懐かしき近未来
馬車は巨大な建物の前に停車した。
「お客様方、終点ですよ」
御者のおっさんが告げる。
「今までお世話になりました」
「いえいえ。ここが学園都市の入り口になります。学園の中心部はこの駅から新交通で15分くらいの『魔術学園前』駅からすぐになります」
新交通? 何だろう、それは。向こうの世界のゆりかもめみたいなものかな。
まあ、鉄道的な何かで15分、魔術学園前という駅で降りればいいんだな。
「本当にありがとうございます」
「どういたしまして。よい学園生活を」
そして、馬車は離れていった。
「じゃあ、行こうぜ」
俺が言って、みんなで建物の中に入る。
そこは、久しく目にしてこなかった近未来的な情景であった。
清潔で無機質な真っ白い壁、そこに、向こうの世界では一般的だったタッチパネルのついた券売機。その先に、これまた見慣れた形状の改札機が並んでいる。
それは、現代世界に存在するいわゆる普通の近未来的な鉄道駅に酷似していた。
「うわあ、すごい……」
アリスが感嘆の声を漏らす。俺も驚くしかない。
とにかく、俺は券売機のほうに向かう。
使い方もほとんど変わらない。
券売機の上に貼ってある、路線図と一体化した運賃表を参照しながら、指定された金額を支払い、切符を買う。
「何ですか、この機械……。使い方の見当もつきません……」
俺の隣でラビが券売機を睨んでいた。
それはそうか。この世界にこんな機械はないはずだもの――だが実はそうでもなかったことに、一拍遅れて気がついた。そういえば、もうすでにパソコンのようなものもあったな。
まあ、一般の人には浸透していないようだし、仕方がないか。
そう思いながら、俺は全員分の切符を購入する。
使い方や乗り方なんかを軽く説明して、改札を通り抜ける。
驚くほどに日本のそれと同じ感じである。
手前にエスカレーターと階段が、その奥にも同じように階段があり、さらにエレベーターもあるようだった。
「動く階段……。常識って何度壊れれば気が済むのかなぁ」
ノアがつぶやいた。
「人生とはそう言うものなのだ」
リリスが言った。エスカレーターに乗りながら。
ホームにはまだ電車が到着していなかった。
そのホームには、俺たちの背丈より高いホームドアが備え付けられていた。これで事故対策も万全、というわけか。
上を見ると、次の電車の案内をする機械(それも最新式のもの)が備え付けられてあった。
その画面に書かれている、次の列車の時刻まではあと7分だった。
この清潔感あふれる閑散としたホームの中で、清々しく爽やかな日光を浴びながら、俺は頭を抱えた。
なんでここに現代の物が!?
この世界にはどう考えても異世界から持ち込まれた(あるいは異世界人が開発した)ような物がいくつも存在することは知っていた。
一般人に浸透している物こそ多くはないものの、すでに実用化されているものもある。
パソコン、自動ドア、拳銃。明らかにこの世界で開発された物ではない。だがすべて確かに目撃したのだ。
もしかしたら鉄道も存在するかもしれない、とは思ったこともあるが……これはたまげた。
現代世界でさえ“近未来の物”と言っているものがどうしてここにあるんだ。俺は蒸気機関車みたいなものを想像していたぞ。
そんなふうに思っていたら、唐突に合成音声が聞こえた。
『まもなく、1番ホームに、学園都市森林口行きの、列車が、到着します』
「どっ、どこにも誰もいないのに、声がっ! 幽霊ですかっ!?」
「自動放送だ……」
ラビがあわてているのを横目に、つぶやく。
自動放送まであるとは。ここが異世界だということをうっかり忘れてしまいそうだ。
そう思っていると、列車が静かにやってくる。白を基調とした、清潔感と近未来感を併せ持つ、明らかにこの世界とはミスマッチな小型車両だ。
モーターのかすかな駆動音が鳴るだけで、ブレーキ音さえ出さずに減速し、ホームドアにぴたりと位置を合わせて停車した。
車内には、乗客はおろか、運転士や車掌もいなかった。
じ、自動運転……。
向こうの世界にも存在するらしいけど……。
俺は考えるのを放棄した。
ピンポン、と音が鳴り、車両とホームのドアが同時に開く。無論、そのチャイム以外の音はしない。
「ほら、乗ろうぜ……って。みんな固まっちゃってるし」
そうして俺たちを乗せたその列車は5分後に発車した。
異様に発達した町並みを眺めながら15分。
『学園中央、学園中央です。ご乗車ありがとうございました』
アナウンスが鳴り響く。両側に線路があるホームにはやはり俺たち以外誰もいなかった。
改札を出て周りを見渡すと、そこは都会の様相を呈していた。
大量のビルディング。そして、目の前にはひときわ大きい建物がある。
「お、ここか。魔法学園」
「何故ここまで冷静でいられるんだ……」
リリスの呆れたような声に、俺は振り返る。
リリスは呆れた様子で俺を見ていて、チェシャは興味深そうに周りを見ている。アリスはぽかーんとした様子で口を開けていて、ノアとラビは失神している。それを無表情のユウが抱えている。
つまり、俺とユウ以外は誰一人この状況についていけてないということだ。
俺は一言だけ言った。
「……ごめん」
この世界ではやはり俺たちの生きる世界は未来過ぎる!
異世界にとっての異世界、つまり俺たちにとっての常識が異世界ものに出てきてもよかったのか!? いやよくない(反語)
次回「常識に非ず」! 次回は来週更新だぜっ! ひゅうッ!