乳失せて、終われ。
魔道王国アレス、王都の南方、とある建物。
「おい、みんな準備は良いか」
イオタが言う。その場にいる、教会攻略メンバー――二十四騎士を何人か含んだ騎士団員が十数人と、俺たち四人――は一斉に頷いた。
そして、イオタがドアをノック。
「…………」
中から返答はない。代わりに、ひそひそと話し声が聞こえる。
(やばいわ。目の前に大量の騎士が)
(おい、どういうことよ)
(わからないわ)
(仕方ないな、迎え撃つぞ)
数分間、長い間が空き――ようやく返答が来る。
「どうぞ、皆様、お入りください」
言われて、木製のドアが開く。
「何のようですかね?」
ドアを開けた女司祭が硬い笑顔で聞く。イオタはそれに、あくまで気まぐれで寄ったという体で話す。
「いや、ちょっと疲れたので休憩しによったのですが……。内部は教会のようになっているんですね」
「休憩ですか~。それはそれは。お茶でもお出ししましょうかね」
話の内容こそ一般的だが、そこには緊張した雰囲気が漂う。
一触即発。
何が引き金になるかわからない。火薬庫にも似たような空気だ。
しかし、そこである発見をした。
「あ、アリス」
アリスがいた。
修道士の服を着てお茶を淹れる、小さな金髪の少女。明らかにアリスだ。
目があう。
その瞬間、アリスは何故か目をそらし、手を止める。
ティーカップが落ちて――割れる。
それが、引き金になって――。
「いまだっ! おやりなさい!」
女司祭が叫んだ。
固まった一瞬の隙。狙われる。一人の修道士が鎖の付いた鉄球――あれはモーニングスターと言う奴か――を俺に振りかぶる。
それを間一髪避ける。しかし、かすってしまったようで、頬に切り傷が付く。
「アリス! どこだ……いた!」
アリスは先ほどの女司祭に捕まり、無理やり女神像を見せられ――豹変。
俺に向かって、魔法を撃ちだす。
近づこうとするも、撃たれてしまう。
「アリス、どうしたんだ!?」
対話を試みると。
「ふふふふふ、胸を、ムネっ、ムネエェェァァァァァ!」
あきらかに正気ではない。
発狂している……いや、洗脳?
というか、気にしてたのか、胸。
いや、そうではなく。
冷静になって周りを見回したら、ここが狂気の宴と化していることがわかった。
「胸が憎いぃぃぃぃぃ!」
「そのおっぱいをよこせえぇぇぇぇぇぇ!」
「勝ち組どもめぇぇぇぇぇ!」
叫ぶ修道服姿の女たち。はっきり言って恐怖以外のなに物でもなかった。
騎士たちも例外ではなかった。
「たうっち、まじでどうしたやねん!?」
「ゆっぴー、あんた年下なのに胸が膨らんでるってどういうコトなのよぉぉぉぉぉ! そこだけは前から気になってたのよおぉぉぉぉぉ!」
「ひゃあぁぁぁぁ! やめてぇぇぇぇぇ!」
タウ……。もっと突っ込むべきところはあっただろうに。というか、やっぱり愛称の癖は強いんだな。
あれ?
アリスやタウは自ら攻撃しているけど、さらわれたのならもっとしおらしくしているものなんじゃ? 普通、仲間には攻撃しないはずだ。
そして、リリスはどこに?
「リリスちゃん! 大丈夫?」
ノアの声が聞こえた。どうやらリリスが見つかったらしい。
走って、声の聞こえたほうに向かう。
そこには、ロープで柱に縛られているリリスと、それを解こうとしているノアが。
「あっ、お兄ちゃん!」
「任せろ!」
俺はリリスを縛っていたロープを持って来ていたナイフで切った。
「ありがとう……」
いつになく衰弱した様子のリリス。
そこに、さっきの女司祭が現れる。
「畜生! 悪魔娘を取り返されたか!」
「ああ、取り返してもらったよ」
リリスが答える。
「だが、ここは教会だ! 力も十全には発揮出来まい……!」
「ふっ! 笑止!」
「なにがおかしい、悪魔娘!」
リリスは鼻で笑う。女司祭が問いただすと。
「たしかに弱体化は食らってるさ。でもな、こんなマイナー神の力なんかじゃあ、わたしの力を打ち消すには程遠いぞ!」
にらみ合う二人。ほとばしる殺気。とても耐えられそうにない。
しかし。
銃声が聞こえた。
見てみると、騎士の一人が拳銃を撃ったようだ。
拳銃があることに突っ込みたい気持ちはともかく。いまさらだし。
弾は女神像の目玉に当たる。
そこにはめ込まれていた宝石が砕け散る。
すると。
「はっ!」
「私は今何を!」
「あっ……ごめん……」
襲いかかって来ていた女たちが次々と正気を取り戻した。
「チッ!」
一人舌打ちする女司祭に、リリスは目を細めた。
「ほう、わかったぞ。さては、一定以下のバストを持つ女性を対象とした洗脳魔法でもかけていたんだな? あの胸の平坦な女神像を利用して……」
「クソッ! ばれたか。こうなれば……」
手をかざし呪文を唱えだす女司祭に向けて、リリスは、
「そうはさせんぞ!」
叫び、手を向けて衝撃波を放った。
「ギャアァァァァ!」
女司祭は悲鳴を上げながら吹き飛ばされ、気絶した。
**********
一方のゴリラ女と貧乳ギャル女。
最初に純也たちを女体化させた犯人の彼女ら。
「ふう……。アジトはどんな感じになってるかな~」
「ダイジョウブ。キット、ウマクイッテル」
「だといいけどな……」
話す彼女らに異変が起こる。主に、ゴリラじゃない女のほう。
「うっ……急に頭が……」
「ドウシタ?」
「う……うああああ!」
呻く彼女の周りに煙が漂いだし――。
「ケイトォォォ!」
叫ぶゴリラ女。その目の前、煙が晴れると、そこには金髪の男がうずくまっていた。
「やべえ、効果が切れたようだ……。頭が割れるようにいてえ……。ああああ……」
そう、彼も、純也たちに使っていた女体化薬の使用者だったのだ――。
女物の服を着て呻きながらうずくまる変質者を前に、ゴリラ女はため息をついた。
**********
さて、視点は俺に戻る。
……なんだかいやな予感がするが。
――――その“いやな予感”というのはすぐさま的中した。
うっ……急に頭が痛くなってきた。
まるで、頭を誰かに割られたような――実際に割られた事はないが、そう比喩するしかないような――痛みが俺を襲う。
……煙が出て来て……視界が、くらむ……。
しばらくして、痛みは引かぬまま、視界が元に戻る。
胸のふくらみが消え、代わりに股間に異物感が。
ああ、俺は男に戻ったのか……。
「どうした!? ……なんだこの気持ち悪い生き物は」
イオタの呆れる声が聞こえ……。
あれ、川の向こうに天国に行ったはずの爺ちゃんが……あ、本来なら俺もそこに行ってたはずだったんだけど。
そんな幻覚も見えて。
やばいな。死ぬな。……いろんな意味で。
俺の意識は痛みに飲み込まれていった……。
**********
後日談。
半日経ってようやく痛みが引き、それから聞いた話。
やはりあの女司祭が黒幕で、彼女いわく、「胸の大きい勝ち組どもと、それをもてはやす馬鹿な男どもに復讐したかった」との子とである。
あの薬はぴったり二十四時間しか効果が持たず、副作用として激しい頭痛が半日ほど続くらしい。いや、それは身をもって体験した事なのだが。
はあ、大変な一日だったな。
……そういえば、処女は奪われてなかったよな?
軋む頭で走馬灯のように何かをおぼろげながら思い出したような。
――それを確かめに行くのはものすごく気恥ずかしいため、忘れてしまったことにしたのだった。
終わり。
一言だけ言っておく。
すみませんでした。