EP2-1
SEVENTH・WORLD
EP2挨滅神現
僕が第一世界から帰ってきて約二か月ほどが経過した。特に変わったところというものは言うほどないのだが、あえて言うのであるとすればロッキーのパートナーつまりは帝王クラスの威厳ある雷帝のはずであるインドラがなぜか日に日に見た目と年齢が近くなっているような気がするぐらいである。ロストーと
レアルはなんだかんだ言ってうまくいっているようだし、僕たちも最初と特に変わったところはない。
今日も何の変哲のない過ぎゆく一日である。
それでは、それでは、今日もそんな平凡な一日から紡ぎだされる物語。第二章開幕。
「それでは諸君、大事な話があるから席に今すぐつきたまえ。」
帰りのHRが始まりそうな時間。がやがやとしている
教室の中でこのクラスの担任であるデジットクレイムはそう言った。皆は話しながらも席に着いた。
もちろん僕は最初から席について帰りの時をじっとまつ、お利口さんである。
「知ってるとは思うんだけど、後もう少しでな、学園祭があるんだ。中学一年と高校一年生は出し物はしなくていいからその辺は適当に回ってくれ。」
クラスの中でひそひそ誰と行くかどこに行くかという話が聞こえ始める。それを遮るようにデジットは
話を続けた。
「それでこっからが本題なんだけど、学園祭の
イベントで今年は高等部各地方代表でDECCSの試合と、模擬戦大会をすることになったんだ。だから
全学年の中から選ばれた人を呼ぶからHRが終わったら集まってくれ。」
そうデジットは言うとそこで息を吸って皆が聞いているのを確認するともう一度話し出した。
「まず、DECCSはこのクラスからはアリエル・ホハート、ロッキー・ニアス、クロエフ・キーマーの
三人に出場してもらう。そんで模擬戦はこのクラスからはロッキーに出てもらう。」
呼ばれた三人に視線が行くのは自然なことで、僕は
恥ずかしながらも、少し誇らしい気分にもなった。
少し前までなら考えられないことだ。僕も成長したのだろうか?それでも模擬戦に出られないのは残念
だ、クシャーナと僕のタッグならば五分などかかる前に倒せるだろうに。そんなことを考えているうちに
HRはさっさと終わってしまい、僕たち三人は先生の
所に集まった。
「今回はルールが少し特別でな、普通はランダム
マップなんだが今回は最初から決まってる。それと
各チーム、オペレーター一名、アヴァンギャルド五名、
ガーディアン五名、後残り三十九名になるんだけど
実力的に見て、アリエルはアヴァンギャルド、
ロッキーにはガーディアンをお願いしたい。」
「わかりました。」
「いいよっ。」
二人がそう答えてそこで会話が途切れてしまった。つまりは僕は何にもないという事だ。なんだかがっくりしてしまった。
模擬戦にも出れないし、クラスの中では一番やってる時間が長いのにDECCSではただの一兵卒というのだ。これ以上僕を落胆させることはあるまい。
「後は今後まとめて連絡するから帰って良し。
・・・あ、クロエフはまだ残ってくれ、二人で話したいことがある。」
ロッキーが出ていくときにこっちに向かってウィンクをしてきた。彼なりに慰めてくれているのだと思うがそれで僕の不満が消えるわけではなかった。二人が出て行ってしまうと、デジット先生は場所を変えようと言って、僕を学校の中にある自室まで連れて行った。
「まあまず座って。」
そう促されて僕はソファの上に座った。
「お茶は?」
「いりません。」
「なんだ、今日はずいぶん不機嫌だな。」
「それは・・・DECCSはパッとしないし、模擬戦は
出れないし、これで機嫌のいい人はいませんよ。」
「そのことさ、きっとそう思うだろうと思ってのこてもらったのさ。DECCSの方は強さは全く問題ないんだけど、装備がな・・・最低でも武器がSSでないと
役職につけるのは難しいのさ、二年と三年もいるしな。」
そんなことだろうとは思っていた。それについて僕が運の悪いことは承知していることなのでしょうがなかった。それでも納得できないのは模擬戦だ。
「それで模擬戦のことなんだけどな・・・。お前
能力持ってないことになってるだろ?それだと手続きできないんだわ。」
顔がムカつくのであとちょっとで張り手しそうになったが僕はすんでのところで思いとどまった。
「なんせお前が手にしたあの子、クシャーナは超元の神々『終焉』(アポカリプス)だからな。全てを終焉へと導く白の女神
さ・・・。お前の存在は既に世界レベルでの機密情報なんだ。簡単に出すことはできない。」
「別に能力使わなくてもいいんですけど・・・。」
「あっはっは。そうだな。やっぱりお前にはしっかりと能力に見合った役が必要だな、じゃあそういうことだから。DECCS頑張ってな。」
デジットはそう言うと僕が返事をするまえに僕を部屋の外に出してしまった。残ってと言われたときは何かあるのかと期待もしたのだが、拍子抜けだった。
僕は自分の携帯を取り出すとロストーに繋げた。
ロストーは1コール目で電話に出た。
「どうしたよ。また飯か?最近人が増えたからな、お前も来ていいぞ。」
「・・・・・・・・・・だって・・・・・・・・・。」
「あ?何ていったかわかんねえぞ。もっと大きな声で言え。」
「手伝って!!!!!!!!!!!!!!」
向こうでがたっと音がした。
「・・・大きな声でとは言ったけどよ・・・そんな
大声じゃねえと聞こえないほど耳は悪くねえぞ。で、
何を手伝ってほしいんだ?非常に残念なことに俺がお前に教えてやれることって言ったら料理ぐらいだぜ。」
「DECCSのパーツを集めるのを手伝ってほしいんだ。Sクラス難度のステージを周回したい。」
はあーと大きなため息が聞こえる。ロストーはこの時にクセで頭をぐしゃぐしゃっとする。
「・・・つくづくお前はうまいぐらいに乗せられるよな、ほんとに・・・。いいぜ一つ条件があるけどな。」
「いいよ。たいていのことなら。」
「じゃあ遠慮なく。人にものを頼むときは?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「安いもんだろ。プライドだぜ。一円の価値さえも持っちゃいねえ。どーすんだ?」
「・・・おh願いシーマス。僕の幼児に憑き会って管さい。」
「おい、お前の言語変換なんかおかしいぞ、誠意のかけらも感じられないけど、まあいいや。
じゃあ今からだな・・・。っておい!!お前何飲んでんだ、それは料理用の酒だぞ!!ばか、あほ、間抜け!!さっさと吐け!!絡んでくんな!!だーーーーーーーっ。クロエフ、三分待て!!じゃあな!!」
そこで通信は切られた。レアルがまた何かしらやらかしたのだろう。ロストーにとってレアルのような性格
は一番苦手するものだろう。だから彼も対応に困って
最近は彼女に振り回されてばかりだと思う。機械の中に入るために立とうとすると僕の背中に柔らかいものがのしかかってきた。
「主様~。眠い~。私も―眠い~。」
クシャーナはそういうと体の力が抜けて僕に体を預けてしまった。スース―と寝息が聞こえる。どうやらもう寝てしまったようだ。僕はクシャーナを起こさないようにそっと抱きかかえると、今は家にいない、姉のベッドの上に寝かせると布団をかけた。幸せそうな寝顔を見ていると僕も寝たくなってしまうのだが僕にはやらなければならないことがあるのだ。大会まで
にSSクラスの武器を作り上げてやる。僕は心にそう誓ったのだった。
学園祭まで残り一週間を切った。僕とロストーは毎晩遅くまでパーツを集め続けたせいで目の下にクマができていた。(ロストーに至っては目つきがきつくなって殺人犯みたいだ。)
「クロエフ・・・、お前まだ集まんねえのか?
俺はもう手に入ったらいいな、なんてもんまでそろっちまったぞ・・・。」
「・・・まだだよ・・・ロストー。あとちょっとなんだ。後50周もすればきっと集まる・・・。」
ふらふらしながら教室に入る。最近ろくに眠っていないせいで授業にも全然集中できてない気がする。
席に座って授業中もボーっとしていると、背中を
バンと思い切りたたかれた。ぐったりとしたまま
後ろを向くとエリーとロッキーがいた。ロッキーは
いつもとあまり変わらない様子だが、エリーは表情に明らかに不満が見える。何か気に障る事でもしただろうか。
「痛いよ、ロッキーは力が強いんだから、少しくらいは加減してくれないと、」
「ん?俺じゃなくてエリザベスだぞ、たたいたの、」
え・・・エリーだったのかあんまり強かったから、
ロッキーだとおもった。
「どうしたの、エリーずいぶんと機嫌が悪いようだけれど・・・。」
「どうもこうもないよ。さっきロストー君が倒れて
寮に帰ったの。だからこうして見に来てみれば・・・。」
「僕はまだだいじょうぶだよ。多少寝なくても
死んだりはしないから。」
エリーがふう、とため息をつく。
「全然大丈夫じゃない、顔色は悪いし、ふらふらしてるし、ずっと呼びかけても上の空じゃない。もし次に
倒れる人が出るとしたそれはクロだと思うよ。」
そんな・・・・・そんなことはない。僕は大丈夫だ。
僕は大丈夫だ。僕は大丈夫だ。まだやらなければいけないことが僕にはあるんだ。こんなところでへばってなんかいられない。
「ロッキー・・・・・・。」
「悪いなクロエフ、これは俺もエリザベスが正しいと思う。インドラ頼む。」
「承知した。」
その会話を聞いたあとブラックアウトしていく僕の視界でさっきまで使命感を感じていたはずの僕はなぜか安心していた。
起きてみるとそこは僕の部屋だった。右手の方に
クシャーナがくっついているがそれも久しぶりのことでクシャーナは絶対に僕の手を放す気はないようだった。そこで僕がここ何週間が僕のやろうとしていたことよりも大切なものをないがしろにしていたことに気付いた。なんだか急にさみしくなって勝手な事とはわかっていながらもクシャーナを抱き寄せようとしたときに、こん、こん、と部屋のドアがノックされて僕が返事をする前にドアが開いた。
「あ、クロ起きてたんだ。調子はどう?少し寝たから
気分がよくなってるといいんだけど。」
「だ、大丈夫だよ。なんにもしてないよ。」
「?何の話?まあ調子が良くなったならよかったんだけど、ロストー君はまだ意識が戻ってないみたい。
事情はロッキーから大体聞いたけど・・・体を壊したら意味ないんだからね。」
「・・・ごめんなさい。」
エリーは大きくうなづくとにっこりと太陽みたいに笑った。
「クロがやろうとしていることをね、お姉ちゃんにも
相談したらロッキーと協力してやってくれるって。
影の努力者なんだって感心してたよ、お姉ちゃん。」
げ、あの暴力風紀委員、実はこの前第四世界から帰ってきた後、エリーを助けたことでものすごくお礼をされたんだけど、その後思い切り頬に平手を喰らったのだ。グーパンだったらまた意識が飛んでいたことだろう。
「じゃ、クシャーナちゃん起こしてごはんにしよう。
冷蔵庫見たけど全然料理してないみたいだから、私が作っちゃった。」
エリーはそういうと僕の部屋を後にした。僕たちの
そんなやり取りを真横で聞きながら幸せそうに眠っているクシャーナを揺り動かして僕は起こした。家族には契約を交わしたことを言ったが、それ以外には
クシャーナは腹違いの妹という事にしてある。第一
そうでもなければ僕はいまごろ刑務所の中だろう。
「眠い・・・。うぅー。」
涙に濡れたその眼をこすり、その後僕に抱き着くと、クシャーナはまた寝息を立て始めた。このままにしておくわけにもいかないので僕はもう一度クシャーナの体を揺らした。
「クシャーナ。エリーがごはん作ってくれたから
一緒に食べよう。」
少し間をおいてから返事は帰ってきた。
「・・・そしたらまた主様はあの箱に入っちゃうの?」
クシャーナはそっと僕を見上げた。その眼は再び涙をたたえていたがそれが眠気から来るものではないことぐらいは僕でもすぐわかった。
「いや、僕はクシャーナとずっと一緒にいるよ。」
僕はそう言ってクシャーナを抱きしめた。
「うん、ずっと、ずーっと一緒だよ。」
クシャーナも僕を抱きしめなおした。クシャーナの体はとても細くて、儚くて、それはまるで少しの折れてしまう、ガラス細工のようだった。かくして、いや
たったこれだけのことで僕とクシャーナは二週間の前の状態まで戻ったのだった。
「おいしい!!これはロストーに並ぶ料理のおいしさ!!」
久しぶりに食べた温かいご飯に僕は舌鼓を打っていた。なんせ今まではライトミールとゼリーの生活で
食事の時間まで削ってパーツを集め続けていたのだった。
「それは大げさだよ、クロ。私じゃ全然ロストー
君には勝てないもん。久しぶりに食べたからそうなってるのよ、でもそうやって食べてくれるとうれしいな。」
エリーはなんだかとてもうれしそうだった。お礼を言いたいのは僕の方だというのになんでだろう?
「ところで私、DECCSとかいうのは未だによくわかってないんだけどクロは一体何をずっとしてたの?」
「うーん。話すと長くなると思うんだけど、すごく簡単言うと今持ってる戦う武器よりも強い武器を作りたくてそのための素材を集めてたんだ。」
DECCSの世界では何もかもにも大体ランクというものが定められていてそれは敵も同様なのだ。SSランク以上の敵は目撃こそ一日何千件というものだが
実際に討伐されたSSクラス以上の敵は一体だけだ。
機械天使バーク・ゼクス・シグマコア。唯一討伐されたこの敵のパーツは討伐者が手に入れるのではなく、討伐された瞬間に全ワールドの敵に分配される、それを集めて武器を作るのだ。僕はそれが欲しい。
特に二刀流の剣が強くなったら僕はとてもうれしい。
「そっか。じゃあそれをロッキーとお姉ちゃんが集めて作って持ってきてくれるんだね。よかったじゃん。」
「え、ちょっと待って、作って持ってくるの(・・・・・・・・・)?」
「うん、そう言ってたよ。楽しみに待ってろって、
なに持ってくるんだろね。」
僕は嫌な考えが頭をよぎった。ロッキーにアリエルだ。
アリエルはどう考えてもロッキーの意見を優先するだろうし、ロッキーに限っては全く信用できない。
今すぐ訂正したい気分になったが、クシャーナのことがあってから僕はそのことに関してロッキーたちに任せてしまおうと決心していた。これ以上クシャーナ
に心配はかけたくない。最近兄さんも姉さんも家に
いないのでクシャーナの相手がしてあげたかった。
「じゃあ、私は帰るね、皿洗いは自分たちの分だけやっておいて、クシャーナちゃん、クロがその箱の中にこっそり入らないように見張っててね。」
「うん、ありがとう、お姉ちゃん。」
クシャーナは、コクンと首を縦に振った。
「いい?クロ、これ以上心配かけちゃだめだからね
実を言うとクロのことを止めてほしいって言ったのはクシャーナちゃんなんだから。覚えておいてよ。」
僕は何も言わずに首を縦に振って、エリーを玄関まで
見送った。
「今日はどうもありがとう。おかげで目が醒めたよ。」
「うん。じゃあね。」
そう言ってエリーは帰っていた。きれいにまとまった
純金の髪が夕日を受けて、一層その輝きを増していた。
僕は部屋に戻って僕とクシャーナの食べた皿を洗い終えると、クシャーナのいるところへ行った。クシャーナDECCSの機械の前で門番のように座って僕をじっと見ていた。
「あはは・・・そんなことしなくても大丈夫だよ。
僕は今はそこには入らないから。約束したでしょ?」
クシャーナはそのまま抱き着いてきた。今日はやけに
甘えん坊だ。抱き着かれることはたまにあるが、こんなにずっとくっついたままなのは初めてだ。
「そういえば、クシャーナ家にあった本ほとんど読んじゃったんだっけ?」
僕の家には特に娯楽と呼べるものが僕が寄りかかっているこの機械以外にはテレビぐらいのもので
クシャーナは未だにちかちかする不思議な板ぐらいにしか思っていないので普段のクシャーナの楽しみは本を読むことなのだ。これは僕と契約を結ぶ前も後も変わらないことらしい、そのおかげでクシャーナは
どの言語の本でも大体読むことができる。
「クシャーナの読むペースだと、そろそろ僕の家の本じゃあたりなくなるんじゃない?買いに行こうよ。」
「いい。主様と一緒にいる。」
クシャーナは僕の服の中に顔をうずめたまま答えた。
「僕なんかでいいの?」
「いい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
返す言葉を失い、僕は黙ってしまった。
「クシャーナ、今度学校でお祭りがあるんだけど、
見に来てくれないかな、クシャーナと過ごせなかった
時間を無駄にはしたくないんだ。」
「むう、おいしいものが食べられるなら・・・・。」
クシャーナのその返事を聞いて僕は大きく笑ってしまった。同時に安心もした。僕の知っているクシャーナはそのままだった。
次の日、教室に入ると僕の席の前でアリエルと
ロッキーが待っていた。アリエルのあの冷たい視線は
どうにかならないものだろうか、エリーとは大違いだ。
僕をじっと睨みつける視線をよけたいと思いながら今日も僕はクラスメートに自分からあいさつすることができずにそそくさと自分の席へ向かった。してくれたら返せるぐらいにはなったのだがまだ自分から挨拶をするのはそれなりに知り合った中でないと難しかった。
「おはよう、ロッキーにアリエル、それとエアロさんも。」
「ぬおっ!?私が見えるのか?」
そのセリフとともにアリエルのななめ後ろの空気が揺らめき、エアロがあらわれた。
「まあ遠くだとわかんないですけど近くなら、空気が
揺れてるので見えますよ。」
「んなっ!!そんな・・・私の術は完璧だと思っていたのに・・・見破られていたとは。」
しゅんと落ち込んでしまったエアロだが二秒後に
しゃきっと立ち上がると
「ふっ・・・私もまだまだ修行が足りんな、アリエルよ、困ったらいつでも私を呼べ!!」
と言って颯爽と教室から飛び出ていった。
「あまりあいつのことは気にしないでやってくれ、
いつでもあんな調子なのだ。」
「そうだね・・・。ところで朝から何の用?」
そう僕が言うとロッキーの顔がうれしそうになった。
「そうだクロエフ、今日はお前にいい知らせがあってだな、ついにお前用のSSクラスの武器ができたんだ。」
「そうだな、あれは我々が力を合わせて作り出した
最高傑作だ、きっと貴様も気に入ることだろう。」
アリエルもうなずきながらそう言った。ここ三日間ほどやっていないだけだったがクシャーナの相手を
家に帰ってからずっとしていたのであまり気にかけてはいなかったけれどロッキーとアリエルがそこまで頑張ってくれているとは思わなかった。
「ありがとう!!これで僕も強くなれる、本当にうれしいよ。で、どんな性能の双剣なの?」
その瞬間ロッキーとアリエルの顔がきょとんとした。
僕はその表情から大体のことを察して凍りついた。
「なんとなくそんな感じはしてたんだけど、本当にそうだったなんて・・・・・。」
「落ち込むのは早いぞ、クロエフ。期待外れかどうかは自分の目で見て判断するんだな。なあアリエル?」
「そうだな、私は双剣よりもいいものだと思うぞ。」
そう言われて、しぶしぶロッキーから差し出された
携帯で何ができたのか確認した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「どうだ?気に入ったか?」
「うん、ありがとう。悪くないよ。・・・でも・・・
これは、少し時間が欲しいかもしれない。」
「そうか・・・・じゃあ学校だけなら使ってもいいことにしようぜ。」
「そうだね、そうしようと思う。」
そうして僕はロッキーとアリエルが作ってくれた
武器を使いこなすためにまた練習しなくてはいけなくなったのだった。
大会当日、僕はいつも通りの時間より少し早く起きると最近家に帰ってきた兄さんを起こした。朝食は、というか基本的にご飯を作るのは兄さんの仕事だ。そのままクシャーナも起こすと僕はさっさと学校に行く準備を始めた。
「おはよう、クロエフ。今日は見に行くから、頑張れよ。」
兄さんがドアを開けながら僕に向かてそう言った。
「うん、頑張るよ、後僕が競技中の時はクシャーナの面倒をみてもらってもいい?」
「あぁ、いいよ。というかあの子また、二度寝してるからここまで連れてきなよ。」
クシャーナは起きるときの返事はするのだがそれだけでいつもそのまま、また寝てしまうのだ。だから
起こしたいときは布団から引きずり出さないと自分で起きるまでは起きない。僕はクシャーナが寝ている部屋に行くと、クシャーナの両手をつかんで持ち上げた。
「朝だよ、クシャーナ。今日はいつもより早く学校に行かないとだから起きてもらうよ。」
クシャーナはすごく眠たそうな顔をしているが小さくうなづいたので僕はクシャーナを降ろすと食事に
戻った。部屋に戻り、席に着くと後ろにクシャーナがいないことに気が付いた。一瞬何が起こったか考えたがすぐに予想はついた。クシャーナの部屋に戻ると
案の定もう一度布団にくるまって寝ていた。
今度は寝れないように布団をはぎ取ってしまった。
「むー、さむいよう主様。」
「だって布団戻したらまた寝ちゃうでしょ、クシャーナはいつもそうだからね。」
「だって眠いんだもん、主様のいじわる。」
頬をぷくっと小さく膨らませてこちらをじっと見つめてくる。会ったばかりのころなら渋々布団を戻していたかもしれないが最近はこの手の誘惑には誘われないようになっていた。同時に僕はこういう時のクシャーナの対処法も編み出していた。
「あーあ、今日は年に一回の学園祭だから一緒に
行けばおいしいものがたくさん食べれるはずなのになぁ、まあでもクシャーナがそんなに眠いなんて言うなら寝ててもいいよ、僕だけで行くから。」
「準備は万端だよ主様!!さあ一緒に行こう!!」
ちょろい。そのままクシャーナと一緒に朝食を済ませると、クシャーナは姉のお下がりを着て僕と一緒に
学校に行った。
「クシャーナ、今日は僕の競技中は兄さんと一緒にいてね」
登校中にクシャーナに向かってそう言うとクシャーナの表情が嫌がっているように見えた。
「大丈夫だよ、クシャーナ、あの箱にたった三十分
ぐらい入っているだけだから。」
「・・・・・前もそんなこと言ってたもん・・・。」
僕はそこで立ち止まった。クシャーナも立ち止まって
僕を見上げた。確かにクシャーナの言うとおりだ。
僕は前も同じようなことを言ってそれを守ることができなかった。僕はクシャーナに返す言葉を失ってしまって立ち尽くした。もし何かを言えたとしてもそれはただの建前だ。見え透いた嘘だ。つまらない時間稼ぎだ。到底クシャーナの不安を取り去るものにはならないだろう。その時クシャーナが僕の手を引いた。
「でも、私は主様のことが好きだから許してあげる。」
クシャーナは僕にそう言って笑って見せたがどこか寂しそうだった。僕はこの子に何をしてあげられるだろうか、この優しさに何を返せるのだろうか。僕は
まだその答えを見つけられない。どこか申し訳ない
気持ちになりながらも僕はクシャーナの小さな手を引いて学校に入っていった。
教室に入るとクラス中が華々しく彩られていた。
こうなっていると僕のテンションもだんだん上がってくる。クシャーナというと僕の手を握ったまま飾りに目を真ん丸にしている。ゆらゆらと揺れるものを目で追いかけ楽しそうだ。その教室で僕は荷物を置くと
開会式の場所になる大競技場へと急いだ。会場にたどり着きロッキーとロストーとエリーたちの席の隣に腰掛けると会場が急に暗くなりざわざわとしだした。今日参加している学生と観客とを合わせればゆうに
千の位は超すことだろう。それだけ大きな行事なのだ。そして、中央にスポットが当てられこの世界では有名な司会が登場し会場が一気に沸いた。
「みんなー!!今日はこの学園祭があると聞いて駆けつけてきたぞ!!さあみんな盛り上がる準備はできてるかー!!?その声に合わせてわーっと歓声が上がる。「よし!!いい返事だ!!今回はいったいどの方角の学校が優勝するのか!!運動のことならお任せあれ!!北の星光院!!選ばれたカリスマ集団西の輝龍院!!乙女の憧れ!!南の華風院!!専門分野のプロ集団!!東の鬼帝院!!不動の超巨大マンモス校!!第一世界中央学校高等部!!」会場では自分の学校が紹介された時にはそれぞれのところから歓声が上がった。もちろん僕たちの学校もだ。ロストーに肘で脇ばれを小突かれたので僕は横を向いた。「なあ、言われる前から思ってはいたんだけどよ、俺たちの学校名前って長いから言うのめんどくさいよな。」
そう言われれば、というよりそんなことを言わなくたってそんなことはわかっている。だから僕らの学校は大体、『中央』と簡略されて呼ばれているのだ。
ロストーが続けて
「いや、別にどうでもいいんだけどよ・・・・。
なんか調子狂うな・・・。」
そうつぶやいて頭を上にあげるとどこから現れたのかレアルが「どおしたんですかぁ?」と言いながら
覗き込んだ。ロストーはそれにびっくりしたようでがたっと少し飛び上がるとレアルと頭をぶつけた。
「て、てめえ・・・いきなり出てくんじゃねえよ!!
つーか今までどこにいたんだよ!!?」
と聞くとレアルは一瞬考え込むとふっと顔に微笑を浮かべながら
「私の運命は君とともにあるのだっ!!」
と見事に決めていった。しかしロストーはその時には
もう前を向いていて、飲み物を飲んでいた。
「もうっ!!ちゃんと見てくださいよ、ロストーさん
おこっちゃいますよっ」
「わーすごいすごい。じょうずだなー。」
「むーっ!!」
呆れた顔でそう棒読みを繰り出すロストーの後ろで
レアルはほおを大きく膨らませると飛んで入口から
出て行ってしまった。
「じゃあ次は今日の競技の説明をしていくぞ!今日の競技の部門は全部で文化部門と運動部門の二つ!!それぞれの競技の順位によるポイント制で優勝した学校にはきっといいことがあるぞ!!健闘を祈る!!」
司会がそう言って拍手が起きると開会式が終了してそれぞれの競技の場所へとみんなが動き始めた。
僕たちもDECCSの会場へと移動を始めた。僕はこの会場の入り口のところで兄さんと待ち合わせをしていたのでそこへと行きクシャーナを預けるとロッキーとロストーとアリエルの4人で会場へと向かっていった。
「3人とも準備はできてるの?」
僕は今日まで自分のことで精一杯だったので今になってそのことを聞いた。ロッキーがおどけた調子で答える。「おいおいそんなこと聞くなよ、ばっちしに決まってんだろ。」
「そうだな、俺なんかお前にずっと付き合ってたせいで強くなりすぎたかもしんねえな。」
ロッキーに続いてロストーも
「私たちの心配よりも自分の心配をしたらどうだ?あれではとても使いこなせているとは言えないぞ。」
アリエルも準備はできているようだった。確かに心配なのは僕の方なのだ。学校でのみ練習したとは言ってもロッキーとアリエルが僕のために用意してくれた新しい武器は非常に扱いが難しく未だにミスが絶えない。
「ぼ、僕は本番でうまくいくから・・・多分。」
意地を張ったつもりで、そう答えたものの、最後の方は自信がなくなって声が小さくなった。その時ロッキーが僕の背中をバンと叩いた。
「始まってもねえのに、くよくよするなよ。悪い方向にあんま考えんなって、まあ、死ぬわけじゃないんだし気楽に行こうぜ。」
「うん・・・」
僕はそう答えて顔を上げて歩いたが緊張と不安で押しつぶされそうだった。VRの機材が置いてある部屋に入ると僕の学校の先輩や他校の人たちがたくさん集まっていた。校同士で話し合っているところもある。要は個人同士の同盟のようなものだ。戦いは仮想空間に入るよりも前から始まっているのだ。
全員が会場に集まり自分の機械のところに集まったところで仮想空間の中に入るように言われた。ゲームのルール説明などは仮想空間の中で行われるようだ。僕は見慣れた機械に足を踏み入れると、意識を仮想空間の中へと落としていった。装備を付けた状態で僕たちはロビーのような場所に集まった。こうして見るとこの場所には
装備が全くかぶらない。オリジナルの人が多いなあと思った。ロッキーにロストー、アリエルも僕が第四世界に飛ばされる前と比較するとだいぶ変わっている。ロッキーなんて鉄の塊のようになっている。僕たちが集まってざわざわとしていると中央が明るくなって司会者とデジット先生が出てきた。
「え~それではっ!!今からルール説明を始めたいと思います。では、このDECCSの開発者デジット先生、どうぞ!!」
「紹介にあった通り、わたくし、デジット・クレイムと申します。それではこれから試合の説明をするのでモニターを見てください。」
デジット先生がそう言うと先生の頭の上に大きなモニターが現れた。
「ポイントの取得によってゲームを進行していきます。最初の持ちポイントはオペレーターが100、アヴァンギャルド並びにガーディアンは75、それ以外は全て10ポイントとします。各支援行為にはポイントの消費を伴いますので、考えながら戦ってください。撃破された場合には自身の獲得ポイントの半分が相手へと移ります。残ポイントによって個人と学校で順位を決定します。なお同点の場合は各校の選抜者によるサドンデスを行います。」
自然と各高校のオペレーターやアヴァンギャルドたちに視線が集まる。ポイントが高いのでみんな真っ先に狙いに行くだろう。だがオペレーター達には通常よりも強化された攻撃力と防御力、また試合限定の破壊不可の盾を所持するガーディアンが周りを固めているし、アヴァンギャルドも機動力と攻撃力に大きなアドバンテージを持っている。ハイリスクハイリターンというやつだ。もちろん僕は堅実に稼いでいくつもりなので、彼らを相手取る予定はない。相手になって考えてみても、ロッキーやアリエルを
相手にするのはごめんだ。デジット先生が続ける。
「なお、今試合において注目選手となるであろうと思われる選手については事前に紹介をしてしまうので、事前に通達が言っているとは思いますが、名前を呼ばれたら何かしらアピールをしてください、よろしくお願いします。ではこれから試合の準備に入ります。ここからの進行は司会の方にお任せしますので私はこれで。」
そういうとデジット先生の姿は消えてしまった。
「それじゃあ皆!!もうすぐ試合を始めるからマップに転送するぞ!!今回のマップは都市部〈深夜〉だー!!」
「うおおぉぉい、まじかよ・・・。」
隣でロッキーが情けない声を上げる。確かに荒廃都市〈深夜〉は得意不得意がわかれる分野だ。特にここでは武器の素材の違いがよく出てしまう。ビーム属性の武器を使うとこのマップでは丸見えもいい所なのだ。逆に言えば金属で武器を構成している人にとってはとても戦いやすいマップになる。ビーム属性の武器は非常に軽量になるためそれを選択する人が多いのだが、中には金属の武器を愛用している人たちもいる。ちなみに僕は戦いにスピードを出せるビーム属性をよく使っている。徐々に周りの人たちが消え始め、景色が少しづつ変わり始めた。暗黒に包まれた、かつて栄えた大都市というのが荒廃都市のテーマだ。もちろん建物は廃墟ばかりでちょっと刺激すると今にも倒壊しそうだ。全員の転送が完了するとモニターに会場の様子が大きく映し出された。
「さあーーー、ついに始まります!!毎年の一番の目玉競技と言っても過言ではない、各校によるDECCSの試合!!ではまず、今試合の注目選手の発表です!!
まずは北の星光院、個人ランキング、1278位、ミドルアーマーランキング256位、盾と長く伸びた銃剣のコンボからは決して逃れられない!!ウォルフ・ステイン選手!!」
ウォルフ選手はモニターのほうを向くとその自慢の銃剣を天へと突き上げて見せた。会場が一気に拍手で沸いた。「西の輝龍院、現実でも仮想世界でも王子とあがめられる天才!!はたして彼の死の光線をかわすものは現れるのか!!?個人ランキング35位、ミドルアーマーランキング2位!!アーサー・ジュリアス!!」
北の時は拍手だけだったのに、この人が紹介された時にはモニターの方から黄色い歓声が上がって、彼がそれにこたえて手を振るとさらに歓声の大きさが増した。それもそのはず、彼はその見た目(金髪碧眼)に加えて、ホハート家と並ぶ大富豪の家計なのだ。(忘れている人のために言っておくとエリーとアリエルは超お嬢様なのだ。二人ともそんな感じはしないが。)
「南の華風院は今年は二人の紹介!!個人ランキングともに同率1257位、ライトアーマーランキング同率212位!!敵が気づく前に命を刈り取るその腕もさることながらもっとも恐ろしいのはそのコンビネーション!!
それもそのはず、この二人は一つで二人、二人で一つ
仲良し姉妹のウォーブレイブ姉妹だーー!!!」
黒くてほっそりとしたフォルムのプレイヤーが画面に映し出されるとその後ろからおんなじ姿をしたプレイヤーが
もう一人顔を出した。
「なんだかわくわくしてきたね、おねーちゃん。」
「こんなの、ただの茶番よ、妹ちゃん。」
多分前が姉で後ろの方が妹なのだろう。正直双子なのだからあんまり関係ないと思うのだが。今年は西には目立った選手がいなかったようで、飛ばして中央の紹介になった。
「最後は中央第一高校!!個人ランキング47位!!ヘビーアーマーランキング1位!!『不落の要塞』の異名を持つロッキー・ニアスだーー!!」
学生にして個人ランキング1位。バスターズのヘビーアーマーの方々は相当に悔しい思いをしている事だろう。ロッキーは速く動くことはできないが、全プレイヤー中で最大火力を誇る武器を所持している。
「そして、もう一人!!戦う指揮官!!部隊ランキングトップ10に名をつらねる強豪部隊『黒い箱』(ブラックボックス)の部隊長を務める男、ロストー・キャッパーだーー!!」
ロストーとロッキーが紹介されたというのに一緒にやってきた僕は紹介されずに終わってしまった・・・。まあ以前の僕の実力では仕方のないことだった。個人ランキングは
四ケタどころか五ケタだし、ぱっとするような成績は特にない。
「じゃあ、試合を始めるぞ!!」
モニターの方からは音が聞こえなくなって、代わりに自分の脈打つ心臓の音が聞こえるようになった。聞きなれた
ナレーターの声に切り替わる。
「これより特別ルールにのっとった模擬試合を行います。
試合開始、10秒前。」
・・・5・・・4・・・3・・・2・・・・1・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0。
カウントがゼロになった瞬間に僕は飛び出した。さあ見せてやろう。僕の努力の結晶を。
「なんだ!!?あれは!!?」
司会の驚いた声が会場中に響き渡った。
時間は数日前にさかのぼる。
「ロッキー・・・・・なんで剣が四本もあるの?僕こんなにもって戦えないよ?」
ロッキーとアリエルは顔を見合わせるとやれやれという顔をした。
「貴様がこの前私に向かって剣を投げたのを思い出してな、投げても大丈夫にしてやったんだ。とりあえずつべこべ言わずに装備してみるといい。」
アリエルに僕はそういわれると自分の今の装備を解除して作ってくれた装備を装着した。
「うっわ、なんだこの背中のでかいの。すっごい邪魔なんだけど・・・。」
ロッキーが手を組んだ。
「いいか、クロエフ。先に言っておくがお前の背中の装備はお前の命だと思うんだ。それがあれば、それさえあれば・・・・・」
誰もお前に敵いはしない。その言葉は僕の心に残った。
「まあ、貴様がそれを扱えるかどうかという事が一番の問題だがな、多分、どの武器よりも難しいと私は思うぞ。」
「うん。わかったけどさ・・・・。結局なんなのこれ?」
「平たく言えば、推力加速ブースターだ。説明するよりも自分で試した方が早い。とりあえず使ってみるといい。」
という事なので僕は早速その推力加速ブースターとやらを使ってみることにした。意識するだけでブースターが進む準備を始めた。チャージがフルチャージになった時には僕は壁に激突して建物の中にいた。Crash intoである。はっと後ろを振り返るとロッキーとアリエルはかなり遠くにいた。もう一度ブースターを使うと一瞬で二人を少し通り過ぎたところに戻っていた。
「今のはフルバーストだ。一度にチャージできるのはあんまり多くないがそれを全て消費して、高速で進むことができる。パワーブーストよりも速いし、何よりもすごいのはその距離だ。そんでモードをチェンジするとだな、装甲の残エネルギーが切れるまでフルバーストよりは遅くなるが
それでも通常よりも速い速度で移動できる。」
ロッキーに説明をしてもらったところで僕はモードチェンジをすると、どこから出てきたのか背中にウイングがでて
アゼブライトが起動して僕の体が宙に浮いた。
「動きの軌跡は曲線じゃなくて直線だ。そっちの方がいいと思うぜ。俺は。後はアリエルに頼むわ。俺は今からちょっとインドラの相手をしなくちゃいけないないんだ。」
ロッキーはそういうと姿を消した。ロッキーとインドラは第一世界では有名な話だ。帝王クラスとの契約者というのは人工ゲートでは初のことだったからだ。それにインドラのあの容姿では最近ファンクラブまであるという話だ。
ホントの姿を知る僕としてはあんまりそういう気分に離れないが。
「クロエフ、ブースターの練習は自分でやるといい。後は
お前の剣の説明だ。とりあえず二本抜け。」
腰に手をやって二本の剣を引き抜くと、片方は少し大きめのナイフぐらい、もう片方は僕の身長はあるんじゃないかというほどのむきだしの荒れ狂うビームを束ねたような剣だった。
「かつて討伐された、機械天使をベースに貴様の装備を作り上げた。背中は動力源をもとに、その剣は奴の指だった部分の仕組みを使っているんだ。
つまりだな、貴様は現時点で最高の機動と火力を手に入れたのだ。特にその剣は特別だ。ナイフの方はスタン効果があって、太いほうは全シールド系の無効化だ。
どのように使うかはお前次第だな。」
「はあ、僕の兄さんとなんだか似てるね、兄さんも確か
こんな感じの装備だったような・・・。」
「はっ!!うぬぼれるな、その武器でなんでも破壊できるわけではないのだからな。興味も失せたことだしロッキー同様帰らせてもらうとしよう。本番のお前が楽しみだな。」
アリエルはそう吐き捨てると、僕が何か言う前にこの世界から去った。確かに兄と同じ武器ではないけれど・・・・。きついなあ。
僕の武器の能力がシールドの無効化ならば、兄の武器の能力は全破壊だ。触れたものを全て破壊するSSクラスよりもさらに上位の武器、ライトアーマー、個人の両方でランキング一位を維持し続けている兄にはふさわしい武器だ。ともあれ僕は学校のみという制約のもとこの武器の特訓に励んだのだった。
「なんだー!あれは!!?お、驚きです。中央の
・・・・クロエフ選手!!役付のプレイヤーを含んでも最速!!恐ろしいこの速度!!」
僕はこの時風を体で感じていた。お世辞にも短期間で
全て使いこなせるようになったなどという事は言わないが、それでも速度を出したままの移動ができるようになった。オペレーターに有用と判断されたらしく
いち早く僕のところに視界補正の支援が飛んできた。
赤外線カメラを普通のカメラに変えても視界がクリアに見えるようになった。赤外線カメラはフラッシュグレネードなどを喰らうと全く目が見えなくてしまうのでこっちの方が都合がいいのだ。僕はトップスピードのまま拠点に滑り込んだ。
「おい、クロエフお前そんなもん作ってたのか。」
ロストーだ。
「あんなにやったんだからね・・・。
びっくりした?」
僕は自慢げにロストーにそう言った。
「ハハハ!!それは俺よりも高い得点取ってから言いやがれ。俺だって何にもないわけじゃないんだ。
じゃあな。」
僕の自慢を特に気にするわけでもなくロストーは僕の言葉を笑い飛ばすと通信を切ってしまった。
制圧が終わった瞬間僕は拠点を飛び出して前進したところ、レーダーに無数の反応が僕を通り過ぎた。いやな予感して上を見ると、数えきれないほどの量のミサイルが僕の頭上を通り過ぎていくところだった。
「ロッキー!!ミサイルが!!」
「あわてんなクロエフ、こんなん大したことないぜ。」
「全方位ロック完了。迎撃ミサイルシステム『ガイア』
起動。発射。」
爆音が同時にとどろいた。空が赤く燃え上がる。僕にはそれが開戦の狼煙のようにも思えたのだった。
「行けよ。クロエフ。見せつけてやれ。」
「・・・うん!!」
僕は立ち止まるのをやめ再び前進を始めた。僕の正面
に三人のプレイヤーが現れる。前も言った通り、
一対複数では基本的に複数が勝つのだ。基本的には。
「フルバースト!!」
僕は右手で剣を引き抜くと一気に三人の後ろまで駆け抜けた。
「っく、クロエフ選手三連続撃破!!まさかこれは
今試合のダークホースなのか!!ただいま入ってきた情報によりますとクロエフ選手はかのノエル・キーマーさんの実の弟だそうです。これはきたいができそうですね!!デジットさん!!」
「そうですね、彼は私の教え子でもあるのでぜひ頑張ってもらいたいと思います。背中のブースターはこの試合での初のお披露目でしょうから対策も立てにくいでしょうね。」
ノエルの名が出た瞬間会場がどよめいた。わずか数年ばかり前の出来事はまだ人々の頭の中からは抜け出ていなかった。クシャーナはノエルの裾を引っ張った。
「お兄ちゃんの名前でなんでみんな騒いでるの。」
「さあな。俺がクロエフのお兄ちゃんだからじゃないか?」
「あっ、そういう事なのか!!納得しました。」
「うん、よかったな。」
ノエルは基本的にめんどくさがりであった。
僕は大きな廃墟の中に入った。あの後わかったことで、
高い所だったら飛ぶのと同じようなことができる。
ようは落ちる速度が遅くなるだけなのだけれど。
廃墟の中にはまるで巣のように敵が群がっていた。
僕は左の方の剣も引き抜くと一人に距離を詰めると
左の剣で切り付けた。切られた相手の動きが停止する。
僕のスタンブレードは攻撃力ほどあまりないものの
スタン状態での時間が長いのだ。他の攻撃を右の剣で
受けきると僕はまた左の剣で切り付けて動きを止めては右の剣でとどめを刺していった。ビームだって
僕の右の方の大剣ならば簡単に薙ぎ払えてしまう。
それに合わせて僕の移動スピードだ。正直建物の中のほうが僕は得意だ。敵の移動するのは地面のみ、つまりは二次元なのだ。それに対して僕は壁、天井、地面と移動を三次元的に行うことができる。空中だって方向転換は可能だ。敵を倒し終えて僕が階段を上っているとランキングが入れ替わって僕は二位になってしまった。新しく一位になったのはアーサー・ジュリアス。恐ろしい速度でキルの人数が増えていく。よく見ると僕の下もほとんど差がない状態になっていた。
やはり先に紹介されている選手たちは相当に強いようだった。僕が屋上に立ち、いざ飛び立とうとしたとき僕の視界の端がぴかっと光って僕は本能的に後ろに向かって飛び跳ねた。僕の判断は間違っていなかった。僕がさっきまでたっていたところが強力な光線によって抉り取られ、コンクリートはどろどろに溶けていた。僕は間髪を入れず弾が飛んできた方向に前進した。今度は僕の正面でぴかっと光がはじけた。
「緊急回避システム起動。」
僕の体が勝手に逸れてうまく光線をかわした。
建物の端を思い切りけると僕はその勢いを生かして
次の建物に着地した。徐々に点だった敵の姿が
しっかりと見える距離になった。まあ見える距離にまで詰め寄らなくても相手がかのアーサーであることは一回目の狙撃を受けた時にわかっていたことではあるが、退くつもりはなかった。スナイパー相手に
接近戦に持ちこめたなら勝機は僕にある。さらに
近づいていくとアーサーは膝をついてこっちを狙っていた。しかし撃ってはこない。どうやら一対一の
デスゲームを御所望のようだった。望むところである。
僕のフルバーストが届くまであと少し、アーサーが僕の移動距離を知っているかいないかは僕の知るところではないがそれで決着はつくのだろう。最後の一歩を大きく踏み込むと、
「フルバースト!!」
という声とともに力強く足を踏み出した。ブースターが一気に出力を上げ体がぐんと加速する。横の景色は流れていき、眼前には最大までためられた死の光が
待ち構えている。アーサーがトリガーを引く瞬間
僕は右の剣を思い切りアーサーに向かって投げつけた。
「全方位シールド展開。」
アーサーはトリガーを引くことをやめ後ろに一歩下がるとそうつぶやいた。同時に彼の体をエネルギーの
薄い膜が球状に覆っていく。しかし僕の剣の特性は
全シールドの無効化だ。アーサーに迫った僕の大剣は
アーサーの張ったシールドの薄皮を簡単に通り抜けると彼の体を突き刺した。爆音がとどろいてアーサーの体が爆発した。しかし僕のモニターにキルの表示がされない。それが示すことは一つだ。アーサーはまだ生きている。パッと後ろを振り返ると、僕の頭には
スナイパーライフルが添えられていた。無意識的に
体が動き反撃に出る。ブーストを使ってアーサーの後ろまで回り込む、しかし僕が剣を抜く前に次は僕の
首元のところに、剣が添えられていた。
「面白いものを持っているんだね、君は。僕も万が一のためにデコイを用意しておいてよかった。君のような人にしか使う機会がないからね。」
大剣の位置までフルバーストなら届く・・・・・!!
アーサーの話していることを僕は完全に聞き流して、
剣を取ることだけを考えていた。残りの三本ではきっと対応できない。なんとしてでも大剣を取り戻さなくては。
「って君僕の話全然聞いてないね・・・・。いいよ
ほら、とってきなよ。僕にはそれがあろうとなかろうと変わらないからさ。」
アーサーが僕の首元から剣を離し、大剣の方を指した。
僕はアーサーの方を一度見てから何もしてこないことを確認すると大剣の方へと近づいていき、剣を拾い上げた。
「後悔しないで下さいよ。」
剣を前に構えて僕は言う。
「そんなことは心配しなくていい。情けをかけたんだ、
全力で来い。」
アーサーはスナイパーライフルをわきに捨てると二本の剣を構えた。今回も僕が先行した。今度はフルバーストではなく、普通のブーストにした。フルバーストだと屋上からはみ出てしまうかもしれないという事もあるが、それ以上に僕は一瞬での勝負ではなく、この人に戦って勝ちたいと思った。僕が繰り出す剣を
アーサーはいとも簡単に受け流すと的確に僕の急所を狙ってくる。僕はそれを左手ではじくことだけで
精いっぱいだった。
「剣を使っている割にはあんまり腕はよくないのかな?せっかくのいい剣だというのにもったいない。」
相手も僕も同じ数の剣を持っているはずなのに、圧倒的に手数で負けている。僕にはアーサーの言葉に反応
する余裕もなかった。
「そうだね・・・・。君とこれ以上戦っても得ることはなさそうだ。もういいよ、君はよく頑張った。」
僕は一歩下がって間合いを取った。多分次で最後。
これ以上はアーサーは僕を待ってくれることはないだろう。左手の剣を投げ捨てると両手で大剣を握りしめた。大きく振り上げて、僕はアーサーめがけて
力いっぱい振り下ろした。
「最後まで芸がなくて単調な攻撃、伸びしろがあると言えば聞こえはいいかもしれないけれど、僕に言わせればただの期待外れだね。さようなら。」
アーサーの片手が僕の剣を受け止める形をとり、もう片方はまっすぐ僕にとどめを刺さんと伸びてきた。
僕はその瞬間、体をずらして迫った剣をよけると、剣のスイッチを切った。大剣のビームが引っ込んでアーサーの剣にあたらずに通り抜ける。
「届け!!」
僕は間合いを詰めると右手を思い切り伸ばして、剣のスイッチを入れた。あふれ出す光の奔流がアーサーの胸に穴を穿つ。僕はアーサーに刺さった剣を引き抜いた。今度は爆発することはなかったが僕のモニターにはしっかりとキルの文字が浮かんでいた。
「前言撤回のようだ。」
キルの表示がされているのにアーサーはまだ生きていた。
「あれ、どうして生きているのかと言いそうな顔だね、
逃走用の囮さ、相手にキル表示をすることで相手をだましているうちに逃走する、だが君とはもう少し戦ってみたいと思った。それだけさ。E・B・A起動。」
「高機動装甲、フライトシステムスタンバイ、ブラストバースト充填完了。」
アーサーの姿はこの時金に輝いていた。王子と呼ばれる所以はこんなところにも表れていた。
「いいのかスペシャル・ウェポンを起動しなくて?
この後にその時間はやらないよ?」
「それを決めるのは僕だ、あなたじゃない。必要だと思えば使うし、そうでなければ使わない。」
強がりなことはわかっていた。実際僕は二度死んでいるはずなのだ。使わずに、いや、使ったとしても勝てるかどうかはわからなかった。
「つれないなあ。それじゃあ君を本気にしてみようか。」
アーサーが銃を構えた瞬間にアーサーは銃を撃った。
僕はコンクリートを思い切りけって加速すると回避した。アーサーの銃は先ほどよりも弾速が速くなっていた。僕がさっきまで立っていたところが膨大な熱エネルギーによって抉り取られどろどろに溶けていた。
一発でも喰らえば即死だろう。
「全力で行くよ、クロエフ君。」
よけたところにもう一発、またよけたところに、
そうしてまたよけたところに死の閃光は迫ってきた。
「君の全力が見たい、見たいんだ。見せてくれよ
久しぶりなんだこの高揚感が、君しかいないんだ。
お願いだからがっかりさせないでくれ。」
僕は当たらずによけ続けていたが攻撃に出るチャンスがない。このままではジリ貧だ。いつまでも僕もよけ続けられるわけではない。
「スペシャルウェポン、システム『Dranzex』起動。」
僕の大剣は今や大きいというレベルのサイズではなかった。摩天楼でさえも一振で切り裂くことができるだろう。
「この剣に乗ってるのは僕の気持ちだけじゃないんですよ。僕に協力してくれたみんなの気持ちが乗ってるんです。その人たちのためにも僕はここで負けるわけにはいかないんだ。出しますよ、僕の全力を、やはりあなた全力で倒さないといけない相手だ!!」
「そうか、君の力は独りで手に入れた物ではないというんだね、こんなに楽しい気分になったのは久しぶりだな、じゃあ僕も全力で君を否定させてもらうとしよう。」
「フルチャージ!!」
「フルバースト!!」
真夜中の暗黒に包まれた都市に一つの大きな光がはじけた。光はあたり一帯の建物すべてを破壊しつくした。周囲に何もなくなった光の中心に最後に立っていたのは僕だった。
「君の勝ちだ。・・・ありがとう。」
アーサーがそうつぶやいたのだけが僕の頭の中に響いた。多少ブーイングはあったものの(僕をへこませるには十分な量)見事な勝負に会場は拍手であふれた。
僕は何にもなくなったところに座り込むと一呼吸着いた。まだ勝負は終わっていない。速くいかなくては。
「クロエフ選手。アーサー選手を撃破!!どうやら
今試合のダークホースは彼となりそうだ!!この子を教えてきた立場としてどうですかデジットさん?」
デジットを机の上で腕を組むとその上に顎を乗せた。
「そーですねー、クロエフ君は私の教え子なので
ぜひ頑張ってもらいたいですね。」
「あれ、さっきもそんなこと言ってませんでしたっけ?」
「そーですか?そーだったらすみません。」
デジットもまた基本的に面倒くさがりな性格をしていた。(あーあ、全然クロエフがすごい所見てもうれしくないのなんでだろうな、コミュ障だって言っちまおうかな・・・。そしたらもっと面白いかもしれない・・・。)
「あっ、実はですねクロエフ君は日常では・・・・・
「試合を見てくださいよ、また面白そうな戦いが始まろうとしていますよ!!!!」
「それがですね・・・クロエフ君は・・・・・
「ウォーブレイブ姉妹とロストー選手との試合のようですよ!!!!」
この時、デジットはクロエフのいつもの気分を理解したのだという。
その時、ロストーは住宅街の中にいた。ロストーが
クロエフとのあの連日の努力によって手に入れた物は高性能のスタンブレードだった。この剣で敵を切りつけてはとどめを刺し、徐々に進んでいくとロストーはこの迷路のような住宅が密集した住宅街に入り込んでしまったのだった。もちろん視界の支援は受けてはいるがそれ以上に見通しが悪い。さらに運の悪いことにそこでウォーブレイブ姉妹と遭遇してしまったのだった。
「あれれ~?お姉ちゃんここにまだ人が残ってるよ!!」
「そうね、一体どうしてかしらね、ここら一帯の掃除はもう済ませたはずなのにねぇ、妹ちゃん?」
「どうするの?お姉ちゃん?」
「どうしようかしら、妹ちゃん?」
「掃除しよう!!」
「掃除しましょう。」
最後は声が重なって双子であることがありありと強調されている。
「これはまた、たいそうな登場なことで・・・・。
さっさと来いよ雑魚ども、蹴散らしてやるぜ。」
背中の剣を引き抜きながら、すぐに戦うための姿勢を取る。姉妹はともにライトアーマーだ。つまり耐久力ではロストーが勝るものの、それに対してロストーは
パワーブーストを使うことができない。しかしながらあそこまでの啖呵を切ったのだからここで引くわけにはいかないのだった。一応ロストーにも奥の手はあるもののあまり使いたくはないものだった。
「それじゃあまたあとでね、妹ちゃん。」
「うん、わかったよ、お姉ちゃん。」
姉のナノはそういうと住宅街の中に姿を消した。
この姉妹のアーマーには完全なステルス機能が備わっていてレーダーでは確認することができない。自分の視覚を研ぎ澄ませなければいけない。幸いロストーはこのような状況の戦いにはなれていた。
「いいのか?お姉ちゃんと離れちまって、まあ俺にとっちゃどっちでもいいことだけどな。」
「うるさい、お前、お姉ちゃんでもないくせに私に話しかけるな、本当はお姉ちゃんの助けなんてなくても
お前なんか私一人で十分だ。」
「ふーん。あっそう。」
ロストーがそう言った瞬間にはロストーの頭には
ナノのショットガンが突き付けられていた。
「このショットガンは射程距離は短いのだけれど
至近距離なら格闘武器と同じ威力が出るのよ。というか姿が見えなかった時点で警戒するのだと思うのだけれど、一体、何を油断していたのかしら?」
ロストーは言葉を発しない。
「そのままでね、お姉ちゃん、動いたら撃っていいけど、私むかついたから私の剣でこいつの首を刎ねたいの。」
「いいわよ、あなたも動いたらすぐに頭を飛ばすからね?」
「あ゛ぁ゛?やってみろよ、テメエのその手でトリガーが引けるんならやってみやがれ!!!!!」
ロストーは足でスタングレネードを踏みつけていた。脚を上げるとスタングレネードは爆発してあたりに電流が走った。ロストーの剣が動けないナノの首元に近づくといっぺんの迷いもなく首をはねた。
「あぅ・・・。」
ナノがあっという間にガラス片になって砕け散った。
「なっ・・・・・お前!!!!!!お姉ちゃんに・・・・
お姉ちゃんに何をした!!!!!!」
妹のピコは一瞬何が起きたのかわからないというような顔をしていたがキッとロストーをにらむとあっという間に距離を詰めてロストーに迫った。
「喚くな、弱い方が淘汰されるのは当たり前だろうが
今更何言ってやがる。」
ロストーは体勢を低くするといきなり脚を繰り出してピコの腹を蹴り飛ばした。ピコは体を二つに折り曲げて無様に壁に激突した。
「わりぃな。俺は相手が誰だろうと手加減してやれるほど優しくはねえんだ。」
ピコが突っ込んだ壁は崩れ落ち土ぼこりを上げている。ピコはおぼつかない足取りで立ち上がった。
「完全ステルス、透明化。」
ナノの体が徐々に歪んで薄くなり周りの景色とどうかし始めた。そして数秒たった後には完全にナノの姿をとらえることはできなくなっていた。もちろんレーダーにも映っていない。
「お前はこのまま何が起きたのかもわからないまま
死んでいくんだ。お姉ちゃんの仇は私が討つ!!」
ロストーの前方からはそう言い放つナノ声だけが聞こえていた。
「は・・・・はははは!!!・・・・こそこそ隠れねえと戦う事も出来ねえのか、この雑魚が!!!スペシャル・ウェポン、E・B・A起動!!」
ロストーの周りを何重にも厚い鋼鉄の鎧が覆い、そのいでたちはミドルアーマーのそれではなくヘビーアーマーのようだった。
「残念だったな、透明になろうともよけられなきゃ意味がねえよなぁ?」
ロストーの声と同時にE・B・Aの右腕についている
大砲からビームがあふれ出し、あたり一帯を薙ぎ払った。あらゆるところで爆音が響き渡り、さながら地獄絵図のように景色が変貌する。ロストーの右腕の大砲が取れて地面にゴトンと大きな音を立てて落ちた。
「ちっ、つまんねえなあ、カスばっかじゃねえか、
やる気がしねえ。」
ロストーは爆炎の中そう吐き捨てると市街地から
都心の方へと向かって走り出した。E・B・Aのこの装備はクロエフとともに毎晩パーツ集めをしたときに集まったパーツで作ったものだ。だがそれ以前に
ロストーは強い。なのにどうしてロストーは個人ランキングで上位に入っていないのだろうか。答えてしまうとその答えはとても単純なもので、ロストーは全くと言っていいほど対人戦をしていないのだ。個人ランキングはMOBとの戦闘ではなく対人戦によってのみ個人のランキングが決定される。個人ランキングの順位があらわすことがなんなのかというと個人のステータスのようなものだ。順位が高いほど、それは強いことだとみなされ、いろいろな人から一目置かれる存在となることができる。ロストーにはそれが必要なかった。つまり彼にとっては『黒い箱』(ブラックボックス)の部隊長であることがランキング上位者であること同意義なのだ。
ゆえにロストーは個人ランキングは上位者ではなくても実力は十分にあった。都市部に移動すると路上には戦闘を行った跡があったがそこには誰もいなかった。すぐさまロストーは回線をオンにした。
「おい、オペレーター。都市部に索敵をかけてくれ。
建物の中に敵がいるかもしれねえ。」
だが返事は帰ってこなかった。
「・・・・・ちっ・・・。やられてんじゃねえよ
・・・。ガーディアンの連中は何してんだ。」
その時ロストーの後ろ脚に銃弾が命中した。しかし
貫通することはなくあっけなくロストーの装甲に弾き返されてしまう。
「・・・・・・・・・。」
何も言わずにくるっと振り返ると左手の大砲を飛んできた方向に発射した。狙った建物以外も貫通して何個ものビルが一斉に倒壊する。もう一度回線をつなぎ
味方の様子を確認すると、オペレーターはアーサーに
よって倒されていた。それ以外にもロストーの目を引くものがあった。
「ロッキーがけがをしてる・・・?何やってんだ
あのバカ・・・。行ってやるか・・・・・。」
ロッキーサイド。
ロッキーたちはオペレーターを守る形で、古い建物の中にいた。そうやって守らねばならないほどオペレーターは大事なのだ。戦術的支援を全てになっているのだから。
「それにしてもなあ・・・何もしないんじゃあ、つまらないぜ・・・・・。」
「そうでもないだろ?このまま何もないのが一番いいさ、今年の一年生は結構強いし、今年はビリじゃなさそうだしな。」
ロッキーたちは特にすることもなかったのでそうやって雑談をしていた。ガーディアンの内一年生なのは
ロッキーだけで他は全部三年生だった。
「そうだ、ロッキーお前の友達はどうなんだよ?
最初ものすごいスピードで飛び出していったのお前の友達だろ?後、『黒い箱』(ブラックボックス)の部隊長の奴。大体
いつも三人でいないっけ?」
「あ~最近はエリザベスも一緒でアリエルも一緒なんだよな、でもあの二人のことなら心配いらない。
俺はあいつらのこと信じてるからな!!」
「こちらに近づいてくる敵影1!!単騎特攻!!
ガーディアン戦闘態勢!!」
オペレーターからそういわれてのんびりとした空気が一気に張り詰める。
「出番だぞ『不落の要塞』。ロッキーが相手してくればいい、みんなそれでいいよな?」
最初から一番強い奴が行くのかよ、とか突っ込むような声が聞こえたが別に強く反論する者はいなかった。
「危なくなったらすぐに助けに行ってやるからな
行って来い。」
「おう!!俺がだめだったら頼むぜ、先輩方。」
ロッキーはそういうと建物外へと飛び出していった。
動きは軽やかだが彼が歩くごとにアスファルト砕けるような嫌な音を立てた。
「頼むぜ、ロッキー、お前がやられるやつなんざ、俺たちじゃ抑えられないからな。」
ロッキーの方へと近づいてくる敵はロッキーの百メートルほど手前で停止した。
「我が名はウォルフ・ステイン!!貴校の司令官を
討ちに来た!!」
「俺はロッキー!!とりあえず強い奴と戦いたい!!」
「行くぞ!!」
「おう!!」
その掛け声とともにウォルフはロッキーに向かって突進を始めた。左手には盾、右手には腕の二倍はあるのではないかという銃剣がついていた。ロッキーは
詰め寄ってくるウォルフに銃口を向けた。発射と同時に弾は爆発した。そういう武器なのだ。黒い煙が道路に広がる。しかしウォルフは煙の中から無傷で飛び出すと、ロッキーへと向けて突進を続けた。ロッキーは
続け様に二発さらに発射した。しかしそれらもまた
同じように無意味だった。
「わかった!!ガーディアンの盾か!!」
「あぁ、俺はガーディアンだ。この盾さえあれば
俺は誰にも負けることはない。もちろんお前にもだ。」
すでにウォルフは銃剣が届く位置にもう届きそうだった。そしてその近さでは自爆する可能性があるので
ロッキーはさっきの弾を発射するわけにはいかなかった。
「接近戦は得意か?」
「いんや、一番苦手さ。」
そう言いながらもロッキーは繰り出されるウォルフの斬撃を紙一重でかわし続けていた。ウォルフの斬撃は非常に鋭く、一撃一撃が急所を確実に狙っていくものだったがそれでもロッキーに一撃も当たることはなかった。時にはガーディアンの盾を使いながら、
ロッキーはゆっくりと後退していった。このままいけば先輩たちが自分を助けてくれるだろうと思ったからだ。しかし、突如飛来した青い閃光がロッキーの
背中を一瞬で通り抜けたからと思うと、ロッキーの
先輩たちがいる建物に当たって、建物は大きな音を
立てながら崩れ落ちた。
「な!!なんだ今の!!」
「目の前の試合に集中しろ、いやそれももう終わりだな、俺の勝ちだ。」
ウォルフの銃剣がロッキーの動揺を逃すことなく、脇腹へと突き刺さった。
「ぐううう!!!!くっそ、油断した・・・。」
ロッキーはわきばらのところを手で押さえると、盾で
ウォルフを思い切り殴り飛ばした。ウォルフの体が宙に浮き、ロッキーとウォルフの間にきょりがうまれた。
「なんだか、急に体が動かなくなった・・・。
この怪我のせいか・・・・。このままだと勝てんな。
よし、じゃあスペシャル・ウェポン起動。
『不落の要塞』。」
前回とは違ってロストーのように元の体の上にさらに銀色の追加装甲がロッキーの体を覆う。ロッキーの
腕に取り付けられた武装では、盾から肩の方へと向かって何本もの直線の管のようなものが伸びていた。
「こいつを使うのは久しぶりだぜ・・・。さあ、本気で行くか!!」
ロッキーが右手をウォルフの方へと向けると、盾の部分が回転して管のほうがウォルフの方へと向いた。
管の部分に光が集まると、ロストーにも負けない威力のレーザー砲を発射した。一本の管から出るレーザー砲の範囲はそれほどでもないのだが、何本も集まれば、
太くなる。ロッキーのレーザー砲は触れた物を焼き尽くすほどの威力だったが、ガーディアン用の盾は壊すことはできなかった。つまりウォルフにとっては無意味だった。
「これも耐えれるのか・・・すごい盾だな!!」
「なんだ、俺がすごいとは言わないんだな、まあいい、
お前に勝って俺の方が上だという事を思い知らせてやろう。」
ウォルフは銃剣を構えるとロッキーに向かって飛び出した。
「もう一度こいつを味あわせてやろう!!」
先ほどと同じようにウォルフの剣はロッキーの腹に向かって伸びていったが、それがロッキーをつらぬく事はなかった。装甲の表面を剣では貫通することができず、ウォルフは止まってしまった。
「な・・・!!剣だぞ!!?なぜ装甲を貫通できない!!」
「ハッハッハ!!要塞に剣が刺さるなんてことはないぜ!!要塞に剣を突き刺したところで壊れるのは
剣の方さ!!」
そういうとロッキーは左手の拳を持ち上げ、ウォルフの頭の上から拳を振り下ろした。ウォルフはとっさに盾を頭と拳の間に入れてダメージを無効化しようとしたが、ロッキーはそんなことお構いなく、盾ごとウォルフをたたきつぶした。アスファルトに大きなクモの巣状にひびが入り、地面がべコンとへこんだ。ロッキーがスペシャル・ウェポン使ったとたん、あっという間に決着がついてしまった。ロッキーのスペシャル・ウェポン、『不落の要塞』の鎧はDECCS内で知られている限りで最強の金属でできている。
だから特殊能力などはついてはいないが、物理的な防御力だけで、ウォルフの剣を防いでしまったのだ。
そして剣でさえも弾き返してしまうその防御力から彼は『不落の要塞』と呼ばれるのだ。
「腹に刺さったのがやばいな・・・・別に痛くないけど・・・動いたら死にそうだ。」
動けなくなった、ロッキーの前にふわりと一人の男が
着地した。
「辛そうだね、ロッキー。」
「あぁ、動いたら出血多量でゲームオーバーさ。それよりなんでスナイパーのお前がここにいるんだ、
アーサー?」
「些細なことだよ、ロッキー。まあ、君は動けないのだからそこで見ているといいよ、すぐに終わる。」
アーサーはそういうと再び浮き上がった。
ロッキーは目指す方向を振り返る。
「しまった!!それが狙いかアーサー!!」
「オペレーターさえ排除してしまえば勝利はより確実なものになる。では、早速やらせてもらうとしよう。」
「待て!!アーサー!!そんなに簡単にキングをとれると思うなよ!!」
ロッキーは右手と左手の大砲でアーサーを打ち落とそうとしたが、けがをしているせいなのか照準がしっかりと合わず、すべてかわされてしまった。
「チェックメイトだ。」
アーサーが建物に向けてライフルを構えると、建物の中からおびただしい数の銃弾がアーサーを襲った。
「全方位シールド展開。」
アーサーの前に現れた障壁が銃弾のいく手を阻んだ。
「うちのオペレーターはやらせないぞ!!そのためのガーディアンズだからな!!」
「無駄な足掻きでしかないと思うけれど・・・・・・
せいぜい僕を楽しませてくれ。」
アーサーはライフルを背中にしまうと二本のサーベルを取り出した。
「狙撃手のクセにガーディアンズ(おれたち)と近接戦闘をするつもりか!!?馬鹿なのか、なめているのか、いや
そんなことはどうでもいい、止めるぞ皆!!」
「塵も積もれば山となるという諺があるけれど、
それは全ての塵が一体となるときだけだと思うんだよね・・・。」
「何が言いたい!!?」
「所詮君たちは一粒の塵さ。圧倒的な差をその身をもって知るがいい。」
一瞬だった。ほんの一瞬アーサーの突撃によって
ガーディアンズの陣形に隙が生じた。その隙をアーサーが見逃すはずがなかった。一薙ぎごとに味方が一人ずつ倒れていった。残るはリーダー一人のみとなった。
「チームワークか・・・。他人を信じることには意味はないんだよ。いや違うな、この世の中誰一人として他人を信じているものなどいないんだ。」
「そんなことはない!!相手を信じることができなければ人は何も成すことはできない!!人は独りだけでは生きていけないんだよ!!お前は人を信じたことがあるのか!!?そうでなければわかるはずがない!!」
「言っただろう『意味がない』と。個と個が足されれば和になるのか?そんなことはない、個と個を足してもそれ以上進展することはない。」
「そんなことは・・・」
「あるよ。君がなんといおうとね。そんな幻想は僕が否定する。そしてこれが君たちの考え方の答えだ。」
アーサーがそう言った時にはガーディアンズは一人残らずガラス片となって空中に散っていった。
「結局僕も信じきることはできなかったからね・・・
みじめだな。僕は・・・・・。戦いの中でしか自分の意見を言うことすらもできない・・・。」
アーサーの剣がオペレーターの首を刎ねた。アーサーは視線を動かし、レーダーを見て一つの点に目を止めた。
「なんだこの反応は・・・?恐ろしい速さだ・・・。
あぁ、君は僕を否定してくれるのかな?」
アーサーは飛び立つと旧市街へと飛んで行った。
ロッキーはすでに声も出せない状態になっていた。
この世界では痛みは全くないがそれ以外については
忠実に表現されるようになっている。
(出血が多すぎる。だんだん意識も朦朧としてきたぜ
・・・・。悪いな、クロエフ、ロストー。)
「おい、だいぶ辛そうだな、ロッキー。」
ロッキーは近づいてきたE・B・Aに視線だけを動かした。
「わ、悪い・・・・。オペレーターを守れんかった
・・・・。」
「いいんだ。それより動くこともできねえんだろ?
後は俺たちに任せとけ。」
「ホント、わるいな、ロストー。向こうで待ってるわ。」
そうロッキーは言うとガラス片となって散った。この場合、最後に攻撃をしたウォルフにポイントが入ることになる。
「これより、俺は指揮官代理として着任する。」
この試合では代理というシステムがあり、全権利を使用することはできないが、代理として一定の権利を
行使することができる。
「これより俺が指揮をとる。全員指示に従って動くように。」
ロストーはレーダーの画面を視界全体に広げた。
残っているのはロストーを含めて15人だった。
「ちょうどいい、北の方から順番にアルファベット
で呼ぶようにするからな。」
人を駒というわけではないが、ロストーはこう言った
盤上のゲームが得意だった。
「aとbは後ろの建物に上って待機、向こうから仕掛けてきたとき以外は絶対に手を出すな。c、d、e
は互いに間隔をあけ敵を包囲しろ、必要以上に近づくな、100メートル前進。aとbは合図を待て、
p・・・クロエフか・・・。右の大通りにいる敵を全員殲滅してくれ。その後北上し、タワーの頂上にて
待機、次の指示を待て。a、b今だ、スモークグレネードを30°上方に向かって投降後、左の建物に移動
下の階に三匹、階段の位置で待機している。転送した座標に向かって斉射、その後時限の地雷を設置しすぐに退去。最低でも100メートルは離れろ、gおよび
hは・・・・・・。」
ロストーの正確な指示によって敵は包囲されては
不意を突かれて殲滅されていった。敵も少なくなってきたところでアナウンスが入った。
「エリア内に強敵が出現しました。推定クラスSS以上。非常事態につき、強敵のポイントを150とします。」
僕のタワーの真下のところに敵が出現した。しかし、
レーダーには映っているものの、自らの目では確認することができない。
「ロストー・・・・・これは・・・・?」
「勘だ、何回もやってるとだんだんわかるんだよ、
このシステムの性格ってやつがな。まあそのために
お前をそこにいさせたんだ。頼むぜ、相手はなんだ?」
「うん、そのことなんだけど視界で視認することができないんだ。多分『闇夜の旋律ノクターン』かと思うんだけど・・・・。」
「いや、ノクターンのクラスは最高でもSのはずだ。
姿の見えないSSクラス以上・・・・・。あぁ、わかった・・・・。『悪夢の共鳴ナイトメア』だ。ノクターンの亜種の最上級クラス。そいつはノクターンと違ってモーションの区切れに姿を現さない。完全透明化の敵だ・・・・。」
僕は下の方を見た。やはり何も見ることはできないが、
それでもあそこには何かがいるのだ。僕はその得体のしれない存在に恐怖を覚えた。僕が何もできずにただ上から眺めていると、人影が現れて、タワーの近くを
やみくもに撃ち始めた。すぐにレーダーの反応が動き
人影の方へと近づいていく。中々速い。弾が当たることは一度もなく、やはりそこには何もないようにしか見えなかったが、人が一瞬にして真っ二つされたのを
目にした後ではそんなことは言えなかった。
「ロストー・・・僕はどうすればいい?ちゃんと
戦える気がしないよ・・・・・。」
「見えないってだけで、行動パターンはノクターン
と酷似してるんだ。わかるんじゃないのか、お前なら。」
「うん、とりあえず頑張ってみる。」
クロエフはそういうとビルから飛び出してナイトメアの真上にまで移動すると、剣を突き出して急降下した。しかし剣が届くときに躱されたようでクロエフの剣は地面に深々と刺さった。ズンと右足を前に出す音が聞こえる。
「右薙ぎ払いからのっ・・・多段突き!!」
頬の横を風だけが通り抜けていく。今のクロエフに
ナイトメアが見えているわけではなかったが、クロエフの予測は完璧だった。会場のモニターにはナイトメアが目に見える状態で映し出されていたが、クロエフはナイトメアの太刀を全て紙一重でかわしていた。
クロエフは相手の懐であろう所に一歩踏み出すと
大きく剣で突いた。ナイトメアはそれを回避するために大きく後ろに跳ぶと姿勢を低くして剣を前に構えた。
「突進!!」
クロエフはまたノクターンの行動パターンを思い出して素早く上に跳躍した。ナイトメアはクロエフのいたところめがけて突進していく。
「ここ!!」
クロエフはナイトメアが通り過ぎる時に、剣を振り下ろした。固い鎧に剣がぶつかり火花を散らす。
「反転して大振りっ!!」
クロエフは体をねじってナイトメアの大振りを躱すと右足と左足を剣で焼き切った。
「ジャンプして後退・・・だけど、させないよ!!」
「フルバースト!!」
クロエフを剣を構えると後退しようとしたナイトメアに向かって突っ込んだ。鎧と剣が大きく火花を散らしたが、剣はすぐに鎧を貫通した。クロエフを剣を引き抜くとナイトメアを蹴って飛び上がった。一秒とたたないうちに空中で大爆発が起こった。
「終わったよ、ロストー。そっちはどう?手伝ったほうがいい?」
「予定より早かったな・・・。今までのお前ならもっと時間がかかると思ったんだけどな、最悪の場合
負けるとも思ってなのによ。」
「ロストー・・・後で一対一でもやりたいの?
僕のことなめてるの?」
「・・・そうじゃねえさ、意外だったんだよ。やっぱりお前はノエルさんの血をひいてるんだな。」
「そりゃあ僕は兄さんの弟だものって、そうじゃなくて大丈夫なの?なんか戦ってるみたいだけど?」
クロエフがロストーに連絡を入れたあたりから
クロエフには通信越しに爆音が聞こえていた。レーダーでも味方はほとんど敵と交戦状態にあった。
「悪いな、俺一人で十分だ。」
ついに試合に決着がついた。総合優勝は中央高校、
個人優勝はアーサーだった。クロエフは個人でロストーに続き三位だった。試合が終了して結果が発表されるとあっという間に全員仮想世界から現実へと戻ってきた。試合時間は一時間ほどだった。会場から出て
競技場に戻るとそこには選手たちへの拍手であふれていた。クロエフ達がみんな席に着くと、会場がまた暗くなった。
「すべての試合の選手たち!!熱い戦いをありがとう!!さあこれからはセカンドステージだ!!一年生から三年生まで乱戦の能力バトル!!学園祭の目玉競技の二つ目だぞ!!ルールは審査員制だ!!
審査員が技ありと判断した選手が勝者だ!!」
司会の熱い声が会場に鳴り響くとそれに対して何十倍もの声で会場が沸き上がった。
「じゃあ、審査員の紹介だ!!一人目はさっきもDECCSの解説を務めてくれたデジット・クレイム先生!!二人目は我らが頼れる自警団バスターズの団長であり、第七世界騎士団第八番隊隊長のナナセどのだー!!」
デジットがぺこりと頭を下げるとその隣にすらりと手足の長い童顔のショートの女の人が出てきた。クロエフが本人を見ることは初めてだった。しかしメディアではその容姿と実績から取り上げられることも多く、人格者としても広く世に知られていた。自警団
バスターズは第一世界の空中都市エステルを堕落から守るために組織されたものだが、第七世界騎士団
は違う。世界に散らばる特殊な能力を持った遺産の内『聖なる遺産』と呼ばれる九個の遺産に選ばれた者だけで構成されている。聖杯カリス、聖槍ブリューナク、
聖剣セイクリッド、聖斧ミストルティン、聖杖アレクティア、聖弓カリバーン、神槍ロンギヌス、神剣ガラティーン、神銃ヴェクトレス。ナナセは聖杖アレクティアによって選別された人間だった。遺産の動力源契約はまたと同一のものであり、遺産と能力を同時に使うことは可能だが、それだけ消費量も多くなるため
とんでもない容量を持っているか、または短時間で
勝負を決めるときにしか使われない。それ以前に
遺産を使うことで、身体能力は遺産の力によって
強化されるため、あまり必要としない人の方が多かった。実をいうとクロエフの姉は聖剣セイクリッドによって選ばれた人間だ。ただなぜかメディアの取材には一切応じないのでナナセほど有名人ではなかった。
「ご紹介に預かりました。ナナセと申します。今日は
審査員をさせてもらいます。みなさんの一生懸命な姿を見ることができてとてもうれしいです。でも、くれぐれもけがには気を付けてくださいね?健闘を祈っています!!」
太陽のような笑顔と柔らかな口調で語りかけられて一瞬会場全体がピンク色に染まったような気を起こさせるほどだった。
男子も女子もひそひそと周りの人たちと話している。
僕の両隣のロストーとロッキーはいつもの調子だ。
いつの間にか仲直りしたのかロストーの頭の上には
レアルが腕を組んで乗っていて、ロストーも特に気にかけていないように飲み物をすすっていた。ロッキーの方はというと、中身まで幼くなってしまったインドラの相手をずっとしていたようで、まず話を聞いていないようだった。クロエフはというと、クシャーナにずっと粘着されていて、その上ノエルにその様子をずっと睨まれながら写真を撮られていたものだから、
話を聞くどころではなかった。
「主様、いくら速く動けるからって、私を置いていかないで・・・主様に私が必要なくても、私には主様が
必要なの、だからおいていかないで・・・・・。」
「いや、あれは現実のはなしじゃないから・・・・
僕だってクシャーナがいないと何もできなくなっちゃうよ。だから、いったん離れて・・・・ね?」
「や!!」
さっきからずっとこんな調子で同じことを繰り返していた。しまいには涙ながらに懇願してくるのだった。
それだけクシャーナは不安だったのだろう。
「あ・・・泣かした・・・。ほら見てごらんよ、フェンネル。俺の弟がいたいけな少女を泣かしてるよ
・・・・。」
「まさか、そのようなことはありえないだろう、
ノエルよ、何せ虫の一匹の対処できないような
ポンコツの極みのような弟君ではないか。
少女を泣かせるなど・・・・責任で自殺するのではないか?」
フェンネルは黒スーツで帽子を深くかぶり、目は片方が隠れている。非常にダンディで言葉づかいも丁寧で
気もきくのだが言葉のとげが鋭い。
「それは困ったな・・・弟の観察ができなくなっちゃうじゃないか。泣き止ませないと・・・・・・
はあ、面倒だな。」
ノエルはクロエフにくっついているクシャーナを
片手でひょいと持ち上げた。
「あ、兄さん・・・泣き止むまではこのままにしておいてあげてよ・・・クシャーナを不安にさせた僕が
悪いっていうのもあるし・・・・」
「そーは言ってもねえ、クロエフに責任を感じてもらっちゃ困るんだよねえ・・・・。第一俺はこんな感じにうじうじしてるやつが大嫌いだし・・・。」
「それは・・・兄さんの意見じゃないか!!僕と
クシャーナなら何があってもきっと分かり合えるんだ。それだけのきずながあるんだよ!!」
クロエフはそういうとノエルからクシャーナを取り返し自分のところに抱き寄せた。クシャーナはもう泣いてはいなかったが、特に動くという事もなくじっとしていた。
「あはは・・・・怒られちゃったよ・・・。そうか
クロエフはそれをいじると怒るんだ・・・・。まあ
愛する弟に一つ忠告しておくなら・・・きずなというものは常にわかりあうことができるという事じゃないんだ・・・むしろお前の感情は執着だ。」
だって他人なのに常に分かり合えるなんて自分が
二人いるみたいで気持ち悪いじゃないか。ノエルは
目を細めて微笑みながらそう吐き捨てると
「なんか・・・・飽きちゃった・・・。」
そういって前を向いた。クロエフの心にはノエルの
言った言葉が反響し続けて頭の中をぐるぐるとまわっていた。が、それは会場の歓声でかき消されてしまった。
「最後の審査員はなんと!!この世界を救うために
尽力していただいた、我らが救いの神!!重力の神
アールガン様です!!」
アールガンが会場のモニターに映し出された瞬間にノエルの背中から殺気があふれ出した。僕は余りに
そのどす黒い何かにたじろいでしまった。
「出てきたのか・・・・偽物め・・・・・・。
僕にもっと力があればあんな偽物さっさと切り捨ててやるのに・・・まあ今は我慢だ。落ち着け僕・・・。」
クロエフにはその独り言がしっかり聞こえていたが
とても聞く気にはなれなかった。今日のノエルはクロエフには全く違う人間に見えていた。何かが違うとうすうす感じていた。アールガンの話が始まった。
「人とともに戦った時から数千年が過ぎた。私は今日ここに私と勇敢な人間たちの子孫がともにあることを非常にうれしく思う。これからの人類の発展と
存続、子供たちが大きくこの学園祭を通して成長することを願っている。」
そう言ってアールガンは言葉を切った。会場から
歓声と拍手が沸き上がる。さっきのノエルの言動は
クロエフの気がかりではあったものの、クロエフの
アールガンに対する第一印象は悪いものではなかった。
「それでは20分後に試合を開始します。各校代表
五名ずつのランダムマッチで、先に三度の有効な攻撃を入れたほうの勝ちとなります。威力等は装置によって著しく制限し、安全については十分な配慮をしますが、各自限度を守って試合を行ってください。なお
明らかに相手にけがを負わせようとした、と判断された場合にはその時点で失格とさせていただきます。
第一試合の選手はこの放送後ただちに召集場所に来てください。以上を注意、諸連絡とします。」
会場は依然としてざわざわとしている。クロエフの横ではロッキーがインドラを肩車にして立ち上がった。
「あれ・・・ロッキーってこんな試合速かったっけ?」
「いや、一試合目じゃねえんだけど、試合は召集場所のほうが見やすいんだ。アリエルの試合も近くで見たいからな、俺は先に移動するよ。」
「うん、頑張ってね、応援してるよ。」
そう言いながらクロエフも腰を上げた。クロエフは
デジットに呼び出されていたのだった。召集所とは反対のサイドのところまで行くと階段を下りて、来るように言われた会議室に入った。そこにはアールガン、
ナナセ、アーサー、そしてクロエフの姉のステラ
がいた。
「やあ、さっきぶりだねクロエフ君。ここにおいでよ。」
アーサーの言われるがままにクロエフはアーサーの
横の席に腰を下ろした。そうするとドカッとクロエフの肩に腕が組まれた。
「二か月ぶりだな!!クロエフ!!私の自慢の弟!!」
ステラはそういうと机の上に胡坐をかいて座った。
「なあ?お前もそう思うだろ?セイクリッド。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ステラは腰に帯びた剣に語りかけたが剣は何の返事もしなかった。当たり前と言えば当たり前なのだが。
しかしステラ即座に剣を半分だけ抜くとつかの部分をおもいきり机にたたきつけた。
「馬鹿者!!私のことは丁重に扱えと再三再四言っているだろうが!!言葉も理解できぬ愚か者めが!!」
「なんだ、起きてんじゃねーか。あたしはてっきり
寝てるんもんだと思ってたたいちまったぜ。つーか
おきてんなら返事しろよ。」
そう言ってステラはもう一度つかを机にたたきつけた。
「やめんか馬鹿者!!貴様の弟のことなんぞ知るか!!それより私に対する敬意を持て!!」
「あ?てめえ、あんま調子乗ってんとてめえで料理すんぞ、こら。」
「その瞬間にすべてたたっきってくれるわ!!」
ついに喧嘩になりそう、という時にそこにナナセが
割って入った。
「まあまあ、落ち着きなさい、二人とも。ステラも
机に座るなんて行儀が悪いですよ?ちゃんと椅子に座りなさい。」
「うるせーよ、ド貧○。いつまで猫かぶってんだ、
気持ちわりー女だな、なあ?セイクリッド?」
「そうだなその点では同意しよう。他人事にわざわざ
首を突っ込んでくる愚か者の顔が拝んでみたいわ!!」
「・・・・あのね・・・無駄に胸に栄養が行って
頭の幼稚な人にそんなこと言われたくないんだけど・・・・。」
ナナセのいつもの笑顔が引きつっている。クロエフは
いやな予感がしながらも何も気に留めていないアーサーを横目に自分もノータッチの姿勢を決め込んでいた。
「そういやしってんぞ、お前いろいろ努力してんだってな、胸を大きくしたくて・・・・・。悪いね
頭が幼稚でも手に入れちゃって、頭が良くても手に入んないけどな!!」
ぶちっと何かがはじける音がした。
「・・・・あら、そういえば新しい技ができたそうですね、アレクティア。一発撃ってみましょうか?」
「やんのか?」
「『アレクティア』!!我が意に沿って邪なる敵を滅せよ!!『太陽の威光』(サンバースト)!!」
「『セイクリッド』!!あたしを守れ!!」
「承知!!」
ステラの持つ剣セイクリッドが光りだし、薄い光の膜
がステラを覆った。
「これはよくないね・・・・『カリス』僕を守れ・・・・。
あ、クロエフ、自分の身は自分で守ってね。」
アーサーにもいつの間にか光の膜が体を覆っていた。
クロエフは何が起きているのかわからず、何もすることができなかった。第一身の守り方など知っているわけがない。
「どうしよう・・・・・・?っていうか何も起きなくない?」
「上だよクロエフ、もうすぐ来る。ごめんね、これは
僕の分しか防げない。」
ステラとナナセはにらみ合ったままでクロエフが無防備であることに気付いていない。
「え・・・・?じゃあ僕は・・・?クシャーナは・・
・・・?」
「このまま喰らったら死ぬよ?多分間違いなく。だから先に謝ってるじゃないか、死んだあとだと聞こえないだろうから。」
クロエフはちらりと空を見た。すると会場をはるかに上回る大きさの術式が上空に展開していた。クロエフの頭の中ではわずかな時間の間に様々な考えがめぐっていた。だがそのすべてがあの広大な効果範囲の前に崩れ去った。一番有力なクシャーナの能力を使うことでさえ、詠唱している間に死ぬことになるだろう。
ふざけるな。なんでこんなことで悩まなくちゃいけない、僕には関係のないことのはずだ。クシャーナまで
巻き込んで・・・・。壊してやる。理不尽などその根源から・・・僕の中でギギギと何かが動き出す音がした。軋んでいる、今に壊れてしまいそうな苦しい音が。その瞬間僕の胸ポケットに入っているペンが僕のポケットから飛び出した。
「上方ニ高エネルギーヲ確認。シェルター構築。」
クロエフが迫りくる光に向けて動き出そうとした瞬間にクロエフとクシャーナを金属の塊が覆うと黒い
金属が透けてまた外が見えるようになった。クロエフは自分から出てきた何かを自分の中に押し戻すと
状況を把握しようとした。金属の壁がクロエフ達を
覆ったかと思ったら、次に瞬きをしたときにはもう
外が見えるようになっていた。手を伸ばすと冷たくて
固い金属のようなものに触れた。確かにそとの様子ははっきりと見ることができるが、その前にはしっかりと壁があって、外と中を隔離していた。
「これは一体・・・・・?そういえばあの術式は!!?」
金属の壁について考えている間それなりに時間がたっていたが一向に術式が発動する様子がないのでクロエフは外を眺めた。さっきまで上空にあったはずの術式が消えている。もしくはもう発動した後なのだろうか。そんなことを考えていると会議室の扉がバンと開いた。
「ごきげんよう、みなさん。あ、あとあの術式は
会場がなくなるかもしれないから消させてもらったよ。じゃあ会議を始めようか。」
そう言いながらデジット・クレイムは席の方へと歩いていき腰掛けた。
「ずいぶんと遅かったのう、発動するのではないかと
思って、備えてしまったわい。」
「それは、どうも申し訳ない。他のことに手を焼いていまして・・・この事態には他人に教えてもらうまで気づかなかったもので。」
「まあ、よい。それよりもあの二人を何とかせんと
・・・・・。本当にこいつらの中の悪さには頭が下がるわい。それにあの少年がいったい何者なのか、ぜひ
説明してもらいたいものだのう、一瞬、微かではあるが・・・・あの邪悪なオーラがいったいなんなのか
・・・・・。」
アールガンがこちらを見えているのかはわからないが、クロエフはしっかりとにらみつけられていた。
「さあ、身を守るすべがなくて、瞬間的に堕落化
したのではないですか?今見たところ特に異変はありませんし問題ないと思いますよ。それよりもあっちをどうにかしないと・・・・。」
ステラとナナセの間には緊張の糸が張り詰めていて
周りのことは一切見えていないようだった。今にも
喧嘩が始まりそうになっている。強力な遺産の持ち主
同士の戦いでは会場がなくなるどころか周辺の市街にも被害が出るだろう。
「おい、お前らさっさと仲直りして、話をするぞ、
だからとりあえず武器を降ろして・・・・。」
デジットがそう言いながら、ステラの方へ歩いていき、
その間合いに入る瞬間、セイクリッドがデジットの方へと向けられた。デジットの前髪が切られてはらりと
落ちる。
「馬鹿者め、それ以上近づいてみろ、首を刎ね落とすぞ。」
セイクリッドがそう唸ると、セイクリッドが光りだした。どうやら本気で言っているようだ。
「ちっ・・・。俺の前髪が短くなっちまったじゃねえか、めんどクセえなあ・・・落とせるもんなら落としてみろよ。」
デジットは忠告を聞くこともなく、また躊躇する様子もなく、一歩踏み出した。セイクリッドがうなりを上げて振り上げられる。しかしその剣が振り下ろされることはなかった。
「寝てろ・・・・糞餓鬼が・・・・!!」
デジットの手に力が入って、ゴキゴキと音を立てたと思った時にはステラの体が机の上からどっと崩れ落ち地面に転がった。先ほどまでのナナセの険しい表情がすっととけていつもの柔らかい笑顔に戻った。
「あら、賢明な事ですわね、デジット先生。私でなく
この女を眠らせることは正解だと思いますよ。」
「てめえもだ、馬鹿。」
「え・・・・・・。」
あっという間にナナセもステラと同じように床に崩れ落ちた。二人とも死んだように動かなかった。
「・・・ったく、アーサー。後で片付けといてくれ
こいつら。」
「別にいいよ。同じベッドに放っておくから。」
「それはいいのか・・・?まあ、いいか。それで
この箱の中にはクロエフが入ってんのか?」
どうやら外からは中の様子は見えていないようだった。しかしクロエフはこの箱から出る方法を知らなかったので、返事をすることもできなかった。
「どうしたの主様?」
クシャーナがこちらを見上げて尋ねてくる。
「いや・・・・この箱から出たいんだけど、方法が
わからなくて・・・クシャーナは何か思いつかない?」
そうクロエフがクシャーナに尋ねるとクシャーナは
少しの間考え込んだ後自信ありげな顔でクロエフを見た。
「わかんない!!」
「だよねえ・・・・・。」
実際クロエフはその返事が返ってくると思っていたのだがそれはそれでどうすればいいのかわからなくなってしまった。クロエフは壁を触りながら
「はあ・・・開かないかなあ。」
とつぶやくと
「御用デスカ、我ガ主。」
と急に声が返ってきた。クロエフはビクッとして
壁から手を離した。
「しゃ・・・しゃべった!!?」
クロエフがびっくりして壁を触れないでいると、
クシャーナが壁に触って、
「ここから出して!!」
と言った。金属が答える。
「我ガ主ハ、クロエフ様タダ一人、残念デスガ
聞キ入レルコトハデキマセン。」
「違うもん主様は私のだもん!!誰にもあげないんだから!!」
「一人ノ主君ガ多クノ家来ヲ持ツコトハオカシイコデハアリマセン。」
「え?そうなの!!?じゃあ私とは友達だね!!
あなたの名前は?」
クシャーナの無邪気さはとどまることを知らなかった。普通なら少なからずいやな思いをするだろうが
クシャーナに関してはそんなことはなかった。
「妥当ナ関係ト判断。新タナ関係ヲ構築。ソレデハ
私達ハコレカラ友人トナリマス、クシャーナ殿、
我ガ名ハ、ランスロット、クロエフ様ニヨッテ創造サレタ古代兵器デス。」
「そっか、よろしくねランスロット。じゃあお願い、ここから出して!!」
「イイデショウ、友人デスカラ。シェルターノ構造ヲ解体。」
外の映像がふっと消えて中が暗くなると上の方から
金属の壁が開いて行って外が見えるようになった。
そしてクロエフの前には人の形をした黒い金属が立っていた。体にはいくつもの青い光のラインが入っていて血液が循環するように一定のリズムを持って流れている。
「えっと・・・・・守ってもらってこんなこと言うのも悪いと思うんだけどさ・・・・。君誰?」
クロエフにはランスロットのことなど知らないし、
ましてや今まで見たこともなかった。
「コノ姿ナラワカルノデハナイデショウカ。」
ガキンと音を立てて、ランスロットはあっという間に
剣の形に変化した。それはクロエフが第四世界で
『星光五芒星』(スターダストスフィア)を発動させるときに使った剣だった。
「そうか・・・・あの時の剣だったのか・・・・・。」
「サヨウデゴザイマス。クロエフ様ニ初メテ使用サレタノデ、クロエフ様ヲ我ガ主トシテ、勝手ナガラツイテキタノデゴザイマス。」
クロエフは目の前の事実に納得していた。実のことを言うと、完全に気が付いていないわけではなかった。
なぜなら、筆箱の中にペンの形をしたランスロットが
自分の物でないことに気が付いていたからだ。しかし
デザインがあまりに気に入っていたのでなかなか言い出せずにいたのだ。
「そうか・・・・。それで僕たちのこと守ってくれたんだね・・・。ところでどんな形にもなれるの?」
「限度ハアリマス。トテモ大キナモノニハ、ナルコトガデキナイ場合ガアリマス。マタ質量ハ同ジ形態ヲトッテイテモアル程度ノ自由ガキキマス。」
つまりは形も重さもある限度に達しない限りは、自由に変化させることができるという事だ。
「それじゃあ、剣にも盾にもなれるんだね・・・。
それで・・・君のことは僕が使っていいのかな。」
「クロエフ様ノ好キナヨウニシテクダサイマセ。
タダ、私ハクロエフ様ノオソバデオ役ニタチタイト考エテイマス。」
クロエフはどうやらランスロットのことが気に入ったようだった。自分が最初に創った剣という事もあってそれなりに思い入れもあったのだろう。
「じゃあ、僕たちは今から友達だね。いつでも
助けてもらえるといいから、指輪の形になれる?」
「・・・友達デスカ・・・・。ワカリマシタ、私ハ
イツデモアナタノオソバニイマス。」
ランスロットがそう言った瞬間にガキンと音がして
あっという間に小さくなると、クロエフの指まで移動してはまった。黒い金属に深い青の宝石がはまっているような指輪でとてもきれいだった。デジットがひょいと乗り出してクロエフの指輪を眺めた。
「ほお、DIVAだな、クロエフ。・・・・文献であることは知ってたけど実際に見るのは初めてだ・・・・。
触らせてくれよ、ってか解体して調べたいな・・・
そしたらお前に新しいの作ってやるよ。」
「いや・・・・そしたらいいのかもしれないんですけど、ランスロットはものじゃないですし・・・。」
「わかってるよ。冗談だ、冗談。お前がそう言うこと
ぐらいわかってるって」
デジットはそういうとクロエフのもとを離れ自分の席へと戻った。最初は部屋の中に七人いたのだが
イレギュラーなこともあって今は五人になっていた。
デジットとアールガンとアーサーとクシャーナと
クロエフ。
「まあ、あの二人には後で説明するとして、だ。
実は協力してもらいたいことがあって今日は集まってもらいました。・・・・先に協力できないのなら言ってくれ。協力できないならそれ以上のことを聞かせるわけにはいかないからな・・・。」
思いのほかデジットの表情は真剣だった。アールガンが口を開く。
「どうせ、呼び寄せたという事は、断ってもやらせるつもりなのだろう?そのやり取りが無駄だ。さっさと
話すとよい。」
クロエフは真っ先に断るつもりだったのにすでにその場には断れない空気が漂ってしまっていた。クロエフからすれば、デジットはただの担任というだけで、面倒なことに自分がまきこまれる道理はないのだ。
「単刀直入に言えば、奪われた物を取り戻してほしい。」
「それはなんだ。教えれば今すぐにでも配下を向かわせよう。」
「まあ、そんなに焦らないでください、俺が取り戻してほしいのは、エグゼラという名前の俺が作った
新しい金属。これは厳重に保管されていたんだが
・・・俺のいない間に奪われてしまった。だから
それを取り戻す手伝いをしてほしいんだが、焦らずに
慎重に取り戻してほしい。」
「どうしてだい?僕たちがそんなことをきにしなければいけないほど危険なのかな?」
「別にお前の心配はしてない。エグゼラは毒素を放射する。ちゃんと説明すると、放射線が人体を通過したときに毒素を生成するんだ。だから相手に割られると多くの人が死ぬことになるんだ。それは避けたい。」
「ふうん。まあ、いいけど。で、相手は誰なの?
君から奪うなんて大した腕じゃないか、ただものじゃ
ないんだろ?」
デジットの顔は曇っていた。いつものようなおちゃらけた様子は一切なく、瞳には暗い影が差していた。
「あぁ、俺からエグゼラを奪ったのは超人のイビュラスだ。『不死のイビュラス』、奴の異名だが、俺も面倒な奴に目を付けられた。それに奴には仲間もいるみたいだ。エグゼラを使って一体何をするつもりなのかは
わからんが、きっとろくな事じゃない。俺はこれから
エグゼラの反物質を作る。だから取り戻せなくても
そこまでは奴らに使わせないでくれ。」
「わかった。」
アールガンは一言だけそういうと、さっさと部屋から出て行ってしまった。
「僕も自由にやっていいんだよね?」
「あぁ、やり方は全部お前に任せる。」
アーサーも返事を聞いて外に出ようとする。クロエフは不安になってアーサーを止めた。
「どうしたんだい、クロエフ?赤ちゃんじゃないんだから一人でできるだろ?僕は僕のやり方でやるからさ、君は君のやり方でやりなよ。」
「そ、そのことなんだけど・・・やらなきゃいけないんだったら一人だと不安だからさ、アーサーさんに合わせるから一緒に行こうよ。」
「あはは、「さん」なんていらないよ、クロエフ。DECCSで剣を交えた仲じゃないか、気楽に呼んでくれ。」
「じゃあ、アーサー、僕と一緒に行動してください。」
「残念だけれど・・・その答えはノーだ、クロエフ。いくら僕たちの仲と言ってもね。」
そんなクロエフとアーサーのやり取りを見てデジットはため息をついた。
「あんまり、からかうんじゃねえよ、アーサー。お前とクロエフは友達って呼べるほどの年齢差じゃないだろうが。」
「なんだ、デジット、最後まで付き合ってくれるわけじゃないのか、まあ、そう言うことだよ、クロエフ。
僕は一人でやるから。」
そういうとクロエフが何も言う前にアーサーはあっという間に部屋を出て行った。
「どういうことですか?デジット先生。アーサー
は僕の一つ年上じゃないんですか?」
「あぁ、見た目はそうかもな。だが実際のあれは
お前よりも何百年も長く生きてる人間だよ。いわゆる
超人て奴だ。」
「超人・・・・?人間なのに何百年も生きるんですか?
そして、アーサーは超人なんですか?特に変わったところとかはなかったと思うんですけど。」
デジットは頭をガジガジとかいた。いつものぼさぼさな整っていない頭がより一層ぼさぼさになる。
「過度なストレスだったり、明らかに人間の強さの域を超えたり、人間として耐えられるだけの一線を越えると、人間は覚醒して超人になると言われている。
まあ、実際は一線を越えることで人間しか使えない
術式が無意識のうちに使えるようになるだけだけどな。数年前に俺が発見したことだが、俺はその術式
を『限界突破』(リミット・ブレイク)って呼んでる。本当はお前に手伝わせたくなんかないんだけどよ、お前の能力は強力だ、
超人は神・・・いやそれ以上に厄介かもしれない。
だからお前の力が必要なんだ。それにお前はもっとクシャーナ(その子)の力を使いこなしてみたいとは思わないか?」
「要はクシャーナの能力が必要であって、それが使いこなせない僕は必要ないって言いたいんですか?」
「そんなに突っかかるなよ、お前を戦わせたくないのはもっと別の理由だっつうの。別に使いこなせなくても十分すぎるほど強いさ、でもよ、お前はそれで満足はしてないだろ?」
クロエフにとってそれは図星だった。クシャーナの能力をうまく使いこなせないという事は、クシャーナとの関係がそこまでのものという事を突き付けられているような気がするからだ。五分なんて言う短い使用制限の時間までついてしまっている。だがクシャーナを危険な目に合わせたくはなかった。その時クシャーナがぎゅっとクロエフの手を握った。
「私は大丈夫だよ、主様?全部主様が決めていいんだよ?私はいつでも主様と一緒にいるから。」
「私モソウシマス。」
指輪と化したランスロットもクシャーナに続けてそう言った。
「どうすんだ?後はお前次第だと俺は思うけどな。」
「・・・・クシャーナとランスロットも僕に任せると言ってくれたから、やろうとは思います。でも
クシャーナが少しでも危険だったら僕は抜けますからね、もともと僕は先生に貸しはないわけですし
無事に終わったら一つ何か言うことを聞いてもらいますからね。」
「・・・まあ、いいだろう。俺はお前がそう言ってくれると思ってたけどな。じゃあ早速本題に入ろう。
あの四人は各々やってくれるからいいとして、お前に
頼んだのは、有名でない、かつ強大な能力を使うことができるからだ。だからクロエフ、お前にはガルフィスファミリーに入ってもらう。」
「え・・・?ガルフィスファミリー・・・?」
「あぁ、もちろん本当に入れというわけじゃなくて
形だけでいいからそこに入ってくれると俺も動きやすいんだ。クシャーナは入らなくていい。お前とランスロットだけで十分だろ。」
「あの・・・ガルフィスファミリーって軍事系の
ガルフィス社の間違いではないですか?」
「違う。ガルフィス社はガルフィスファミリーの収入源の一つだ。ガルフィスファミリーってのは裏社会を
牽引する超巨大な組織さ。そんでもってそこのボスが
奪われた俺のエグゼラをイビュラスから奪おうとしてるんだ。だからお前はそこに入ってファミリーの動きを逐一俺に報告してほしい。」
予想以上の大仕事を任されてしまったようでクロエフは事の重大さを改めて認識した。
「デジット先生。やってほしいことはわかったんですが・・・さすがに一人でそれをやるのはちょっと
・・・・。」
「大丈夫だ。俺の信頼できる手下が二人すでにガルフィスファミリーの中に潜入している。うまくはいることができたらそいつらと合流してから一緒にやってくれればいい。・・・そんでお前に一番頼みたいのはな・・・もしエグゼラがケースから解放されそうになったときには迷わずに能力を使って消滅させてほしい。頼んだぞ。」
「わかりました。」
クロエフはそういうと、デジットからガルフィスファミリーへの紹介状をもらうとガルフィスファミリーに入るための窓口がある場所を教えてもらい、ノエルにクシャーナをよろしく、とメールを打つとデジット先生にクシャーナを預けて競技場を後にした。窓口というのはエステルの東のイーストランドの最東、イーストエンドにあるという。そこはエステルを外敵から守るためにある城壁がすぐそこにある場所だ。セントラルから一番速い経路を使ってもイーストエンドに行くまでは一日以上かかるのでクロエフはいったん自分の家に帰ると必要なものをバッグにまとめた。
「・・・はあ、クシャーナとまた会えなくなるな・・
・・・これじゃ素材集めをしていた時と同じだ・・・。」
クロエフはまだクシャーナの能力についてよく知っているわけではなかった。ラザレスと並ぶ強大な力であることはわかってはいたが、第一世界では能力を持っていないことになっていたし、デジットからも厄介なことに巻き込まれないよう、できる限り使用しないようにと言われていた。今回は能力をクロエフの判断で使っていいのだが、能力のことをもっと知りたいという気持ち以上にクシャーナを危険な目に合わせたくないという気持ちの方が大きく、クロエフはクシャーナを連れて行かないことに決めたのだった。
「もしもの時は君だけが頼りだよ、ランスロット。
何かあったら助けてね。」
「御意。」
クロエフは指にはめたランスロットを軽く触ると、バッグを背負って家を出て駅に向かった。学校と家は
すぐ近くにあり、電車を使うことはめったにないので
クロエフは駅周辺の人の多さにびっくりした。特に
今日は学園祭を開いているという事もあって駅の周辺には多くの人がいた。その人たちが注目しているモニターにふと目をやると、学園祭の様子が中継で放送されていた。どうやらロッキーの試合はもうすぐ始まるようだ。クロエフは自分の端末型のタブレットで
学園祭の様子を中継しているチャンネルを探すと
電車に乗りながら試合を見た。どうやらロッキーと
戦うのは東の鬼帝院の生徒らしく、能力は精霊クラスと言う情報があった。ロッキーはインドラという
帝王クラスの能力の持ち主なので勝負はロッキーの
圧勝で終わるだろうとクロエフは思っていた。
競技場サイド
ロッキーは久しぶりに緊張していた。この試合が
終われば次の試合は自分が戦うのだ。ルールは有効な攻撃を三度先に出すという事だけでロッキーにもわかりやすかったが、相手にけがをさせないという事は
暗黙のルールとされその加減はロッキーには難しいものであった。召集場所で同じように試合を見ている
ロストーにロッキーは声をかけた。
「なあ、ロストー。俺の雷ってどれぐらいの威力なら
けがしないと思う?」
「そうだな・・・・。普通は技を大きく見せて審査員にアピールするのが目的だから威力はなくても派手ならよかったかもしれない、だけど今回の審査員は
戦闘経験のあるプロだからな・・・多分全力で撃たないと有効にはならないと思う。」
「おぉ、そうか!!やっぱクロエフとロストーは頭いいなあ。じゃあ俺は全力で撃つぜ!!」
「あぁ、お前はそうしたほうがいい。」
考えないで戦った方がお前はロッキーは強い。ロストーはこのことを知っていた。ロッキーは一言でいえば
勘がいい。知らなければ知らないほど、考えなければ
考えないほどロッキーの勘は大きな力を持つのだ。
ロストーもアリエルも一回戦は順調に勝ち進んでいた。帝王クラスの能力のロッキーだが、まだ能力を手に入れてから日が浅く、完全に使いこなしているとは言えなかった。そして相手は前大会の優勝者なのだ。
相手は自分の能力の欠点を術式を使って補っている。
精霊クラスだからと言って甘く考えてはいけないのだ。その時に召集所にインドラが入ってきて、ロッキーのもとへと走り寄った。インドラは日を追うごとに見た目が幼くなっている。初めは12歳ほどであった外見も今では9歳ぐらいだ。ここに来てからも最初は
おとなしく試合を見ていたが次第に飽きたようで外で遊んでいた。
「主よ、出番はまだかのう?私はもう戦いたくて
うずうずしておるのじゃが。」
声も幼くなってはいるが、口調は相変わらず古臭いままだ。
「もう少しだ、インドラ。やっと全力で戦えるな、
お前とならなんにでも勝てる気がするぜ。」
「『気がする』のではないぞ、『できる 』のだ。
主と私ならだれにも負けることはない。」
インドラは自信たっぷりに胸を張っていった。ロッキーはインドラをひょいと持ち上げて肩車すると競技場の方へと歩いて行った。
「そうだな、インドラ。一発かまして、俺たちが最強ってとこを見せてやろーぜ。」
「おー!!」
インドラは小さな拳を大きく突き上げた。
「うまくいくといいんだけどな・・・。」
ロストーは少し不安な目で二人の背中を見ていた。
「さあ!!それでは次の試合に行ってみよう!!
今大会注目の一戦!!はたして勝つのは前大会王者か、はたまた強大な能力のルーキーなのか!!?
鬼帝院VS中央!!試合開始ぃぃ!!!!」
「行くぜ!!インドラ!!」
ロッキーの肩の刻印が光りだし、インドラとロッキーが一体となった。鬼帝院の生徒も手を振りかざした。
「我が名と契約において力を貸せ!!『大地の巨人』(グランド・タイタン)!!」
彼と突如現れた岩石でできた巨人が一体となると
岩の鎧をまとった、元の彼よりも少し大きいぐらいになって競技場に降り立った。ずしんという衝撃が会場全体に響き渡る。
「最初っから飛ばしていくぜ!!雷槍ヴァジュラ!!」
ロッキーがそういうとロッキーの右手に雷が集まり
束になった。初めてロッキーがヴァジュラを使った時よりも雷は太く大きな電流がほとばしっていた。
「せいっ!!」
その掛け声とともにロッキーは雷の槍を思い切り投げつけた。相手は防御の姿勢を取るとロッキーの
ヴァジュラを正面から受け止めた。雷に押され競技場の端までずるずると下がっていったがもう少しのところで雷を耐えきった。彼の両腕からは煙が上がっていたが彼は涼しげな表情をしていた。
「三人中二人が有効!!よって中央が一ポイント先取!!」
「っしゃあ!!」
ロッキーが雄たけびを上げるとバリバリと音を立てて体から電気がほとばしった。相手はファイティングポーズをとると地面を蹴ってロッキーの方へと走っていった。とても速い速度だとは言えなかった。
体が重いからなのだろうか。生身でもよけられそうだ。
その時相手の体が目で追えないほどまで急に加速した。そのまま一気に間合いを詰めるとロッキーの脇腹めがけてパンチが繰り出された。ロッキーが左手でガードしようとしたが次はパンチの速度が急に加速してガードをする間もなくもろに脇腹にパンチが入ってしまった。ロッキーの体が宙を浮き軽々と吹き飛ばされた。
「三人中三人有効!!鬼帝院一ポイント獲得!!」
ロッキーが脇腹を抑えて苦しそうにしている。どうやらパンチがもろに入ったのであばらの骨が折れてしまっているようだった。審判がそれに気が付いてロッキーに近づいた。
「大丈夫か?続けられるか?だめならここで降参しなさい。」
そう話しかけたがロッキーは返事をせずにうずくまったままだった。その様子を見て審判が手を上げようとしたがロッキーはその手をつかんであげさせなかった。
「まだ・・・まだできる。これくらいの怪我、
大したことねえぜ!!」
ロッキーはそう大声で言うと立ち上がった。しかし
脇腹を抑えて、表情は険しいままだ。相手が再び
ファイティングポーズをとるとロッキーめがけて
突進した。先ほどと同じようにその速度は速いとは言えないものだった。そしてまた加速する。ロッキーは
目を閉じた。神経を研ぎ澄ませるとかそんな類のものではない。ロッキーの勘が働きやすくするためにこの方法が最も早いのだ。ロッキーのなんとなくの行動が
実際には目を開けているときよりも動きがよくなっているのだ。
「あ、幼女・・・・・。」
「えっ!!」
不意を突いた敵の発言にロッキーは目を開いて幼女尾の姿を探した。しかしロッキーの目に飛び込んできたのは敵の拳だった。
「うおおっ!!騙したな!!」
頭をのけぞらしてとっさにパンチをよけると、その瞬間ロッキーの視界が反転して頭から地面に落ちた。
「三人中二人が有効!!鬼帝院一ポイント獲得!!」
ロッキーがパンチをよけた瞬間に相手が足払いをしたのだった。そしてロッキーは何が起きたのかもわからないまま頭から地面に突っ込んでしまった。
「てんめえぇぇ!!」
ロッキーがそう叫ぶと雷がロッキーの体を覆った。閃光が走ったかと思うとロッキーはすでに相手の背後まで移動していた。
「雷撃!!」
目にもとまらぬ速度で蹴りを繰り出すと相手がリングの外まで弾き飛ばされた。
「・・・オーバーアタック!!無効!!」
オーバーアタックは競技としての範囲を超えている
と判断されたばあいのものだ。ペナルティはないが
その時の攻撃は無効となる。要はスポーツマンシップにのっとってプレイできていないのでノーカンだという事だ。
壁がガラガラと崩れ落ちて相手が出てきた。その姿に
ロッキーは戦慄した。ロッキーだけでなく会場にいる
少なからず力を持つ者たちは全てその嫌な何かを感じ取ることができた。相手はがくんと頭をうなだれたままロッキーの方へと歩み寄ってくる。そのサイズは
最初の時の人のサイズではなく、徐々に鎧の部分が盛り上がって大きくなっていた。
「なんだよ、ありゃあ・・・。」
ロッキーはその姿に唖然としてしまい、走り寄った
審判が様子を聞くが全く答えずにロッキーの方へと歩き続ける。そして肩をつかんで止めようとした審判の腕をつかむと観客席に向かって放り投げた。実に軽々と審判の体が飛ぶと観客席に突っ込んだ。
「フー・・・・フー・・・・・。」
両足の下に術式が現れると巨体が急に加速してロッキーへと近づいた。繰り出されたパンチは肘のところに術式が出現しパンチの速度が急に加速した。
ロッキーはパンチを目と鼻の先でよけるとジャンプして距離を取った。
「どういうことだよ?デジット先生!!こいつなんかこえーぞ!!」
ざわめく会場内にデジットの大きな声が響き渡った。
「能力の過剰使用による暴走だ。ほっとけばそのうち気を失って倒れる。が、下手に手を出せば観客に被害が出るかもしれない。悪いが今奴が狙っているのは
お前だけだから、気を失うまで逃げ切ってくれ。本当に危ない時には俺たちで止めるから、無理はしてくれなくていい。いけるか?」
「・・・いいぜ!!貸し一だな!!」
「・・・お前で今日は二個目だよ・・・・・。」
ロッキーの体を再び稲妻が覆い、バリバリと音を立てた。岩の巨人と化した相手が殴りかかるとロッキーは
目にもとまらぬ速度で移動して掠ることもせずよけた。
「おいおい、小っちゃい時の方が全然速かったぜ、お前。さっきまでの速度で来いよ、もっと戦おうぜ!!」
相手が巨大な腕を振り回した。ロッキーは腕を躱して
腕に飛び移ると腕の上をかけて行って顔を蹴り飛ばした。バチバチと音を立てて煙が上がるが、効果が
あったようには見えなかった。
「ばか!!にげろって言ったんだよ俺は!!なんで
戦ってんだ!!」
ロッキーは攻撃をよけては攻撃をすることを繰り返していた。
「どうした!!そんなのろまじゃ俺には当たらないぜ?」
巨人の動きが急に止まった。どうやら能力の暴走にも限界が来たらしい。
「俺は・・・・・・負け・・・・・・・な・・・・・
・い・・・・・んだ・・・・・・・・。」
更に嫌な何かが巨人の体にまとわりつき始めた。
黒い粒子が巨人の体を覆っていく。
「堕落化してるのか!!?一体どういうことだ・・・
暴走の先にこんな事が・・・いや今はそんなのんきなことを言ってる場合じゃないか、アールガン様、お願いします。」
「うむ。わしが動きを止めるから、そこの小娘が
封印すると良い。行くぞ、『大地の威圧』(グランド・プレッシャー)。」
巨人の周りの地面が一気にに十数メートル陥没した。
その周りでもビキビキと地面に亀裂の入る音がしている。アールガンは重力の神、この程度のことは彼にとっては簡単なことだった。間髪を入れずにナナセが
持っていたアレクティアを空高く上げる。
「我の契約、名において聖なる杖よ、我に神の加護
を与えたまえ、汝その加護の肖るところと為らん。
武装『アレクティア』!!」
アレクティアが光だしナナセの体を包み込むと次の瞬間には鎧と先ほどよりも豪華になった杖がナナセの手に収まっていた。
「『真理の堕落』(ベリタス・ダウン)!!」
空中に無機質な黒い柱が現れると堕落と化し始めている巨人の上からズンと音を立てて地面に落ちた。
柱が地面に着いた瞬間にロッキー達が感じていた嫌な感じは消え去り、代わりに見上げても終わりの見えない柱が出現した。ざわざわと会場がざわめいていた。
どうやら展開が速すぎて何が起こったのかわからなかったらしい。
「終わったのか・・・・・?」
ロッキーも何が起こったのかわからずにただ茫然と
競技場に立ち尽くしていた。召集室で見ていたロストーも状況がよくわからないでいた。そこで会場にマイクでデジットの声が入った。
「えー、みなさん。安心してください。命にかかわるようなことは起きませんので・・・。あー、でも
少し厄介なことが起きてしまったのでね、試合の方は
無期限で延期という事にさせてもらいます。大変迷惑をかけるとは思うのですが、お理解の方、よろしくお願いします。これより打ち合わせを行いますので
一般生徒、並びに観客の皆さんは各扉から速やかに
ご退場願います。後、ロストー・キャッパー、ロッキー・ニアス、アリエル・ホハート、並びにその契約者は会議室に集合してください。連絡は以上です。」
デジットがそう言い終わると、会場のざわめきが大きくなって人が動き始めた。アリエルは試合が終わって観客席にいたがデジットに呼ばれたので先にエリザベスを返すことにした。
「一人で家までちゃんと帰ることができるか?エリザベス、無理だというのなら、デジット先生には悪いが私もともに帰るとしよう。」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、お姉ちゃん。
私も大きくなったから道に迷ったりはしないって。
それより皆は呼ばれてるのに、私は蚊帳の外でなんか
さみしいな・・・。」
「なんだ、それならクロエフがいるじゃないか、あやつは放送で呼ばれていなかったろう?軟弱者だが
やるときはやる男だと私は思っているぞ。一緒に帰ればさみしいという事もあるまい。それにこれは危険なことかもしれない。エリザベスはもう十分すぎるほどの苦しみを味わった。だから後は私に任せて行きなさい。」
「・・・・うん、わかった。ごはんが冷める前には帰ってきてね、お姉ちゃん。約束だよ?」
「あぁ、約束しよう。私の大事な妹の頼み事だ。必ず守ろう。行くぞ、エアロ。」
アリエルはそういうと観客席の上を飛び越えて競技場に着地した。目の前には大きな黒い柱が天高くそびえている。
「何も感じないが・・・。なんというか、不気味な
柱だな・・・。」
そうつぶやいて、立ち尽くしているロッキーのもとへと走り寄った。ロッキーはすでに能力を解除していて
インドラも何も言わずに柱を見据えて立ち尽くしている。
「なあ、アリエル。俺と戦ってたやつは無事なのかな
・・・。最後のあれはなんだったんだろうな、体中の
毛が逆立つくらい嫌だった。何だったのかわかんない
けど嫌な感じだった。」
「安否はわからないが・・・私も貴様と同じような
感覚だった。ぞっとしたよ。」
「それはお前らが堕落の力をかんじとることができたからだ。あの生徒は堕落になりかけていた。」
二人の背後から声がして振り返るとそこにはデジットの姿があった。
「堕落に対して抱く不快感は正しいものだ、堕落は生まれながらにして、全世界、いや、堕落を除く全存在の敵だからな。敵に対する嫌悪感というやつだな。」
「それで・・・実際に堕落に彼がなったのですか?
彼は試合の前半では堕落ではなく、普通の人間のように思いましたが。」
「まあ、原理はわかんねえけど、事実を述べるならそういうことになる。本来能力の過剰な使用で意識を
失うというのが正常だが、本人に限界を超えても能力を行使し続けられるだけの意志があった場合、人間
と契約者の体が融合し始め、自我が薄れる。これが
いわゆる能力の暴走ってやつだ。そうなると・・・・
まあ契約の力を発揮するものをエネルギーだとするなら体中のエネルギーを使い尽くすまで止まらない。
止まった後の先はゼロだからな、何もないはずなんだ。
なのに彼は急に堕落と化し始めた。俺も堕落になってるのは初めて見たからな、びっくりだぜ。んであの柱は『真理の堕落』(ベリタス・ダウン)って言ってな、柱の範囲百メートルに制限を術者がかけることができる。今回は堕落だな。」
「それが、現状わかっている事ですか・・・。先生、
では、我々は何のために呼ばれたのでしょう、聞く限りできそうなことはないと思うのですが。」
「いやあ、そうでもないと思うぜ?ちょっとぐるっと
見回してみろよ。」
デジットにそう言われてロッキーとアリエルは自分の身の回りをぐるりと見回した。観客席は急いで出て行った観客と生徒のせいでぐちゃぐちゃになっている。審判が投げられたところなど椅子が壊れて散乱している。競技場も巨人が暴れまわったせいでぐちゃぐちゃになっていた。
「君ら、力持ちだろ?」
デジットのその一言で二人は何を言いたいのかを察した。デジットは満足そうにうなづくとくるりと後ろを向いて歩きだそうとした。しかしそこにデジットの後ろから急に迫ってきたナナセの全力の平手が入る。
デジットは宙を舞い、ロッキーとアリエルの頭を飛び越え、ぷぎゃという無様な音を立てながら地面にぶつかった。ナナセの顔はステラと喧嘩をしているときよりもはるかに怖くなっていた。
「あの・・・どうかされたんですか?」
後ろでぴくぴくと痙攣しているデジットをちらりと見てからナナセにアリエルが恐る恐る尋ねた。
「どうしたも、こうしたもないわよ!!!!!!
この男、私が気絶している間に好き勝手に・・・・
殺してやる・・・!!」
「ばっ・・・待て待てお前なんか誤解してるって!!
何があったかしらねーけどそれは多分アーサーの仕業だ!!俺じゃない!!」
「アーサーはそんなことはしない!!ま・・・まさか
あの女と抱き合って寝てるなんて・・・・!!屈辱
その身を以て償いなさい!!『深紅の大地』(クリムゾン・アルディ)!!」
「おい、待てって言ってるだろ。」
いつの間にかデジットはナナセの前に移動していて
杖を抑えて術式を発動できないようにしていた。
「相変わらず、素早いですね・・・。前からずっと
気になっていたんです。私を一瞬で気絶させた手刀も。
警戒する暇もなかった、一体どうやってやったんですか?」
「・・・・そうだな、種も仕掛けもないっていえばわかるか?」
「わからないです。やっぱりどうでもよくなったので
とりあえず死んでください。」
「それは無理だな。お前ごときに俺が殺せるものか、
何ならここでお前の杖をへし折ってただの何のとりえもない人間に戻してやろうか?」
「何を馬鹿なことを・・・。聖なる遺産であるアレクティアを素手で折ろうなど、愚弄するにもほどがありますね。」
そう言いかけたところでアレクティアがか細い悲鳴を上げた。
「ナナセ様!!ここはどうかお引きください。この男、
本気です!!このままではおられてしまいます。」
「どうすんだ?ほら、早くしねえと折っちまうぞ?」
ナナセは無言で杖から力を抜いたが殺気はデジットに向けられたままだった。
「俺はやってねえけどよ・・一応聞いとくぜ。なんで
ステラと一緒のベッドにいるのがいやなんだ?」
「へ?」
「いや、だからなんでステラと抱き合ってる形にさせられているだけでそんなにいやなんだって聞いてんだよ。そりゃあ、見たくもないくらい嫌いだって言うなら話は別だけどよ・・・。」
ナナセは赤面してうつむいてしまった。
「べ、別にステラさんのことが嫌いというわけでは
ないですけど、いや、まあルールを破ったり、がさつ
なところにはちょっと腹が立つこともありますけど・・・その・・・・。」
「あ・・・アーサーから写真来たわ、ほらこれだろ?
なんというか・・・お前ら幸せそうな顔して寝てるな。」
と言ってデジットは画像をナナセに見せた。シュ~
とナナセの顔から煙が上がった。
「やっぱり・・・殺す!!」
そのまま照れ隠しなのかぽかぽかとデジットは何度か殴るとどこかへと走り去って行ってしまった。
「なんなんだ?あいつ・・・。まあいいか、じゃあ
運ばなきゃいけないもんとかたくさんあるからさ
ちょっと手伝ってくれよ。」
「ご自分の力でできるのではないのですか?どうやら相当力があるようですが?」
「おいおい、こんな細いんだぞ?俺は。ロッキーの腕を見ろ、いったい俺の何倍あることか。それにさっきのはただの脅しだ、別に俺は力が強いわけじゃねえよ。」
「・・・・そうですか。では手伝わせてもらいます。
行こう、ロッキー。」
「おう。」
そう言って歩き始めた二人の後ろで、まあ、人間じゃなければな、と言ったデジットの一言は誰にも聞こえていなかった。
クロエフサイド
クロエフはタブレットを見ながら車内でドキドキとしていた。ロッキーの相手が急に恐ろしいものに豹変
したのだった。しかも競技場の方から嫌な感じも伝わってきた。それはクロエフがジャックに第四世界で
あった時と同じ感じだった。映像は途中で途切れてしまったがクロエフには、巨人と戦うロッキーの姿が見えていた。クロエフはすぐにデジットに通信を入れた。
「デジット先生!!ロッキーが戦ってるのが見えましたけど大丈夫ですか?」
「あぁ、ちょっと予想外のこともあったけどな、もう大丈夫そうだ。安心してくれ。」
「・・・そうですか。じゃあ僕はこのままイーストランドに行きますけど、なにかあったら言ってください。」
「悪いな、クロエフ。ロッキー達の安全は俺が絶対に
守るからそっちは頼んだぞ。危ないと思ったらすぐに
逃げていいからな。」
車内なので小声でデジットと話をし終わった後、クロエフは通信を切ってふう、とため息をついた。どうやらロッキーは大丈夫だそうだ。いやな感じがしたとき
もしかしてジャックが出てきたのではないかと不安になっていたのだがどうやらそれは杞憂だったらしい。駅で車両が停止すると、扉の向こうには懐かしい
人が立っていた。第四世界脱出の計画で共に戦った仲間のタカだった。向こうもこちらに気付いて手を振ってきたのでクロエフはぺこりと頭を下げた。
「なんだよ、こんなところでまた会えるとは思わなかったぜ、クロエフ。久しぶりだな、元気か?」
「まあ、見ての通りですよ、タカさん。こっちの生活にはなれましたか?」
何せこの三人組は第四政界の時間のゆがみによって
五千年前からこの時代まで来てしまったのだ。そして
ゲートが開いてから、第一世界にも大量の新しい素材が入ってくるようになりその進歩はすさまじかった。
今でもより快適な生活になり続けている。
「あぁ、変わりすぎてて最初はびびったけどよ、なれると案外住みやすいぜ。それによ聞いてくれよ、おれ
バスターズの隊長になったんだわ、」
バスターズの隊長とはナナセを筆頭とするバスターズきっての七人の実力者なのだ。バスターズを目指すものなら全てのものが憧れることである。
「本当ですか?まあ、確かに訓練をやった時には
普通に負けましたしね、僕。」
「そうだ、そのことを話そうと思ってたんだ。見てたぜ、試合。お前って性格はおとなしめなのに、攻め方は結構ごり押しなんだな。あのでっけー剣のところとかすごかったな。それでよ、ちょうどあったからいう
けど、クロエフ、お前バスターズに入る気はないか?」
クロエフはタカのその言葉にびっくりした。バスターズに入るには厳しい試験を受けなければいけない。
そして最も厳しいのは合格者の定員が決まっていないという事だ。つまり、受験者のなかでどれだけすぐれていると言っても受かるとは限らないのだ。それ以外にもう一つバスターズに入る方法がある。それは
隊長以上の地位の人からの推薦だ。タカはすでに隊長となっているので、クロエフがここで同意したならば
すぐにでもバスターズに入ることができる。バスターズの利点というものは、どの世界でも自由に行き来できたりなど権利の幅が広がる、そして代わりに戦闘の義務ができる。しかしながらここ最近大きな戦闘というものは一切なく、第一世界ではバスターズは職としては最高の職になっていた。
「僕がですか・・・?アーサーやロストー・・・ロッキーは試合じゃうまくいかなかったけど、僕より全然
強いですよ?」
「んーわかってないなクロエフ君よ、幼女と暮らしすぎて、お前の頭も退化してんじゃないの?隊長はたくさんいるんだ、そいつらは他の奴らがスカウトしに行ってるだろうよ。」
「でも、僕はランキングでもあんまりいい成績を出しているとはいえないですよ?」
「そんなに自分のことを悪く評価するなよ、クロエフ。
アーサーを倒したのはお前なんだぜ?それにDECCSだけがお前の戦う方法じゃないだろ?」
そう言ってタカはクロエフの刻印を指差した。
「タカさん、僕の能力のことを知っているんですか?」
クロエフがジャックと対峙していた時、タカは絶望で心が折れてしまっている状態だったはずだ。クロエフは、第四世界にいた人たちはクロエフの能力をてっきり知らないと思っていた。
「知ってるも何も、ちゃんとこの目で見てたぜ。俺たちが、皆を巻き込んで勝手に始めたことなのに、勝手に絶望して、お前がまっすぐな目で俺を見て決着をつけてくるって言った時には俺は俺を殺したくなったよ。だから『あきらめんじゃねえ!!』って自分に喝入れてお前の後を追ったのさ。まあ行ったところで
俺のできることなんか一つもなかったけどな。」
「そうですか・・・・あの、あんまり言わないでくださいね?穏やかな生活を送りたいので。」
「大丈夫だ。俺のすべての知り合いしか知らないと思う。」
「どれだけ言ってるんですか!!・・・まあこっちに来てからは一回も使ってないですし、タカさんだから
大丈夫かな・・・・。」
「俺だから大丈夫ってどういうことだよ!!」
「あぁ・・・単純に信頼度の問題ですけど、何か?」
「ぐ・・・と、ともかくだ!!イエスかノーで答えろ!!クロエフお前はバスターズに入るのか、入らないのか、どっちだ!!」
「答えはノーです。申し訳ないですけど他の人のところに行ってください。」
「え・・・まじ・・・?」
「まあ、今は他にやることができちゃって・・・。
入っても仕事をすることができないと思うので。」
クロエフはそう言いながら端末をネットにつなぐと
自分の能力が広まっていないか、検索した。すると
どうやら隣に座っている人のおかげで多少、噂程度には騒がれているようだったが、今では情報の閲覧ができないようになっていた。クロエフの能力については
最重要機密の中のことのため、どうやら規制がかかっているようだった。
「なんだよ、やることって?今学園祭のまっただなかだろ?まさか学園祭よりも優先することじゃないよな?」
鋭い目つきでタカはクロエフをにらみつける。
クロエフは一瞬無表情になったがすぐにタカに
向かって笑った。
「嫌だなあ、タカさん。そんなにシリアスになることじゃないですよ。ちょっと買い物をして寄り道をするだけです。僕は学園祭を楽しんでますよ。今日は
ハプニングがあってびっくりしたけど、延期に
なっている間に行ってしまおうと思って。というか
学園祭よりも優先しなきゃいけないことなんて山ほどありますよ。」
「バカヤロー!!!お前・・・学園祭だぞ!!?
そんな澄ました顔してどうせエリザベスといちゃいちゃしてんだろ?俺はわかってるんだぞ?」
ちょうどそこでエリザベスからクロエフへと電話がかかってきた。
「やあ、エリー。どうしたんだい?そういえば今タカさんと一緒にいるよ。」
「あのね、クロ。なんかトラブルで学園祭がだめになっちゃったじゃない?だから、夕飯に誘おうと思ったんだけど・・・。タカさんにも合わせてくれる?
なんかこっちに来てからずっとあってないから久しぶりに話がしたいの。」
クロエフはタカさんの顔も写るように画面の向きを変えた。タカとエリザベスはいろいろな話題で盛り上がっていた。
「エリー。さっきのことなんだけど・・・せっかく誘ってくれたから行きたいんだけど、今やらなきゃいけないことができちゃって・・・。ごめんまた今度誘ってくれる?」
「・・・・・そう・・・・・。」
エリザベスはそういうとしゅんとしてしまった。見るからに落胆しているのがクロエフにもわかった。できるものなら行きたいのだが、クロエフはデジットの作りだした金属を回収しなくてはと強く思っていたので、断腸の思いで断ったのだった。どちらも黙ってしまっていると横からタカに端末を奪われた。
「おい、クロエフ。俺ちょっとエリザベスと内密に
話したいことがあるからさ、少しそこで待ってろよ。」
クロエフは特に興味もなさそうに首を縦に振ると、
外の景色を眺め始めた。
「なあ、エリザベス。あんな誘い方でいいのかよ?
こういうのは結構強くいかないとダメなんだぜ?」
「こういうのって何よ・・・・。別にいいよ、また誘うし。それでもだめだったらもう諦めようかな・・・。」
「・・・お前も大馬鹿だな。好きじゃないのか?クロエフのこと。」
「なっなんでご飯に誘っただけでそうなるのよ!!?ばっかじゃないの!!?」
「じゃあ、なんでクロエフのことを誘ったんだよ?
俺はてっきりそういう気持ちがあって誘ってるのかと思ったぜ。」
「べ、別に、お姉ちゃんがそうしたらどうだって言うから誘っただけ。それにクロ最近すごく忙しそうにしてて話す暇もなかったし、ちょうどいいかなって
思ったのよ。」
「本当にそれだけか?」
「だから、そうだって言ってるでしょ!!」
「ふ~ん。」
「絶対信じてないよね、その言い方・・・・。」
「うん、信じてないもん。でもよく聞けよ?クロエフの言ってた、やらなきゃいけないことってなんだと思う?・・・買い物だぜ、買い物。何買うのかしらねーけどよ、エリザベスがクロエフのことを思ってるのなら悪いな、と思って。」
「・・・買い物・・・・買い物以下か・・・・・。」
エリザベスは小さな声でその言葉を繰り返した。クロエフに何か特別な感情を抱いているかどうかは彼女にはわからなかった。彼女自身、まだ『好きになる』
という事を未経験なのだ。だから彼女にはこの、針が
胸を刺すような気持ちが一体なんなのかわからなかった。
「まあ、とりあえずクロエフに戻すぜ。余計なこと言って悪かったな。」
「ううん、いいんだよ。ありがと、タカさん。」
タカはクロエフのところに戻るとそっとクロエフに
端末を渡し、隣に座って二人の会話に耳を傾けた。
「あの・・・クロ、それじゃ、また連絡するね・・・。」
「ちょっと待って、エリー。一回切るけど待ってて、
もう一回連絡するから。」
クロエフはそう言って通信を切るとデジットにかけた。
「はい、こちらデジット・クレイム。ご用件は?」
「あ、クロエフ・キーマーですけど。ちょっといいですか、先生?」
「なんだ、クロエフか、どうした。」
クロエフはいったんセントラルに戻りたいと伝えた。
理由は言わなかった。
「ん~まあ別にいいけど。ファミリーの試験をすっぽかしたとなると、どうなるかなぁ・・・・・。」
「時間に間に合えばいいんですよね?それなら大丈夫ですよ。電車じゃなくても足はあるので。」
「そうか・・・・じゃあなんでセントラルに戻るんだ?
忘れ物ぐらいなら自分で買ってくれて構わないぞ、費用は全額俺が負担するし・・・。」
「いや、エリーに食事に誘われたんですけど、断ったらものすごく落ち込んでしまっているようで・・・
最近学園祭のことで忙しくて話すこともできなかったから、行ってあげたくて。」
「え?何?お前ら付き合ってんの?てっきり俺は
クロエフはクシャーナちゃんにベタ惚れだと思ってたんですけど・・・いやあ、お兄さん相談に乗るよ?」
「そんなんじゃないですよ、エリーは第四世界で
僕のことを助けてくれた時から、僕にとってはかけがえのない友達なんです。」
「そうか・・・お前友達少ないもんな・・・。行ってやれ、行ってやれ、友達は大事にしろよ。」
「少ないは余計なんですけど・・・。じゃあお言葉に
甘えていったん戻ります。それであの件についてはどうなんですか?」
「お前今電車の中だよな?ちょっと待て。」
少しの間が開いてデジットがまた話し始めた。
「今日会ったお前の友達は全員買い物に行った。
目当てのものがある可能性のある店は全部で10あるとお前の男友達は言った。そのうち四つに目当ての
物はなく、閉店したそうだ。」
クロエフは最初デジットが何を言っているのがわからなかったが、すぐに周りに悟らせないためにぼかしているのだと分かった。
「なんで閉店したんですか?」
「お前の友達の一番うるさい奴がクレームを入れて
つぶれた。」
(訳、見つからなくて腹が立ったステラが四つの組織の支部を壊滅させた。)
「あーはい、なんかすいません、じゃあ僕はこれで。」
「時間は守れよ」
そう言ってデジットとの通信を切った。クロエフは
エリーに電話をかけなおした。
「あ、エリー?やっぱり夕食に行かせてもらうことにするよ。すぐ行くから待ってて。」
「本当に来るの?待ってるからね、クロが来るまでは
誰にも食べさせないから、急いでよ。」
「うん。じゃあ、またあとで。」
クロエフはタカさんの方を見るとにやにやと気持ちの悪い顔をして、こっちを見ていた。
「いやあ、青春だね、クロエフ君よ、出会いは大事にしなさいよ。」
「わかってますよ、おじさん。そういうおじさんはまだ独り身なんですか?どうしてですかねえ、ふしぎですねえ?」
「クロエフ・・・貴様・・・・・・。」
「それでは!!またどこかで会いましょうタカさん。」
「ふん、さっさと行っちまえ、次会うときは彼女連れ
だからな。」
クロエフはどこかもわからない駅で降りた。
「さて・・・ランスロット、力を貸して欲しいんだけど、今大丈夫?」
「イツデモ大丈夫デゴザイマス。我ガ主。」
「固いなあ・・・もっと仲良くいこうよ、気軽に話してくれていいんだよ?」
「心掛ケマス。ソレデ何ヲ手伝エバイイデショウカ?」
「セントラルまで列車よりも早く帰りたい。というか
今すぐにでも帰りたいんだ。だから僕をセントラルまで連れて行ってくれるかい?」
「了解シマシタ。クロエフ様、失礼シマス。」
指輪の形をしているランスロットがクロエフの指から外れ、大きくなりながらクロエフの足にまとわりついた。次の瞬間にはクロエフの両足に鎧の足のようなものがついていた。
「クロエフ様ノ動キニ自動デ合ワセテ走行シマス。
セントラルヘト向カッテクダサイ。」
「わかった。ありがとう。」
クロエフはこっちの世界に来てから、第四世界の時のように力が出せなくなっていた。というか気絶してから目覚めた後の初の体育の授業でそれに気づいたのだ。しかし、体は以前よりもはるかに頑丈になっていた。路線ぎりぎりのところまで行くとクロエフは上に軽くジャンプをした。そうするとランスロットが青く光り、空中に浮きあがった。そしてふわりと屋根に乗った。
「セントラルまでは路線をさかのぼるのが一番早いと思うんだけど、それでいいかな?」
「検証ノ結果クロエフ様ノルートガ最短距離デス。
進行方向ト逆ノ車両ニオ気ヲ付ケテクダサイ。」
クロエフはうなづくと屋根を蹴って飛び出した。初速でも道路を走る車よりも速かった。地面を蹴って
クロエフが一気に加速すると、ものすごい速度の
ままランスロットがスケートのように滑り始めた。
「ランスロットって声もかえられるの?」
「可能デゴザイマス。このような声はいかがでしょう?」
ランスロットの最後の方が若い男のような声に変った。
「これまでにであった方々の声を記録して、自ら
作成したものです。」
「うん。僕はその声の方がいいと思うな。今度からは
その声にしよう。ところで後どれくらいで着くの?」
「この速度だと、あと40分ほどでございます。」
「・・・うーん。・・・二倍・・・。速度を二倍にしてくれ、ランスロット。」
「申し訳ありませんが、クロエフ様。障害物等の危険がありますので承知いたしかねます。」
「いいよ、どうせぶつからないから、それよりもエリーが待ってるだろうから早くいってあげないと。」
「かしこまりました。」
ランスロットの輝きが増すと、さらにクロエフ達は加速した。ランスロットから出る光も、景色も軌跡が
見えるくらいの速度で流れていく。走っていると反対の路線から電車が来るのをクロエフは視界にとらえた瞬間に回転して飛び上がった。クロエフの目の前を
あっという間に電車が通り過ぎていく。行きに列車に乗っているときと違って、クロエフは楽しんでいた。
この速度で移動することと、風が体にぶつかって流れていく感覚がとても気持ち良かった。
「クロエフ様。セントラルの手前で上空に上がってください。ここから減速しながら目的地に向かいます。」
「わかった。」
クロエフはそう言って、セントラルの大きな駅が見えてくると、地面を蹴って上空に飛び上がった。一瞬
しか地面に足を付けなかったつもりだったが、地面を蹴った衝撃で、ひびが入ってしまっていた。しかし
クロエフは笑っていた。普段は作らないような気持ちの悪い笑みを彼は作っていた。凡人ではできないであろうことをやってのけたという優越感。今までただの
人でしかなかったクロエフは確かにそれを感じていた。上空に飛び上がるとクロエフは町の方へと飛んで行った。目指す方向には、周りよりもはるかに大きい
家が建っている。それがエリザベスの家だ。なんといってもホハート家は第一世界有数の資産家なのだから、このくらいの家であっても何の問題もないのだろう。クロエフはゆっくりと減速しながら高度を下げていくと、エリザベスの家の前で音も立てずに静かに
着地した。足のランスロットが形を変え、指輪の形になってクロエフの指にはまった。クロエフは少し駆け足でドアまで駆け寄るとインターホンを押した。するとすぐにドアが開き、執事であろう男性が歩み出てきた。
「お待ちしておりました。クロエフ様。エリザベス
様がお待ちです。食事の準備もできています。こちらの方にお願いします。」
執事はクロエフに向かってそう言うとくるりと後ろに向きなおって歩き始めた。クロエフは執事が振り返る瞬間に軽く会釈をして何も言わずにただ後ろをついていった。開けっ放しのドアは勝手にしまって、
家の入口には妙な静けさが残っていた。執事について歩いているとクロエフはこの家がどれだけ大きいのかよくわかった。廊下のいたるところにドアがあって
一人で入ったのなら迷ってしまいそうだ。
「こちらの部屋でございます。では私はこれで失礼させていただきます。」
そう言うと執事はフッと幽霊のようにして消えてしまった。クロエフはさすがにびっくりとしてあたりを
振り返って執事の姿を探したが、見つけることはできなかった。不安になりつつもノックをしてドアを開けると、よく知っている顔に安堵した。どうやらエリザベスだけでなく、アリエルもいるようだ。
「いらっしゃい、クロ。クロの席は私の隣だからね、
ほら、早くみんな待ってるんだから。」
「そうだぞ、クロエフ・キーマー。貴様には人を待たせているという事への自覚がないようだな。」
エリザベスの目の前に座っている女性がクロエフに
話しかけてくる。しかしクロエフにはその女性に
心当たりはなかった。クロエフが忘れているのではないかと思って、彼女を見ながら必死に考えていると
彼女の顔がみるみる赤くなっていった。
「馬鹿者!!私はアリエルだ!!人の顔も覚えられないほど阿呆なのか、貴様は!!」
怒鳴られて、クロエフはその人がアリエルであることが分かった。しかし、学校にいる時とは違って、着飾っていたためにクロエフは誰かわからなかったのだった。
「・・・ごめん。」
クロエフは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、出てくる謝罪の言葉はこれ位しかなかった。
それよりも普段との大きな違いに戸惑っていた。
「っ!!そんなにじろじろと私のことを見るな!!
自分でも似合っていないことぐらいはわかっているんだ。」
突然始まったアリエルの自分を卑下する言葉にクロエフは首を横に振った。
「そういうことじゃないんだよ、アリエル。僕は
その服はとてもアリエルに似合ってると思うよ。
こうして見てみると、エリーとアリエルは本当に似ているなあって思っただけなんだ。」
クロエフはそう言って微かに笑うとエリザベスの横に座った。
「っそ、そうか・・・似合っているのか・・・・・。
エリザベスと似ているのは兄弟だから当然だな、うむ。」
アリエルは少し頬を赤らめながら嬉しそうにしている。クロエフがエリザベスの方も見てみると、エリザベスも同様に照れる姉を見て嬉しそうにしていた。
屋敷に入った時にはあまりの静けさに不安になったが、今となってはそうではなかった。要は建物の大きさに対して人が少なかった、それだけのことなのだ。
その時、クロエフが入ってきたドアとは反対側のドアが開いて、スーツに身を包んだ、60代ほどの男性がこちらに向かって、歩いてきた。クロエフは彼を知っている。ホハート家17代目当主、アルフォンス・
ヴィル・ホハートだ。
「今日は早かったんだね、お父さん。」
「お帰りなさい、父上。」
クロエフも二人に合わせてアルフォンスに頭を下げた。アルフォンスは軽くうなづくと、執事が引いた椅子の上に腰掛けた。
「エリザベスの言うとおり、今日は仕事が早く終わったから、この時間に帰ってきたのだが、彼は誰かね?」
アルフォンスの表情は一切動かない。シェルファも
表情が動かないのは一緒だがそれでも彼女はちゃんと気持ちが伝わってくる。しかしアルフォンスの表情からクロエフは何も読み取ることはできなかった。
むしろクロエフは自分が歓迎されていないかのようにさえ感じていた。
「この人は私の友達のクロエフ。第四世界から帰るときに命を助けてくれた恩人なんだよ、お父さん。」
「父上、クロエフ・キーマーは身体能力、学業ともに
非常に優秀です。ノエル・キーマーの弟と言えば
お分かりになるのではないでしょうか。」
アルフォンスの表情はそれでも一切動かなかった。
気まずい時間が四人のあいだに流れたが沈黙を破ったのはアルフォンスだった。
「君がクロエフ・キーマーか。名前は聞いていたが
実際に会うのは初めてだな。私はアルフォンス・ヴィル・ホハート、言うまでもなく娘たちの父であり、
ホハート家の現当主だ。君の口からも自己紹介をしてもらおうか。」
表情は動かずともその視線は鋭かった。クロエフは
ごくりと生唾を飲み込むと恐る恐る口を開いた。
「僕の名前はクロエフ・キーマーです。エリーとアリエルとは同学年です。今日はお邪魔しています。」
「そうか、それで君はどっちの友人なのだ。」
「えーっと・・・アリエルとエリーとはどちらも友人
だと思っているんですが・・・・。」
アルフォンスは目をつぶると首を横に振った。クロエフにとっては心臓に悪い時間が続いていた。まるで
自分を品定めされているようだ。
「質問が悪かったようだな。どちらに招待されてここにやってきたのかという質問に訂正しよう。」
「それなら、今日はエリーに誘われてここにやってきました。」
「そうか。」
アルフォンスは短くそういうと、視線を下に落とした。
どうやら品定めの時間は終わったようだ。クロエフは
息を吐き出して椅子にもたれた。固まった時間が徐々に流れ出していくような感じがした。
「食事にしよう。」
アルフォンスはそういうと黙々と食事をし始めた。
これは一体どうしたらいいものかとクロエフが迷っていると、クロエフの右手をエリザベスが優しく握った。
「すごいよ!!クロ。お父さんの威圧感に耐えきった
人を見たのは初めてだよ!!」
「いや、父上もクロエフが大丈夫だと分かっているのにやったのだろう、人の悪い。」
クロエフには何が何だかわからなかったがとりあえず二人のお父さんに認められたのだという事はわかった。思った以上にアリエルとエリザベスははしゃいでいた。クロエフはやっとあんしんして食事をすることができるのだった。そしてエリザベスとアリエルと
話しながら食べていると食事を終えたアルフォンスが立ち上がった。
「食事中は静かにしろと言いたいところだが、ゆっくりと食べるといい。クロエフ君。君さえよかったら
今日は家に泊まっていきなさい。」
そう言うと振り返ることもなく最初に入ってきたドアから出て行った。ドアが閉まった瞬間クロエフは
体の力が一気に抜けてしまった。安心して食べることができると言ってもアルフォンスがいると少なからず緊張してしまうのだ。
「すまないな、クロエフ。気難しい人なのだ。わかってやってくれ。」
「そうそう!!見た目と性格で誤解されやすいけど
すっごい優しいお父さんなんだから!!」
「・・・うん。そうだと助かるよ・・・・・。部屋から逃げ出したくなるぐらい緊張した。」
そう言いながらクロエフはご飯を口に運ぶ。使う食材も非常に高いのだろう、普段食べているものよりも
全然おいしかった。ロストーの作る料理と同じくらい
おいしいとクロエフは思った。
「それで・・・今日は泊まってくの?」
エリザベスのその質問にクロエフは一瞬戸惑った。
今日泊まっていって明日イーストエンドまで行くのに間に合うだろうか。実際クロエフはイーストエンドなど防壁に近い町になど一回も行ったことがないのでどのくらいの時間がかかるのかはわからなかった。
ちらりとエリザベスの方を見ると、きらきらとした
瞳でこちらを見ている。結局かかる時間もよくわからないのでエリザベスの機嫌を損ねないよう、今日は
泊まっていくことにした。
「私の妹に指一本でも触れてみろ、貴様の命はないものと思え。」
お泊り会だのなんだのとはしゃいでいるエリザベス
の正面からアリエルが僕に向かってナイフを突きつけてきた。クロエフは両手を上げて何もする意思がないことを示す。
「何もしないし、行儀悪いよ、アリエル。というか
さっきから視線を感じるんだけど天井のところに誰かいるの?」
クロエフがそういうとアリエルは驚いた顔をした。
「これは、驚いた。驚いたぞ、クロエフ。私でも
もうわからないのに。」
天井の空気が揺らめき、陽気な男性が現れた。エアロだ。どういう原理かわからないが天井にぴったりと
くっついている。
「ハハハ!!また見破られてしまったようだ!!
どうやら君の目をだますのが私の目標のようだな!!」
エアロはそういうと天井から落ちてきて地面に着地した。
「最初から気づいてはいたんだけど・・・確信が持てなかったんだ。一日も経ってないのにすごいですね。」
エアロは胸を張って満足そうにした。
「まあまあ、そんなに褒めないでくれ。私の鼻が
ピノキオになってしまうじゃないか。」
それは天狗だろ。という突っ込みをクロエフは飲み込んだ。普通に話してはいるが相手は王族クラスの存在なのだ。うっかり怒らしてしまったら、こちらは
相応の覚悟をしなければいけないのだ。
「それは天狗だ、馬鹿者。人よりもはるかに長く生きてきてそんなこともわからないのか。」
クロエフが必死に言うまいとしていたことをアリエルは躊躇することもなくいってしまった。クロエフは
口を開けて凍りついたままアリエルを見た。しかし
エアロはこれといって怒る様子もなく、バツが悪そうに頭をかいた。
「いやあ、これはこれは私としたことが・・・・
でも似てないか!?なあアリエル、天狗もピノキオも
鼻が長いではないか!!ピノキオも天狗のように鼻が伸びてしまったのではないか!!?」
アリエルはわかりやすくエアロの言葉を鼻で笑って
エアロ自身を見下した。
「ピノキオは嘘をついたから鼻が伸びたのだ。形が
似ているからと言って、一概に同じというその考え方
が浅ましい。」
エアロは魂が抜けたようになってしまってふらふらと歩くと、クロエフの後ろに隠れた。
「ねえ、なんか、アリエルが超怖いのだが・・・。」
「えぇ、僕も今超怖いですよ、ひやひやしすぎて
肝が凍っちゃいますよ、とりあえず離れてくれませんかね?後ろに立たれるとかほんとに怖すぎるので。」
エアロが怒り出すのではないかとはらはらとしていたのに、後ろに立たれたのではたまったものではない。
頭に銃を突きつけられているかのような恐怖と緊張でクロエフはがちがちに固まっていた。
「なあ、私は怒ってなどいないぞ?だから私をそんなに恐れる必要はない。」
「別に、怖がってなんていませんよ。離れてくれたら
それだけで僕はとてもうれしんですけど。」
「うそを言うな、この世の大気は全て私の味方だ。
君が怖がっていることも、うそを言っていることも
全てわかっているぞ。」
クロエフは体の力を抜いた。安堵というよりもあきらめの方が強かった。うそや恐怖と言った感情が伝わるのならば、同じことを三度も言わなければいけないという怒りはエアロに伝わるのだろうか、とクロエフが
考えていると、エアロがクロエフから二歩、三歩と
離れて行った。
「そんなことで怒らなくてもいいじゃないか、君には
余り近づかないようにするが、そこまで拒絶されると
私も傷ついてしまうな。なにか気に障ったのなら謝りたいのだが。」
エアロの声が遠い所から聞こえてくる。クロエフにしてみれば、多少腹が立った程度のことなので、エアロのことを嫌っているわけではなかった。そのことを
伝えようとして口を開こうとするとアリエルの声の方が速かった。
「趣味が悪いぞ、エアロ。わかるからと言って他人の感情を安易に口にするな、特にクロエフは頭の中で
あれこれ考える男だ、それこそお前に怒る一つの理由になるだろう。」
エアロは納得がいたように手をポンと打つと、クロエフに向かって頭を下げた。
「申し訳ないな、長くは生きてきたのだが、どうも
まだ人間のことがよくわかっていなくてな・・・・
今後気を付けよう。」
そうすると、なんだかその場の空気が白けてしまった。
エリザベスがパンと手をたたいた。
「それじゃあクロも仲直りできたみたいだし、部屋まで案内するよ。ついてきて。」
そう言うと、エリザベスとアリエルが席を立ったので
クロエフも同じようにした。食器を運ばなくていいのだろうかなどと思っていると、ドアからメイド達が入ってきて食器を持って行った。裕福な家はみんなそうなのだろうか、クロエフは料理が作れない分食器を誰かに片づけてもらうというのは若干違和感があった。
エリザベス達について言って二階に上がると、クロエフは個室に案内された。家具がしっかりと揃っていて
なんだか生活感のある部屋だった。
「ここに泊まっていいの?なんだか遅れてきたのに
ここまでしてもらって悪いね。」
クロエフが申し訳なさそうにそういうとエリザベスはにっこりと笑った。
「いいの、いいの!!この部屋は今は誰も使ってないし、クロが泊まってくれるなら大歓迎だよ。」
その笑顔につられてクロエフも口角をわずかにあげて笑った。なんだかこういったことをたまにするのも
楽しいのではないか、とクロエフは思った。
「じゃあ、またあとでね。」
そう言ってエリザベスが部屋の中に入っていくと、アリエルがこちらに向かって歩み寄ってきた。
「わかっているとは思うが変な気を起こすなよ。私の部屋も父上の部屋も妹の部屋の近くにあるのだからな、」
アリエルはクロエフに一瞥をくれると颯爽と自分の部屋に入っていった。誰もいなくなった廊下でクロエフは短くため息をつくと部屋の中に入った。どうも
アリエルはエリーに対して過保護すぎるんじゃないだろうか、いやエリーはそういうところ少し抜けてるような気がするからなあ、第四世界のバトルシップの中でも女子はエリーだけだったわけだから・・・・
クロエフはエリザベスの笑顔を思い出しながらベッドの上に倒れこんだ。なんだか疲れてしまった。
今日は何事もない普通の一日とは違って忙しかった。
試合でぎりぎり勝ったり、選手が急に堕落化したり、
なんだかよくわからないことに巻き込まれてしまったり・・・いまでもデジットの願いをどうして自分が受けてしまったのかわからない。よく考えれば引き受けるはずなどないのにあの場ではやらなくてはいけないという使命感が僕を支配したのだ。ベッドの上であおむけになるとクロエフはランスロットに向かって話しかけた。
「ねえ、ランスロット。イーストエンドに着くにはどれくらいにここを出ればいい?」
「明日の早朝であれば約束の時間には間に合います。
私に任せてくださるのならタイムスケジュールを組ませていただきます。」
ランスロットの声は男性の声に代わっていたが、声から感情を読み取ることはできず、無機質な声とあまり変わりはなかった。
「やってくれるなら、頼むよ。今日はもう疲れたよ、
明日も忙しくなりそうだし、もう寝ようかな。」
「了解しました、クロエフ様。別件ですがお客様のようです。」
ランスロットがそういった瞬間に、クロエフの部屋が控えめにノックされた。
「クロ、起きてる??起きてるなら中に入れてほしいんだけど・・・。」
エリザベスの声だった。クロエフはゆっくりとベッドから起き上がるとドアの方へと向かっていった。鍵を開けドアを開けると、パジャマ姿のエリザベスが部屋の前に立っていた。髪は少し濡れていて、どうやら
風呂に入ってそのままクロエフの部屋に来たようだった。
「ねえ、早く入れてほしいんだけど・・・お姉ちゃんとお父さんに見られちゃうと面倒なことになりそうだからさ。」
「いや・・・ばれたら大丈夫じゃないのは僕のほうなんだけど・・・。」
そういって渋るクロエフをエリザベスは押しのけて部屋に入ってしまった。呆れるクロエフの方を振り返って彼女はいたずらに笑う。
「約束の時間に遅れたんだからこれくらいのことは聞いてよね。大丈夫、お姉ちゃんもお父さんもきっと来ないから。」
「あれだけ、僕にくぎを刺しに来たのに、来ないはずがないよ・・・。」
エリザベスはさっきまでクロエフが寝転がっていたベッドの上に寝転がるとクロエフの方を見た。クロエフはベッドの手前にある椅子に腰かけるとエリザベスの方を見た。
「こうやって話すの、あの時ぶりだね。」
そう言えば第四世界の時にもこんなことがあった。ねじれる時間の世界に迷い込んだことで不安で寝られなくなった夜にバトルシップの外でエリザベスと話をしたのだ。
「あぁ、そういえば途中からタカさんに邪魔されたような気がするけど・・・。」
「あぁ、なんかクロが私のことを守ってくれるって
約束してくれた時だっけ?なんかあれは今思い出しても恥ずかしいな・・・。」
エリザベスは前髪の毛先をくるくると指で遊びながら少し頬を赤らめて言った。
「でも、エリーがいなかったら僕は大男たちから逃げ切れなかったからね、あの時僕はエリーに命を救われたんだ、だから僕もエリーが危険だったら命を懸けて助けるって言っただけだよ。」
「うん・・・。そうだよね・・・クロはそういう人だってことが最近分かってきたよ。」
エリザベスのその言葉にクロエフは首をかしげた。
何かおかしいことでもあったのだろうか。
「クロはね、してもらったことと同じだけ返そうとするんだよ、でもね、同じものでなくてもいいんだよ?」
「でもそれじゃあ・・・僕だけがたくさんもらうことになっちゃうじゃないか・・・」
クロエフが不満そうに言うとエリザベスは首を横に振った。
「そう言うことじゃなくて、もしクロがもらったものと同じだけのものを返したいのなら、一回で全部返す必要はないってことだよ。一回で全部返しちゃったら
その人との間には何にもなくなっちゃうでしょ?でも少しずつ返すと、その人と仲良くなれるんだよ。」
「・・・それなら・・・僕はエリーにたくさんお返ししないといけないね学園祭の時とか、今日のこともだけど・・・。」
エリザベスはにっこりと笑ってまた首を横に振った。
「矛盾してるかもしれないけど・・・それは返さなくていいよ、クロ。私がしたいからしてるの、だって
返してもらいたくてクロを助けたわけじゃないもん。
ただ・・・クロがどこか遠くに行っちゃうんじゃないかって思うとなんだか怖くて・・・。学園祭の時も
そんな気がして必死だったんだよ。」
なぜ矛盾しているのか、人とのかかわりが多くなっていたクロエフにはわかるような気がした。ベッドに手足を放り出して寝そべっているエリザベスを穏やかな気持ちでクロエフは見ていた。
「じゃあ、エリーからもらったものは返さないでもらっておくよ、代わりに僕も一つエリーに約束をしよう。
どんな時でもエリーの手の届くところに僕はいることにする。君が怖いと思わないように。」
ポン、と音を立ててエリザベスの顔が赤くなった。
クロエフは椅子に座っているのでエリザベスがクロエフを見ると自然と上目づかいになってしまう。
「おとなしそうな感じなのに、思ったより大胆なことをするよね・・・。」
「・・・?そうかな?僕は結構真面目なんだけどな
・・・。それよりも早く部屋に帰った方がいいよ。
アリエルとエリーのお父さんにこんなところ見られたら僕がタダじゃすまないからさ。」
エリザベスはごろんとあおむけになるとクロエフを見上げる形になった。
「そのことなんだけどさ、お姉ちゃんはもう寝てるし、お父さんは仕事でもう家にいないから大丈夫だよ。だから私が今すぐ帰る必要はないよね!!クロ!!」
エリザベスはドヤ顔でクロエフにそう言った。無論アリエルとエリザベスの父のことはこころがかりではあったがクロエフにしてみれば明日は早く出なければいけないので早くエリザベスに部屋に帰ってもらって自分が寝たいだけだったのだがどうやらエリザベスにそうさせるつもりはないようだった。
「それに私の手の届くところにいてくれるんでしょ?だから今日はここで寝るね。」
「えぇ!!?それじゃあ僕の寝る場所がなくなっちゃうじゃないか・・・。」
クロエフは呆れた顔で椅子の背もたれに顎を付けた。
エリザベスのわがままは困ったものだ。大胆なことをするのもクロエフよりもむしろエリザベスの方だとクロエフは思った。
「私が寝ちゃうまででいいからさ、傍で話をしようよ。
クシャーナちゃんとか、ロッキーとかロストーとかみんなのこと、クロエフの方がずっとたくさんしってるんでしょ?」
「・・・まあ、確かにエリーよりはたくさん知ってるかもしれないけどさ・・・いいのそんなことで?そんなに面白いことはないよ?」
エリザベスにクロエフはじっと見つめられる。濡れた髪はもう乾いていて、いつものふんわりとした綺麗な金髪に戻っていた。クロエフはエリザベスの視線に
耐えきれずに目をそらして窓の外の方を見た。外はもうすっかりと暗くなっていて、町の明るい光が遠くで
ちらちらと揺れている。
「いいんだよ、『そんなことで』、じゃなくて、
『そんなことが』いいんだよ。私はもっとみんなのことを知りたいな。」
「じゃあ、エリーが寝てしまうまで、僕の知っていることを話すことにするよ。そうだね・・・最初は・・・」
その後クロエフはエリーに自分の知っていることを
思いつく限り話していった。ロッキーの勘がすごいだの、ロストーに作ってもらった料理で一番おいしかったのは何だったのかとか、クシャーナの寝起きが
悪くて、布団をはぎ取ると若干機嫌が悪くなること
など・・・本当に大したことのない日常の話だった。
「クロさ・・・みんなの話をしてる時、とっても楽しそうに話すよね・・・。私はやっぱりみんなとこの世界がすきなんだなーってクロを見るたびに思うよ。」
「そう・・・なのかな・・・。僕、そんな顔してたのか・・・。」
クロエフはエリザベスに聞こえないくらいの小さな声でつぶやいた。エリザベスがベッドの上で大きく伸びをした。
「なんだか眠くなってきちゃったなあ・・・。私はもう寝るけど、クロも眠かったら私の隣で寝ていいからね。」
エリザベスはそういうと静かに寝息を立て始めた。
相当眠かったのか、十秒とたっていなかった。
「手の届くところってどこまでなんだろうね・・・。
でも僕は必ずエリーのところに戻ってくるよ。」
クロエフは静かに眠るエリザベスを見ながらゆっくりと立ち上がると机の上に置いてあるメモにペンで
走り書きをしてドアの方へと歩いて行った。
「やらなくちゃいけないことがあるんだ。ごめんよ
エリー、僕は行かなければいけないんだ。特に理由もなかったけど今できた。僕は君の好きなこの世界を守るために僕は戦うことにするよ。」
ドアを開けて廊下に出るとそこにはこの家に来た時にドアを開けてくれた執事が立っていた。
「お出かけですかな?」
「えぇ、少しやらなくてはいけないことができたので、
もう行きます。みなさんが起きたら、お礼を言っていたと伝えていただけますか?」
執事は黙ってクロエフの方を見ていたがくるりと後ろをすぐに向いてしまった。
「お嬢様のためには止めるのが賢明な判断だとは思うのですが、あなたの覚悟は本物のようですな、この家に初めて来たときのような揺らいだ目ではなくしっかりとしたいい目をしている。ついてきてください、出口まで案内します。」
執事はそういうとさっさと歩きだした。クロエフは
それについて薄暗い廊下を歩いていく。これはクロエフが選んだ修羅の道だ。彼は自ら世界を救うという
重い使命を背負ったのだ。出口に着くと執事がドアを開けた、夜の空気が部屋の中へと流れ込んでくる。
相変わらず嫌な感じのする空気だった。
「お気をつけて、あなたに神の祝福がありますように。」