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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第八章 レイティンの商人たち

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第68話

 アルディスの不慣れな手つきで整えられたネーレの髪型は、双子と同じく耳が半分見えるくらいのショートヘアだ。


「おそろいだね、ネーレ!」


「一緒、一緒!」


 自分たちと同じ髪型となったクールな女保護者を見て、双子が嬉しそうにはしゃぐ。

 白に近い青色と白みがかった金色。色合いの似通った三人が並べば、年の離れた姉妹に見えるかもしれない。


「まあ本職じゃないんだし、多少不格好なのは勘弁してくれ」


「問題ない。上々の仕上がりだ、我が主よ」


 弁解じみたアルディスの言葉にネーレが上機嫌で応える。

 普段あまり感情を表に出さない従者だが、今日はいつもより笑顔が多い。


「さて、それではほどよい時間になったところだ。我は夕餉(ゆうげ)支度(したく)に取りかかるとしよう。我が主はゆるりと体を休めているが良い」


 足取りも軽く家の中へと入っていくネーレ。

 彼女の言う通り、空を見上げると陽は傾きつつあった。

 夕暮れまではまだ時間があるだろうが、夕食の準備を待ちながらのんびりと過ごすにはちょうど良いだろう。


 幼い双子がいるこの家では夜更かしをする習慣がない。

 風呂で旅の疲れを洗い流し、まとわりついてくる双子と共にリビングのソファーでゆっくりと夕餉を待った。


調(ととの)うたぞ」


 端的なネーレの声かけに、アルディスと双子が食事の並べられたテーブルへと着く。


「主が調味料を買って来てくれたおかげで、今日は満足のゆく味に仕上がった」


 街中の家であれば毎日買い物へ出かけることも容易だろうが、こんな森の中では食料品店などあるわけもない。

 かといって双子を残したままネーレが王都へ出かけるわけにもいかないだろう。


 幸い森の中では獣を狩って肉を調達することが出来るし、ある程度の野草は採取が可能である。

 今はまだ収穫に至っていないが、いずれは庭の家庭菜園からも新鮮な野菜が採れるはず。


 だがパンの材料となる小麦は街で購入する必要があるし、何より調味料や香辛料の類いは自給自足が困難だ。

 また、必須というわけではないが、魚介類の干物や卵などは必然的に街で買うしかなかった。


「卵か……。王都から帰るときに買ったとしても、大して日持ちするわけじゃないしな。庭でニワトリでも飼えば安定して入手できるだろうけど……」


 卵があればさらに食事を充実させられるというネーレの話を聞き、アルディスがつぶやく。


「ニワトリさん飼うの? 何匹飼うの?」


「ひあなはひ、にはとひさんのおへわふるー!」


「リアナ、食べながらしゃべるでない。不作法ぞ。あとフィリア、ニワトリは一匹、二匹ではなく一羽、二羽と数えるのだ」


「動物さんなのに一匹じゃないの?」


 動物は全て匹という単位で数えていたのだろう。フィリアが青みがかった浅緑色(あさみどりいろ)の瞳に疑問を浮かべてネーレへ訊ねる。


「鳥の仲間は何匹、ではなく何羽と数える。覚えておくが良い」


「ふーん、変なのー。一緒にすれば良いのに」


 よくわからない、といった感じでフィリアは返事をする。

 そのタイミングで、ようやく口の中にあった料理を飲み込んだリアナが、遅ればせながら参戦する。


「リアナたち、ニワトリさんのお世話するー!」


「うむ。お主らにもニワトリの世話を手伝ってもらうとしよう。ということだ、我が主よ。機会があれば何羽か調達して来てもらえぬか?」


「そりゃあ別に構わないが……。肉食獣を呼び寄せることにならないか?」


 ニワトリを飼う事自体には異存もないが、それが身の安全を脅かすようでは困る。


「心配は要らぬ。頑丈な石造りのニワトリ小屋を作って、夜はそこへ入れておけば良かろう。万が一獣が寄ってきたところで、この子らには指一本触れさせぬよう我がついておる」


 結局アルディスは自信満々な様子のネーレ、そして「ニワトリさん!」とはしゃぐ双子に後押しされ、次回王都へ行ったときにニワトリを買って帰ることにした。


「ではさっそく明日からニワトリの小屋作りにかかるとしよう。心配するな、我が主。魔物の襲撃にも耐えうる強度で造り上げてみせるゆえ」


 妙に意欲的な従者を前に、アルディスは苦笑いを返す。


「いや、そこまで頑丈じゃなくても良いんだが……」





 一晩ゆっくりと体を休めたアルディスは、ネーレと双子に見送られて王都グランへと向かった。『白夜(びゃくや)の明星』のメンバーと合流する為である。

 テッドたちも都市国家連合のレイティンへ仕事で向かうため、それなら同道しようという話になっていたからだ。


 朝一番で門をくぐり、王都へ入るとまっすぐテッドたちが泊まっている『せせらぎ亭』へと歩いて行く。

 早朝特有の冷たく澄んだ空気が広がる中、王都の大通りには朝市へと足を運ぶ住民や荷車を引く商人風の姿が多く見られた。


 王都の中と外とを隔てる門は開いたばかりだが、すでに人々の生活は動きはじめている。

 静けさの中に染み通る騒然とした雰囲気を感じながら、アルディスは自らが常宿(じょうやど)としている『せせらぎ亭』の入口を通り抜けた。


 食堂となっている宿の一階では、すでに出発の準備を終えた傭兵や行商人たちでにぎわっている。ただ、不思議と朝食をとっている者は見当たらなかった。


「いらっしゃい! あ、アルディスさんじゃない!」


 アルディスの姿を見つけるなり、看板娘のメリルが元気よく声をかけてくる。


「昨日はお客さん連れてきてくれてありがとうね!」


 アルディスと別れた後、テッドたち三人は結局そのまませせらぎ亭へ宿泊したらしい。

 宿側からすると、アルディスが新しい客を連れてきてくれたようなものだった。


「アイツらに話があるんだが……。もしかして、まだ寝てるか?」


「ううん。向こうのテーブルに座ってるわよ」


 テッドたちの所在を確認すると、メリルが食堂の一角にあるテーブルを指さす。

 その先へ視線を移したアルディスは、丸いテーブルを囲むように座る三人の姿を見つけた。


 だが三人共がテーブルに突っ伏しているのはなぜだろう。

 疑問符を頭に浮かべながらも、メリルに礼を言って三人の座るテーブルへと近づいていく。


「よう、テッド。どうしたんだ? 飲み過ぎか?」


 真っ先に考えられるのは、昨日の夜ハメを外して酒を飲み過ぎたことからくる二日酔い。

 だがそうすると、ノーリスまでもが突っ伏しているという状況に合点(がてん)がいかない。

 後先考えず飲みまくるテッドや酒癖の悪いオルフェリアと違い、ノーリスは自分の酒量をよくわきまえている。

 彼が酒で前後不覚になるのは見たことがないし、翌日に支障をきたすほど深酒をするとも思えなかった。


「あ、ああ……。アルディスか……」


 起き上がったテッドの顔色は青ざめていた。


「ひどい顔だが、二日酔いってわけじゃなさそうだな?」


「ああ、酒じゃねえよ」


「だったら一体――」


「まずい」


「は?」


 問いかけるアルディスにテッドが返したのは、予想外の一言だった。


「まずいって、何か問題でも起こったのか?」


「そうじゃねえ。まずいんだよ。飯がまずいんだよ。メチャクチャまずいんだよ! 嫌がらせかっていうくらいまずいんだよ! なんだよこれ、食い物かよ!?」


 青い顔で力説するテッドの矛先は、テーブルに並べられた朝食へ向けられていた。


 何か得体の知れない物体を練り込んだパン。奇妙な彩りのサラダ。そしてやたらと酸っぱい匂いを漂わせる白いスープ。

 そのラインナップを見渡して、アルディスはようやく原因を理解した。


「ああ……、そういうことか……」


 一見すればまともそうに見えるメニューだが、よくよく注意してみれば何やら引っかかるものを感じたかもしれない。

 『白夜の明星』ともあろう者たちが、この程度の違和感を察知できなかったとも考えにくい。


 だが、まさか金を取って商売をしている宿の食事に、ここまでひどい問題が潜んでいるとは思わなかったのだろう。

 アルディスが紹介した宿ということで信用していたこともあったのか、どうやらテッドたちは何の警戒もなく『せせらぎ亭』の終末兵器(メリルの朝食)をそうとは知らずに食べてしまったらしい。


「うっぷ……。まだ吐き気がおさまらねえぞ」


 テッドが口を押さえて耐える。


「あはは。やっぱりアルディスの常宿だけあるね。強烈だったよ……」


 ノーリスは乾いた笑いを浮かべた後、何やら遠い目をしていた。


「うぅあ……。さすが王都ね。パンチ力のある見事なまずさだったわ。今度みんなにもごちそうしてあげないと……」


 ある意味まずいものハンターと言えるオルフェリアは、その味に感心しながら物騒な計画を口にしていた。


「ちょっと、アルディスさん! ひどいと思いません!? 渾身の創作料理をみんなしてまずいまずいって!」


 アルディスたちのやりとりを聞いていたメリルが抗議の声を上げる。


「ひどいって、そりゃこっちのセリフだ。これで金取るとか、ほとんど犯罪じゃねえか」


 テッドの声は弱々しい。


「ひどーい! これでもアルディスさんはおいしいって言ってくれるんだから! ねぇ、アルディスさん!」


 これまで一度たりとも「おいしい」などと言った憶えはないのだが、実際のところメリルの料理を文句も言わず平らげる人間は王都中を探しても数えるほどしかいない。

 メリルにしてみれば、それだけで十分「おいしい」の評価を受けていると感じるのだろう。


「あ、アルディスさん朝食はまだでしょ?」


「いや、俺はもう食って来――」


「すぐに用意するからそこ座って待ってて!」


 アルディスの返事も聞かず、メリルが厨房へと駆けていく。


 どうやら彼女特製の朝食を食べることは、避けられない規定事項となっているようだった。

 軽いため息をつきながら、アルディスがテッドたちと同じテーブルへ座る。


「ん? どうした?」


 腰掛けたアルディスが視線を向けると、テッドたち三人が奇っ怪な物でも見るような目をしていた。


「お前……、すげえな。自分からこれに挑むって……どんな勇者だよ?」


「すごいねアルディス。今ちょっとアルディスの事、尊敬しちゃったよ」


「アルディスってば、舌まで規格外なのね。さすがだわ」


 別に喜んで食べているわけじゃないんだが、と内心で眉を寄せながらアルディスは三人からの妙な賞賛を無言で受け容れた。


 やがてテーブルの上へメリル特製の朝食一式が並べられると、アルディスは出された食事を黙々と食べはじめる。

 食事を終えるまでの短い時間、メリルからは嬉しそうな笑顔が、そしてテッドたち三人からは理解不能を形にしたような視線が向けられ続けることとなった。


2017/03/01 修正 ひあな → ひあなはひ

         リアナ → リアナたち

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[一言] 決して、旨いとは言ってない。
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