EP3-1
SEVENTH・WORLD
EP3決戦・前
異世界へと行く日になり、クロエフ達はデジットの研究室の中にいた。そこにはクロエフが取り返したエグゼラと、その対となる黒い金属の大きな塊が部屋の中央で大きな存在感を放っていた。
「・・・・・それで・・・俺はてっきり、三人だけだと思ったんだけど、なんでこんなにたくさんいるんだ?」
デジットの研究室にはロッキーとインドラ、ロストー、
アリエル、エアロ、エリザベス、ノエル、クロエフ、の右手にシエスタ、左手にソムリヌ、頭の上にクシャーナがいた。
「なんか話してたらこんなに増えちまってた!!
悪いな、先生。」
ロッキーが明るく言い放って、デジットは全てを察したような顔をした。クロエフとロストーは誰にも異世界行きのことを言っていなかったが、どうやらロッキーは口に戸を立てるのが難しいようだった。そう言うわけでロッキーの話を聞いて興味を持った者たちがここに来たというわけだ。
「まあ・・・それはそれで置いといて・・・まず
俺はクロエフの状況が気になって仕方ないんだが。」
「お兄ちゃんはいい人だよ、お父さん。」
「うん。そう思う。」
シエスタがデジットに向かって言うと、ソムリヌがすかさず、合いの手を入れた。クシャーナは・・・
クロエフにつかまって寝ていた。クロエフは何も言わずにデジットをじっと見つめた。
「・・・・なんか、怖いんだけどお前ら・・・。
まあいいや、それでアリエルとエリザベスとノエルは
一体どうしてここに来たんだ?」
アリエルはデジットの方へと一歩進みでると、ポケットの中から一枚の何かのコピーを取り出した。そこには異世界ユメソラについてのことが事細かに記録されているようだった。
「私は、ユメソラで魔法と呼ばれるものを習得したいと思っています。エアロの力に不満があるわけではないのですが、個人的に興味があるのでここに来ました、
どうかよろしくお願いします。」
デジットはアリエルの持っていた紙を受け取ると、ざっと目を通すとアリエルに返した。
「どこでこれを手に入れた?別にユメソラに行くことを止める気はないがそれは教えてくれ。」
とデジットが言うと、アリエルはちらっと後ろを見て、
すると、ノエルがデジットに向かってピースサインを作った。
「・・・・クロエフもなかなか手の焼けるやつだが、
やっぱりお前が一番の問題児だよ・・・ゲートは勝手に使うわ、挙句の果てには俺の書庫に入ったな?
・・・それにしてもそれなりのセキュリティがあったはずなのにどうやって入ったんだ?」
ノエルは頭の後ろで手を組むと何かを思い出しているかのようなそぶりをした。クロエフと見た目は似ているところがあるが、性格は全く似ていない。
「うーん・・・・。自分の子供の名前をパスワードに使ってる時点でだいぶチョロかったんだけど、いろいろとざるなところが多すぎて思い出せないなぁ。」
「・・・わかった。それ以上言うな、頼むからもう何も言わないでくれ。十一人分はなんとかできるから
もうさっさと行くといい。それとノエル、それ以上は
言うなよ。」
「名前の後ろについてた形容詞のことを言ってるのかい?先生。それだったら先生の名誉を守るため、
先生の誠意次第では俺も考えよう。」
デジットはあきらめた顔で、自分のデスクの方へと歩いていくと、一掴みの袋を取り出してノエルに投げつけた。
「ユメソラの通貨だ。贅沢をしなければ一人一枚で
一年暮らせる。」
ノエルは袋を除いて金貨が数えきれないほど入っているのを確認すると、満足そうに笑って、デジットの方にウインクをした。デジットは大きくため息をついて、黒い金属のほうに歩いていくと手に持っていた
エグゼラを押し付けた。エグゼラは飲み込まれるようにして、黒い金属の中に入っていくと、そこにゲートが生じ、黒い穴がぽっかりと開いていた。
「一か月以内が望ましいな。魔法学校には途中から
編入が可能だ。魔法の習得もいいがくれぐれも向こうに行く目的を忘れるなよ。それじゃあ、健闘を祈る。
それと、刻印が見えるところにあるやつは必ず隠せ。
面倒事に巻き込まれたくなかったら俺の言うとおりにしたらいい。」
デジットはそう言って、例のポケットから薄い肌色のシートのようなものを取り出すと、刻印が体に刻まれているものに投げた。クロエフが掌にそのシートを乗せるとシートは肌に吸い込まれるように密着して、
皮膚なのかシートなのかわからなくなるほどまでに手に馴染んだ。実際手にも何の違和感もなかった。
準備を終えるとクロエフ一行はゲートの中に入った。また生ぬるいとも言えず、水の中とも空気の中ともいえない感覚の中で、クロエフは懐かしいような何とも言えない感じがした。しかしそれもまた一瞬のことで、次の瞬間には白い場所に全員は立っていて、目の前には大きな門があった。クロエフには夢の中でもう一人の自分と話した。亜空間だという事にすぐ気付いたが、もう一人の自分がクロエフに対して話しかけてくることはなかった。ノエルは何も言わずに、大きな門に手をかけると門を押した。門がゆっくりと開くと、その先にはゲート同じような黒い空間が広がっていて、クロエフ達はそこの中に入っていた。また同じような微妙な感覚がして、次の瞬間には雑踏の中に立っていた。
「よし、ついたな。それじゃあ高等部の君たちは学校の試験でも受けに行くといい。俺たちは宿を探しとくから。」
ノエルはそう言って、クロエフ達一人一人に金貨を三枚ずつ渡し、クロエフに引っ付いていた三人組を引っぺがした。
「お前らはこっちだ。はぐれたら探せないからな。絶対にはなれるなよ?」
ノエルは三人にそう言うと、歩き出した。クシャーナは反抗するものと思われたが、クロエフの方を見て
にっこりと笑うと、シエスタとソムリヌの手を引いて
ノエルについて歩き出した。
「兄さん!!魔法学校の場所がわからないだけど!!」
「それぐらい、そこらへんにいる人に聞け!!
お前の人見知りを治すいいチャンスだろ!!」
人通りが多かったので、ノエルは歩きながら大声を上げるとそのまま行って見えなくなってしまった。
クロエフががっくりとした顔で後ろを振り返ると、
全員が呆れたような顔でクロエフを見ていた。
「・・・クロ・・・。さすがに道を聞くくらいはできるよね・・・?」
「動機が不満なところはあるが、実力はある男だ。
それくらいのこと造作もないだろう。な?」
「そうだな!!俺たちが無事に魔法学校にたどり着けるかどうかはお前にかかってるぜ!!」
「やれよ、クロエフ。お前ならできるさ。」
「・・・君たち・・・。絶対僕に嫌がらせしてるよね
・・・。」
クロエフが観念して道行く人々に声をかけようとしながらもかけられずに時間が過ぎ、そして話しかける前に逆にクロエフの方から話しかけられた。
「あのう・・・・・・・・・・・・・・・・。」
クロエフはビクッとして後ろを振り返ると、黒髪に
青い目をしたクロエフと同じくらいの背の少年が立っていた。
「魔法学校をお探しになっているのだったら僕が案内しましょうか?僕もこれから行くところなので・・・。」
「えっ・・・本当ですか!!?ぜひお願いします。
中々わからなくて困ってたんですよ。」
「そうですか、でしたらよかったです。案内するので
ついてきてください。」
少年が歩き出して、クロエフ達は少年について歩き始めた。エリザベス達がクロエフの近くに来て、
「意気地なし。」
「貴様には時々本当にがっかりとさせられる。」
「ドンマイ!!」
「・・・なんかお疲れ。」
と口々に言われ、クロエフは散々だと思いながら
とぼとぼと四人の後をついて行った。
「ねえねえ、君の名前は何ていうの?君も魔法学校に通ってるの?」
コミュ力の高いエリザベスは歩き始めて間もなく少年に話しかけ始めた。
「・・・ぼ、僕の名前はシャオと言います。
シャオ=ホーキンスです。今は魔法学校の一年生なので、もしかしたら同じクラスになることもあるかもしれません。」
「そっか!!あたしの名前はエリザベス・ホハートっていうの。それからこの人があたしのお姉ちゃんの
アリエルで、あっちの大きいのがロッキー、白い髪の
奴がロストーでうなだれてるのがクロエフだよ。
よろしくね!!」
シャオと呼ばれる青年は、堂々としているというよりもおどおどとしている少年でそこにはどこかクロエフの人見知り状態のときの気弱さを連想させるものがあり、クロエフを除く四人がクロエフと似ている
と感じていた。
「はい!!これから学内で会うこともあると思うので、その時はよろしくお願いします。」
ただ、このシャオという少年はクロエフと違い、
変なところで性格が曲がっておらず素直でまっすぐな少年だった。
「ところで、シャオ殿。魔法というものは誰にでも
使えるのか?実をいうと私たちは誰もよく魔法というものを知らないのだ。」
シャオはアリエルにそれを聞くと驚いたような顔をした。まあ確かに魔法世界であるのに魔法について一切知らないという事は珍しいのだろう。アリエルは
第一世界で何らかの情報はある程度掴んでいたようだったが、それでも完璧というわけではないようだった。
「えっとですね・・・。一から説明すると、まず人間やほかの種族の体内には魔力と呼ばれるものがあって、生まれた時点で体に取り込むことのできるマナ
の量は大体決まっています。魔法はその体内にあるマナを使って具現化させたものなんです。術式が複雑や
大きくなるほど消費するマナの量は多くなります。
・・・ためしに皆さんのマナの色や量を見てみますか?」
「そんなことができるのか?それならば頼む。」
シャオがうなづくと、シャオの体から黄色いオーラが
出てきた。クロエフはこの時点で超人たちの使う
オーラというものがマナと同一のものだという事に気が付いた。クロエフにはわかるのだが、オーラを
放出している人間はその量によって存在感みたいなものが変化しているような感じがするのだ。超人たち
ほどの変化はないとはいえ、シャオの存在感もクロエフの前で微妙に増えたように思われた。
「今、みなさんの目に見えているのがマナと呼ばれるものです。それでは一人ずつ僕の手に触れてください。
マナ同士が共鳴し合って、みなさんのマナの色と量を見ることができます。」
アリエルが掌を、シャオの掌に置くと、アリエルの体から緑色のマナがあふれ出した。シャオの物よりもはるかに大きい。
「なんだ・・・これは・・・。体が熱い。力があふれてくるみたいだ。これがマナというやつなのか。」
次にエリザベスがふれると、黄緑色のマナがシャオと同じくらい、出てきた。
「・・・お姉ちゃんよりも小さい・・・・。」
「そ。そんなことありませんよ!!アリエルさんが
想像以上にすごかっただけでエリザベスさんのマナ量は並み以上です。」
しょんぼりとするエリザベスをシャオは慌てながら慰めたが、エリザベスは終始しょんぼりとしたままだった。その次にロッキーがふれると、アリエルの時よりもはるかに大きい赤いマナの柱ができた。シャオは
口をあんぐりと開けて宙を見ている。アリエルのときでも相当だというのだからロッキーのマナ量は半端ないのであろう。
「・・・これは・・・もしかしたら十英雄に匹敵する
マナ量かもしれません・・・。」
「そうなのか?ところでジューエイユーっておいしいのか?」
「・・・え?えっと・・・それは一体どういう・・・
・・・
「こいつの言ってることを真剣に考えると損するぞ。
次は俺だな。」
あほなロッキーを押しのけて、ロストーはシャオの掌をつかんだ。ロストーからはアリエルと同じくらいの
量の青いマナがあふれ出した。
「・・・み、みなさんすごいですね・・・。とうに
一般の魔術師のマナ量を軽く上回る量ですよ・・・。
さあ、クロエフさん、どうぞ。」
一番最後にクロエフがシャオの手を握った。
何も出なかった。マナの一筋でさえクロエフの体から立つことはなかった。無反応という言葉が一番合っているだろう。
「・・・えっと・・・これはどういうことなのかな。
シャオ君・・・?」
クロエフが手を離すとシャオから出ていた黄色いオーラが引っ込み、シャオは神妙な面持ちでクロエフを見た。
「すべての生き物が生きている限り、マナというものは存在します。つまり、考えられる可能性は、クロエフさんがすでに死んでいるか、またはパッシブスキルの使用に全マナを消費しているという事です。前者は
クロエフさんと話している時点でありえないので、
後者だと思います。自分のパッシブスキルについて
何かご存じありませんか?」
「・・・パッシブスキルって何?まずそこから
わからないや。」
シャオは少し考え込むようにしてから、自分の持っていたバッグの中から大層な装飾のしてある本を取り出すと、パラパラとページをめくって、クロエフに見せた。
「パッシブスキルというのは、ごくまれに固有の術式を体内に保有したままこの世に生まれてくる者のことを言います。実際に体内に術式があるかどうかはわかっていないんですが、常にマナを消費しつつ、術者に恩恵を与えるものだとされています。それで、日常生活で変わったことがないか聞いてみたんです。」
クロエフの中で一瞬もう一人の自分を名乗る彼のことを思い出した。彼が与えてくれる力のことを恩恵とは言えないがもしかしたらそうなのかもしれない。
よく考えてみると、彼に力を借りているときには、
黒のオーラが、クシャーナの力を借りていた時には
白のオーラが体から出ていたはずだ。クロエフはそのことを言おうかと思ったが、彼のことを他人には告げたくなかったので口をつぐんだ。少しの間の後、
「特に変わったことは思い当たらないなあ。ところでシャオ君、君は黒いマナと白いマナを見たことがある?」
シャオはバッグの中に本をしまいながらそれを聞くと、くすっと笑った。
「今どきの冗談にしては古いですよ、クロエフさん。
『白き女神』と『邪神』、神話に出てくる、この
二人の神様が使うオーラの色らしいですけど、何しろ伝説ですからね・・・。少なくとも世界中を探してもいないと思いますよ。」
「・・・・・・そうなんだ。」
言わなくてよかったとクロエフは心の中で安堵した。
その後はユメソラについての雑談などをしながら進んでいき、魔法学校の門の前へとついた。
魔法学校に着くのにはそれほど時間がかからなかった。しかも周辺の中の建物では割と高い建物だったのでクロエフ達のいたところからでも塔のてっぺんぐらいは見えていたのだ。クロエフ達がシャオと一緒に歩いていると、シャオと同じ格好をした生徒らしき
少年少女がこちらをちらちらとみていた。第一世界の
私服できているので、ユメソラの人たちにとっては
珍しいのかも知れなかった。
「それでは、僕はここで。試験頑張ってください。
皆さんが一番いい結果を出せることを祈っています。
後、クロエフさんは自分がパッシブスキルを持っているという事を伝えてください。そうしたら、学校側で
調べてもらえると思うので。それでは。」
シャオはクロエフ達に頭を下げると、学校の中に消えて行った。
「・・・気弱なところは在ったけど、親切な子だったね。クロエフよりは気が利くなぁ・・・。」
「高い志を持っていたな。感心だ。クロエフと違って。」
「ドンマイ!!」
「クロエフ・・・なんかお疲れ。」
「本当になんなの君たち・・・。」
クロエフは呆れたような顔をして肩をがっくりと落とした。その後クロエフが試験をどうするかという事を聞くことはなく、しびれを切らせたアリエルが、門の所にいた、守衛らしき人を捕まえて、話をしていた。
五分ほど話しているのを、生徒たちの目を気にしないようにしながら遠目に見ていると、アリエルは守衛に
軽く頭を下げ、何やら、紙を持ってこちらのほうに歩いてきた。
「どうやら、今からでも受けられるそうだ。空いている先生が魔法の素質で評価してくれるらしい。素質が
どうやら一番大事らしいからな。」
アリエルが素質という言葉を嫌に強調しながら、ちらちらとこちらの方を見てくるので、内心ちょっといらっとしながらもクロエフは紙を受け取った。
こちらの文字と言葉は第一世界で一通り覚えてきたので、言語に関しては問題ない。アリエルとロストーもクロエフと同じようにすでにユメソラの言語を習得していた。しかし、エリザベスとロッキーについてはてんで話にならず、二人は耳に言語変換機を付けている。最も謎なのはロッキーの変換機は電源が付いていないのに、意味不明のジェスチャーだけで相手にすべて伝わっているという事だった。というかそれ以上に会話として成立している事だった。紙には入学後に
いるものだったり、費用について書かれていた。
どうやら入学に対する基準はないようで、魔力がなくとも学校には入ることができるらしかった。後は純粋に素質だけでクラス分けがされるらしい。それとは
別にかかるお金がとんでもなかった。クロエフ達は
デジットからもらった金貨があるから何の問題もないが、入学にかかるお金は金貨一枚だというのだ。
デジット曰くつつましやかな生活を送れば一年は暮らすことのできる額だという。それを一年の学費として持っていくのだから、それなりに余裕のある家でなければ子供をこの魔法学校に通わせるのは難しいだろう。クロエフはアリエルからペンを受け取って
署名の所にサインをすると、金貨一枚とともに手渡した。その後クロエフ達は魔法学校の中に通され、何もない広い空間に連れてこられた。そこには三人の人がいてお髭のおじいさんとおじさん二人だった。アリエルがクロエフ達の方を向いて、小声で、
「真ん中にいるのが校長先生だ。全員先生方だから
失礼のないようにするんだぞ。」
全員軽くうなづくと、一列に並んで、挨拶をした。
お髭のおじいさんがこちらの方に歩いてくると、アリエルに手を出して、握手をした。握手をすると、アリエルから緑色のオーラが燃え上がり、アリエルはその
急なことにびっくりとしたようで、ビクッとして手を離してしまった。
「ほっほっほ!!元気なマナじゃのぉ。このような子が入ってくれるとは儂もうれしいわい。ほれ、どんどん行くぞい。」
おじいさんと手を握っていくと、シャオの時と同じようにみんなの体からオーラが燃え上がり、クロエフの時にはやはりオーラが燃え上がることはなかった。
「む?おかしいのう。・・・マナが出ないという事は、パッシブスキルかの、こっちへおいで。」
クロエフは連れられて、歩いていくと、部屋の隅の方
まで行った。おじいさんがマントの中から手のひらサイズの水晶玉を取り出した。
「これは『真実の水晶』という物じゃ。これを通せば
おぬしのパッシブスキルがどのようなものかもわかるじゃろう。」
クロエフが手をかざすと、最初は何の変化もなかったが、突然、水晶が闇のように黒く染まった。それは
クロエフが使ったオーラと同じだった。邪神の話が
頭をよぎり、クロエフは心配しながらおじいさんを見ていたが、おじいさんはじっくりと水晶玉を眺めると、
「ふむ、パッシブスキルが何かはわからぬが、おぬしのマナの色は黒のようだな。珍しい色じゃの。
初めて見たわい。」
「・・・驚かないんですか?」
おじいさんはそれを聞くと、水晶をしまいながら、
ほっほっほ、と笑うと、クロエフの頭をポンと撫でた。
「おぬしの顔を見ればおぬしが邪神でないことはわかるわい。スキルについても言いたくなければ言わなくてよいし、困ったことがあったらいつでもわしの所に来なさい。一部の人間はおぬしのマナの色を忌み嫌っておる。でものぅ、マナは使用魔術の得意系統を示すだけだからの、気にすることはないわい。」
クロエフはどうしてかこの人ならば彼のことを話してもいいような気がした。皆のことが信用できないわけではないが、デジット先生やこのおじいさんとは
何かが違う、クロエフに話してもいいと感じさせる何かがあった。
「この力を使っても、人を傷つけることしかできないんです。守りたくても、守るために他の何かを必ず傷つけてしまうんです。」
「黒に近いマナは闇の系統に偏る。闇の魔法は危険も多いし、人を傷つける力も大いにあるのじゃ。でも
それはおぬし次第。制御することができるように
今日からここで学びなさい。」
クロエフは軽く頭を下げると、列に戻った。
「それでは、みんな。何でもいいから得意な魔法を見せてくれないかの?そちらの子から頼むわい。」
おじいさんがアリエルを指差したので、アリエルは
手を前に出した。アリエルの足元に術式が展開し、
アリエルの体がふわっと持ちあがった。ロストーが
青い目で床を見つめると、見る見るうちに床が凍りつき始め、あっという間に天井にまで届く氷の柱が出来上がっていた。エリザベスは両手を向い合せるようにして意識を集中させると、掌に光の粒が風と共に集まり始め、収縮して光と風の弾になった。
「ほっほっほ!!飛行魔法に魔眼、合成魔法かの、
全員いい仕上がりじゃの。さて、後二人はどうなのだ?」
クロエフは魔法の使い方など一切知らないし、第一魔法を使おうにもマナがないので使うことすらできなかった。しいて言うならばランスロットを使うことができるが、科学の超文明で作られたのだから魔法とは言えないだろう。ロッキーもロッキーで四人の中では一番マナの量が多いというのに、クロエフ同様、魔法が使えないようだった。その旨を告げると、おじいさんは露骨にさみしそうな顔をした。どうやら新しく入る生徒たちの使う魔法がどんなものか見たかったらしい。クロエフが使えないという事はさておき、一番
期待のできそうなロッキーが魔法を使えないという事は、想像以上にがっかりとすることだったのかもしれない。最終的にアリエルとロストーはAクラス、
エリザベスはCクラス、僕とロッキーはDクラスに入ることになった。今日はここまでらしいので、クロエフ達は学校で必要なものをそろって購入すると、
魔法学校から出て、ノエルと別れたところまで戻った。
時間はもう正午をとうに過ぎていて、この世界に来たときは雑踏だった場所もすっかり人通りが少なくなり、クシャーナたちがたっていても人に隠れずに普通に見えるくらいだった。クシャーナとソムリヌとシエスタはクロエフが歩いてくるのを見つけると、三人とも駆け寄ってきて、前と同じポジションに着いた。余談だが、オブリビオン達にクロエフとデジットとの会話は途中まで聞こえていたようで、オブリビオン達を
人間にするという話も伝わっていた。なので、ソムリヌとシエスタにもこんな風になつかれてしまったのだった。
「・・・兄さん。宿は取れたの?僕たちは無事全員
魔法学校に入れたよ。」
「全員入れたのか、よかったな。宿は1人分二か月間しっかりとってある。一日二食で金貨一枚でいいって言われたけど、金は腐るほどあるし、融通効かせてもらえるように三倍払っといた。とりあえず、宿に行こう。その後しなきゃいけない話をしようか。」
再度言うがクロエフの兄ノエルのコミュニケーション能力ははっきり言って高い。つまりすでに宿に泊まっている人のほとんどと仲良くなっていても何の不思議もないわけだった。宿についてから、ノエルは
通る人すべてに知り合いのように挨拶をし、相手も
また親しい友達に会ったかのようにしていた。どこまで話したのかはわからないが、クロエフ達のことも
相手は知っているようだった。
「クロエフのお兄さんってすごい頼りになるんだね。」
「この兄にしてこの弟ありと言えないのが残念で仕方ないな。」
「ドンマイ!!」
「はい、おつかれー。」
「・・・君らはそれしか言えないのかー!!」
仏の顔も三度まで言うことがあるが、クロエフの堪忍袋の緒というやつも大体そのくらいの回数で切れる。
優れた兄と比べられることをクロエフはかなり気にしていた。逆にそれ以外のことならばほとんど気にならないのだが兄との比較だけは劣等感を強く感じて
どうしても耐えられないのだった。しかしクロエフの
怒りもしっかりと受け止められることはなく、軽く流されてしまい、がっくりとしてしていると、三人組が
興味津々でクロエフのことをじっと見つめていた。
「主様、なんかかわいそう・・・・。元気出して。」
「ねえソムリヌ。お兄ちゃんのお兄ちゃんてなんていうの?」
「・・・お兄ちゃんのお兄ちゃん・・・。・・・・・
お父さん?」
「君らのお父さんはデジット先生でしょ。クシャーナも慰めてくれなくていいよ。あー一人になりたい。」
クロエフがそう言うとなぜか三人組の謎の反撃が始まった。クシャーナはクロエフの髪を引っ張り、ソムリヌとシエスタはクロエフの腕を持ったまま時計回りに回り始めた。ソムリヌとシエスタはまあいいとして、クシャーナの方はシャレにならない。正直言って泣くほど痛かった。
「私たちは『君ら』じゃなくて二人合わせてシエスタとー!!
「・・・ソムリヌ」
だよ!!」
「私の中では主様が一番なんだもん!!だから言ってあげたのに・・・むぅーー!!」
「わかった!わかったから、クシャーナはほんとにやめて!!」
クロエフが謝ったところで三人の猛攻は止み、三人は
またクロエフにピットリとくっついた。クロエフはすでに踏んだり蹴ったりで涙目になっている。クロエフは音もなくノエルに忍び寄ると後ろから肩をつかんだ。
「兄さん。僕たち兄弟だよね?兄弟は困難を分かち合うものだと思うんだ。」
「・・・話は分かった、とりあえず今すぐその手を離せ、クロエフ。確かに俺は弟思いのこの世の中では素晴らしすぎて言葉にできないほど模範的な兄だが、
それでもできることとできないことがあるんだ。」
その言葉を皮切りにノエルはクロエフの手から抜け出して全力で走り始めた。
「待て!!今すごく兄らしくな行動を目にしているよ、弟なのにがっかりだよ!!」
「俺と話がしたいならまずそのロリッ子たちをそれぞれの部屋においてきてからにしたまえ!!」
「なんでそんなに嫌がるんだ!!ほらどの子もいい子だよ、ほら!!」
「うるさい!!少なくとも頭の上の奴はお前のだろうが!!とにかく俺はもう面倒は見ないからな。」
ノエルはそう言って自分の部屋に入ると、鍵を閉めてしまった。
「騒がしい奴らじゃのう。たかだか子供の二人や三人
大した負担でもなかろうに。のう、わが主よ?」
「みんながインドラみたいだったら問題ないと思うぜ。十人分部屋あるみたいだけど、どうする?」
インドラは、ロッキーの背中によじ登ると、いつもの肩車ポジションに座った。
「もちろん、おぬしとわしは一心同体じゃからの、
同じ部屋で過ごすことにするに決まっておる。」
ロッキーとインドラが同室で、エリザベスとアリエル
エアロはそれぞれの部屋に泊まることになった。
クシャーナとソムリヌ、シエスタの分の部屋もそれぞれ用意されていたが、どうやってもクロエフから離れる様子がなので、クロエフはあきらめていったん自分の部屋へと連れて帰った。一人ずつベッドに並べて座らせると、全員がじっとクロエフの方を見つめているので、クロエフはなんだか子犬を相手にしているような変な気分になって、慌てて目をそらすと、机の所にあった椅子に腰かけた。
「三人とも自分の部屋で過ごしたいとか思ったりしてない?この部屋に留めてあげたいのはやまやまなんだけど、何しろベッドが一つしかないからね・・・。」
部屋は思ったり広くできていて、ベッドも一人でなるようなら少し大きく感じる大きさだった。しかしそれはあくまで一人で使う時の話であり、四人で寝るにはあまりにせますぎる広さだった。三人ともクロエフの問いかけに一斉に首を振り、その後はベッドの上で
遊び始めた。クロエフは少し考え込むと、彼女たちの邪魔をしないように部屋を出て行った。インドラと、
クシャーナとソムリヌ、シエスタの分で四つの部屋が空いているはずだ。クロエフは空いている部屋に入って、ベッドの上の分厚いマットを持つと自分の部屋に戻って、ベッドの横に並べた。それをもう一度繰り返して、今度はさっき敷いたマットの上に重ねると、クロエフのベッドと同じくらいの高さになった。つまり、
二倍の面積を持つベッドが出現したという事だ。さらにそれを繰り返そうと思い、ドアを開けると、そこには開いたベッドではなく、ちょうど着替えようとしている、エリザベスの姿があった。二人とも初めから何が起きたのかわからず、固まってしまった。クロエフの方が一瞬先に意識を取り戻し、なにごともなかったかのようにドアを閉めようとしたが、それはエリザベスによってさえぎられた。
「ち・・・違うんだ、エリー!!僕はただ空き部屋の
マットを取りに行こうと思って・・・。」
「ふーん・・・。それで、いう事はそれだけ?」
「ご・・・ごめんなさい・・・・。」
その後鋭い平手打ちを喰らったという事は内緒にしておいて、クロエフはため息をつきながら一枚目のマットを回収し、すぐにもう一枚の回収に向かった。
次は空き部屋であることを確認し、ノックまでして
部屋の中に入った。マットを持って部屋を出て行こうとすると、クロエフは部屋の隅に荷物が置いてあるのに気が付いた。前にこの部屋を使っていた人が置いて行った荷物だろうか、とクロエフは最初に思ったが
この荷物はどこかで見覚えがあった。このセンスのないバッジは確実に見たことのあるものだった。背後から殺気を感じ、クロエフはとっさに頭を下げた。その瞬間頭の上を、恐ろしい風圧の風が通り抜けた。
「クロエフ・キーマー。度胸がないと言ったがそれについては訂正しよう。だがそれ以上に失望したぞ!!」
一撃目はよけることができたが、アリエルから繰り出された二撃目の足払いをクロエフはよけることができず地面に押し倒され、マウントポジションを取られてしまった。
「日ごろの不満!!ここですべて晴らしてくれる!!」
「う、うわあぁぁー!!」
クロエフはアリエルの形相にすっかりおびえてしまって、とりあえず顔面にパンチをもらうのは嫌なので
手を突き出すと、何かやわらかいものに手が当たった。
音で言うならぽにょんとかそんな感じになるのだろうか。とにもかくにもクロエフはなぜか殴られることはなく、恐る恐る目を開いて、アリエルを見ると、
アリエルの顔は真っ赤に染まっていた。クロエフは次に手の方を見ると、なんといえばいいのか、正直に言うとアリエルの胸に手を突き出してしまったらしい。
クロエフは危機を回避できたわけだが、それ以上の危機に遭遇してしまった。そして二人のあいだには
何とも言えない微妙な空気が流れていた。
「・・・えっと・・・その・・・・・。」
「クロエフ。」
「はいっ!!」
アリエルは赤くなった顔をクロエフからそむけると
小さな声で、
「と、とりあえず手を離してもらってもいいか。」
と言った。クロエフは慌てて手を離すと、気まずさで
まともにアリエルを見れなくなっていたので、アリエルが次の行動をとるのを待っていた。アリエルの顔から徐々に赤みが消えていくと、アリエルはクロエフの上から立ち上がって、クロエフも立たせた。そうして
クロエフをドアの前にまで連れて行った。
「とっさの行動だったから今の貴様の行為は不問に
しようと思う。私は根に持つタイプではないから、
今日のことは忘れてもらって構わない。それで、貴様の今日までの数々の行為を考えた結果なのだが・・・
クロエフ・キーマー。・・・ここで死ねっ!!」
最後の掛け声とともにクロエフは背中に思いっきり
回し蹴りを喰らった。それはもう軽く吹っ飛ぶぐらいの威力だ。
「根に持ってるじゃないか!!」
蹴られた瞬間アリエルの言葉と行動のあまりの矛盾にクロエフはそう叫んだが、すでに時遅く、クロエフは見事に宙を舞うと、ロストーの部屋に突っ込んでいった。ドアは外開きなのだが、ロストーの部屋のドアはクロエフを受け止められずに留め金が外れてしまった。
「ふん!!」
アリエルはクロエフに見事に回し蹴りが決まったのを見届けると、ドアをバンと閉めてしまった。
クロエフは蹴られた背中をさすりながら立ち上がった。あれは本気の蹴りだった。本当に殺す気で蹴っているかもしれないのだから怖いのだ。ロストーの部屋には電気はついていなかった。というか窓が開いているだけでロストーはいなかった。