背後を睨む。
そこには、散弾銃を構える男がいた。
「あなたが、ジュンヤくんを――ッ!」
怒りに我を忘れ襲いかかろうとするアリスを、ラビは止めた。
「なんでっ!? こいつは、ジュンヤくんを――」
「止めようとしてたのです」
「!?」
困惑する彼女に、銃を持つその男は、アリスたちに近寄りながら言う。
「私は、彼が理性を失い暴走してしまう前に、麻酔銃で動きを止めたのだ。第一、私は教師だ。普通の一般生徒を殺す理由など、どこにもないぞ」
「そ、そう……」
「それに、私が使ったのは、麻酔銃。いや、散弾銃用の麻酔スラグ弾といったほうが正しいか。首筋にその跡が残っているだろう。ほら」
「は、はあ……」
その教師――彼は銃が専門だったらしい――が熱く語る。ちなみに、純也の首筋には何かが当たった跡がくっきりと残っている。
「その表彰台の前に落ちている内臓の類をよく見てごらん? その中に銃弾が落ちているだろう? その銃弾は見た感じ五十口径、すなわち、およそ直径十二,七ミリほど。対して僕の散弾銃の口径は十二番、つまり十八,四ミリだ。大きさがぜんぜん違うだろう?」
ラビが、足元に落ちていた大きめの銃弾――それが教師の言う麻酔スラグ弾らしい――を拾い上げる。
「確かに、とても大きいです」
「それどころじゃないのわかってる~?」
チェシャが半眼でラビを睨んだ。
「今、全力で回復魔法かけてるんだけど~……回復っ! ……ぜんぜん傷はふさがらないの~……。大回復っっ!」
「それは仕方ない。なんて言ったって、あまり出回っていない大口径の弾だからね。これを使うのは、軍が持ってる大型の機関銃か、とても遠いところを狙う狙撃銃くらいしか……」
そのとき、いつの間にか表彰台から降りて銃弾を拾い上げていたテネシンが口を挟んだ。
「狙撃、ですか」
「ああ。この弾は対物狙撃銃といって、とんでもない威力で遠くから魔道兵器や戦車なんかを狙う銃に使うような弾なのだが……」
「それですよ」
「え?」
アリスをはじめ、この表彰台の周りにいる人物はみな不思議そうな目で彼を見つめる中……彼は告げた。
「先輩は、誰かから狙撃されたのです」
表彰台の周りにいた者はいっせいに驚愕した。
考えれば誰でもわかることなのかもしれない。しかし、この中でそこまで冷静な思考を持てるものは誰もいなかった。そう、テネシンという少年を除いて。
「とにかく誰か、先輩を医務室へ。助かるかどうかはわかりませんが、可能性は広がるはずです」
「じゃあ、私がいく」
アリスが手を上げた。
「……僕も行きます」
「わたしも~。応急処置はし続けないといけないし~」
「では、ワンダーランドの皆さん、お願いします」
三人は純也の体を持ち、医務室に運ぶ。それから、テネシンは残った人を一瞥。
そこに、ひとつの叫び声。
「おい! いったい何が起こったんだ!」
女教師、レニウムだ。
「いきなり腹と口から血を吐いて……おい、被害者はどこへ!」
「彼のチームメイトが医務室に運びました」
「犯人は!?」
「それを……その位置を、今から特定するのです」
あわてるレニウムを横目に、テネシンは思考。
しかし、その間に、リリスは気づいてしまった。その違和感に。
彼女は散弾銃を持った教師に聞く。
「……どうして、銃を持っていた?」
「どうしてというと……」
「何もなく終わるはずの大会に、わざわざ銃を持ってくる必要などなかろう。しかも、もって来た弾は通常のものではなく麻酔用のもの。いったいお前は何を考えていたのだ?」
「それは……」
その教師は思考した、いや、その振りをしてから――笑った。
「ははっ……ははははっ」
「なにがおかしい」
「いやあ、面白いことになったのでねぇ。これの意味が知りたいんですよねぇ。教えてあげましょう……!」
彼は大きく息を吸い込んで、叫んだ。
「今からやってくる魔獣から身を守るためですよッ!」
それと同時に、スタジアムに悲鳴が響き渡った。
次回、「惨劇」