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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第八章 レイティンの商人たち

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第62話

 都市国家連合の東端に位置する都市国家レイティン。

 その立地からナグラス王国との交易で発展し、西へ東へと日々行商人たちや隊商の馬車がひっきりなしに行き()う街である。


 この街を本拠に活動する商会も多く、それだけに競争は苛烈(かれつ)だ。

 うかうかしていると出し抜かれ、気を抜いていると資産丸ごと失いかねない。


 街を東西に貫く大通り沿いには、多種多様の商品を扱う大小の商会が(のき)を連ねていた。

 その中にある一軒の建物。

 正面入口には『リッテ商会』と名称が彫られた看板が掛けてある。


 周辺の建物がそうであるように、この建物も一階は店舗と受付になっており、二階には応接スペースや従業員室、そして商会の主である会長の部屋があった。


 廊下に面した扉は、決して新しいものではない。

 建物の持ち主が代わり、会長が代替わりしても、ずっとそれを見守ってきたのだろう。

 古くはあるが丁寧に手入れされたドアの存在が周囲の雰囲気を落ち着かせ、この建物の生きてきた長い年月を感じさせてくれる。


「だからどうしてあの子がナグラスまで行かなきゃいけないの!?」


 そんな(おごそ)かな雰囲気を台無しにする声が、部屋の中に響きわたっていた。


 会長の部屋に居るのはふたりの女性。

 声を大にして叫んでいたのは、ロヴェル商会の跡取り娘であるエリー。

 鮮やかな長い金髪をもつ十代後半の女性だ。肩を震わせながら蒼い瞳に怒りを浮かべている。


 一方、怒りの矛先になっているのが、部屋の主であるリッテ商会の会長マリーダ。

 灰色のショートカットに丸い大きな栗色の瞳。こちらもエリーと同じく二十代を目前にした年頃である。


 ふたりとも、絶世の美女というほどではないが、それぞれ整った顔立ちをしていた。

 向かい合っておしとやかに談笑でもしていれば、それなりに男性から好意の視線をむけられることだろう。


 だが今この時に限って言えば、部屋に流れる空気は(おだ)やかと言いがたいものであった。

 悠然とソファーへ座るマリーダに対し、エリーが立ち上がって目の前にいる人物を(にら)んでいるからだ。


「エリー。嫁入り前の娘がそんな怒鳴ったりするもんじゃないよん」


 マリーダが今にもつかみかかって来そうなエリーをなだめる。


「怒鳴らせるようなことをしたのはあなたでしょ」


 大声を出して多少落ち着いたのか、エリーは腹立ちを表情に残したまま乱暴にソファーへ腰を下ろす。


「私も商人の端くれだからにぃ。いくら幼なじみの危機を救うためとは言え、部下の手前、無償で融資をするわけにはいかないんだよん。融資と引き替えに、商会にとって大事な用事をこなしてもらう、これは商取引みたいなものだにぃ」


「でも、だからってキリルは関係ないでしょ」


「そんな事はないよん。キリル君も見習いとはいえロヴェル商会の一員であることに変わりはないっしょ? 商会の進む先は彼の今後に大きく影響するんだから、問題回避のために全力を尽くすのは当然だにぃ」


 もっとも、キリル君の場合は商会よりもエリーのためにって感じだけどね、とマリーダは心の中でだけつぶやく。


「融資のことならもう解決したのよ。ジンバリル商会のジュリスさんがうちの借金を肩代わりしてくれるって……」


「で? その代わりにエリーがジュリスの(めかけ)になるのを黙って見ていろと、キリル君に言うわけかにぃ?」


「私のことは仕方ないの。もともとまともな結婚が出来るとは思ってなかったし、『間引かれ』である以上、商会はうちの優秀な人に跡を譲った方が良いでしょうから」


「エリー」


 途端にマリーダが真剣な顔つきになる。


「そりゃ確かにエリーのことを『間引かれ』だ何だと言う口さがない奴はいるよ。エリーが商会を継いだら、きっとそれを理由に苦労もするだろうし。でもね――」


 マリーダの大きな瞳がエリーを射抜く。

 普段のおちゃらけた口調がなりを潜め、素の言葉遣いでエリーを(いさ)める。


「アンタ自身がそれを理由にして人生諦めたら、アンタのことを支えようと努力している人間の立場はどうなるの? アンタのお父さんやキリル君がアンタのためにやっていることを、アンタ自身が否定してどうすんのよ」


「……ごめん」


 マリーダの言葉に思うところがあったのか、エリーがしおらしく謝罪の言葉を口にした。

 それを受けて、マリーダの雰囲気がいつもの明るいものに戻る。


「謝る必要はないよん。ま、私もえらそうな事を言えた立場じゃないからにぃ」


 一番(たち)が悪いのは自分であることをマリーダは良く理解していた。

 目的のためには幼なじみの不幸すらダシにして、息を吐くように嘘をつき、幼い子供を駒のように扱う。

 死んだら絶対地獄行きだな、とマリーダは他人事のようにあきれる。


「ねえ、マリーダ。今からでもキリルに迎えを送って戻ってくるように言ってくれない?」


「それは意味のないことだよん。予定通りなら今頃ナグラスからこっちに向かってるころだにぃ」


 マリーダの言う通り、キリルがレイティンを出発したのは十日以上前のことだ。帰ってきている最中の人間を呼び戻すも何もありはしない。


「それは無事なら、でしょ? 成人してるならともかく、キリルはまだ十二歳の子供なのよ? お父さんまで知ってて黙ってるなんて……」


 エリーの父親、つまりロヴェル商会の会長にはもちろん根回し済みだ。

 キリルの不在をエリーに悟られぬよう、適当な理由を付けてごまかしてもらっていた。


 早い段階でこのことがエリーに知られれば、すぐさま護衛をかき集めてキリルを追いかけかねない。エリーはそういう女性だった。


 結局最終的にはバレてしまったが、今日にもキリルが帰ってくるかもしれないとなれば、行き違いを避けるため街を飛び出して探しに行ったりはしないだろう。


「大丈夫、大丈夫。キリル君は歳のわりにしっかりしてるからにぃ。必要経費として路銀(ろぎん)も渡してるし、ナグラスの王都までは知り合いの隊商にお願いして馬車へ同乗させてもらってるしにぃ。帰りだって隊商に便乗させてもらえば、寝ててもレイティンまであっという間だにぃ」


「本当?」


 情けない顔でエリーが訊いてくる。

 正直、商人としてはこうまで感情が顔に出るのはまずいだろう。


 こんなエリーだが、普段は問題ないのだ。

 加えて商人としての能力は、マリーダよりもよほど上である。

 商品知識、計算能力、目利き、商機を読む力、構想力。いずれもマリーダと同等、あるいはそれ以上の力を持っている。


 ただ、問題は一点。

 商人としては情が深すぎるのだ。


 特に家族や親しい知人友人が絡むと、その傾向が顕著(けんちょ)になる。

 腹芸(はらげい)の出来ない商人など、百戦錬磨のベテラン商人にとっては良いカモである。


 今回、(めかけ)の件をご破算にしたとしても、将来的にエリーが商会を継ぐのはやめた方が良いかもしれない。

 顔では笑いながらも頭の中は平常心を保つこと。そして必要とあらば冷酷な決断をしなければならないのが商売というものだ。


 たとえ幼なじみでも利用するくらいには(したた)かであることが求められる。ちょうど今のマリーダがそうであるように。

 もちろん味方となる相手を踏み台にするのは褒められた話ではないが、相手に不利益が出ない程度で利用するのはごく当たり前の事である。


 もっとも、その境界線をどこに引くかが難しいんだけどね。とマリーダは思いながらエリーへ笑顔を向けて答える。


「ホントホント」


 まあ多分お金は足りないだろうけどね、という言葉はあえて口にしない。


「そうよね……、隊商なら護衛の傭兵もいるだろうし。大丈夫よね?」


「ちゃんと無事に帰ってくるって。大丈夫だよん」


 上手くいってれば、化け物じみた護衛がくっついてくるのだ。道中の安全は保証されたも同然である。


「そういえば……、キリルはナグラスに何の用事で行ったの?」


「大した用事じゃないよん。単に()()()()()()()()()()()()()だけだからにぃ」


 マリーダがそう答えたのとほぼ同時に、会長室のドアが軽くノックされる。

 許可を得て入室してきた若い男性が来客を告げた。


「ロヴェル商会のキリル様とお連れ様がお見えです。事前のお約束はないとの事ですが、いかがいたしましょうか?」


2016/12/31 話数修正 第63話 → 第62話

※感想欄でのご指摘ありがとうございます。うっかりミスでした。


2019/07/30 誤字修正 例え → たとえ

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