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万刃の姫の使い手  作者: 垣根風助
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踊り場にて


 オレンジ色に燃え上がった夕日の輝きが、採光窓を通じて校舎内を暖かく照らし出す。時刻は既に6時。夕方という領域から徐々に夜へと移行し始める時間帯である。

 この時間帯には学校の敷地内には部活動に所属し、活動中の生徒がほとんどで、帰宅部生が未だ校舎内に残っていることは稀有である。大抵その場合、教師に雑用を押し付けられた憐れな生徒が放課後居残りでそれを遂行していることが多い。

 

 そして、その例に漏れず本日、担任からとてもいい笑顔でお願いされ(おしつけられ)た雑用に勤しんだ憐れな生徒がいた。

 オレンジの斜陽が投じられた校舎2Fと3Fを繋ぐ階段の踊り場の壁に寄りかかる人影が一つ。その影の主―――学生服にポケットに両手を突っ込んで、虚ろな表情でそこに存在している人物の名は吉良坂慧(きらさかけい)。この公立渚高等学校に通う二年生であり、本日の雑用を遂行した人物だ。


 見た目は、取り立てるような特徴が少なく至って凡庸。強いて特徴を上げるとするならば長めの髪の毛ぐらいだろうか。だが、長いと言っても前髪が瞼に被る程度の長さであるため、個人の固有的特徴にはなり得ない。

 

 そんな彼は数分前に雑用(教材室の掃除)を終わらせた後、その足でこの踊り場を訪れてからずっとああいう格好のままでその場から動こうとしない。誰かを待っている風にも見えず、ただ無為な時間を過ごしているようだった。


 と、そこで吉良坂はおもむろにポケットに突っ込んでいた左手をそこから抜き出すと、学生服のボタンとボタンの間に滑り込ませ、中に着ている白いワイシャツの上から手を当て、スッと自分の腹部を探るような動作をした。上から下へ手を動かしていくと、指先に凸状の感覚が伝わってきた。

 

 それを認識した瞬間、思わずといった感じで吉良坂から深い深いため息が漏れた。続いて、辟易とした声音で呟く。


 「さて、どうしたもんかね……」


 先ほど指先で感じた凸状の正体。それは傷跡だった。ただし、ミミズ腫れのような生易しい傷跡ではない。もっと痛々しいものの治癒の痕跡。そう、鋭利な刃物が突き刺さって出来た大きく深い傷跡である。


 吉良坂は学生服から手を出しながら、さらに続ける。


 「というか、未だに信じられないんだがな、こんなこと。狐につままれた思いだ」


 『何が信じられないのですか?使用者様』


 突然、吉良坂以外の誰かの声が聞こえた。声のトーンから判断して女性―――幼さの中に色濃い理知を含ませた落ち着いた声―――が発言者だろう。


 吉良坂はそんな言葉が聞こえた方向へ視線を送った。彼の視線―――それは踊り場から上階につながる階段でも、下階につながっている階段にも向かってはいない。


 それは、吉良坂自身の右腰辺り―――厳密に言えば右腰上にある学生服のポケットに向けられていた。


「……お前の存在と、そして昨日の夜から今朝に至るまでの一連の出来事が、だ」


 そう問いに答えた吉良坂。すると、その『答』に対する『応』は再び、彼の右ポケットから聞こえてきた。


 『前者、後者共に今朝、説明したはずですが?それとも何か不明な点が?』


 「いや、そういうことじゃない。俺が信じられないって言っているのは、もっと根本的な部分のことだ」


 『根本的な部分ですか?』


 さっぱり分からないという風に疑問を呈する姿見えぬナニカ。

 その気配に吉良坂は諦めたように息を吐いた。


 「まぁ、そうだが。そこについて詳しく言わないぞ」


 『了解しました』


 特に文句を垂れることも不満気に答えることもなく、恭しそうにナニカは引き下がった。


 (言ったところで、理解されないだろうしな)


 吉良坂は内心でそう呟いた。彼の胸にある『根本的な部分』をナニカにぶつけたところで、どうにもならないことは火を見るより明らかだ。例えるなら、生まれつき目鼻立ちが非常に整った絶世の美貌の持ち主に「どうしてそんな美しいの?」と質問するようなもの。そうすると、その美貌の持ち主はこう答えるだろう。「そういうものだから」と。


 つまり、前提の問題なのだ。彼らにとって吉良坂の抱くそれは「そういうもの」という解を以って完結してしまう。故に、吉良坂は言っても無意味と判断した。


 『ところで、使用者様。一つお願いがあるのですが』


 申し訳なさそうな声音でナニカがそんなことを言ってきた。


 「お願い?」


 『はい、聞いていただけますか?』


 「言うだけ言ってみろ」


 『実は、私をほんの少しだけでよろしいので、外に出して欲しいのです』


 「どうして?」


 『一度、学校というものを見てみたいのです』


 「なるほどね」


 そういって、吉良坂は周囲を見渡した。まず階段には、通行人は誰も居なかった。気配を探ってみたが、新たに人が来るということはなさそうだ。放課後という時間が幸いした。


 「これなら大丈夫そうか」


 呟くと、吉良坂は右ポケットに手を入れて、何かを取り出した。それは精緻な意匠が凝らされた少し歪な長方形の物体だった。よく見ると、側面には細い溝があった。


 吉良坂が軽くそれを振ると、ジャキッという音と共に溝に格納されていた鋭く尖った漆黒の刃物が飛び出してきた。どうやら、取り出したそれは折りたたみ式のナイフのようだ。


 吉良坂はブレード部分の展開を確認すると、口を開く。


 「出てきていいぞ。ただし、あんまり騒ぐなよ」


 『有難うございます、使用者様』


 そんな嬉しそうな色を孕んだ声が聞こえたと同時―――折りたたみナイフの漆黒の刀身が淡く光りだした。その光は見る見るうちに輝きを増していく。


 そして、唐突に光が弾けた。いや、光だけではない折りたたみ式ナイフそのものが風船が割れるみたいに弾けたのだ。

 辺りに光粒子が漂い始めた。それは光の残滓であった。夕日の輝きと相まって、非常に幻想的な光景を作り出していた。

 

 しかし、それも束の間。次の瞬間には、光粒子たちはまるで磁石に引き寄せられるが如く、一点に収束し始めた。見る見るうちに、収束し出した光粒子は形を成していく。


 やがて、現れた最終的な形態―――それは人型だった。次に、体表に纏わり付いた光粒子が剥がれ、ついにその容貌が露わになった。


 夜闇をそのまま溶かし出したようなショートカットの艶やかな黒髪、理知的に輝くつぶらな瞳、整った鼻梁。薄闇色の和服に身を包み佇む、神秘的なまでの美貌を有した少女がそこに顕現した。


「―――ッ」


 今朝、既に見たとはいえ、吉良坂はそのあまりの美しさに思わず息を呑む。

 

 ―――と、そこで吉良坂は既視感を覚えた。


 (そういえば、朝もこんな風な反応したな……俺)


 ふと、脳裏を過るのは今朝の出来事。

 未だ知らぬ、激動の始まり―――。


 


 

 


 


  


 


 


 

 

 


 

 

 

 


 


 

 

 

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