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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第八章 レイティンの商人たち

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第78話

 城壁から身を投げ出したアルディスは、着地寸前に魔力で体をふわりと浮かせて何事もなかったかのように降り立つ。

 周囲は混戦の真っ只中。その非常識な現れ方に気が付いた者は少なかった。


 腰から『蒼天彩華(そうてんさいか)』を抜き放つと、アルディスは獣に押され気味となっているエリアへと駆けはじめる。

 通りがけのついでに獣を狩りながら進んだ先で、まわりを囲まれ窮地(きゅうち)(おちい)った民兵の一団を発見した。


「くそ! 囲まれたぞ!」


「数はこっちが多いんじゃなかったのかよ!?」


「足を……! 足をやられた!」


「誰か! 援護を! ――助けてくれ!」


 民兵の数は十人に満たないようだ。

 それをぐるりと囲む獣の群れは、ざっと見たところ三十以上。


 戦場全体で見れば獣たちより人間の方が数は多い。

 しかし味方はともかくとして敵は指揮する者も居ない本能の塊だ。その分布に(かたよ)りができてしまうのは仕方ないことだろう。


 アルディスは『刻春霞(ときはるがすみ)』と『月代吹雪(つきしろふぶき)』の二本を解き放つと、自らに先行させる。

 薄い黄緑と純白の剣身が風切り音をたてて一直線に飛んでいく。


 刃は不意を打って民兵を囲む獣の背後から襲いかかった。

 まず二体。危険を察知する余地もなく後ろから首を落とされる。

 続いて二体。異変に気付き戸惑う一瞬の隙を突いて胴を貫かれる。

 さらに二体。敵意に反応して牙をむいた正面から頭を叩き割られる。


 瞬く間に六体の仲間を失った獣たちが、新たな敵を警戒してうなり声をあげた。


「な、なんだ!?」


「援軍か!?」


 突然倒された獣、そして姿の見えない攻撃者に、救われた方の民兵たちも状況を理解できないでいるようだった。


 宙に浮かんだ二本の剣へ向け、敵意を向けていた獣たちの中を藤色の影が突っ切る。

 二本の剣を先行させた後、自らも一直線に向かっていたアルディスが『蒼天彩華』を手にして群れを引き裂いていく。


 アルディスが剣を一振りするごとに、獣が一体また一体と倒されていった。

 それは戦いと言うよりむしろ作業。


 訓練で剣の素振りをするように、淡々と腕を動かせば、それにあわせて獣が倒れていく。戦いの素人である民兵たちにはおそらくそのように見えていたことだろう。


 三十を超えていた獣の群れは、一分もしないうちにその全てが斬り捨てられていた。


「大丈夫か?」


「あ、ああ……。助かったよ。ありがとう、剣士……魔術師さん?」


 (またた)く間に獣の群れを倒した腕前は、アルディスが熟練した剣の使い手であるということを示している。

 だが礼を口にした民兵の当惑はアルディスの(よそお)いによるものだ。


 鎧に身を固めるでもなく、盾を持っているわけでもない。

 その身にまとうのは風変わりなローブのみ。

 藤色に染まった丈の短いローブは、少なくとも近接戦闘を行う者が身を守るための防具には見えないだろう。


 剣士と言いかけて魔術師と訂正しながらも、最後に疑問形となってしまうのはそういった民兵の戸惑いが表れていたからだ。


「負傷者は下がって治療を。誰か肩を貸してやれ。残った者は引き続き獣の排除だ。必ず倍以上の数で囲めよ。数の多い群れは俺が引き受ける」


 誰にともなく告げると、返事を待たずにアルディスは周辺の獣を駆逐しはじめる。


 成人したてにしか見えないアルディスから一方的に指示を出されるのでは、民兵たちも面白くないだろう。

 だがアルディスの実力を目の当たりにした今、それを不満として口にする者はいなかった。戦場で歳が上だの若いだのにこだわるのは意味がないことだと、見せつけられたばかりなのだから。


(こと)()(なんじ)現身(うつしみ)()ちてまほろばへと(いざな)う――――眠りの霧モルテ・ウォルネ・シープ!」 


 『蒼天彩華』を振るい、『刻春霞』と『月代吹雪』を踊らせながら、アルディスは眠りの魔法を方々へかけて回る。

 剣で、魔法で、次々と無力化されていく獣たち。


「眠らせた獣へのトドメを頼む!」


 突然のことであっけにとられた民兵たちは、アルディスの声で我に返ると無防備に眠っている獣たちへトドメを刺しはじめた


 獣の多さに押されていた周辺一帯の戦況が一変する。


「これだけ狩っておけば、あとは民兵でも押し戻せるか」


 周囲の状況を確認したアルディスは、次なる行く先を求めて辺りを見回す。

 その視線が向かうのは、傭兵たちが魔物と激戦を繰り広げている最前線。


 次のターゲットを魔物に定めたアルディスは、二本の剣を従えたまま傭兵たちの戦場へと飛び込んでいく。

 人と魔物の雄叫び、魔物の爪が傭兵の武器とぶつかって(かな)でる鈍い音、時折混じる魔法の詠唱や地面が()ぜる音。――――――その合間に、パキリというかすかな音が聞こえた気がした。




 最前線では傭兵たちが強力な魔物相手に奮戦している。

 草原の絶望という名を冠する『ディスペア』、森の生態系で頂点に立つ『ウィップス』、山地に出没する恐怖の魔物『トロン』、群れたときの危険度はそのトロンに匹敵する『ハウンド』。

 いずれも生半可な腕では太刀打ちできない危険な魔物たちである。


「森や山からも集まってきてるな……」


 草原に生息するディスペアはまだしも、森や山を住み処とする魔物までもがいることに、アルディスは眉をひそめる。


 獣に対峙する兵士と民兵も決して楽な戦いをしているわけではない。

 だが獣を相手にするのと、魔物を相手にするのではその危険度も(けた)違いだ。

 魔物の中でも比較的弱いとされるディスペアやウィップスですら、大半の傭兵にとっては手に負えない相手と言える。


 しかしこの戦場にいるのはただの傭兵たちではなかった。

 『自由雲』、『竜の尖兵』、『精霊の導き』、『紅三剣』。いずれも国をまたいでその名を(とどろ)かせる屈指の傭兵たちだ。

 相手が魔物だろうと、そんな事は関係ない様子だった。


 重々しい斧を振り回した大柄な傭兵の一撃が『ウィップス』の尾を断ち、長身の傭兵が鋭く差し出す穂先(ほさき)は『ディスペア』の大きく開いた口へ突き刺さる。

 ある者は機敏な動きで魔物を翻弄し、ある者は援護の魔法で魔物の機動力を封じる。

 戦いに特化し、戦いを極めた者たちの姿がそこにはあった。


 無論、一方の魔物も黙ってやられてばかりではない。『トロン』の強力なアゴが油断していた剣士の腕を食い破り、『ハウンド』の爪が傭兵のレザーアーマーを切り裂いて血の雨を降らせた。

 『自由雲』たちのように魔物と互角に戦える傭兵ばかりではないのだ。


 一部では傭兵が魔物を圧倒し、その他では傭兵と魔物が互いに命を削り合っていた。


「テッドは――問題なさそうだな。だったら俺は……、ん?」


 危なげなく魔物を屠るテッドの姿を一瞥した後、アルディスの目はひとりの傭兵に吸い寄せられる。

 そこにいたのはレザーアーマーに身を包んだ剣士。

 その剣士はたったひとりでディスペア三体と戦っていた。


 《――――ピキッ》


 後ろから見えるのは深い緑色の髪の毛とスラリとした細身の体だけ。

 剣士が軽い足取りで正面のディスペアへと歩いて行く。


「シャアアァァァァ!」


 威嚇するディスペアに戸惑うことなく近寄り、その間合いがあと一足というところになった瞬間、剣士の体がぶれる。


「グガアアァァァァ!」


 いつの間にか振り抜かれた剣によって、ディスペアはその体を斜めに斬り落とされ、いびつなふたつの肉塊に変えられていた。


「シャアアア!」


 剣を振り抜き動きの止まった剣士へ向けて、左右から一斉に残ったディスペアが襲いかかる。

 剣士は慌てる風でもなく二歩後退ると、左から来たディスペアの口へ左腕に固定したラウンドシールドを打ちつける。


 ディスペアが怯んだ。


 その細身にどれだけの力を持っているのだろうか。

 ディスペアの突進を片腕でいなし、勢いの止まったその首を一刀両断に斬り落とす。

 次いで反対側へ身をひるがえすと、飛びかからんばかりに疾走してきた最後のディスペアへ向けて正面から突きを繰り出した。


「ゲアガガァァァ!」


 断末魔の声をあげて、ディスペアがグタリと力を失う。

 緑髪の剣士は、草原の絶望と呼ばれる魔物三体を容易(たやす)(ほふ)ってしまった。


 もちろんこの場に手練れの傭兵は何人もいるだろう。

 『竜の尖兵』の重剣士はその膂力で魔物を蹴散らし、『紅三剣』の女傭兵は軽やかなステップで魔物を翻弄しているのがわかる。

 そんな傭兵たちの中でも緑髪の剣士はひときわ目を引く存在だった。


 他の傭兵たちはあくまでもパーティとして連携した上で魔物と戦っている。

 いくら手練れの傭兵とは言え、テッドのように単独で魔物と渡り合える者は少ないのだ。

 瞬く間にディスペア三体をあしらって見せた剣士は、ここに集まっている傭兵たちの中でも頭ひとつ抜きんでている。もしかするとテッドよりも強いかもしれない。


「面白いな」


 アルディスはその剣士に興味がわいた。

 彼の剣筋が傭兵にしてはキレイすぎたからだ。


 傭兵の剣術というものは、ほとんどが我流(がりゅう)と言っても良い。

 中には以前アルディスを襲った刺客のように正規の剣術を学んでいた者もいるが、それは少数だ。

 村であぶれた農家の三男や、貧民街出身の孤児、まともな職に就けない荒くれ者が行き着く先が傭兵という存在である。

 傭兵の先輩から手ほどきを受けるか、それができなければ我流で剣を振るうしかないのだ。


 当のアルディスも正規の剣術を学んだことはない。

 親代わりの傭兵に学び、仲間の剣術を見て盗んだ技術がその根底にある。

 だがアルディスが目の前で見た剣筋は、明らかに正規の剣術をたたき込まれた者のそれであった。


(しかも手練れだ。元正規軍くずれの傭兵か?)


 とはいえ、思い巡らすアルディスの都合などお構いなしに魔物たちは押し寄せてくる。

 たった今三体のディスペアを屠った剣士の元へも、さらに追加のディスペアが二体、加えてウィップスが四体向かって来ていた。


(さすがにあれはひとりじゃ厳しいか)


 囲まれないよう彼我(ひが)の立ち位置を巧みに調整し、緑髪の剣士は後退する気配を見せていた。

 フォローが必要と判断したアルディスは、『蒼天彩華』を手に剣士のもとへと走り寄る。


「そこの剣士! 援護はいるか!?」


2019/08/11 誤字修正 剣士の元へ → 剣士のもとへ

※誤字報告ありがとうございます。

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