EP2-3
クロエフサイド
ソファーの上で目を覚ますと、約束の時刻まであまり時間が無くなっていた。クロエフは体を起こし、窓から廃れたビル街を見てから、大きく伸びをすると、
オブリビオンの部屋へと歩いて行った。廊下ですれ違う黒服たちがクロエフと目が合うたびに頭を下げた。
オブリビオンの部屋に入ると、オブリビオンとサクリファイスはもうすでに出発するための準備を始めていた。オブリビオンは刃渡り20センチほどのナイフを磨いていて、意外にもサクリファイスは、二丁のライフルの手入れをしていた。あの細い腕では銃を安定して撃つことでさえ難しそうだというのにそれに反してサクリファイスはライフルを軽いものでも持っているかのように扱っていた。
「遅かったね、クロエフ。準備はできてる?」
「うん問題ない。君たちは?」
オブリビオンは部屋の光にナイフの光を反射させると何かが気に入らなかったようで再びナイフを磨き始めた。
「サクリファイスはわかんないけど、僕は後少しだよ。
やっぱり、きれいなナイフじゃないとスムーズに仕事ができなくなっちゃうから、準備は時間がかかるんだ、ごめんね。」
クロエフはオブリビオンの部屋に置いてある椅子に腰かけると、二人が装備の手入れをしているところを
何も言わずに眺めていた。ランスロットも手入れが必要なのではないかと不意に思い、自分の指につけられた指輪を眺めてみるが、自らの形を自在に変えることのできるランスロットに手入れは必要なさそうだった。
「そうだ、クロエフにディヴァインを紹介しなくちゃいけないんだった。サクリファイス、ディヴァインの居場所を調べといてくれよ、そしたら僕がそこまで連れて行くから。」
「お安い御用ですのよ、オブリビオン。千里眼発動
!!」
顔の前のピースでポーズを決めると、サクリファイスはしばしの間、停止した。
「・・・・えっと・・・あれ・・・・どこだろう、ここ、見たことがないわこんなところ・・・一体どこをほっつき歩いているのかしら、ディバインは。」
「はぁ・・・まあ、想定内だけど、役に立たないなぁ
・・・とりあえず視界情報を僕に送ってくれる?後は
リンカーネーションにやってもらおう。」
オブリビオンは端末を手に取ると、誰かに連絡をした。
クロエフは特に注意して聞いているわけでもなかったがオブリビオンの端末の向こうから聞こえてきたのは聞いたことのある声だった。聞いたのも最近のことだ。オブリビオンの話し相手の声は仮想世界、DECCS
のナビゲーターの声にひどく似ていたのだ。
「ディヴァインの現在地を画像より特定しました。
イビュラスの拠点、ガルフィスファミリーともに動きがみられません。今が一番良いタイミングだと推測されます。」
日はもう顔をかくし、イーストの町は昼と違って
騒がしくなり始めていた。この町にとっては夜こそが
朝なのかもしれない。
「よし、それなら急ごう。クロエフ、サクリファイス。僕につかまって。途中目の前が真っ暗になるけど、
絶対に僕を離さないでくれ。いいね?」
クロエフとサクリファイスはうなづくと、オブリビオンの体をしっかりと持った。急に足を支えていたはずの床がなくなってクロエフ達は床の中に吸い込まれた。あっという間に目の前が真っ暗になり、オブリビオンの腕を持っているという事以外には、すべての感覚がうまく機能しなかった。数秒がたった後、今度は急に光の中へと飛び出した。一気に体の感覚が戻ってくると、いきなりのことに処理を仕切れなくて、クロエフとサクリファイスは少しふらついていた。サクリファイスに至っては口を押えて、顔を青くしている。
「・・・酔った・・・。すごい吐きそう何ですケド。
うぅ・・・。」
「僕も景色が回ってるみたいだ。オブリビオン、ゲートとは違うみたいだったけど今のはなんだったんだい?」
オブリビオンの右手は黒く染まっていた。そして右の掌には先ほどまではなかった刻印が現れていた。
「これは僕の能力でね。まあコピーしたものだから
契約をしているわけじゃないんだけど、影を自分の配下における能力なんだ。今のはその能力の一個で影から影にわたる能力なんだ。それで・・・あそこに一人で座っているのがディヴァイン。」
オブリビオンがそう言って指を指した方を見てみると、大きな図体の、それこそロッキーのような体格をした男が一人で木の箱の上に静かに座っていた。いつの間に吐き気から立ち直ったのか、サクリファイスが
男のように走り寄ると、荒く肩を揺らした。どうやら
寝ていたようだ。ディバインは寝ぼけた目をこすると
大きく伸びをして立ち上がった。その筋肉質な体は、
黒服の中にも一人もいなかっただろう。
「おはよう、姉さん。今日は兄さんも来てるのか。
それで、君がクロエフ君。兄さんから話は聞いてるよ。
よろしくね。」
ぼけっとした顔のままあくびをしてディヴァインはクロエフにあいさつをした。
「うん、よろしくね。」
「私達ともよろしくするのです。」
「・・・・・・・・・・・です。」
ディヴァインに向かって挨拶をすると唐突の背後の下の方から声がしたので振り返って下を見てみると、
黒い服に身を包んだ白い髪に琥珀の目の少女に、白い服に身を包んだ黒い髪に黒い目のそっくりな少女が並んで立っていた。
「こんばんは、お兄ちゃん。私はシエスタというのです。」
「・・・・・・・・・・・・・・ソムリヌ・・・・です。」
元気がいいのは黒髪の方で、名をシエスタというようだった。もう一人のソムリヌは無表情でじっとクロエフを見つめている。そのあまりに無表情な様子のソムリヌはクロエフにシェルファの姿を彷彿とさせた。
「君たち、だいぶ幼いようだけど、君たちもデジット先生に言われてここに来たのかい?」
「そうだよ!!嫌でも父上の命令は絶対だからね!!」
シエスタは何も気にしていないかのように大きな声でそう言ったが、それ以外のオブリビオン達の表情にかすかに影がかかるのをクロエフは見逃してはいなかった。クロエフは彼らの方に向き直るとゆっくりと口を開いた。
「15年前に、人に能力を持たせるという研究が
行われていた。実際に人を使って実験をするわけにはいかないから、研究者たちは人造人間たちを使って
秘密裏に研究をしていた。僕が昔読んだ資料だよ。
この計画はバスターズによって中止されてその後の記録はないんだけど、ここからは僕の推測だ。君たちはデジット先生によって造られた完成品なんじゃないのかい?しかも余計な制限までつけられた状態で。」
「・・・・・・だとしたらクロエフはどうするんだい?」
オブリビオンの顔はいつものように笑っていたが、そこにはどこかあきらめたような雰囲気が漂っていた。
「いや?別にどうすることもないよ。僕がほんの興味で聞いた事さ。気分を悪くしたなら謝るよ。ごめんね。」
「別にいいさ。それよりもガルフィスもイビュラスも動き出していないうちにさっさとけりをつけてしまおう。・・・と思ったけど意外と相手のすきがなかったみたいだ。」
いつの間にかクロエフ達は囲まれていた。しかもクロエフを囲む者たちは体のどこかに必ず刻印があり、
人目にして能力者の集団に囲まれているのだと全員が理解した。能力の強さは各契約者の刻印を全て覚えているわけでもない限り、使うまでわからない。つまり誰を一番警戒しなくてはいけないのか、わからないのだ。クロエフが四方の敵に気を配り、双方には緊張した空気が流れていたが、クロエフは急に耳の中に
何かをねじ込まれた。驚いてみてみると、シエスタが
こちらに向かってピースマークを送っている。しばらくすると耳の中でノイズが流れ始め、すぐに収まった。
どうやらイヤホンの類らしい。そしてイヤホンの向こう側からはよく知る声が聞こえてきた。
「32時間12分46秒ぶりです。クロエフ・キーマー様。私リンカーネーションと申します。微力ながら
クロエフ様のお手伝いをさせていただきます。早速ですが、周囲の能力者に脅威となる能力者を確認できませんので警戒すべき事項はないことを伝えておきます。」
「クロエフ。そう言うことだから、ここはサクリファイスたちに任せて僕たちは、目当てのものがあるところに行こう。僕の肩につかまってくれ。」
すでにサクリファイスとディバインは戦闘を始めていた。意外なことにシエスタとソムリヌも何食わぬ顔で参加している。クロエフはそれを見てから、オブリビオンの肩につかまった。再び足元がなくなるような
感じがしたかと思うと、目の前が真っ暗になった。しばらくして、クロエフは唐突に地面に投げつけられた。隣ではオブリビオンも何が起きたのかわからないといった様子で膝をついていたが、その視線は黒と赤の衣装を着た男にしっかりと当てられていた。
「よくないぞ、クロエフ・キーマー。戦いもせずに
何かを得るなど、お前には合っていない。欲しいのならば壊して奪え。私と戦え。」
クロエフはすぐに目の前にいるのがイビュラスではないという事だけはわかった。何もしなくても身の内からあふれてくるこの嫌悪感は堕落を相手にしているときのそれだった。クロエフが何もしないでいると、
オブリビオンは音もなくナイフを持って、影の中に
入り込んだ。一瞬オブリビオンが自分を置いて逃げたのかと思ったが、相手の男がにやりと笑って、その拳を背後の地面にたたきつけると、今度は血を吐いたオブリビオンが影の中から飛び出してきた。
「・・・なんで・・・僕は影の中に・・・・。」
「お前もなかなか面白いものを持っているらしいが
お前に用はないし、その程度の仕上がりでは、私を殺すことなど到底できんよ。」
「ランスロット!!!」
クロエフは唐突に剣に変形したランスロットを持つと男に切りかかった。男の腕の部分に剣の刃が当たったが男の腕が切れた様子は全くなかった。
「オブリビオン。ここは僕が何とかするから君は先に行け!!」
オブリビオンは口の血をぬぐうと数秒間クロエフを見てから何も言わずにうなづくと、影の中に消えて行った。
「・・・懲りないのだな。よほど殺されたいらしい。」
男が手を振り上げ、先ほどと同じように地面の陰に向かって拳を振り下ろそうとしたのをクロエフはランスロットではじいた。
「お前の相手は僕だ。よそ見をするな。」
「そうか。それでは、始めようか。」
そう言った男の体が急に大きくなったような気がしたときには、クロエフはあっという間に距離を詰められていた。同時に男の拳がクロエフめがけて繰り出される。クロエフはそれをのけぞってよけると、二発目の拳はランスロットで防いだ。しかし、あまりに威力が強く、踏ん張りきれずにクロエフの体は後ろに吹き飛ばされて、壁にたたきつけられた。
「その程度のものなのか?そうだとするなら期待外れだ。ここで死ぬといい。」
「黙れよ。」
クロエフから黒いオーラが漏れ始めるとその眼は赤く血に染まり、その顔はあふれる感情で歪んでいた。
「ほう・・・それが君の力なのか。そう言えばまだ名乗っていなかったな、私はナアダの王。Xlllのキングだ。少し君の邪魔をさせてもらう。」
「黙れ。お前はもう話すな。」
クロエフは漆黒の剣を大量に投げつけたが全て避けられるか弾かれるかしてしまった。次にクロエフは一気に距離を詰めて全力のパンチを打ち込んだがものすごい音がしただけでキングは片手でクロエフの拳を受け止めていた。
「お前を殺すのは簡単なことだがそうはしない。・・・ジョーカーに言われているということもあるがそれ以上にお前に興味があるのだ。失望させてくれるなよ。」
クロエフの顔は怒りと憎しみで歪んでいた。本来のクロエフならば持つことのないほどの巨大な負の感情をクロエフは爆発させていた。
「そうだ。それでいい。もっと黒く染まったお前の姿を俺に見せてくれ。」
クロエフがその溜まった感情を爆発させようとした時キングのいた場所を一筋の光が撃ち抜いた。
一本の美しい槍を持った女性がクロエフとキングの間に降り立つとクロエフの顔にそっと手を添えた。そうするとクロエフの顔から
負の感情が引いていきいつものクロエフに戻った。
「君がクロエフ君か・・・思ったより可愛らしい顔をしてるじゃない。さっきよりも今の方がいいわよ?」
その女性はクロエフに向かって笑いかけた。彼女体の周りには銀に輝く薄いヴェールのようなものが
空気に解けるように漂っていた。
「だいたいの敵は今の一撃だけで死ぬんだけど、あなたはしぶといのね。」
その視線の先ではキングが撃ち抜かれたところを押さえて立っていた。撃ち抜かれたところからは
赤黒いオーラが手の間からものすごい勢いで流れ出していた。
「貴様一体・・・!!?いや今それはどうでもいい。私の邪魔をするというのなら殺すまでだ。
目覚めよ、ナアダコア『キング』
我にその力と祈りをささげよ、『呪われし者』(Confutatis)」
キングの胸のあたりの赤い宝石のようなものがかすかに輝くとキングの体から赤黒いオーラが一気に溢れ出した。そして赤黒いオーラは形を作り始めナアダとなった。
「行け、我が眷属たち。あの女を殺せ。」
「輝け、エンデュミオン!!!」
まばゆい黄金の光が飛びかかろうとしたナアダを跡形もなく焼き尽くした。巨体の男が地面に着地した。黄金の鎧、そして身長ほどもあるのではないかという巨大な剣を持っていた。よりを持った彼女はその彼を容赦もなく蹴りつけた。
「遅刻よ。アレックス。遅れた理由はもうわかってるとしてあなたには時間を守ろうという気持ちがないのかしら?」
「ごめんよ、ジャンヌ。ちょっと女の子と遊んでたら遅くなっちゃったんだ。」
「余計に腹たつし、わかってるから言わなくていい!!そんな魅力ないかしら私・・・。」
アレックスという男は笑っていて特に反省している様子はなかった。彼はジャンヌとは違って黄金のオーラをその体にまとっていた。「痴話喧嘩はその辺にしておいてもらえるか?時間を稼ぐだけと言っても聞いていて非常に心苦しいのでね。」
「ふーん、堕落なのに心なんて持ってるのね。あなたとっても不思議だわ。」
キングは右手を前にかざした。オーラが手の周りに集中し、クロエフの時と同じように黒い術式が展開した。
「『滅びの十字架』」
その声と同時に黒い十字架が空中に出現し一気にクロエフたちの方へと向かって飛んできた。ジャンヌがとっさに槍を構えると目を開けていられないほど槍が光り始めた。
「神を殺しし破壊の槍よ。闇を退けし破邪の槍よ。
聖を持って悪を穿ち、悪を持って聖を砕け。来い!!
神槍ロンギヌス!!!『高貴なる極光』(ノーブル・クェーサー)」
槍から放たれたすさまじい光が十字架を焼き尽くし、
キングも焼き尽くした。そのままいくつかの建物も
一緒になって倒れてしまい、ジャンヌはしまったという顔でこちらを見た。アレックスは腕を組んだまま、
ジャンヌに笑いかけた。
「人払いは済ませてあるから、大丈夫だよ、ジャンヌ。
それよりもまだ倒せていないからそっちに気を付けたほうがいい。」
煙が尽きる様子もなく、上がっているところから、赤黒いオーラがその煙を押しのけるようにあふれ出した。現れたキングは髪が多少乱れているだけのようで、
今の攻撃は効いていないようだった。クロエフがよく目を凝らしてみてみると、キングの周りでは赤黒いオーラのほかに、紫色の霧が漂っているように見えた。
ジャンヌが再びロンギヌスを構えると、またロンギヌスが目もあけていられないほど輝きだした。
「私の攻撃を防いだのはその霧の効果なの?だとしたら、その霧がなくなるまで打ち込ませてもらうわ。」
キングの様子は余裕そのものだった。戦いに集中しているジャンヌと違って、キングはあちらこちらを見て
注意散漫だった。おもむろにキングが口を開く。
「力を持つ遺産のほとんどが力を持っているその理由を知られていない。君が持っている神殺しの槍もまたそうだ。ただの槍がそこまでの力を持つのは、明らかに不自然だ。」
キングはぼんやりと独り言のように言った。ジャンヌはその間も攻撃するチャンスをじっとうかがっている。
「何が言いたいのかしら・・・?確かにロンギヌスは普通じゃ考えられない力を持ってるし、中には言葉を使う遺産までいるけど。」
「単純に興味があるだけだ。お前のその槍も殺した後に、じっくりと研究してやろう、今のはそういう意味だ。」
「あっそ。」
ジャンヌとキングは再び戦い始めた。目にもとまらぬ速さで攻撃が繰り出され、実力は拮抗しているように見えた。クロエフが戦いに目を奪われて突っ立ていると、不意に背中をつつかれた。それに気づいて振り返ってみると、後ろにはアーサーが立っていた。
「アーサー、なんでここに・・・?」
「応援に来たんだよ。イビュラスの組織も残っているのは、イースト周辺だけになったしね。それにこれは
身内の問題でもあるんだ。今すぐにイビュラスの所に行きたいけど、ジャンヌの相手は強力だ。僕たちはここに残って彼女を手伝う。だから、君に手伝う義務なんてないことはわかっているけど、君に行ってほしいんだ。」
アーサーはクロエフの目をしっかりと見据えてクロエフに頼んだ。
「戦う義務はないですけど、理由ならあります。」
クロエフはアーサーはまっすぐに見つめ返し、真面目な表情でそう言うと、すぐにイビュラスの組織が所有している、建物の方へと走っていった。オブリビオンはうまくエグゼラを取り返せただろうか、もし取り返せずに戦闘になっていたのならば、けがをしているので相当つらいはずだ。何より、エリザベスの前でクロエフは誓ったのだ。この第一世界を守る、と。ただの言葉であるのに、不思議とこの誓いには拘束力があった。それとも破滅しかさせることのできないと言われたことに彼が無意識に反抗しようとしていたのかもしれない。ともあれ、クロエフは全力で走りだした。
ジャンヌは未だキングに対して最初の一撃以外を入れられずにいた。どんなに素早く、威力のある攻撃でも、霧が優しく受け止めてしまう。相手のキングは
涼しい顔をしたまま、よけることさえもしないようになっていた。
「五千年も昔のことだが、この世界と戦争をしたことがある。その時は配下の堕落ではなく、異次元の魔獣たちも使ったが、その時に君たちのような人間離れした者たちがいたな。」
ジャンヌはキングに一撃を浴びせることをあきらめ、
距離を取った。そして彼女が目を閉じて少し経つと、
体からあふれる銀のオーラが一瞬止まり、彼女の足元に術式が展開した。術式は徐々にジャンヌを通過しながら空中へと上がり、ジャンヌの頭のてっぺんまで来ると消えた。同時にジャンヌからは先ほどまでとは
日にならないほどの濃く強い、銀のオーラが流れ出した。
「ほう?まさか君もその戦いに参加していたのか?その力はまさしく、私が相手にした者たちと同じ力だ。クロエフは取り逃がしてしまったが・・・少しは楽しめそうだな。」
「『戦乙女』。ダーク・ネストの時に私に付いた異名よ。」
そう言った後に踏み出したジャンヌの速度は常人では目にとらえることもできないものだった。繰り出されたロンギヌスは霧を貫き、キングの体に届こうとしたが、霧が一気に収束し紫の剣と化すとロンギヌスを
間一髪のところで受け止めた。キングの体はロンギヌスに押され、数メートル押し流された後に止まった。
「『呪われし者』(Confutatis)では受けきれないか・・・。確かに
神槍と呼ばれるその槍があの程度のわけがないな。
面白い。ここからは私も少し力を使わせてもらうとしよう。」
「・・・悪いけど、あなたにそんなに時間を使うわけにはいかないのよ、そろそろ終わりにするわ。
武装『ロンギヌス』。」
槍が輝きながら溶けるようにしてジャンヌの体にまとわりつくと、ジャンヌ自身の銀のオーラと混ざり合って鎧となった。その手には細身の長剣が握られている。
「星々の光よ、我が剣に集いて、道を切り開きたまえ。」
光の粒子がジャンヌの剣へと集まっていき、ロンギヌスの時と同じように輝きだした。
「『万物を滅する星々の剣』(ロンギヌス・ジ・プルガシオン)!!私につけられたこの名前、この剣とともに焼き付けてあげるわ。」
ジャンヌの剣が横に一閃するとまばゆい光がすべてを薙ぎ払い焼き尽くした。キングは剣でジャンヌの剣を防ごうとしたが、受けきることはできず、光に飲まれて消えて行った。
「・・・まず第一段階は終了と言ったところだね、
アレクサンドロス。問題はこの後だ。さあどっちに出るか・・・。」
「悪いほうに飯を一回。」
「え~・・・僕もそっちだと思ってたのに・・・。」
煙が晴れると、キングは何もなくなった地面の中心のあたりで胡坐をかいて座っていた。すでにオーラは出ておらず、戦う意思はないようだった。
「僕の勝ちだね、アレクサンドロス。」
「まじか・・・・。」
アレクサンドロスとアーサーが小声で話していると、
ジャンヌはすたすたとキングの方へと歩いて行って
首元に剣を突きつけた。キングは先ほどまでと同じように余裕の笑みを浮かべていた。
「負けてしまったようだな。女だと思ってあなどったのがいけなかったのかもしれない。」
「・・・・何をしに来たの?堕落であるあなたがこんなところで力もろくに使わずにただ遊んでいるわけではないのでしょう?」
「そうだな・・・もとはと言えばクロエフが君たちの元仲間の所に行くまでの時間稼ぎをするつもりだったのだが、ついつい君との戦いが楽しくなってしまった。それにこれ以上はこの島では暴れられないのだ。
クロエフは成長すれば十分に脅威たりえるが、それ以上にこの島の中心にいる主を怒らせてしまえば今の
私では本当に殺されてしまう。」
「あなたの言ってることさっきから本当にわからないわ。この島にそんなボスはいないわよ?」
キングはその言葉を聞いて笑いだした。暗い夜の空気に突き刺さっていくかのような、よく通る声だった。
「そうか、人間の域を脱した君たちにもそれはわからないのか。この島は世界ができるよりもはるか前から
存在するもののテリトリーなのだよ。何はともあれ・・・
「選手交代だぁ。」
突如キングの頭上に出てきた黒い穴から、方ぐらいまでの髪のキングと同じような服を着た男が出てきた。
ジャンヌはキングの首から剣を離すと、後ろに飛んで距離を取った。
「堕落には十三の王がいる。そして私のような士気を高める象徴の王が居れば」
「単純に強い王もいるってことだな。・・・にしてもひでえ有様じゃねえかキング・・・?まぁ、いいや、ジョーカーがいい宿主を見つけたみたいだ。撤退するぜ。」
小柄な体に額からのぞく黒い角。クロエフが第四世界であったジャックだった。
「賭けは俺の勝ちみたいだな。アーサー。」
「想定外の最悪だよ、これは。」
これから、また戦闘が始まるのかと思いきや、キングは立ち上がると、黒い穴を出現させ、その中へと消えて行った。
「どういうことだ・・・?堕落はその身が亡ぶまで戦い続けるものとばかり思っていたのだが。」
「ギャハハハ!!そんな小物と俺たちを一緒にするんじゃねえよ、それによぉ、さっきも言ってただろ?
今の俺たちじゃまだここの主の相手をするわけにはいかねえのさ。」
「それは、つまりどういうことだい?」
一歩進んでアレクサンドロスの横に並び立ったアーサーの手にはいつの間にか聖杯が握られている。
「・・・・俺的には非常に不満なんだけどよ、首洗って待っとけってことだな。次会うときは確実にお前らを壊しに行く。今日はその宣戦布告ってとこか。」
その一言でアレクサンドロスが背中にあった大剣を引き抜いて前に構えた。ジャックとアレクサンドロスのあいだにピリピリとした緊張感が走る。
「俺がその言葉を聞いてお前を逃がすと思っているのか?五千年前のあの惨劇を一度見ている私が。」
「ギャハハ・・・そうかぁ、お前はそのクチかぁ・・・
なら大丈夫だ。お前は俺をちゃんと逃がしてくれるさ。
ほらよ。」
突如ジャックの手元に黒い槍らしきものが現れて、ジャックはそれをつかむと間髪を入れずに投擲した。
槍が向かう先には、戦いに関係のないイーストアイランドにすむ一般人がたっている。
「・・・なぜだ!!?人払いは済ませてあるはずなのに・・・。」
アレクサンドロスは大剣を捨てて地面をけると、飛んでいる槍をその拳で叩き落とした。その瞬間にジャックは黒い穴を展開させその穴の中に片足を入れた。
アーサーとジャンヌはジャックを行かせまいとして
ジャックに飛びかかったが時はすでに遅く、その攻撃がジャックに届くことはなかった。ジャックが消えてしまうと、ジャンヌの鎧が解け、元の槍に戻った。
「もう!!いきなりあらわれて何なのよ!!こっちは不完全燃焼だし、町は壊しちゃうし、最悪よ!!」
「そうだね、彼らが・・・なんにせよ、言葉を操る高度な知能を持つ堕落に僕たちは会うことができたわけだし、収穫がないわけじゃないよ・・・。それに僕たちが今一番やらなきゃいけないことはイビュラスを止めることだ。クロエフを助けに行かないと。」
「その必要はないんじゃないか?」
そう言ってアレクサンドロスがクロエフの走っていった方向を指差すと、ちょうど高い建物がいっぺんに崩れ落ちるところだった。そこでは堕落の赤黒いオーラとは違う、どす黒いオーラが束となって空中に放出されている。同時にいくつも爆音が鳴り響き、土煙がはるか上空まで巻き上がっていた。時間は数十分前にさかのぼる。クロエフは建物めがけて走り続け、建物
に着くと、壁に寄りかかっているオブリビオンを見つけた。クロエフはオブリビオンに駆け寄ると、しゃがんで肩をたたいた。黒色と琥珀の瞳がこちらの方を見たがしっかりと焦点が定まっていない。
「まだけがが治っていないのか・・・エグゼラはどこにあるの?」
「ごめん・・・最初は取り返したと思ったんだけど、
イビュラスは僕の想定以上だった。けがをしてるところを何度も攻撃されてこの様さ。悪いけど、もう一ミリも動けないや。」
クロエフは黙って立ち上がると、指輪を外し、オブリビオンに向かって投げた。
「ランスロット、オブリビオンの応急処置をするんだ、
僕はイビュラスからエグゼラを取り返してくる。それまでに僕が運べる状態ぐらいまでには回復させておいてくれ。」
「ですが、クロエフ様。私は主と決めた物から離れるわけにはいかないのです。戦いのときには剣や盾が
必要となるでしょう?」
「大丈夫さ。それよりも治療に専念してくれ。すぐに
帰ってくるから。」
クロエフはオブリビオンに背を向けると、建物には入らず、セントラルの方へと向かって走り出した。耳に手をやって、リンカーネーションを呼び出す。
「オブリビオンが戦ってたのはどのあたり。できれば
イビュラスのいる場所をそのまま教えてくれるとありがたいんだけど。」
「イビュラスの居場所はすでに特定されています。
セントラルに向かって移動中です。エグゼラを所持しているかどうかは不明です。」
端末にはリンカーネーションから送られてきた、自分とイビュラスの居場所が赤い点で示されている。この調子で追いかけていけば、もうすぐで追いつきそうだった。
「・・・でもそんな簡単にはいかないか・・・・。」
クロエフは路地の真ん中で道をふさいでいる人物を見つけると立ち止まった。その人物は、背中に何か
黒い金属の塊のようなものを背負っている。あまり時間をかけるわけにはいかない。時間をかければかけるほどイビュラスとの距離が離れてしまい、リンカーネーションが見失うようなことがあれば、何もかもが手遅れになってしまうかもしれない。
「君もイビュラスの仲間かい?邪魔しないんだったら何もしないけど。」
金属の塊が分解すると、手のあたりと足のあたり、そして胴回りに巻き付いて黒く光る、装甲になった。
「仲間、では、ない。私は、雇われた。お前を、止めるのは、仕事。」
「そう。じゃあ僕は君を倒さなきゃいけないや。」
クロエフから黒いオーラが巻き上がり、手元に二本の
漆黒の剣が出現した。クロエフは地面を蹴り相手に向かって二本の剣を投げつける。そしてまた空中に出現した剣をつかんでは投げつけた。そして間合いにまで近づくと、全力で剣を振り下ろした。しかし、クロエフの剣は宙を裂き、相手が立っているところ通り過ぎてしまった。振り返って、相手がすべての剣をよけていたことに気付く。しかも立っていた場所からほとんど動くことなしに。
「私は、サトリ。お前の、攻撃は、私には、当たらない。」
「『神殺』(ブラス・サイ)。」
クロエフが右手をかざすと黒い術式が展開し、黒い柱にも見えるほどの漆黒の剣がサトリに襲いかかった。
剣の柱は通る道の先にあるものを次々に破壊していった。しかし、サトリには当たらなかった。まるで剣の来る位置がわかっているかのように軽々とよけていく。
「確かに、数があれば、当たるかもしれない、私以外なら。」
次はサトリがクロエフに接近してきた。はたから見るとただ拳を振り回しているようにしか見えないが、クロエフは実際に戦っていて、すごくやりにくい相手だった。滑らかに軌道の拳にペースを奪われ、クロエフは防戦一方になっていた。クロエフは後ろに飛ぶと
両手をサトリの方へと向かいつきだした。
「天より来たる浄化の光、絶望を焼き、万物を塵と化し、深淵より来たりし刃までも無に帰す。『終極の殲光』(ブラス・グリッター)!!」
両手から現れた術式が小さくなって収束すると、クロエフの人差し指の先に集まり、クロエフはサトリに向けて指を向けて術式を解放した。ロンギヌスの槍が放つ光よりも残酷で無慈悲なその光は、サトリが体をそらしてそれをよけた後、その後ろにあるものを全て焼きつくし、エステルの最外殻である堕落や魔獣の侵入を防ぐための防壁まで簡単に貫通し破壊した。
「どうして当たらないんだ・・・僕はこんなところで時間を使っている暇はないのに・・・。」
「さっきも、言った。私に、お前の、攻撃は、当たらない。全てが、終わるまで、ここで、寝ているといい。」
サトリは手を前に構え、クロエフとの距離を徐々に詰めてきた。狙っても数で押しても一向にサトリに攻撃が当たる気配はなかった。
「・・・攻撃は当たらないし、かといって君が僕を圧倒しているわけでもない、ここは君と戦わずにイビュラスを追うのが一番いいかな。」
「それなら、俺とやろうぜ、クロエフ。」
突如上から声がしたと思ったら、緑に輝く光の弾がクロエフとサトリのあいだに落ちてきて、地面に触れた途端に爆発した。サトリとクロエフはその前に距離を取っていたのでどちらもダメージは受けていなかった。黒いコートに赤い髪に赤いシャツ、そこに立っているのはエクスギアだった。
「なあ、俺に隠れてずいぶんと楽しそうなことをしてるみたいじゃねえか、俺も混ぜて本部の時の続きをやろうぜ。」
エクスギアがここにいるという事はガルフィスファミリー全体がすでに動き始めているという事だ。つまり今ここには三つの勢力が集結して戦いが起こっているのだ。クロエフはそこで何よりもまずイビュラスからエグゼラを奪い取ってしまうのが一番この状況を解決してしまうのに手っ取り早いことだと考えた。
「お疲れ様です、ボス。それでは僕はイビュラスを追うのでこの人の相手をよろしくお願いします。」
と言って頭を下げると、何か言われる前に屋根の上にジャンプして飛び移り、その場を後にした。サトリは
わかっていたかもしれないがともかくエクスギアの方は呆気にとられてぽかんとしていた。
「不、可。」
屋根を飛び移るクロエフの背後で、サトリの腕の装甲が一瞬にして膨れ上がり、巨大な金属の拳に変貌した。
そして、そのままクロエフに殴り掛かろうとしたが、
背後からの緑の光球に気付き、回避した。
「なぜ、私の、邪魔を、する。あれは、お前の、敵。
思考、不明。」
「お前のその片言の話し方が気に入らねえ、俺を無視してクロエフの方に行こうとしたことが気に入らねえ、何より俺よりよええクセに余裕な面かましてんのが気に入らねえんだよ!!。」
エクスギアの感情に合わせるかのように緑色のエネルギーがエクスギアの両手からあふれ出すと、徐々に剣の形になり、固まった。
「クロエフは後だ。まずはお前をぶっ潰す。」
「いいだろう。お前も、同じく、私の、敵。」
「『Eガトリング』。」
エクスギアの手から無数の光球が飛び出し、者にぶつかると大爆発を起こした。サトリは巨大になった拳を元のサイズに戻すと、クロエフの『神殺』をよけた時と同様に最小限の動きで、光球を躱しながらエクスギアの方へと距離を詰めていった。
「『Eバズーカ』!!」
サトリが近づいてきたところでエクスギアは先ほどよりもはるかに大きい光球をサトリのいる地面に向かってたたきつけた。光球は触れると同時に周囲のものを巻き込んで大爆発を起こした。
「範囲攻撃、か。お前も、大多数と、特に、考えることが、変わらない。」
「おかしいな・・・なんでこんだけ撃ってんのにお前には一発も当たらねえんだ?教えてくれよ。そしたら
手加減してやるよ。」
「不可。お前が、知る、必要は、ない。」
サトリは手を前に構えると戦う姿勢を取った。どうやらこれ以上は会話をする気がないという事をエクスギアもわかったらしい。エクスギアも持っていた剣を前に構えると、先に切りかかった。何度もサトリに向かって剣を振るが一向に当たる気配はなく、サトリも
もう飽きているような表情をしていた。
「これならどうだ!!」
エクスギアは急に叫ぶと自分の持っていた剣を地面にたたきつけようとした。サトリは当然のように地面を蹴って距離を取ったが、エクスギアはその時の違和感を逃さなかった。地面に剣をたたきつける直前に
剣を止め、サトリの方を向いてエクスギアはにやりと笑った。
「いるかもしれねえ、と思ったことはあるけどよ。
まさかこんなところで出くわすとは思ってなかったぜ、お前俺の思考を読んでるだろ?」
「・・・・・・だったら、なんだ。」
エクスギアは先ほどと同じように剣を構えると、少しづつサトリとの距離を詰めていった。
「さっきから、剣を振る前によけられてるとは思ってたんだけどよ、やっぱりお前には俺が剣を振るところがわかってたんだな。それならあんなよけ方で全部よけれるわけだ。」
その言葉を聞いて、サトリは構えていた手を下げた。
一瞬戦意を喪失していたのではないかとエクスギアは思ったが、サトリのその顔に張り付いているのは
侮蔑の表情だった。突如サトリの周りの空気が揺らめき、紫色のオーラが空気中に漂い始めた。
「確かに、私の、能力で、人の、心を、読むことは、
できる。しかし、貴様には、まだ、使っていない。」
「あぁ?どういうことだよ?人の心を読めるから、
ああやってよけれるんだろ?なのに、能力使ってねえっていうのはどういうことだよ?」
「・・・・・わからない、のか?極めて、単純な、
事だ。お前の、攻撃を、よけるなど、目だけで、十分だ。身の程を知れ、小僧。」
その瞬間サトリから流れ出るオーラの量が一気に増した。毒々しい紫のオーラがサトリの体中から流れ出ていた。
「オーラ!!?ってことはお前超人なのか?これは
とんでもねえ外れくじ引いちまったな・・・クロエフの野郎、俺に面倒事押しつけやがって。」
「このまま、元来た道を、引き返すのならば、私は、
お前に、何も、しない。」
「ハハハ!!わかりやすいこと聞いてんじゃねえよ。
ここまで来て退く訳ないだろうが。それに、俺はさっさと物の回収に行かなきゃならねえんだよ。こっからは俺も本気で行くぜ。」
「『死の心音』(デッドハートビート)。かつて、私に、ついていた、名だ。」
サトリの体を覆っていたはずの金属の装甲はいつの間にかランスロットのように黒く光る金属でできた
長銃へと形を変えていた。
クロエフはエクスギアにサトリを押し付けた後、
リンカーネーションの指示に従って走り続けていた。
屋根を飛び移って下にイビュラスが走っていないか
注意しながら移動していると、路地のあいだを明らかに常人ではない速度で走り抜ける人影があった。
「・・・見つけた。あれだよね?」
「そうですね。エグゼラを持っているかは確認できますか?」
「いや、手には何も持ってないみたいだけど・・・
とりあえず止まってもらおうか。ランスロット、槍で。」
「承知。」
ガキンと音がすると、その瞬間にクロエフの手には
槍が収まっていた。クロエフは走りながら槍を構えて
しっかりと狙いを定めると、下を走る人物に向かって
投擲した。ランスロットは走る人物の背中の真ん中のあたりをしっかりととらえ、体に触れる瞬間に槍の先が布のように一気に広くなって走っている人物を縛り上げた。走っている人物は顔面から地面に突っ込むとそのまま滑って壁に激突して止まった。クロエフは屋根から地面に降り立つと、ランスロットごと男の胸ぐらをつかむと片手で持ち上げた。
「顔は見たことがないので、人違いだったら悪いんですけど、大事なもの、持ってますよね?」
「・・・思ったより来るのが早かったな、お前、誰に雇われたんだ?おれがそいつよりもいい条件で雇ってやるよ。」
「あぁ、本人でいいんですね、それじゃあ、エグゼラを僕に渡してください。それの回収が目的なので、
出してくれればすぐに終わります。あと、僕はお金で動いているわけではないので、雇う話は断らせてもらいます。後、もう一つ、個人的な興味なんですけど、
エグゼラを奪ったあなたの目的も聞いてみたいです。」
「なんだ、お前、俺を血眼で探してるやつらとは違うみたいだな。まず、お前が欲しがっているものは今持っていない。目的についてはこれをほどいてくれたら
話してやるよ。」
「ランスロット。解いてやって。」
「よろしいのですか?」
「いいんですかっ?」
即答だったクロエフにランスロットは冷静に聞き返したがリンカーネーションの方は少し声が上ずっていた。E・B・Aのナビゲーターの時のような無機質な声ではなく、少し焦っているかのようなその声を聴いて、人間らしいところもあるという事をクロエフは知った。
「いいよ、別に。エグゼラは持っていないらしいし、
その人にこだわらなくても場所は多分わかるよ。」
「・・・お前驚くほどに無関心だな・・・。それじゃあ拘束もほどいてくれたし、言葉通り、俺の目的でも話しておこうか。俺の目的は地上を取り返すことだ。人類をこの島に閉じ込めた存在からな。俺が奪ったものはそれをうまくいかせるための材料さ。」
「体内をエグゼラから発せられる放射線が通過することで体内に毒素が発生し、死に至る。つまり、
それで脅して交渉するわけですか?」
「・・・?なんだそりゃ?あれはそんなもんじゃない。
ゲートとゲートをつなぐための門のカギだぜ?誰に
そんなデマ吹き込まれたか知らねえけどよ。そいつは
お前にうそをついてる。まあどっちを信じるかはお前次第だけどよ。」
デジット・クレイムを信じるかあったばかりのこの男が言っていることを信じるか、クロエフにとっては
難しい質問だった。デジットが何かの理由でうそを言っている可能性は大いにあり得るが、目の前にいる
イビュラスが本当のことを言っているかどうかは、判断がつかない。デジットの言っていることが正しいのであれば、本当に何もないように見つけ出して運ぶ必要があるが、イビュラスの言っているゲート云々のものであれば、それなりに強引な行動に出たとしても、
周囲が危険に巻き込まれるという事はないだろうと
クロエフは考えた。
「・・・とりあえず、エグゼラのあるところを僕に教えてくれませんか?この際、どちらが本当のことを言っていてうそを言っているかなんてどうでもいいです。僕はエグゼラを回収して、セントラルに届ける。
このことは根本的には変わりませんから。」
イビュラス手を後ろに回すと小さめの拳銃を取り出した。しかし、今手元にランスロットもいて、拳銃程度なら目で追えるぐらいの動体視力をクロエフは持っていたので、特に反応することもなく、イビュラスの返事を待っていると、イビュラスは拳銃を掌で遊ばせながら、急に笑い出した。
「ハハハ!!余裕な面かませやがって!!お前も一般人じゃあねえってことか。まあ俺よりも早く移動してる時点で人間じゃねえがな。こんなもんが役に立たねえことはわかってる、でもな、お前につかまった時点で俺の計画は失敗だ。これはけじめをつけるために使うのさ。」
そう言ってイビュラスは自分の頭に拳銃を付けると、
躊躇することもなく引き金を引いた。パン、と乾いた音が響いて、イビュラスの体は地面に崩れ落ちた。
「自害したのか・・・それなら他の人にエグゼラのありかを聞いてみるとしよう。行こうランスロット。」
クロエフはイビュラスを背にすると歩き出した。そして三歩目を踏み出そうとした瞬間、ランスロットが
急激に大きくなり、後ろから迫った杭のようなものを
受け止めた。
「なんだ、ばれてんのかよ、今まではこれで行けたんだけどなあ、さすがにこんだけやってりゃ、俺の不死を知ってるやつがいてもおかしくないか。」
「なんだ、生きてたんですか。それじゃあ、ありかはあなたに聞くとしますねそれにしてもずいぶんと卑怯な手を使うんですね?」
イビュラスは両手に持っていた杭を地面に突き刺すと、片手で顔を覆って笑い始めた。
「俺がやることを知ってて泳がせてたやつに卑怯何て言われる筋合いはないぜ?とりあえずお前には死んでもらう。逃げようにもお前の方が速いらしいからな。」
「いいですよ、僕もどちらかというと、力ずくの方がやりやすい。」
クロエフがそう言うと、クロエフの瞳が黒と赤に染まり、体からはどす黒いオーラがたなびくようにして出ていた。
「気持ち悪いオーラだな・・・。お前超人なのか?
俺の記憶じゃあ超人にしかオーラは出せないはずだが、お前みたいな気持ち悪いオーラを見るのは初めてだ。」
「さあ、どうでしょう。」
クロエフから漏れ出したオーラが徐々に集まり、槍の形をとった。その形は先ほどのランスロットと非常によく似ていて、その槍からもオーラが沸き上がっている。
「『黒槍』。」(シュバルツ・シュペーア)
クロエフはその槍を持つとイビュラスの突っ込んだ。
一気に槍の届く距離まで近づくと、思い切り槍をついた。その瞬間槍から放たれた黒い粒子がイビュラスごとその後ろの建物までも貫通してことごとく建物を破壊した。アーサーとアレクサンドロスが見た景色はこれである。イビュラスの体は上半身と下半身に分かれて、吹き飛んだ。しかし、一秒としないうちに、上半身の方が起き上がった。いつの間にか下半身もくっつき、起き上がった。
「中々な威力じゃねえか、俺じゃなきゃ絶対死んでたぜ、今のは。まあかくいう俺も一回死んで再生したんだけどな。」
クロエフは再び黒槍を構えると、イビュラスの方に向かって突き出した。何度ついても同じことだった。
突くたびにイビュラスの体はしっかりと破壊されているのだが、そのたびにイビュラスの体は一秒もしないうちに再生してしまうのだ。その上、イビュラスもただ攻撃を受けるばかりで一切反撃してこないので
クロエフはなんだか無意味なことをしているような気分になってきた。
「なぜ、何もしないんですか?口を割らせようにも
あなたがそんなに無気力だと、僕の方もやる気がなくなってくるんですが。」
「ハハハ!!それならもう諦めろよ、俺だってお前がそうしてくれた方が都合がいい。俺はお前が飽きるよりもはるかに多くストックがあるんだ。」
「やる気ないんですね。」
「そうだな。」
クロエフは黒槍を放り投げ、槍はクロエフの手を離れると霧散して消えた。クロエフが人差し指をイビュラスに突き付けると、白い光がイビュラスの体を貫いた。
「『終極の殲光』(ブラス・グリッター)。」
「それなら、いっそ本当に死ぬまで死に続けてもらいます。あなただって本当に死ぬのは嫌だと思いますから、少しはやる気になるんじゃないですか?」
イビュラスの体は次は一秒ではなく、十秒ほどかけて
再生すると、クロエフが放った二発目の光をよけた。
「・・・ただの馬鹿力だと思って侮ってたな。今のは
一気に五回死んだぞ。」
クロエフは首をかしげた。一回の攻撃で五回死ぬようなことがあるだろうか。クロエフはイビュラスの言っている事の意味が分からなかった。ともあれ、今のイビュラスは体から青いオーラが放たれていて、どうやら、大した苦労もなくやる気にさせることができたようだった。イビュラスはクロエフの怪訝な顔を眺めて
笑いだした。
「無意識でやってんのかよ・・・オーラのこともそうだし、お前面白いな。」
イビュラスは二本の杭を体の前に構えると、クロエフに飛びかかった。先ほどクロエフが追いかけていた時の速度よりもはるかに速い。
「ランスロット、盾。」
イビュラスがクロエフに到達する前に、黒い金属の盾がイビュラスとクロエフのあいだに入り込み、クロエフは盾をつかむと、イビュラスの杭をはねのけ、kらだを回転させてイビュラスの腹に蹴りを入れた。イビュラスは体を区の字に曲げたまま壁に突っ込んだ。
「ホントにやる気あるんですか?これじゃあさっきと全然変わんないんですが。」
クロエフはイビュラスが立ち上がる前にそこに大量の剣を撃ち込んだ。イビュラスの体は再生する暇もなくぼろ雑巾のようになってしまっている。
「さっき、あなたと同じように、オーラを使う人を見かけましたけど、割と強かったですよ。あなたはずいぶんと弱いみたいですけど。そんな力で地上を取り戻すんですか?悪いとは思いますけどあなたじゃ堕落の相手さえ満足にできませんよ。だから、エグゼラを
僕に渡してあきらめてください。地上は気が向いたら取り返してあげますから。・・・あなたとの戦いは
・・・味がないというか、無意味だ。」
青のオーラが一気に膨れ上がり、クロエフの剣をはねのけた。オーラに覆われた体があっという間に再生していく。それは先ほどまでと変わらなかったが、イビュラスの纏う青いオーラは先ほどまでのように空気に溶けていくような薄いものではなく、濃く、炎用に燃え上っているように見えた。
「確かに、俺は弱いかもしれねえ。あいつらみたいに
遺産を持つことのできる器でもねえ。でもな、超人
っていうのはな、死ぬよりも苦しいことを乗り越えなきゃなれねえんだ。お前が俺を笑おうと、誰もが不可能だといおうと、それは俺があきらめる理由にはならねんだよ!!調子に乗んなよ、糞餓鬼が!!」
イビュラスを包んでいた炎のようなオーラはさらに激しさを増し、それはまるで憎しみの炎で自らの体を焼いているかのようだった。それでもクロエフはその炎を美しいと思った。自分はそこまで強い感情を持ったことがあるだろうか。そう考えても思い当たることのないクロエフの心はイビュラスの強い信念に惹かれ始めていた。クロエフはイビュラスの方へと手を伸ばし
「・・・僕も・・・
そう言いかけたところで景色が反転し、クロエフの体は白い空間に投げ出された。
『何をしている。早く殺せ。目的を遂行しろ。』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。』
『殺せ。殺して奪え。壊せ、それがお前がもたらす
唯一の救い。早く目的を遂行しろ。』
『・・・・何で僕の邪魔をするんだ・・・・?』
『目的を遂行しろ。完全を越えて破壊しつくせ。
それが僕たちに与えられた宿命だ。』
『黙れ。もう少しだったんだ。僕に足りない何かをつかむまであと少しだったんだ。なぜ邪魔をした?』
『必要のない感情だ。知ることでさえはばかられる。
僕たちに必要なのは破壊だけだ。』
『わからない・・・!!なぜ僕が僕の邪魔をする?
お前は誰だ?』
『お前は僕。僕はお前。それ以上でもそれ以下でもない。前にもそう言ったはずだ。体を貸してもらうぞ。これ以上君の痛々しい姿を見続けることはできない。』
『渡さないぞ!!僕は僕だ。お前じゃない。僕は破壊なんて望んでいない!!。』
現実の世界ではクロエフの体は膝をついて倒れこみ、
頭を抱えてうめいていた。イビュラスはクロエフのその姿を見ると、声をかけることもなく、オーラで包まれた杭をクロエフの方へ向けて投擲した。クロエフは
飛んできた杭を見ることもなく右手で頭に届く寸前で受け止めた。クロエフの黒いオーラが杭を包み込み
青いオーラをかき消した。
『邪魔だ。』
その言葉とともにクロエフの体から黒いオーラが噴出してイビュラスの体を吹き飛ばした。
『僕の目の前に立つな、僕の邪魔をするな、僕に話しかけるな、僕のことを見るな・・・本当にお前は存在しているだけで目障りだ。』
「言いたいことはそれで終わりか?クロエフ・キーマー?もう俺は手加減しないぞ、何をしてでも勝たせてもらう。」
イビュラスはクロエフの方を向いて口元を歪めてほくそ笑んだ。イビュラスは自分のポケットの中から
端末を取り出すと、クロエフにも画面が見えるようにした。端末は映像で通信中だった。
「 お前の知り合いじゃねえのか?こいつは。俺を見逃すのならこいつには何もしないぜ? だがこれ以上お前が俺の邪魔するっていうなら殺す。こいつはすぐに殺す。他のお前の知り合いも調べつくして殺してやる。」
クロエフは黙って聞いていた。イビュラスを冷たい視線で見下ろしながら。もしかしたらイビュラスの手下がエリーの近くにいるのかもしれないと思うと気が気ではなかった。イビュラスを殺すことは赤子の首を折るようなものだ。造作もないことだ。しかしエリーを危険に晒すこととは割に合わないことだった。
「おい、どうすんだよ?まあいいや。俺はもう行くから助けてほしけりゃ俺のことをほっとくんだな 。」
『黙れ、卑怯者。そして邪魔なのはお前の方だ。』
イビュラスがそういった瞬間に彼の体にはクロエフの足がめり込んでいた。イビュラスは反応する暇もなかった。
『僕に話しかけるなって言ったろう?』
クロエフは足が刺さったままのイビュラスの体を持ち上げて地面に叩きつけた。グシャと嫌な音がして液体が冷たい石の上を流れていく。
『僕のことを見るなと言ったろう?』
再生したイビュラスの体をクロエフは掴むと思い切りぶん投げた。建物を何度も破壊しながらイビュラスの体はやっとエステルの最外殻に当たって止まった。
『僕の前に立つなと言ったろう?』
防壁に当たって落ちたイビュラスの体の下に巨大な術式が展開した。
『絶望の王よ、狂気の神よ、我らを滅ぼしし、神に
血の涙を与えたまえ。我らが刃をその胸へと届けたまえ。第二終末奏曲『神葬』(ブラス=クウォール=テリア)。』
イビュラスの体の下から遥か上空まで幾重にも重なる術式が更に展開した。
『・・・僕の邪魔をするなって言ったじゃないか。』
クロエフがそう呟いた時には禍々しい黒いオーラがイビュラスを包み込み存在ごと徹底的に破壊した。オーラは防壁や島の一部までもを飲み込み、そのオーラに飲み込まれてしまったところは跡形もなく、なくなってしまった。クロエフが地面に降り立ち、術式があったところを見ていると、不意に一筋の青いオーラが
立ち上ったかと思うと、爆発するようにその量が増え
イビュラスが立ち上がった。
「『限界突破』(リミットブレイク)『爆裂強化』(バーストフォース)『過剰行使』(オーバードライブ)。」
今やイビュラスの体からはクロエフにも劣らぬほどのオーラがあふれ出ていた。
「超人は目的を達成するために生きる。これが超人の
決死の力だ。見えるなら見ておけクロエフ・キーマー。」
その瞬間イビュラスの姿が消えた。
気が付いた時にはイビュラスは目の前にいて、クロエフは慌ててイビュラスから繰り出された杭をよけると後ろに飛んで距離を取った。オーバードライブを使っているイビュラスの速度は先ほどまでの何倍も速かった。それはクロエフが目で追えないほどの域にまで到達していた。攻撃を受けるので精一杯でもはや『神葬』を越えうるであろう術式の頭に浮かんでくる
言葉を唱えている暇もなかった。そしてクロエフは中からの侵略にも耐えていた。絶えず体をよこせという声が耳の奥の方に聞こえてくる。きっかけは足したことのないことだった。クロエフはイビュラスから繰り出された杭をランスロットで受け止めたが、踏ん張りきれずに壁に激突した。意識が薄れたその瞬間にクロエフの精神は恐ろしい何かに乗っ取られてしまった。クロエフが乗っ取られた直後、クロエフの黒いオーラは憎しみと怒り、絶望と狂気を伴って大きく膨れ上がった。
『不愉快だ。矮小な人間ごときが。余計な感情を僕に
見せるな、僕はよくても普段の僕にあれは毒だ。』
イビュラスの動きが止まり、イビュラスは不審そうに
クロエフを見た。
「なんだお前、雰囲気変わったな。誰だ?」
『どっちの僕もクロエフ・キーマーさ。まあ僕はあっちの僕みたいに甘くない。『黒槍』(シュヴァルツ・シュペーア)』
黒い槍が喰おえふの体の前に現れ、クロエフはその槍をつかむと、イビュラスに襲いかかった。しかし、まだイビュラスの方が速く、クロエフは槍での一撃離脱
を繰り返した。
『十分だ。』
突如クロエフがそう言うと、クロエフが今までの一撃離脱で足をついたところすべてから黒いオーラが沸き上がり、近くのオーラとつながると地面の上に巨大な術式が現れた。
『(へ)第二 堕天(フォール =)』(ツヴァイ)
天から真っ黒なオーラが柱のようにふりそそぎ、クロエフの体にまとわりついた。全てのオーラを吸収したクロエフから放たれる威圧感には、今ではクロエフを
圧倒しているイビュラスでさえ、警戒を抱くほどのものだった。
『もう少しで、世界を壊す力を手に入れることができる。その引き金となってくれたことに感謝しなくてはいけないな。』
「おいおい、口調まで変わってんじゃねえか・・・。
どう見ても、さっきまでのお前じゃないぜ。」
クロエフは何も言わなかった。しかしその眼には
鋭い殺意が込められ、誰がどう見てもクロエフであるとは言えなかった。クロエフのもつ黒槍からは先ほど
クロエフが出した時のようにオーラが揺らめいておらず、オーラでできたものだがまるでそこに実際に存在しているかのようになっていた。
『全にして一、一にして全、虚空の門にして究極の門、
『無名の霧』よ、我に従い万象一切我がもとに集え。
第三終末奏曲『天則』。』
クロエフを中心にしてエステル全体を薄く光る光の球体が包み込んだ。
『条件を宣言。僕以外のオーラの使用を禁止。』
クロエフがそう言ったとたん、エステルの中でオーラを使っていた者は全てオーラを使うことができなくなった。イビュラスも体を覆っていた青いオーラが
消え、肉体にかかっていた負荷が帰ってきたのか、
口から血を吐き出した。
「・・・何をした!!?オーラが使えない。なんで
でなくなった??クロエフ・キーマー。俺に何をした!!」
『『天則』の効果範囲内は僕の絶対領域だ。僕の宣言したとおりになる。さあエグゼラを出せ。そうすれば
痛みはなくお前を殺す。お前は危険だ。表の僕が道を間違えぬようここで殺しておくとしよう。』
「っは!!誰が出すかよ。お前が飽きるまで殺され続けてやる。勝負しようぜ。」
イビュラスはクロエフの正面を向いてあぐらをかいて座ると、薄い笑いを浮かべてクロエフの方を見た。
『哀れな人間。僕が知らないと思っているのか。
お前程度の半端な不死が僕の攻撃を受けきれるわけがないだろう。飽きるまで殺す必要などない、一撃で屠ってやろう。』
クロエフは黒槍をつかむとイビュラスの方へと、近づいて行った。イビュラスは何をすることもなく、目をつぶっていた。クロエフは無言で槍を持ち上げたが
それを振り下ろすことはなかった。
『なぜ邪魔をする。僕にとってこいつは害悪にしかならない。』
クロエフはそう言った後、苦しそうな顔をして、膝をついた。それと同時にクロエフを覆っていた黒いオーラが薄くなり、黒槍もそれと同時に消滅してしまった。
『天則』も解け、イビュラスの体から再び青いオーラがあふれるように出てきた。イビュラスはクロエフに何もすることはなく、横を通り過ぎようとした。クロエフはイビュラスの足首をつかみそれを引きとめた。
「・・・僕には!!目的がない、ここに来たのも人に言われてだ。自分を無理やり納得させるだけじゃダメなんだ。僕が望む理由が欲しい。あなたはどうやって手に入れたんですか。」
「それをあれが言っても、所詮人から押し付けられた理由と大差ねえぜ。でもよ、お前の友達を殺すと俺が言った時には、お前怒ったじゃねえか。そいつら為でいいじゃねえか。俺はそう思うぜ。」
イビュラスはそう言って、手に持っていた杭をクロエフに突き刺した。クロエフは、成す術もなく、杭を体に突き刺され苦痛に悶絶した。
「俺が目的を達成するのに、お前を生かしておいたら
必ずまたお前は俺を止めに来るだろう。だから俺はお前を殺す。そしてお前の命は俺の物になる。今までだって俺の目的のためにならいくつでも命を奪ってきた。曲げられない信念が一つあれば人はなんにでもなれるんだ。」
イビュラスは足首をつかんでいたクロエフの手を振りほどき、セントラルの方へと歩き出した。クロエフはイーストエンドから空を見ていた。空にはいくつもの光る点が浮かんでいる。
「そう言えば、あの光はなんなんだろう。気にしたことなかったな・・・。」
そうつぶやいたが苦痛は消えず、息をするたびに心臓が脈つたびに体中が刺されるような鋭い痛みが走った。頭の中では体をよこせともう一人の僕が絶叫しているような感じだった。彼に体を渡してしまえばクロエフは助かるのかもしれない。が彼に任せればきっと
多くの人が死ぬだろう。それはクロエフが最もしたくないことだった。
「・・・最後まで迷ったままだったな・・・。自分で考えるのはやっぱり難しいや。君だったら僕に道を教えてくれるのかな、会いたいよ、クシャーナ。」
クロエフがそう言った途端クロエフの右手の刻印が光り出し、その光は宙を舞って形を形成し始めた。そして人ぐらいの大きさになるとそこからクシャーナがクロエフの上にどさっと落ちた。どうやら怪我にも触れてしまったようでクロエフは声にならない呻きをあげる。クシャーナはそんなことも知らずにクロエフを見つけると抱きついた。
「主様!!さっきファブリちゃんとお友達になったの!!あとあと・・・・って主様どうしたの、この怪我!!?」
「ちょっと失敗しちゃって・・・
力を貸してもらえると嬉しんだけど・・・」
そう言ったらクシャーナに平手打ちされた。割と力が強いのでシャレにならない威力である。しかしそれとどうじにクロエフはなぜだか晴れやかな気分になった。心にかかっていた黒い靄があっという間に消えていった。耳元でずっと聞こえていた、もう一人の僕の声は、もう聞こえなくなっていた。クシャーナの目には涙がたまっていた。クロエフもここまで悲しい顔をさせてしまったことは今までになかったので痛みなど忘れて焦ってしまった。
「間違ってるよ、主様・・・私の力は主様のためのものなのに・・・」
「・・・君を危険な目に合わせたくないんだ。僕と一緒にいたらクシャーナが怪我をするかもしれない。それは僕には耐えられないんだ。」
「ばかっ!!私だって傷つく覚悟ぐらいあるもん!!主様と同じ道を歩くって決めたんだもん・・・
それに主様が一人で傷ついてたら私悲しいよ。言ってくれなきゃ寂しいよ・・・。」
そうか・・・間違っていたのは僕の方だったんだ。勝手にか弱い女の子だと決めつけて遠ざけていた。
「僕と一緒だと痛いかもしれないよ?傷ついたり、傷つけたりするかもしれない。」
「それでも一緒に行くって決めたの。」
「・・・それじゃあ遠慮なく。」
そう言ってうまく動かなくなってきた腕を必死の思いで持ち上げるとクロエフはクシャーナを優しく抱きしめた。刻印が熱く、輝きだしてクシャーナの体を包み込むと解けるようにしてクロエフの中に入っていった。体が軽い。もう一人の僕に力を借りた時よりも体が何倍も軽くそして力強くなったように感じた。
クロエフの体からは、どす黒い闇のようなオーラではなく、純白のオーラがあふれ出していた。クロエフの体の周りでは、見たことのない文字たちが踊るようにして舞っていた。クロエフは躊躇することもなく、自分の体に刺さっていた杭を引き抜いた。不思議と痛みはなく、杭を抜いた瞬間に、体の周りを舞っていた文字がぽっかりと空いた傷口の部分に入るとあっという間に埋めてしまった。気になって触ってみたがどうやらもう治っているようで、ちゃんと感触もあった。
「クシャーナ、僕はイビュラスを止めたい。ちゃんとした目的があるわけじゃないけど、やっぱり彼のやり方は、人を脅して願いをかなえるようなやり方は間違っていると思うんだ。どうしたらいいか僕に教えてくれないか。」
「私が主様に教えることなんてないよ。主様が行動するのに目的を探していることはわかってるの。だけど
・・・自分の気持ちで動かなくちゃ。主様が自分で
どうしたいかを決めなくちゃいけないの。」
僕がしたいこと・・・クロエフは改めて考えてみた。
時間がないことはわかっているが、このまま進んでも
何も得られない。僕は何がしたいんだろうか。何のために戦うのだろうか、
「・・・僕はこの世界が好きだよ、クシャーナ。僕は
人と話すのが苦手だ。それをわかって向こうから話しかけてくれる人がいる、僕のために叱ってくれる人もいる、僕のことを友達だと思ってくれる人がいる。」
「・・・うん。私も好きだよ、この世界。優しい人がいっぱいいるもん。」
クロエフは大きく息を吸うと、地面を蹴った。ランスロットの時よりも、彼の力を借りているときよりも、
力強く、速く速くクロエフは走った。流れている景色の中に、青いオーラを見つけるとクロエフは、ブレーキをかけてイビュラスの進行方向で止まった。イビュラスは特に驚いた様子もなく、まるでクロエフを待っていたかのような余裕の表情を見せた。
「あなたを止めます。あなたのやり方は間違っていると思うから。」
イビュラスはクロエフの言葉を聞くと、声を立てずに笑った。
「そうか、そりゃまたどうしてそんな考えになったんだ?」
「僕がそうだと思ったからです。時間がないので行きますよ。」
イビュラスと、クロエフが同時に地面を蹴った。
「発勁。」
クロエフの速度は瞬間移動の域にまで到達していた。
クロエフは一瞬でイビュラスの目の前まで移動すると、イビュラスに直接オーラの塊を撃ち込んだ。イビュラスは抵抗する暇もなく、腹に受けると、建物を突き破って、吹っ飛んで行った。イビュラスはがれきの中から起き上がると、口の中の血を吐き捨てた。同時に体から青のオーラがあふれ出る。
「ふっきれた面しやがって・・・。そうだな、これ以上の言葉は無粋だな。」
イビュラスは自身のオーラを強めると、クロエフに突っ込んでいった。クロエフもまたイビュラスと正面からぶつかり、互いの拳をぶつけ合った。しかし、クロエフの方がイビュラスよりもパワーもスピードも上回っていたため、クロエフはまたオーラを込めた拳でイビュラスを殴り飛ばした。
「もう終わりにしましょう。これはさっきのようには
治りませんよ。」
クロエフがそう言って、掌を合わせ、広げていくのにつれてクロエフの掌から無数の文字たちがあふれ出し、白く光る無定形の槍となった。
「本当に死ぬのは初めてだな、クロエフ・キーマー。
どうやら、この勝負、お前の勝ちらしいな。」
クロエフは何も言わずにイビュラスの首根っこをつかむと天に向かって思い切り投げ上げた。そして次に槍を投げる姿勢を取った。
「僕の勝ちなのは間違いないですが、間違っています。
僕はあなたを殺しに来たのではなく、この世界を守りに来たんです。」
クロエフは小声で言うと、槍をイビュラスめがけて投擲した。槍は一瞬でイビュラスまで到達すると、大きな爆音を立て、それはエステル中に響き、その時の明るさはまるで昼のようだった。クロエフは爆発を見届けると、この前に能力を使って倒れた時のようにならないように能力を解除した。クロエフの体から、クシャーナが静かにクロエフの体とわかれるようにして出てくると、クシャーナはうれしそうな顔をしてクロエフに抱き着いた。少し冷静になってあたりを見てみると、イーストエンドの町はほぼすべてが壊滅状態にあった。イビュラスがさっきまでいた場所に金属製の筒が転がっている。きっとあの中にエグゼラが入っているのだろう。クロエフは無事にやることを終えたことに安堵してもいたが、自身の中に潜むもう一人の自分の存在に気づいてしまったことに恐怖していた。
クロエフはエグゼラの入った、筒を拾い上げた。そうすると耳の中に
「終わりましたか?」
と、恐る恐る聞くような声が入ってきた。リンカーネーションの声だ。今までずっと無機質な声だと思っていたが、イーストエンドに来てからの会話を思い出してみると、どうやら思ったよりも感情的な部分があるらしい。無愛想という点においてはシェルファの方が
二枚も三枚も上手だった。
「無事に終わりました。町はひどいことになっちゃたけど、エグゼラは回収できたよ。それにデジット先生が言った通り、クシャーナ能力や僕自身についても
新しく発見があったと思う。」
「そうですか。それでは、他の仲間と合流して指定するポイントに集合してください。エグゼラの回収を
あなたがしたという事は、今のガルフィスファミリーの標的はあなただという事になります。」
クロエフは忘れていたその事実に気付かされた。もともと仲間になる気はなかったとはいえ、クロエフは裏切り者扱いになっている。それに、仲間になっていなかったとしてもこの状況では狙われることに変わりはないだろう。リンカーネーションから送信されてきた、地図を端末に写してみると、クロエフ以外の点がせわしなく動いている。中には立ち尽くしているクロエフと同じように一切動かない点もあった。もうガルフィスファミリーとの戦闘は始まっているのだ。いま
敵に遭遇すると、クロエフにはランスロット以外に
戦う手段がない。クシャーナの能力はもうほとんど
使える時間が残っておらず、だからと言って彼をまた呼び出すのはクロエフの気が引けた。しかし、そう言った時に限って運の悪いことが起こるのは、クロエフの人生史上初めてのことではなかった。後ろの方から
がれきを踏み越えてこちらの方へと歩いてくる音がして、聞き覚えのある声がした。
「おい、クロエフ。一回だけ言うぜ、お前の持っているその筒を俺に渡せ。そうすれば今後お前が俺の前に顔を出さない限りは何もしない。」
後ろを振り向かずにちらっと端末を見たが、近くに来てくれそうな見方はいなかった。クシャーナは黙ったままクロエフにくっついて、エクスギアの様子をうかがっている。クロエフが何も言わずに立っていると、
次は正面からアーサー率いる超人たちがこちらへと歩いてきた。その中にはオーベロンもいる。クロエフはそのことを疑問に思ったが、彼らからクロエフに向けられた冷たい視線に、まるで敵を見ているかのような視線に、何が起こっているのか理解できなくなってしまった。
「『黒の王』を確認。第七世界騎士団第七団団長
アーサー。これより、捕獲に入る。」
アーサーは冷たくそう言うと、聖杯を構えた。聖杯が解けるようにしてアーサーの体にまとわりついて、
鎧と剣になる。
「同じく、第二団団長ジャンヌ・ダルク。ごめんね
クロエフ君・・・。」
「同じく第四団団長オーベロン。」
ジャンヌとオーベロンはクロエフを向いて武器を構えた。とはいえオーベロンの武器を見ることはクロエフにはできなかったが何かしら装備していることはわかっていた。アレクサンダーは何も言わずに、武器を抜くこともせず仁王立ちで立っていた。
「・・・主様はこの世界を守るために戦ったのに
どうして悪者みたいになってるの・・・?」
クシャーナが悲しそうな声でクロエフにそう問いかけた。クロエフには理由がわかっている。それはきっとクロエフの中にいる彼のことなのだろう。しかし
クシャーナの平手を喰らってから彼はだいぶおとなしく、クロエフはいつものクロエフだった。それでも
クロエフにはそれを証明する方法がなかった。強力な味方だと思っていた人たちが敵として目の前に立っていると、改めて彼らの強さがひしひしとクロエフに伝わってきた。逃げられる気はせず、戦って勝てる気もしなかった。
「ごめん・・・。クシャーナ。」
クロエフはクシャーナの手を一度しっかりと握ってから離すと、ランスロットに触れた。ランスロットは剣の形に姿を変え、クロエフはそれを構えた。今のクロエフにはオーラは使えない。勝ち目はなかった。
「・・・クシャーナに何もしないと約束してくれるのなら僕は戦わない。エクスギアさんにエグゼラを渡して僕はおとなしく捕まるよ、アーサー。」
今のクロエフが彼ら相手に戦うことに意味があるとは思えなかったがクロエフの交渉のカードはこれ位しかなかった。たとえ死ぬことになろうとももう彼を呼び出したくはなかった。アーサーは少し悲しそうな顔をした。
「さすがに、君と契約をしているのに、何もしないわけにはいかないよ、しかも彼女は超元の神々の一柱だ。
でも彼女の身の安全は僕が保証する。それじゃあだめかい?」
クロエフは構えていた剣を降ろすと、ランスロットを指輪の形に戻した。クロエフの身一つでクシャーナが
助かるのならそれは本望だった。アーサーなら信用することができる。
「・・・いやだよ。主様と離ればなれになるのは嫌だよ・・・。」
クロエフを捕まえた後何をするのかは知らないが、クシャーナにはここで別れてしまったらクロエフには二度と会うことができないという事が直感的にわかっているようだった。クロエフもクシャーナと別れることは嫌だったがクシャーナに手を出されるのはもっと嫌だった。クロエフはエクスギアの方を向き、エグゼラの入った筒を投げた。しかしそれを受け取ったのは、エクスギアではなく白衣の男だった。
「よくねえなぁ、クロエフ。せっかく手に入れた物を
簡単に手放しちゃだめだ。たまにはかっこ悪く最後まであがくのも俺はいいと思うぜ?」
デジットはいつものように笑うと、クロエフの頭を
わしわしと撫でた。いつもだったらドン引きして嫌がるところなのに、今はなんだかデジット先生に会えたことで安心してしまって、いやな気分にはならなかった。次の瞬間、クロエフの背後にはラザレスと、見たことのない高身長の女が立っていた。
「呼んだか、クシャーナ。クロエフもひどい有様だな。」
「まあさすがに恋敵を助けるとはいえ、二人のロリに頼まれたら断るわけにはいかないのよ、おとなしく
助けられなさい、坊や。」
どうやら二人をクシャーナが呼んだらしい。クロエフは何か温かいものが心に広がっていくのを感じた。
アーサーたちのことを悪く思っているのかと言われるとそれは違うが、少なくとも通常のクロエフにとって、アーサーたちが向けた視線はクロエフを絶望させるには十分だった。
「邪魔をしないでもらえますか、御三方。僕だって
クロエフを傷つけたいわけじゃないんだ。それでも
クロエフの中にいる者は危険だ。野放しにしておくわけにはいかない。」
アーサーはそう言ったが三人ともどく気は一切ないようだった。
「生徒が危険な目にあってたら助けるのは基本な訳
でよ。まあさすがにつきっきりってわけにはいかねえから、腹に穴開けられたりするのは止められなかったんだが、世界を救った英雄にする仕打ちとは思えねえな、お前らは何もできなかったくせに。」
「事情がよくわからないが、クロエフとクシャーナに
敵対しているのならそれは等しく私の敵。まあ、気にするな。瞬きする間に終わるだろう。」
「私は愛しのクシャーナちゃんが悲しまなければなんでもいいのよ、だけどあなたたち少し、態度を改めたほうがいいわ。」
だってその態度は、格上の存在に対するものじゃないもの・・・。女がそう言わないうちに三人からの威圧感が膨れ上がった。イビュラスなど比ではない。第四世界で味わったラザレスの背中に走る寒気がまさに
三人から放たれていた。
「クロエフ。帰ったら、お前のききたいことにこたえてやる。だからここは俺たちに任せろ。ここから先は
大人の戦いだ。」
とデジットはかっこよく決めた後、くるっと後ろを向いて、
「おい、多少はいいがあんまり町を壊すなよ、直すの大変なんだから。まあアレクサンダーが人払いをやってくれてるみたいだけどな。」
とクロエフと後ろの二人に行った。僕に関しては過去形だが、後ろの二人に関しては今からのことに対してだった。
「我が名はラザレス。我が名において顕現せよ。
『死の知識』(グラウンド・ゼロ)。」
「さっきは天使のかわい子ちゃんだったから手加減したけど、あんたらは手加減しないからね。」
アーサーたちもオーラが高まりどうやら戦うつもりでいるらしかった。中でも驚いたことはオーベロンが放つオーラがほかの誰よりもひときわ大きいという事だった。デジットと対峙しているエクスギアからも
オーラが漏れ出ていた。それを見たオーベロンは面白いものを見ているかのように笑った。
「どうやら、超人の力を手に入れたようですね、エクスギア。私の贈り物は気に入ってくれたかい?」
「あぁ、お前のおかげで使えるエネルギーの量が無限大になったぜ。ありがとよ。」
「何遊んでるんだ、オーベロン。僕たちには他にしなくちゃいけないことがたくさんあるだろ。」
「申し訳ない。ついつい興が乗っていしまったもので。」
最初に足を踏み出したのはデジットだった。いつもの彼とは違い、恐ろしいほどの威圧感がある。
「おしゃべりはもういいよな?時間もねえからそろそろ始めるぞ。」
勝負がついたのは一瞬だった。クロエフ、ラザレス、
カオス、アレクサンダーを除いた全員がデジットの姿が少しぶれたかと思うと、何もすることができずに倒れこんだ。アレクサンダーは称賛するかのように口笛を吹くと、ジャンヌとアーサーを拾い上げた。オーベロンの姿は倒れた後、映像が消えるかのようにして消えてしまった。
「俺は反対したんだ、デジット。まあでも、気絶させるだけにしてくれたお前の心遣いには感謝してるよ。
じゃあな。」
アレクサンダーは二人を担いだままどこかへと歩いて行ってしまった。
「ちょっと、あんたがやったせいで見せ場が全くないじゃない!!ちょっとは手加減しなさいよ!!」
「手加減しないって言ったのはお前だろうが・・・
そんなに戦いたいなら一人逃げた奴を追いかけたらどうだ?まあ本体がどこにいるのかは俺は知らないけどな。」
三人から放たれていた威圧感はいつの間にか消えていて、三人で楽しく話しているようにしか見えなかった。
「それでは、クロエフ君とクシャーナの危機は去ったという事で、私は帰らせてもらう。またどこかで会おう。」
「ホント、ここに来るだけで無駄骨だったわ!!
いい?坊や。クシャーナを悲しませたらだめだからね。
悔しいけど、今のあなたがクシャーナにとって一番大切な存在なんだから。」
クロエフが返事をする間もなく二人は消えてしまった。一呼吸してどっと疲れが体に回ってきた。昨日から動きっぱなしで、眠い。クシャーナもやけに静かだと思ったら、安心しているようでクロエフの腕の中で眠っていた。デジットは何も言わずに空を見上げていた。いつもは情けなく見える担任の姿はそこにはなく
クロエフの目に映るのは堂々とした大人の姿だった。
クロエフの正面の路地からけがをしているオブリビオン達が歩いてきて、デジットの前まで来ると、膝をついた。そこにはディバインの姿がなかった。
「ご苦労だった。目的の物はクロエフが回収してくれた。これからセントラルに帰れるように手配するから
ゆっくりと休んでくれ。リンカーネーション、それぞれの戦闘データを俺のラボに送っておいてくれ。今後
エクスギアとの衝突に役立つからな。」
オブリビオン達は黙って聞いていたが、デジットが
そう言って、クロエフの所に行こうとすると、こらえきれないようにオブリビオンが口を開いた。
「ディバインが死にました。敵に勇敢に立ち向かい
死んでいきました、父上。」
「そうか・・・それは残念だったな。俺がもう少し
ここに早くついていればよかったのにな。帰ろう、
クロエフ。今日は疲れただろうからしっかりと休むと
いい。何なら、新しく開発したマッサージチェアを貸してやろうか?」
デジットのその素っ気ない対応にクロエフは若干の
違和感を覚えた。クロエフはそれを口にしようとしたが、クロエフよりもサクリファイスが先に口を開いた。
「それだけですか、父上!!本当の子供でないことは
わかっています。それでも私たちはあなたを本当の父だと思ってきた!!ディバインだってあなたの息子であろうとした!!・・・なのにそれだけの言葉しか
もらえないんですか・・・?」
「・・・サクリファイス。突然のことでお前も疲れてるんだ。ディバインはもう帰ってこない。受け入れるには時間がかかるかもしれないがそれは事実なんだ。
俺も無茶な頼みをしたとは思ってる。だから自分の
心の整理がつくまでゆっくりと休んでくれ。」
「はい、父上。騒いでしまって申し訳ありません。」
クロエフはこの会話を聞いた瞬間に違和感の正体に気付いた。仲間の死を悲しむその光景に一人だけ、
デジットだけが悲しみを感じていないようにクロエフには見えたのだ。クロエフはそっと耳に手をやると
リンカーネーションに話しかけた。
「君にできるのかわからないけど、デジット先生に
聞こえないように、オブリビオン達に僕とデジット先生の会話を流してくれないか?」
「どう言うことでしょうか?クロエフ様は現在最優先防衛対象に指定されているので父上に確認を取る必要はありませんが、私にも事後報告の義務がございますので理由を言っていただけますか?」
「君たちのことだよ、君たちが気になっているかはわからないけど、僕はデジット先生が君たちのことをどう思って接しているのか気になるんだ。それに本音は
君たちには絶対に離さないだろうから。」
リンカーネーションは少し黙ると、数秒間した後に口を開いた。
「父上に反抗するようではありますが、私も気になります。今父上の会話がオブリビオン達に伝わっている状態です。それでは、用件が済みましたらまたおよびください。」
数分後、セントラルの方からデジットたちを迎える、
バスターズの護送車がこちらの方にやってきて、そこにはナナセの姿もあった。クロエフは先ほどの出来事を思い出し、距離を取っていた。それを見たナナセは
困ったような顔をして笑った。
「もう君を捕まえるっていう指令はでてないんだけどなぁ・・・。何せデジット先生がそばにいるわけだし・・・。」
「まあ、そう言うことだ。クロエフ。俺がそばにいればお前に危険はねえから早く乗れ。」
クロエフはデジットが戦っている姿をちゃんとは見ていないのだが、アーサーたちを一瞬でしかも手心まで加えて倒していたあたり、相当の実力の持ち主であるようだった。クロエフは素直にクシャーナを抱きかかえたまま護送車の中に乗り込むと、
「デジット先生、二人だけで話したいことがあるんですけど、場所はありますか?」
と聞いたのちに、オブリビオン達は他の車両乗るようだったので、そのまま護送車の中で話をすることにした。クロエフはイビュラスから取り返した筒をデジットの前に出すと、
「これはエグゼラですか?」
と聞いた。デジットは特に何か?と言ったような感じでうなづいた。
「イビュラスに聞いたんですが、エグゼラはどこかへの門を開くカギだと言っていました。なのに先生は
猛毒を放つ金属だと言いましたよね?開けて確かめるわけにもいかなかったので、ここで嘘か本当かはっきりしてください。」
デジットはポケットの方をごそごそと探ると、黒い
筒を取り出した。
「イビュラスの言ってることも俺の言ってることも
本当のことだ。むしろその二つが真実だと言える。
だがな、エグゼラとついになるこの金属があれば
毒は中和される。この金属が門でその金属がカギになる。どちらかがかけていれば、どちらも猛毒を放つただの金属だ。」
正直に言ってクロエフはデジットのことを少し疑っていたのだが、どうやら嘘は言っていないらしい。
つまり今ならば毒はないという事になる。クロエフは
デジットから黒い筒を取ると自分の持っている筒と
同時に開けた。中にはそれぞれ黒い金属と白い金属が入っていて、どちらも見たことがないほど美しく
輝いていた。
「エグゼラで門を開けるとどこにつながっているんですか?」
「七つの世界以外の世界へとつながる門の前、亜空間に飛ばされる。お前はもう知ってるだろ?」
「まだほかにも世界があるんですか!!?でもイビュラスはどうやってそれを交渉の材料に・・・・。」
デジットはやれやれと言ったような様子で笑った。
(少し腹が立った。)
「第七世界以上に強大な力を持ち、イビュラスの思想に賛同する世界・・・たとえばこんな世界があったら
どうなると思う?」
最大戦力の第七世界よりも強大な力を持つ世界がないという保証は他にも世界があるという事ならばないという事になる。ましてイビュラスの相手をすることになるのは第七世界ではなく、この第一世界だ。
相手の有利なように話が進むに決まっている。
「わかったか?まあ、実際にこの世界よりは力のある世界は実際にあるからな、それとここでは絶対に開くなよ?亜空間にいる騎士と会ったら厄介なことになるからな。」
亜空間であった騎士と聞いてクロエフはクシャーナのいる世界に行ったときに見た黒い騎士を思い出した。クシャーナと会ったのはてっきり七つの世界の内のどこかだと思っていたのだが、どうやらデジット
の話を聞く限り、そうではないらしい。七つの世界以外にも世界が存在するようだ。クロエフはそっと筒のふたを閉めると、デジットに渡すために差し出したが
デジットが筒を持っても筒を手放さなかった。
「・・・オブリビオン達にずいぶん冷たいじゃないですか。僕にはこんなに良くしてくれてるのに。」
「もともと、俺の身を守るために造ったんだ。特に
オブリビオンとサクリファイスは俺が小さい時から
直接育てた。いろいろなことを教えたよ。まあ、クロエフの方が物覚えはいいけどな。だからあいつらは人の心を持ってる、兄弟のディバインが死んだら悲しいだろうな。」
「・・・・デジット先生がディバインの死を悲しんでいるようにどうしても思えないんです。実際に体験したことのない僕が言うのもおかしいとは思うんですけど。」
「そうか?・・・おかしいな。いまいちそっち方面の感情の働きが鈍いな、調整しねえと。確かに悲しいとは思ってる。ディバインが息子だとも思ってる。あいつらが俺に不信感を抱いたのもわかった。それでも足りないのか、やっぱり不思議なもんだな、人間は。」
そう言ったことを言うデジットのことを見てクロエフはなぜだか目の前にいるのが急に恐ろしいもののように思えた。人間ではない何かがデジットという殻の中からクロエフを見ていた。そんな気がした。
「オブリビオン達が人間になりたがっているのも知ってますか?先生、彼らに何をしたんですか?」
「脳内にある場所に俺の命令を聞くように調整した
部分がある。せっかく俺の身を守るために造ったのに
裏切られたり、命令を無視されると余計な時間がかかるからな。」
「先生は強いんですから、一人で戦っても問題ないと思うんですけど・・・。まぁ、それならそれでオブリビオン達を先生の人形でなく、人間にしてあげてください。貸し一つの分はそれにします。」
クロエフは最初こそきつい物言いだったオブリビオン達も一緒に戦っているうちに仲良くなれるような
そんな気がしたのだ。
「わかった。いいだろう。話は変わるがお前も自分の
体の中にいる者には気づいたか?出かけた時よりも
そいつの気配がすさまじく大きくなってる。クシャーナのおかげで呑まれずに済んだみたいだけどよ、相当
危なかったんじゃないのか?」
デジットはオブリビオン達のことには特に執着する様子もなく、クロエフのことについて尋ねた。
「今は大丈夫ですけど、感情が高ぶったりすると頭の中で体をよこせと彼が叫んでいるのが聞こえます。
彼はどちらも自分自身だと言っていましたけど、本当にそうなんですか?先生。」
デジットは肘を立てて頬杖をついてクロエフの方をじっと見つめたがすぐにあきらめたように視線を逸らした。
「・・・悪いが、本当にわからない。この言葉は
真実だ。『私にはお前の中に存在するものの正体が
わからない。』」
含みのある言い方だ。それだと普段わかっていても
わからないと言っているように聞こえる。デジットの
最後の言葉はデジットではない何かから発せられているようだった。
「・・・そうですか。それでイビュラスはエグゼラがカギだという事を知っていて、この金属が門だという事も知っていたんですか?」
「・・・そうだ。エグゼラもこの金属も割と昔から
この世界にあった。俺が作ったやつとは別に地上に
門がある。今でこそ堕落に占領されてるが、エグゼラと門がふれて最初に攻め込んできたのは異世界からの魔獣だったのさ。イビュラスはダーク・ネスト戦で
戦ってたからな、門のことも鍵のことも知ってると思うぜ、それにタカ・ヴァルキリアス、後は超人たちなら、知ってるやつがいるかもしれない。」
デジットはクロエフから二つの筒を取ると、ポケットにしまった。そんなに深くもないポケットだというのに吸い込まれるようにして消えて行った。もしかしたら四次元ポケットとか何かなのかもしれない。
「・・・クロエフ・・・実はここからが本題なんだ。
お前の疑問には俺の応えられる範囲で答えた。次は
俺の話を聞いてくれ。単刀直入に言うとだな、お前に
は第一世界に攻め込んできた異世界に行ってとってきてほしいものがあるんだ。」
「・・・?どういうことですか・・・?理由を言ってもらえないと、さすがに今回みたいになるのはごめんです。僕は割と痛いのは苦手な方なので。」
「お前にはいつか言わなきゃならないと思ってたんだが、まだほかの誰にも言うなよ?もうすぐ堕落と
七つの世界全てとの間で戦争が起きる。」
クロエフはその言葉に非常に驚いた。今の言葉は
リンカーネーションを通じてオブリビオン達に筒抜けだ。いきなり大事な情報を外に漏らしてしまった。「堕落は自由に、異世界でさえも行き来できるやつがいる。それでいて奴らの戦闘力と回復力は非常に高い。
戦争になったら勝てる確率は五分五分だ。その勝率
を上げるために異世界にあるものが必要なんだ。」
クロエフはいきなり告げられた事実にまだ驚きを隠しきれずにいた。ジャックは実質一人で第四世界を滅ぼしてしまった。その上、自分たちの兵士も増やして。
「いきなりすぎて、信じられない話なんですけど、
とりあえず勝率を上げる何かって何なんですか?」
デジットは四次元ポケットをあさると、自ら輝く
白い小さな金属を取り出した。
「この金属の名前はリライトっていう。エグゼラよりもさらに上位の金属。門を使って次元のかなたにいる存在の世界の門とつなげることができる。そいつらの
協力があれば俺たちの勝率はあげられるって言うことだ。」
リライトは車の中を隅々まで照らすほど光り輝いていて、まぶしくてちゃんと形を見ることはできなかった。
「事情は分かりました・・・。でも僕じゃないとダメなんですか?そんなに大事なら僕よりもうまくやれる人が言ったほうがいいと思うんですけど。」
デジットは無言で自分の端末を取り上げるとクロエフに向けて画面に表示された写真を見せた。それは
凍りついた建物の写真だった。そしてそれはロストー達の住む学校の寮だった。堕落達による襲撃だろうかともクロエフは思ったが今までの堕落がやったことを思い出すと、とてもそうとは思えなかった。
「お前以外にロストーとロッキーにもこの話をした。
この氷はロストーが作ったものだ。ロストーはアーサーが昔使っていた魔剣エクスカリバーと契約をした。
ロストーとロッキーは異世界に行ってくれるらしい。
だから、仲のいいお前もどうかと思ってな、それに
ロストーは契約したばっかりだからな、暴走しないように見ていて欲しいしな。」
クロエフはその写真を見ると、建物全体が凍りついていて、エクスカリバーとやらの力が相当に強いことを知った。
「ロストーはレアルともう契約してるのに、どうして
エクスカリバーと契約したんでしょうね。僕にはロストーが力が欲しいなんてそぶりをしてるところは見たことがないんですけど。」
「そうだな、不思議なもんだ。俺もまだ詳しい事情は分からない。だから疲れてるとは思うが今から
ロストーの所に行こうと思う。これが俺からの頼みごとだ。貸し一つでもう一回頼まれてくれないか?」
「・・・いいですよ。その代り何でも聞いてもらいますからね?」
クロエフは笑って言うと、デジットもそれにつられて
笑った。クシャーナは相変わらず寝たままだった。
ひと段落してクロエフは今までの会話が筒抜けだったことを再び思いだし、急いで耳元に手をやると、
そこにイヤホンはなかった。視線だけをずらしてデジットの方を見ると、すでにプレスされて見る影もない
イヤホンをデジットはクロエフの方に向かって放り投げた。
「いつとったんですか?」
「さっき。」
やはり、からくりがわからないが、クロエフは気づかないうちにイヤホンを取られていたようだ。目で追うこともできないのでクロエフはあきらめて潰された
イヤホンをポケットに入れると、窓から外を眺めた。
バスターズ専用の地下道で移動しているので、景色は
ずっと同じだが光が流れていくような感じがクロエフは好きだった。
「イーストエンドの町をだいぶ壊しちゃいましたけど大丈夫ですかね?人の被害はなかったみたいですけど・・・。」
「気にすんな、明日には直ってる。それにガルフィスファミリーにも手は出させないようにするから大丈夫だ。少しでもいいから寝とけ。まあ、もうすぐ着くけどな。」
同じ景色がずっと続いていたのでわからなかったが
二時間足らずでセントラルまで移動したという事は、
相当な速度で移動していたらしい。車は徐々に減速していくと、坂をのぼりはじめ、見たことのあるセントラルの駅の近くに出た。そのままロストー達がいる
建物近くまで行くと、そこには凍りついた建物の見るためにそれなりの人だかりができていた。車を降りて
ロストー達の方に行くと、クロエフは驚愕した。
ロッキーはいつもどおりなのだが、ロストーは違った。
髪が白くなり、瞳は青く変わっていた。それに加えて
ひどく疲れたような表情をしていた。クロエフはロストーに駆け寄った。
「何があったんだ!!?それがエクスカリバーの影響ならすぐに手放すべきだよ。君にはレアルがいるじゃないか。僕がパーツ集めに付き合わせてた時よりもひどいよ。そこまでして力を求める必要は・・・
と言ったところでクロエフはロッキーに肩をつかまれた。ロッキーは首を振ると、クロエフを強引にロストーから離れたところに連れて行った。クロエフが
ロストーの方をよく見てみると、その眼はクロエフの方を向いておらず、ロストーは小声で、
「すぐに帰ってくる。少し出かけただけだ・・・。」
とかぶつぶつとつぶやいていたとてもいつものロストーだとは思えなかった。クロエフは人ごみの中から抜け出すとロッキーに向き合った。
「僕がいない間にロストーに何があったんだい?あれはどう見ても普通じゃない。」
「・・・クロエフ。落ち着いて聞いてくれ。お前がいない間にここが堕落に襲撃された。奴らはレアルだけを連れてどっかに行っちまったんだ。その後からロストーはずっとあんな調子だ。俺が何を言っても聞いちゃいねえ。クソ・・・何もできなかったんだ・・。」
ロッキーはそう言うと悔しそうに地面を見つめた。
「その堕落はどんな格好をしていた?もしかしたら僕はそいつを知っているかもしれない。」
「ずいぶんと小柄な奴だった。頭に大きな黒い角が
二本生えてて、競技場で堕落化したやつよりも明らかに強いことは見るだけでわかった。あいつはレアルに
『おとなしくついてくるのならば何もしない。』って
言ったんだ。その時に俺たちはレアルを見てるだけで何もできなかった・・・!!」
どうやら聞く限りジャックではないようだ。クロエフ
の背後で凍りついた寮の氷は一滴の水さえ滴らせることなく、いまだに冷気を発していた。クロエフは
ロストーの所に駆け寄ると、クロエフはクシャーナがクロエフをぶった時のようにロストーに張り手を喰らわせた。ロストーは虚ろだった顔をクロエフの方へと向けた。
「レアルは㮈なるの世界以外のどこかにいる!!
だからそこに座ってたら一生見つからないぞ、ロストー!!」
クロエフの言葉はいつもと違い荒々しい様子だったが、どうやらその言葉はロストーに通じたらしく、ロストーの青い瞳には光が戻ってきていた。それと同じようにロストーの瞳には憎悪が宿っていた。しかし
クロエフにはレアルを取り返す以外にこの憎悪を消す方法を知らなかった。
「あいつはきっと道に迷うから・・・俺から迎えに行くことにする。ついてきてくれるか、クロエフ、
ロッキー?」
「おうよ、友達だからな!!」
クロエフとロッキーとロストーはデジットの所まで
歩いて行った。
「どうやら全員決心がついたようだな、それじゃあ出発は明日だ。場所は魔法世界ユメソラ。お前らが向こうで暮らせるようには手配しておくから頼んだぞ。
俺は俺でやらなきゃいけないことがある。明日学校の会議室に来てくれ。」
かくして三人は魔法世界へと赴くことになる。その
下では様々な思惑が交差し、世界中を巻き込んだ
大戦が今にも起きようとしていたことをまだ彼らは知らない。
時間はさかのぼり、ロストーがなすすべなくレアルを連れてかれてしまったところである。ロストーは今
空間と無のはざま亜空間へと来ていた。
『我は赤の騎士。汝を呼ぶものの世界とゲートをつなげた。進むがいい。』
『情けねえ・・・何でだ?何でこんなに簡単に奪われるんだ?なぁ教えてくれよ。』
『そなたの事情を我は知らぬ。前へと進め、後ろは崖だ。もはや後戻りすることは許されぬ。』
『・・・無理だって言いたいのか?俺にもっと力があれば奪われずに済んだんだ。力が欲しい・・・。』
『ゲートの先に答えは在る。』
赤の騎士はそれだけ言い残すとロストーからは見えなくなってしまった。ロストーは立ち上がると目の間にある門を蹴りあげて開けた。そしてどこにつながっているかもわからない闇の中へと入っていった。
出た先は一面氷に覆われた世界だった。いたるところにおびただしい数の生物が凍りついていた。不思議と寒くはなく、少し進むと大きく開けた場所に出た。
エクスカリバーはその中央に、まるでロストーを待っていたかのように刺さっていた。
「お前は俺に力をくれるのか?」
ロストーはエクスカリバーの方へと歩み寄っていくと、そう問いかけた。そしてエクスカリバーのつかに
手をかけると思い切り引き抜いた。
「汝の憎しみが我をより冷徹に残酷にする。汝がその
憎しみを振り下ろす時、我は汝に力を与えることを約束しよう。」
「それはちょうどいい。丁度今生まれてから一番キレてんだ。契約成立でいいのか?」
ロストーがエクスカリバーをつかんでから、先ほどまでは感じていなかった寒さをロストーは感じていた。
肌の毛穴の一つ一つを突き刺すような寒さだった。
「鞘は汝の体だ。汝の憎しみの炎が我の力よりも下であるのならば汝はここで息絶える。我が汝に応えるように、汝も我に応えねばならぬ。そうでないのであらば我は汝を喰らうであろう。」
ロストーは躊躇することもなく、エクスカリバーを
自分の心臓の位置に突き刺した。エクスカリバーは
ゆっくりとロストーの体へと飲まれていき、全て
ロストーの体の中に入ると、ロストーの胸には新たな
刻印が刻まれていた。刻印が刻まれるのと同時にロストーは気づいていなかったが、ロストーの髪は白くなり、瞳は青く染まっていた。そして現在へと至る。
TO be continued