あの日の真実
「ねぇ、昨日の冒険者の噂って知ってる?」
「ああ、そういえばなんかギルドのねーさんが酔っ払いながら話してたらしいね」
その少女たちは学園都市の商業区にあるカフェで会話していた。
「そうそう。でも、ほかの町ならともかく、この町でいるはずないもんねー」
「うんうん。ウルヴェンを一人で倒しちゃうような化け物みたいな人なんて、ねぇ」
「それも、うちの生徒らしいよ? しかも、ウチらと同い年」
「うっそだー! そんなムキムキマッチョの超人なんて見かけたことないわ」
彼女らは知らない。それが、どこにでもいるような風貌の男だということを。そして、その男が同じ教室で授業を受けているということも。
「いまどこで何してるんだろうね~」
「そだねー」
**********
「ぶしゅん!」
俺はくしゃみをした。誰かに噂されたのだろうか。
まあ、そんなことはどうでもいい。
今やるべきは――目の前の敵を倒すことだけッ!
俺は跳躍し、目の前の、蜘蛛型の機械の足に剣を叩きつける。
そして、そのまま連続突き――そうだ、いまの俺は二刀流が使えないんだ。
思い出しながら、一発だけ突き攻撃を放ち、その勢いを使って退避。
しかし――奴はこちらに気付いてしまったようだ。
多脚の機動性は凄まじい。
回転し、顔をこちらに向けながら迫るそれはとても巨大な恐怖。
はは、歩いた後には草すらも残らないんだろうな、と乾いた笑みを漏らす。
真正面から攻略する術は、ないに等しい――いや、ある。
しかし、あまりに強いため、使いどころを見極めなくてはならない。しかも、魔力消費が激しいので、無駄撃ちは出来ない。
すなわち、動けなくなってからのとどめにしか使えない。
しかし、いまがもしかしたら使い時なのではないか。
思考する。思考する。思考する。
何はともあれ、危険な状況だ。
気がつけば、奴はもう、回避出来ないところまで近づいていた。
あれに踏み潰されれば、死。
俺は身構えた、そのとき。
「反射防御壁!」
アリスの声が響き、目の前に半透明の障壁が広がる。
そして、蜘蛛のロボットはそれに弾き返される。
「アリス、ありがと」
「いいんだよ。私はこれしか出来ないけど……」
「助かるぜ」
「うん!」
そうして、俺は走る。
走り――飛ぶ。そして、叩きつける。
「付与――水創生」
そうだ、思い出した。
機械は、水に弱い。
内部の機械が壊れてしまう。コンピュータなどを使っているなら、なおさら。
当たり前といえば当たり前だ。しかし、それが弱点にもなりうる。
そう、これを使えば、今の状態でも倒せる。
斬撃は本体を構成する板金の接合部に当たり、わずかな隙間をこじ開ける。
そして、開いたその隙間に、剣に付与した水魔法の効果で、水が入り込む。
「アリス、リリス! 水だ! 水をぶっ掛けてやれ!」
「なんでだ?」
「機械は水に弱いんだよ!」
現に、奴は放電し始めている。
「ラビ、ノア。本体に穴を開けようぜ。そうすれば……」
「開けた穴から入り込んだ水が、機械を壊す。そういうことですね」
「ああ、そういうことだ。ユウは援護を頼む。いくぞ、みんな!」
『おうッ!』
そうして、俺たちは動き出す。
「壊れろ――ッ!」
叩き込む、攻撃。
水を作る魔法を付与した武器。水を作る魔法。
それらを使って、どんどん奴を衰弱させる。
これを作ったマッドサイエンティスト……もとい、コバルト博士はにやけながらメモを取っていた。
そして、その末に――「伏せろッ!」とリリスが叫ぶ。
放電が激しくなり、煙を出し始める。
そして、爆発を起こした。
部品や金属片が飛来する。伏せなければ危なかった。
やがて、爆発が収まってから立ち上がる。
周りを見回すと、通常の魔道兵器を倒したときのような血や肉塊などはなく、代わりに金属片が散乱していた。
博士は唐突に笑い出した。
「ふふふふふ……ははははは! これだけ有用なデータが取れるとは思いもしなかったッ! キンコツゴブリンの復活実験よりも面白かったぞッ! 君たちに感謝するッ! 最大限に感謝するッッ!!」
声色も変わっているような気さえする。
というか、キンコツゴブリン!? 待て、それは数ヶ月前に俺たちが倒したあれか!?
博士は続けた。
「キンコツゴブリン……。ああ、懐かしいなぁ。あの化け物を復活させて、適当なゴブリンの群れに放り込んで様子を見守った実験。全員やられちゃったのは意外だったけども」
全員やられた……。まさか本当に……。
ラビが質問した。
「……それって、どこでやったんですか?」
「君たちみたいに勘のいいガキは嫌いだよ」
数ヶ月前、エンテ北方の森に生息しているゴブリンが凶暴化した。その中には、絶滅種とされていたはずの“キンコツゴブリン”が発見された。俺たちは、それを討伐した。
やはりか。
あのキンコツゴブリンは、この人が……。
まぁ、あの時は奇跡的に一人の犠牲者も出ずに終わったし、もう怒っちゃいないけどさ。
ただ、あいつらを掃討する作戦の立案者の一人として言わせてくれ。
「……あれを倒すのに、どれだけ命掛けたと思ってんだ――――ッッ!!」
剣の腹で、そこの大笑いしているマッドサイエンティストを思いっきりぶん殴ったのだった。
翌日は全身筋肉痛で学校に行った。
「昨日の爆発音って……まさか」
「それどころか、一昨日のすごい冒険者って……いや、そんなことは」
机に寝そべる俺を見ながら噂する女子学生。
俺は溜息をついた。
次回予告!
少女は識る。この世には途方もない存在があることを。
少女は識る。侮っていたはずの彼があまりにも強かったことを。
少女は識る。自らの、弱さを。
次回、「彼の正体」