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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第八章 レイティンの商人たち

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第77話

 一夜明けたレイティンの街。

 早朝の街は普段なら清浄な空気に満ちあふれ、(おだ)やかな活力を(かも)し出すことで一日のはじまりを人々に告げる。


 だが今日ばかりは様子が異なっていた。

 漂ってくる血の匂い。街の外から聞こえてくる獣の声。そしてなにより大通りに整列している武装した一群の存在が、この朝を非日常であると明示しているのだ。


 城壁の守りをのぞいた正規兵四百。招集された民兵千五百。参戦依頼に応じた傭兵百あまり。それがこの武装した一群――討伐軍の全容だ。


 当然テッドたち『白夜(びゃくや)の明星』も討伐軍に参加していた。

 門を開き魔物の群れへ突撃する部隊にはテッドが、城壁の上から魔法と弓で支援攻撃をする部隊にはオルフェリア、ノーリス、そしてその(よそお)いから魔術師と判断されたアルディスがその身を置いている。


 本来ならばパーティを組んでいる仲間同士、一団となって行動するのが望ましい。

 単独でも強い傭兵もいるが、基本的に傭兵たちは仲間同士連携する事でその戦う力を存分に発揮する。

 その連携は、一朝一夕でつちかわれるものではない。普段から生死を共にしているパーティだからこそ、あうんの呼吸で連携がとれるのだ。


 だが確実に乱戦が予想される戦場で、近接戦闘が不慣れな魔術師を危険にさらすのは問題がある。


 魔術師の放つ魔法は、他の方法では得がたい威力を持つ攻撃と言えよう。

 まして城壁に押し寄せてくる獣たちは、統率も何もなく一心不乱に群がっているだけだ。

 攻撃魔法に対する対抗策を持ち出してくる人間相手より、その効果は高いと思われる。


 たとえばこれが野戦であれば、パーティ単位で配備するという事も考えられる。

 しかしせっかく安全な城壁の上から一方的に攻撃ができるのだ。そのアドバンテージを活かさない手はないだろう。

 城壁の上から群れの真ん中に攻撃魔法を放つ方が、乱戦の中で身を危険にさらしながら戦うよりよほど効率が良い。軍の指揮官はそう判断したようだった。


 弓士であるノーリスは、それなりに近接戦闘もこなせる。

 しかしやはり壁上から空飛ぶ獣を迎撃する方が優先ということで、城壁に配置されていた。


「諸君らの役割は壁上から行う獣に対する攻撃、および空から壁内へ侵入しようとする獣の迎撃だ!」


 戦いを前にして、城壁の上では軍の副指揮官と名乗った男が声を張り上げて説明する。


「第一撃は魔術師による魔法攻撃だ! 可能な限り広範囲を対象として、獣の数を減らすことに注力して欲しい! 戦闘開始から五分間は、魔法攻撃に専念してくれ! その間、弓士は飛んでくる獣の迎撃に集中! 無防備になる魔術師を守って欲しい! その後合図と共に魔法攻撃をいったん中断、しかるのち東門を開き主力部隊が打って出る! 以後は各自の判断で迎撃と主力の援護を行ってもらう!」


「ちょっと良いですかね?」


 副指揮官の説明が一段落したところを見計らって、細身の魔術師が軽く手を挙げた。


「なんだね? キミは確か『自由雲』の……」


「『自由雲』の一員、ヒュールです。作戦の方は理解しましたし、その点については(おおむ)ね異存ありません。ただ、主力部隊が打って出た後は壁上から援護するのではなく、下に降りて前衛部隊の側で援護をしたいのですが、いかがでしょうか?」


「しかしそれは危険だろう? 失礼な物言いになるかもしれんが、乱戦のただ中に魔術師が居ては獣にとって良いカモではないのか? 前衛部隊にも魔術師を守る余裕などないと思うが」


「それはわかっています。ですが獣相手ならともかく、魔物相手に魔術師の援護なしではさすがに苦しいはず。ここからでは十分な援護ができません。今回我々傭兵に求められているのは魔物の相手ですよね?」


 傭兵たちの間から次々と同意の声があがる。


「しかし……」


 彼の言い分は理解できても、副指揮官にはやはり無防備に近い魔術師たちを送り込むことにためらいがあるようだった。


「乱戦へ巻き込まれないようにするため、最初に魔法攻撃を浴びせるのだろう? 獣の数が減れば、それだけ援護に向かう魔術師の危険も減るはずだ。あとは敵の状況を見ながら各自が判断すれば良い話じゃないのか?」


 副指揮官へ向けて、別の魔術師から意見が飛ぶ。

 危険の有無を判断するのも、命を危険にさらすのも自己責任だと言うその考えは、まさに傭兵らしい。


「むう……。そうまで言うなら仕方ない。主力が打って出た後は各自の判断に任せるとしよう。だが、空を飛ぶ獣の撃退もおろそかにはできぬ。何人かは残ってもらいたいが」


 副指揮官が傭兵たちに妥協(だきょう)案を示す。

 結局十人ほどの傭兵が城壁に残って迎撃の任につくこととなり、後はそのまま留まるか、前線へ援護に向かうか各自の判断にゆだねられた。


 『白夜の明星』ではノーリスとオルフェリアが城壁に残ることを決める。

 ディスペア程度の魔物ならテッドは援護を必要としないし、彼は勝ち目のない相手に挑むほど無謀でもない。危険ならさっさと後退するだけの判断力はあるだろう。

 アルディスに至っては言うまでもなかった。




 準備が整い、各自が定められた配置につく。


 開戦前の静けさ、というわけでもない。

 相手は獣。事前説明を受けている間――というより、昨夜も一晩中城壁に向かって襲いかかって来ていたのだ。

 壁にぶつかり、引っ掻き、うなり声をあげる獣たちとは対照的に、人間たちは息を潜ませて号令を待つ。


 やがて副指揮官が指揮杖を頭上に掲げ、命令と共に振り下ろす。


「撃て!」


 その声と同時に魔術師たちが詠唱をはじめ、やや遅れてあちこちで魔力による暴力の塊が顕現(けんげん)しはじめる。


「燃えさかる炎は我が力と誇りの証――――火球(グライスト)!」


「切り裂く風は白き淑女(しゅくじょ)(かな)でる調(しら)べ――――風切(シェルウィ)!」


「貫くつぶては勇壮なる騎士の揺らぎなき(ほこ)――――岩石(デッセル)!」


「打ちつける弾丸は高貴なる冬妖精の尖兵(せんぺい)――――氷塊(フェルテ)!」


「淡き白は遥かなる虚空(こくう)(はぐく)みし断罪の閃撃(せんげき)――――烈迅の刃スティ・グロール・エルメート!」


 魔術師たちの手から次々と破壊の力が解き放たれる。

 火炎の魔法が『グレイウルフ』を焼き、岩石の魔法が『スナッチ』の体を貫いた。

 上位攻撃魔法が獣の群がっている一帯を斬り裂いて、途端に大地を血で染め上げていく。


(たけ)き紅は烈炎の軌跡に生まれ出でし古竜の吐息――――煉獄の炎フェルノ・レスタ・ガノフ!」


 オルフェリアも負けじと得意とする上位魔法を放つ。

 獄炎(ごくえん)が獣の集団を包み込み、東門前の平原に黒い染みを作り出した。


「数が多そうなのは、あそこと――あそこ。あとはあっちか。……やっぱり昨日より数が増えてるな」


 アルディスは周囲を見渡してその数を確認する。

 何が原因なのかはわからないが、時間が経つにしたがって獣の数はどんどん増えている。

 一体どこからやって来ているのだろうか。既にその数は三千を超えようかというところだ。


「輝く蒼は色果てし幻の地を舞う永遠(とわ)(とき)と静寂――――極北の嵐トロア・シュス・フォローテ!」


 小手調べとばかりに手早く詠唱すると、アルディスは極寒の世界を創り出す。


 瞬間的に指定した空間の温度が下がり、空気中の水分が氷結して白い霧となった。

 その冷気は範囲内にいる生物へも襲いかかり、最初にその吐息を、次に毛先を、そして筋肉と体中の水分を凝固させていく。

 やがてモヤがかった一帯が風に吹かれその光景が明らかになると、城壁の上でざわめきが起きはじめる。


「な、んだ……あれ?」


「極北の嵐ってのはわかるけど……、デタラメすぎる」


「なんという威力と範囲の広さ……」


「気のせいですかね? 範囲内にいた魔物も一撃で仕留めている気がするのですが……」


 見れば、三千体いた獣たちの二割ほどが一瞬にして凍りついている。

 うねり狂う波のように(うごめ)いていた獣の群れに、青白い氷に包まれて動きを停止した円形のエリアがいくつも出現していた。

 魔法の効果範囲である円形ひとつとっても、通常の極北の嵐と比べて非常に広く大きい。


「誰だ……?」


 魔術師たちは戦闘中であることも忘れ、その使い手が誰なのか気になって仕方ないようだった。

 そんな視線もお構いなしに、アルディスは続けて詠唱を開始する。


「戦乙女よ、(なんじ)は尊き死の(つむ)ぎ手なり――青き命と赤き喜び、幾重(いくえ)にも張り巡らせゆくがごとく運命の軌跡を我は望む――触れよ触れよ、揺れよ揺れよ、射止めよ射止めよ――約束されし地への導きを盟約に従い()の者へ示せ――――虹色の弓リテ・キュオール・ロ・ベルネ!」


 アルディスの頭上へ七色に輝く球体が現れる。

 静かに、だが圧倒的な存在感を持ったその球体は、周囲の視線を釘付けにしたまま膨張を続けた。


 その大きさが人間の身長を優に超えるほど巨大になると、表面が音もなく波打ちはじめる。

 波が次第に細かくなり、さざ波を思わせる大きさになったとき、突然変化が訪れた。


 さざ波のひとつひとつが突如球体から突き出たかと思うと、瞬時にそれは細長い光の矢となって眼下に群がる獣たちへと飛びかかる。

 その光景は正に弓兵の一斉射撃であった。違いがあるとすれば、矢と違って山なりではなく一直線に敵へ向かって飛ぶ事、その威力が桁違いに高いこと、そしてそれを実行したのがたったひとりの人間であることだ。


 アルディスの生みだした魔法の矢は、さえぎるものもなく獣たちへと突き刺さりその命を奪う。

 誰ひとり正確に把握できている者は居ないが、その数が百を下回ることはないだろう。

 狙われた獣はひとたまりもない。急所を一撃で貫かれ、途端に物言わぬ(むくろ)となりはてた。


「すごい……。虹色の弓の使い手とか、私初めて見たわ」


「いや、ちょ……! おかしいからアレ! 虹色の弓って普通は十本くらいしか放てないから!」


「まだガキじゃないか!?」


「誰だあの魔術師は?」


 虹色の弓というのは制御が非常に難しいとされ、使い手が極端に少ない。

 その使い手に興味を抱くのは、魔術師であれば当然のことだろう。


 だが、アルディスにしてみればそんな事はどうでも良いことだ。

 先ほど使った魔法も、実際には虹色の弓を模しているだけであって、虹色の弓そのものではないのだ。当然詠唱などせずとも使うことは可能だった。


「あはは。毎度のことだけど味方を混乱させるのが上手いなあ、アルディスは」


「まったくもう。どうしてあれで魔力切れ起こさないのよ。どう考えても反則だわ」


 ノーリスとオルフェリアの評価があきれ半分なのはいつものことである。


「……ああいう魔術師は戦場で敵に回したくないですね。ですが今は味方。とても心強い事です。僕も負けていられませんね!」


 『自由雲』の魔術師ヒュールがアルディスの魔法を見て奮起する。

 オルフェリアのそれと比較しても遜色(そんしょく)のない煉獄の炎を獣の群れへ放ち、その数を確実に減らしていく。


 それを見た他の魔術師も自分たちの役割を思い出し、次々と攻撃魔法を撃ち出す。

 攻撃開始の号令から五分。

 さんざんに魔法での攻撃を受けた獣の群れは、当初の半数以下にまでその数を減らしていた。


「よし! 撃ち方やめ! 以後は打って出る主力の援護と上空の獣撃退に専念する!」


 副指揮官の声で、壁上からの攻撃が止む。


「開門!」


 足もとで東門が開く音が響いた。


「出撃だ!」


「行くぞ諸君! 遅れるな!」


「おおー!」


 それまで息を潜めて出撃の合図を待っていた主力が、(とき)の声を上げて壁外へと雪崩(なだれ)打って出た。


 数の上では逆転している。しかし向こうには獣だけでなく魔物も混じっていた。

 獣程度ならともかくとして、一般兵や民兵に魔物の相手は無謀というものだろう。

 決して楽観できない状況に副指揮官の表情も硬い。


「では副指揮官さん。僕たちは仲間の援護に向かいます」


「うむ。武運を祈る」


 『自由雲』のヒュールをはじめとして、魔術師たちがパーティの仲間と合流するべく城壁を降りていく。


「じゃあ俺も行くか。ノーリス、オルフェリア、ここは頼むな」


 アルディスはふたりからの返事を受けると、階段とは反対側に歩きはじめる。


「おい、あんたどこに行くんだ? そっちは外側だぞ? 階段なら反対側に行かないと――」


 戸惑いながらも呼び止めようとした兵士の声を無視し、アルディスは城壁の端に立つ。


 眼下では出撃した主力部隊と獣の群れが入り混じって戦っていた。

 戦場を一瞥してその状況を瞬時に読み取る。


「テッドは……あそこか。放っておいても大丈夫だな。戦力が薄いのは……、あのあたりだな」


 誰にともなくひとりつぶやく。


「なあ。相手は獣だから矢は飛んでこないだろうけど、そんなところに突っ立ってたら危ないぞ。早く後ろに――って、ええ!」


 アルディスの身を案じて声をかけていた兵士がギョッとする。


 城壁の端に立っていたアルディスは何のためらいもなく体を外側へ傾けると、重力に引かれるままその体を宙に投げ出した。


2017/06/18 修正 実行した人間が → 実行したのが

2017/06/18 誤用修正 息を潜んで → 息を潜めて


2019/08/11 誤字修正 手を上げた → 手を挙げた

2019/08/11 誤字修正 攻撃魔法を打ち出す → 攻撃魔法を撃ち出す

2019/08/11 修正 放って置いても → 放っておいても

※誤字報告ありがとうございます。


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