EP-3-2
荷物はしっかりと整えておいてあるので、誘拐とかそう言った類ではなく、
普通に出かけているのだろう。クロエフはとりあえずロストーがいないことは明日本人に聞くことにして、
もう一枚のマットを取ってくるとようやく面積三倍のベッドを完成させた。三人はすでに風呂には入ったようで、クロエフがベッドを完成させると、また三人ではしゃぎ始めた。クロエフにとってはやることが
あるがそれがない彼女たちにとっては楽しい旅行なのだろう。それにクシャーナは普段家の中にいるから
同じくらいの歳・・・・・ではないが同じくらいの
容姿の気が合う友達ができてうれしいのだろう。
クロエフもそのことが分かったので何も言わないことにした。風呂はクロエフの家の物よりも大きくできていて、木のいい香りがした。過ごしてみた限り、
下水道に関しては整備が進んでいるが、道路や公的な
衛生面は第一世界ほどは進んでいないらしい。しかしながらこの宿はサービスがとても充実していて、ノエルはかなりいい宿をとったらしかった。クロエフは
蹴られた背中を風呂でゆっくりと癒すと、風呂を出た。
風呂の水はうっすらと光っていて、多分マナを含んでいるのだろうと思う。ユメソラではこれが薬湯なのかもしれない。クロエフが着替えて寝室に戻ると、三人組は何やらこちらのカードゲームをやっているようだった。クロエフは文字は読めるがユメソラの文化についてはまだ何も知らなかった。クシャーナの持っているカードを後ろから見てみると、カードには、
『魔女』、『騎士』『女神』とか他にもいろいろと江付きで書かれている。どうやらカードに書かれている役職で効果が分かれているようで、それを出し合って
戦うといった割とシンプルなゲームらしかった。クロエフは場に出ているカードで、カードの特性を理解すると、クシャーナの後ろから忍び寄り、カードを一枚抜き取って場に出した。
「『女神』でシエスタの『死霊』と『悪魔』を無効化。
ソムリヌの『邪神』と相討ちだね。」
「むむむ・・・!!」
「・・・・・お兄ちゃん・・・ずるい。」
「主様すごーい!!」
クロエフが入ると、三人組はカードゲームにあっという間に興味をなくし、クロエフに群がり始めた。
クロエフは電気・・・・ではなく、魔水晶?というらしい光を出すランプみたいなものを付けると、三人組もすぐに飽きるだろうと思って、今日買った魔法学校の教科書を読み始めた。最初の方には魔法を使うことへの責任だったり義務だったりが書かれていて、その次には心構えが書かれていた。その次からは各属性の魔法が図鑑のように成り立ちから術式の構成まで事細かに書かれていた。魔法という物は術者のマナの色によって効果を最大限発揮できるかどうかが決まるらしい。緑のマナを持っているアリエルは風属性の魔法が使いやすく、それとは別に大地属性の魔法は苦手という風になるらしい。ロッキーは大地と光、ロストーは水と氷、エリザベスは風と光というようになっているらしい。黒い色に近いマナは影だったり闇の魔法が得意とされているが、黒いマナについては教科書には一切書かれておらず、第一闇属性と影属性の魔法は
両手で数えられるほどしかなかった。それも直接攻撃するという物ではなく、目くらましだったり、潜伏して移動することだったりと、他の属性と比べると華やかさに欠けるものばかりだった。とはいってもクロエフはマナの色が黒だと分かっているだけで、マナを出すことは未だにできていないので魔法を使うことはできない。
「ランスロット、アルファ、この周辺の地形の集計は終わったかい?リライトについて何か情報があったら教えてくれ。」
マフィアとの抗争の後、クロエフにはDIVAの仲間が一人増えていた。イビュラスの使っていた杭がどうやらDIVAの種類だったようで名前はアルファというらしい。より強い主に仕えることが存在意義であるらしく、クロエフに仲間にしてくれと強く迫ってきて、
ランスロットも後押ししてくれたこともあって、アルファを新しく仲間に迎えることにした。DIVAたちはどうやら、個体名はそれぞれあるものの、体の区別という物はあまりないようで今はアルファもランスロットも一つの指輪としてクロエフの指にはまっていた。
「地形情報を整理しました。縮小して表示します。
リライトに関する情報は収集することができませんでした。ランスロットからの報告は以上です。」
「地形情報に合わせ、人口、人口密度、店舗名を
合わせて表示いたします。リライトに関する情報の
収集の結果、この世界における最高値で取引される金属であることが判明しました。アルファからの報告は以上です。」
クロエフはじっと地図を眺めると、地図をさらに縮小した。ランスロットたちは一日で本当に頑張ってくれたようで、クロエフ達が滞在している場所だけではなく、その周囲200キロメートルにわたって、地形情報を収集してくれていた。地図を見る限り、クロエフ達が今滞在しているのはリングランデ王国という、小国らしい。その後ろには、カタトラス、クルメリアリ、
フォークロッド、クトラキアと小国が続き、山脈をはさんで西の帝国グラヴィスがある。そして対する東には東の帝国アインクラッドがあった。多分ここらの地域はこの二つの帝国の緩衝地帯のようなものなのだろう。リライトに関する情報は未だ不足しているが
クロエフにとってはこれだけの情報をたったの一日で手に入れられたことはとてもうれしいことだった。
ランスロットとアルファの報告を聞いた後、教科書を読み続け、ふと耳を澄ませると、下の方から静かに寝息が聞こえてきた。三人組がすぐに飽きるとは思っていたものの、どうやらクロエフの近くで寝てしまったらしい。せっかくベッドの面積を三倍にしたというのに、四人は今一つのベッドで寝ている状態だった。
クシャーナはクロエフの上で寝ているので、クロエフは起き上がるわけにもいかず、両脇にはソムリヌとシエスタが寝ている状態で、横に動くこともできなかった。寝てしまった彼女たちを起こしたくもなかったので、クロエフはあきらめて三人の上から毛布を掛けると水晶の明かりを消した。
「朝だぞー!!」
ドアは思い切りあける音とともにクロエフ達は全員目を覚ました。まだ日は高くは登っておらず、朝早いらしい。クシャーナの寝起きが悪いことはいつものことなのだがこの日は特にひどかった。いつもは毛布をはぎ取ると、大体クシャーナの方が折れて起きるのだが、今日は毛布を取り上げることに抵抗しない代わりに毛布を取り上げても一向に起きる気配がなかった。
クロエフ達にモーニングコールをしに来たインドラは、ソムリヌとシエスタを相手に、朝からはしゃいでいた。クロエフもなんだかいつもよりも少し眠いような気がして、何かあったのかと思い出そうとしていると、
「ねえねえ、お兄ちゃん!!私の世界は楽しかった!!?」
とシエスタが大きな声で言いながらクロエフに突っ込んできた。クロエフは手慣れた様子で突っ込んできたシエスタの頭をポンポンとすると、唐突に昨日会ったことを思い出した。昨日の夜、寝たと思ったら、見たこともないような場所にいてその後かなり長い間、三人組と遊んでいた気がするのだ。かなりぼんやりとしか覚えていないが、ところどころは確かに思い出すことができる。まるで寝ている間ずっと夢を見ていたかのようだ。
「・・・シエスタは夢に関する能力を持っているの?」
「うん!!私のドリームゲートはみんな一緒におんなじ夢を見れるんだよ!!」
クロエフはその言葉で自分が少し眠いと感じていることもクシャーナが一向に起きる気配を見せないことも理解した。つまり、クロエフ達は寝た後、シエスタの能力で一つの夢に集まり、寝ながらにして夜中のあいだもずっと遊んでいたことになるのだ。あまりに
クシャーナが起きないので、クロエフはクシャーナを抱きかかえて起き上がると、クシャーナを椅子の上に座らせ、大きく伸びをした。
「インドラ!!今日から僕は魔法学校に行くことになってるんだ。僕が帰ってくるまで三人組の面倒を見てほしい。兄さんはもう出かけてみてしまったみたいだし、エアロとインドラに頼みたい。」
インドラはソムリヌを高い高いしていたがクロエフの言葉を聞くと、クロエフの方を向いて胸を張った。
「わしに任せておくがよいぞ、我が主の朋友よ。そなたが帰ってくるまでこの三人の面倒はわしが見よう。」
クロエフはその答えに満足すると、インドラに三人を任せ、自分は魔法学校の制服を着た。今日はシャオが
学校の中を案内してくれるというので、クロエフは少し楽しい気分になっていた。どうやらシャオもクロエフとロッキーと同じDクラスらしいので、いきなり
クラスで焦るという事もなくいきそうだった。クロエフは持ち物を確認すると、三人をインドラに任せ、食堂におりていった。食堂ではアリエルとエリザベス、
ロッキー、ロストーが制服を着て朝食をとっていた。
クロエフはみんなに軽く挨拶をして、席に座ったが、
エリザベスからはかろうじて挨拶を返してもらえたもののアリエルはクロエフが来るなり、顔をそむけてしまって、目を合わせることすらしてもらえなかった。
「おいおい、アリエルになんかしたのか?朝からすごい不機嫌なんだよ、こいつ。」
「だから、なんでもないと言っているだろう!!余計な詮索はせずに早く飯を食え!!」
不機嫌なアリエルを横目にクロエフは声を潜めると、
ロッキーの耳元に口を寄せ、
「実は昨日の夜・・・
と話し始めると、
「おい、まだ朝食が残っているぞ、クロエフ・キーマー。貴様が早く食べないと学校にいけないだろう。」
と殺意と威圧を込めてアリエルに言われたので、クロエフは昨日の夜のことについてロッキーに告白するのは身の安全を考えて言うことをあきらめ、黙って朝食をとった。クロエフ達が全員朝食を取り終えると、
クロエフ達はシャオと待ち合わせをした場所に向かった。制服は皆同じなのだが、クラスによって胸につけられている紋章が違う。そしてそれはAクラスに近づくにつれて豪華になっているようだった。
「おはようございます。みなさん。今日は昼休みの時間に僕が学校の中を案内しますね。」
シャオは相変わらず印象のいい好青年で、クロエフ達にあいさつをすると、クロエフ達と共に魔法学校に向かって歩いて行った。校門のところでアリエルとロストー、エリザベスと別れ、クロエフ、シャオ、ロッキーの三人はシャオに連れられてDクラスへと向かった。クラスの中に入ると、一瞬クラス中の人間がこちらを向いて話をするのをやめた。クロエフはこれが
一番苦手なのである。視線が自分に集まりそうになった瞬間、クロエフはさっとロッキーの陰に隠れた。
「紹介するよ、みんな。大きい彼がロッキー君で、
もう一人がクロエフ君。ロッキー君はものすごいマナ量だし、クロエフ君はパッシブスキルもちなんだ。」
クラスの中で、ひそひそと恒例の相手の勝ちを確かめるような時間があった後、好奇心の強い数名がクロエフ達の方に近づいてきた。
「おい、シャオ。最初に聞くが、こいつらどう考えても、Dクラスに入る人間じゃないよな?冷やかしなら
お断りだぜ、なれてるけど。」
シャオは困ったように笑うと、
「それは僕もよくわからないんだ。どうせだし、本人たちに聞いてみたほうが早いと思うんだけど・・・。」
「そう言うことだよ。そこのでかいお前。俺の名前は
ジャンて言うんだ。なんでDクラスに来たのか聞かせてもらうぜ。もちろん後ろのお前もな。」
ジャンと呼ばれた青年は、頭二つも大きい、ロッキーに物怖じすることもなく、いきなりけんか腰でぶつかってきた。かといってロッキーもそのようなことにいちいち取り合う人間じゃないので笑いながら、
「実は、俺素質はあるらしいんだけど、魔法が一つも使えないんだ。」
と自慢にも聞こえかねないことを遠慮するような様子もなく言い切った。クロエフもこの流れに乗らなければ一生自分から話すことができなそうなので、
「僕は自分のパッシブスキルがわからないんだけど、
自分のマナをパッシブスキルにすべて使ってしまっているからそれ以外の魔法が使えないんだ。」
と言った。ジャンは最初のロッキーの言葉には少しむっとしたようだが、それぞれ事情があってこのクラスに来たという事を理解したようで、にっと笑うと、クロエフとロッキーの手をつかみ、クラスの教壇の中央へと引っ張っていった。クロエフは困ったような顔をしてシャオの方を見たが、シャオもクロエフと同じような顔をしてクロエフを見つめ返すだけだった。
「歓迎するぜ、クロエフにロッキー。ようこそ、魔法学校へ、ようこそ落ちこぼれのDクラスへ!!」
その後とりあえず授業を受けてみたのだが、授業内容というのは、クロエフが昨日読んだ教科書の内容を、
確認しながら実際に使ってみるという物で、第一世界の科目に当たるのが魔法学校では属性という事になるらしかった。もちろんクロエフは魔法を使うことができないので、他の人が使っているのを見ていただけなのだが、何もない所から何かが出てくるというのは何度見ても面白いものだった。ちなみにロッキーはマナ量だけはすごかったので、マナの量によって、威力の変わる火属性の魔法などでは、危うく、大変なことになりそうになったりして先生に使用を禁止されたりしていた。ロッキーはマナの色からもわかるように
光属性の魔法が得意なようで、インドラを使っているわけではないのに、雷を自在に扱っていた。どうやら
インドラと一緒に戦っているときにいつも雷を使うので、感覚をつかみやすかったらしい。昼になり、
クロエフ達は約束通り、シャオに学校の中を案内してもらうため、アリエル達を呼びに行った。エリザベスは隣のクラスだったので、すぐに呼びに行くことができた。エリザベスは持ち前のコミュニケーション能力の高さで、もうクラスに馴染んでいた。Aクラスの方へと歩いていくと、シャオが胸の紋章を隠すように
して下を向いて歩き始めたので、どこか気分が悪いのかとクロエフは声をかけようとしたが、その前に
廊下にできていた人だかりに目を奪われてしまった。
廊下には通れないほど人だかりができていて、クロエフとエリザベスは何が起きているのか確認できなかったが、
「中心にアリエルとロストーが居るぜ。なんか質問攻めにあってるみたいだな。」
と背の高いロッキーが確認して教えてくれた。シャオは笑顔でロッキーにありがとうと言ったが、そこには
何かにおびえているかのような表情が隠れていた。
「アリエルさんとロストーさんはどこから来たんですか?」
「得意な魔法を見せてください!!ロストーさんは
魔眼を持っていると聞いたんですか本当なんですか?」
というような類の質問が二人にはずっと飛んでいて、
ユメソラに来て日も浅い二人は第一世界のことを話すわけにもいかないので煮え切らない返事をするばかりだった。でも質問を聞く限り、二人もうまくいっているらしい。
「ちょっと、二人呼んでくる。」
そう言って人ごみをかき分けて進もうとするロッキーをシャオがとめた。シャオはさっきのように表情を隠したりせず、その顔にはくっきりと恐怖と焦りが刻まれていた。
「いいえ、ロッキー君。二人は忙しいみたいだから
また今度にしましょう。今すぐに学校のことを知らなければいけないわけでもないですし、多分二人のことはそこにいる人たちが誰か案内してくれますよ。」
と言った。鈍感なロッキーには伝わっていないかもしれないが、クロエフにはシャオが明らかに動揺しているのが伝わってきた。エリザベスにもそれはわかったようで、シャオに近づいて気分が悪いのか、と心配している。
「でも、シャオが約束してくれたことだし、俺には
二人が質問で困ってるみたいに見えるぜ。とりあえず
連れ出してくる。」
と言って、シャオが掴んでいた袖を振り払うと、人をかき分けて進んでいった。
「おーい、アリエル、ロストー。シャオが学校の中を案内してくれるってよ。こっち来いよ。」
「あぁ、ロッキーちょうどよかった。質問攻めにあっていて困っていたんだ。そう言うことだ、お前たち。
私たちに質問したいのならまた今度にしてくれ。」
アリエルは人だかりに微笑むとシャオ達の方に歩いて行った。ロストーも黙ってそれに続き、ロッキーも
それに続いて歩いて行こうとすると、人だかりの中にいた、数人にあからさまに舌打ちをされ、見えないように足を蹴られた。
「ちっ・・・Dクラスのクセに何様だよ・・・。」
「シャオだってよ・・・学力だけの落ちこぼれじゃねえか・・・。」
「Dクラスの落ちこぼれのクセにどうして私たちに
話しかけられると思ってるのかしら。」
と小声だが耳には聞こえるように言った。もちろん
一番黙っていないのはアリエルなのだが、口を開こうとした、アリエルをシャオが抑えた。
「む・・・向こうのほうで少し話をしませんか。ここだと落ち着かないので・・・。」
そしてアリエルが何も言わないうちにシャオはアリエルの手を引っ張ると、歩きだし、クロエフ達は逃げ出すようにして、その場を離れたのだった。後ろからは絶えず、Dクラスであるシャオやロッキーを嘲笑うような声が聞こえていた。
人だかりから逃げるようにして離れて、歩いていたが
アリエルは我慢がならないと言った様子でシャオの
手を振りほどいた。
「シャオ!!なぜ反論しない!!?君は落ちこぼれなどではないはずだ。自分で言うのがいやであるならば私が奴らに言ってやろう!!」
見るからにアリエルは相当に怒っていた。クロエフの時とは比較するにも値しないほど、彼女の瞳は怒りの炎に燃えていた。アリエルのようなまっすぐな性格の人間にはシャオのような誠実な人間を影で笑うものをどうしても許すことができなかったんだろう。
「・・・いいんです。アリエルさん。実際に僕が落ちこぼれなのは事実なんですよ・・・。魔法学校がどうしてマナの素質と使える魔法だけでクラスを分けているのかわかりますか?つまり、それはこの学校では
魔法がすべてだと言っているのと同じなんです。
だから、魔法をろくに使えないDクラスにいる僕は
落ちこぼれなんです・・・・・。」
シャオのその言葉にアリエルは言葉を失い、目からも
怒りの炎が消えて行った。
「悪いな、シャオ。私には少し用事ができた。学校案内はまた今度にしてくれ。」
アリエルは残念そうにシャオを見た後、Aクラスの方へと戻っていった。クロエフはシャオを見たがすっかり落ち込んでしまっているようで、かける言葉を見つけることができなかった。ロッキーはエリザベスと話してしまっているし、ロストーは珍しく何も考えていないような様子で、突っ立っていた。
「そうだ、ロストー。昨日の夜どこかに出かけてたみたいだけど、どこに行ってたの?」
ロストーを見て、クロエフは昨日の夜のことを唐突に思い出し、ロストーに問いかけた。ロストーはボーっとしていたがクロエフの質問には気づいて、
「昨日の夜は少し風に当たりたくて、外で散歩してたんだ。」
と言った。第一世界の時のロストーを見てから、クロエフはロストーの調子が悪くなっていないか注意していたのだが、様子を聞いてみる限り問題はないようだ。レアルはまだ戻っていないようだが、ロストーからせっぱつまっているという様子は見られなかった。
クロエフはロストーの返事にうなづくと、
「今日はアリエルの都合が悪いみたいだから、学校案内はまた今度にしよう。それじゃあ、またあとで。」
最終的にクロエフはシャオにかける言葉を見つけることができず、何か心にわだかまりを残して、自分のクラスに戻った。そこから二週間ほどがたち、シャオとも普通に話すようにはなっていたのだが、学校で
クロエフ達全員が集まることはなかった。クロエフは
ジャンの言っていた、落ちこぼれのDクラスの意味を徐々に理解していた。どうやら、魔法がよく使える
Aクラスから順に差別的な風習があるらしい。特に
魔法があまり得意ではないDクラスに対しては風当たりが強いようだった。生徒だけでもなく、教師までもが、Dクラスの生徒に対しては他のクラスの生徒と比べると冷たいようだった。そして魔法に関するテストが行われたのだが、クロエフは筆記で満点を取り、ロッキーは、もともとの素質のこともあって、実技でAクラスに匹敵する成績をたたき出した。それ以上に
クロエフが驚いたのは、シャオもクロエフと同じく、
筆記で満点だったのだ。
「すごいね、シャオ。満点なんてなかなか取れるものじゃないよ。魔法の知識に関しては、Aクラスよりも
上じゃないか。」
クロエフがそう褒めると、シャオはなんだか照れくさそうに笑った。
「そんなこと言って、クロエフ君も満点じゃないですか。学校に入ってから一カ月ぐらいなのに、満点なんてすごいですよ。それに僕が満点をとれるのは、この本のおかげなんです。」
シャオはそう言って、いつもシャオが持っている、豪華な装飾の本を取り出した。教科書ではないようだが、
何度も読んであるようで、本にはどこかくたびれたような雰囲気が漂っていた。
「これは、僕の父が残してくれた形見で、魔法がかかっているんです。この本には僕の父が見聞きした知識が全部詰まってる。僕はこの本を小さい時からずっと
読んでいたので魔法に関する知識をほとんど覚えているんです。」
クロエフはシャオの持っていた本を見ると、笑った。
シャオは魔法の話をしているときは本当に楽しそうな表情をしていたので、クロエフもつられて笑ってしまったのだ。
「大切なものなんだね。」
「はい!!」
クロエフは魔法のことについてシャオと話しているととても楽しかった。相手が自分以上に知識を持っていると、話題は尽きることを知らず、クロエフとシャオは決まって放課後によく話をしていた。
もちろんリライトを探すこともつづけてはいたが、
シャオと魔法の話をするのはクロエフの日常の微かな楽しみになっていた。ある日、クロエフがいつものようにシャオが教室で話そうとしていると、授業中は確かにいたはずなのに、クラスの中にシャオの姿はなかった。ジャンやロッキーにもシャオがどこに行ったのか尋ねてみたが、誰もシャオがどこに行ったのか知らないようだった。クロエフは妙な胸のざわつきを感じて、教室を出ると、Dクラスの周辺を捜した。
Aクラスの方にはテストで点は取るが、魔法はてんでダメというクロエフのうわさが広まり、名指しで嫌悪されるようにまでなっていたので、行かなかった。第一シャオも自らAクラスの方には行かないと思うので、探す必要はなく、クロエフはDクラスの周辺を
かなり念入りに探したのだが、クラスにはシャオの荷物が置いてあるだけで、シャオを見つけることはできなかったのだった。一番最後に屋上をのぞいてみると、
クロエフはシャオが隅の方でうずくまっているのを見つけた。
「シャオ、どうしたんだい?今日は大地の結晶の錬成方法について話をしようと思ってたんだけど・・・。」
クロエフはそう言いながら、シャオの正面に回ると、
シャオに向き合って座った。シャオは何かを抱きかかえるようにして座っていて、目が赤くなっていた。
クロエフはすぐにシャオが泣いていたという事はわかったが、あえて何も言わずにシャオの方から言い出すのを待っていた。少しの間が空いてからシャオが震える声で話し出した。
「・・・力のないものは淘汰される。それは野生の
世界においては当然のことだと思います。・・・・・
それでも淘汰する側は自分が淘汰されることを考えていないと、思うんです。」
「うん。そうだよ。淘汰されたくないのだったら、淘汰する側に回らなくてはいけないね。力がすべてではないけれど、力がないと不便なことはあると思うよ。」
「やっぱり、クロエフ君は強いですよね。僕には君みたいに気丈にふるまえない。どうしても耐えられない。」
クロエフはシャオが白い髪の束を抱えているのが見えた。そばには見るも無残になった、シャオの本の
カバーが置かれていて、クロエフは静かに拳を握りしめた。
「・・・シャオ。僕は君に力を貸すことができる、
少しかもしれないけど。君は僕に何を望む?」
「・・・僕は何も望まないよ、僕が大切なものを失ったのは僕に守る力がなかったからなんだ。クロエフまでが僕と同じように傷つく必要はないんだ。」
シャオはそう言ってクロエフの方を見てさみしそうに笑った。クロエフはこの顔に見覚えがあった。それは、クシャーナが、クロエフがどこか遠くに出かける時に見せるものと同じだった。
「悔しくないの?」
「・・・・悔しいよ。でも僕にはどうすることもできないんだ。修復しようにも、僕にはこの本の術式は
わからないんだ。・・・本当はAクラスの人にもやり返したい。」
クロエフはシャオの気持ちを、彼の本音を聞くと
満足そうにうなづいて、屋上の入口の方を向いた。
「という事なので、この学校の制度にある決闘を
君たちに申し込みたいと思うんだけどいいよね?」
クロエフの見ていたところの空気が揺らぎ、そこから
Aクラスの生徒が出てきた。
「なんだよ、マナのかけらも出せないくせに、俺たちの魔法を見破るなんて生意気な奴だな。そうだ、お前らの楽しい友情の会話を録音させてもらった。明日
学校中に流れるのが楽しみだ。」
「なんだ、録音機なんてこの世界にあるんだ。ちょっと見せてよ。」
クロエフはそう言って、Aクラスの生徒たちに近寄ると、録音機を取ろうとした。もちろんAクラスの生徒はとられないようにして、クロエフをからかおうとしたようだが、クロエフは録音機を持っていた生徒の
腕をひねりあげると、簡単に録音機を取り上げてしまった。クロエフは数秒間、録音機を物色すると、
「・・・やっぱり、魔法の文明は進歩が遅い。」
と言って、録音機を握りつぶしてしまった。Aクラスの生徒はクロエフが録音機を握り潰したことに少し
驚いたようではあったが、すぐに我に返ると、
「おい!!その録音機は銀貨20枚もするんだぞ!!お前みたいなやつが簡単に触っていいものじゃないんだ!!」
とわめきだした。クロエフはやれやれと言った様子で、
ポケットに手を入れると、わめいている生徒に向かって、金貨を一枚投げつけた。
「じゃあ、その金貨でもっといい録音機を買うといい。それで、受けてくれるんだよね?決闘。哀れで落ちこぼれのDクラスの生徒なんて、君たちの相手にならないかもしれないけど頼むよ。」
「・・・っ!!お前の言うとおりだ。クロエフ・キーマー。俺たちにはお前らみたいな筆記ばっかりできて
実技はろくにできないようなかすを相手にしてる時間はないんだ。悪いな。決闘は受けな・・・
「受けろよ。」
Aクラスの生徒が受けないことを宣言しようとしたところで後ろから聞こえた声が宣言を遮った。
入り口から白い髪が見え、ロストーが出てきた。
「ロ、ロストー君・・・・どうしてここに・・・。」
「試合は三日後の放課後。参加者はここにいる二名同市、魔法学校の伝統のルールに従って行う。それでいいな、クロエフ?お前らもだ。」
ロストーはクロエフにそう言った後、Aクラスの生徒たちの方を見た。クロエフはすぐにうなづいて、Aクラスの生徒たちも黙ってうなづいた。ロストーはそれを確認すると、また屋上の入口の方へと消えて行った。
Aクラスの生徒も何も言わずにクロエフの方をにらむと、屋上の入口から出て行った。
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