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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第七章 森と遺跡と剣と少年

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第61話

「いやあ、助かりました! 本当に何とお礼を言って良いやら!」


 しきりに頭を下げて村長の男性が感謝を述べる。

 見たところ中年にさしかかり、ほんのりと髪の毛が薄くなってはいたが、村の長としてはかなり若い方だろう。


 魔物の『異聖(いせい)』を討伐し村を救ったアルディスに向けて、もうそれくらいで良いのではと言いそうになるほど頭を下げ続けている。

 それは村を救ってもらったことに対する長としての気持ちも当然あるが、村長個人の感謝が大きいからだろう。

 異聖に襲われ危機一髪だったところをアルディスに救われた女性。それが村長の妻だったからだ。


 結局終わってみれば、アルディスの活躍により村人にはひとりの犠牲者もなく、多少家屋に被害が出ただけで済んだのだ。不幸中の幸いと言えよう。

 キリルたちの到着があとほんの十分も遅れていたら、きっと取り返しのつかないことになっていたはずだ。

 それが分かっているからこそ、村長も村人たちもアルディスに対する感謝を惜しまないのだろう。


「魔術師さん! 今晩はぜひゆっくり休んでいってください! ささやかですが歓待の席も設けさせてもらいますから!」


 危険な魔物という重圧から解放された村人たちの顔は明るく、テンションは異様だった。

 もともと討伐完了後は一泊させてもらうつもりだったふたりである。その申し出を断る理由は何もなかった。


 村の中央にある井戸を囲んで、各々の家から運び出されたテーブルやイスが並べられていく。

 辺境の村でもあり、魔物の脅威に不自由な暮らしをしていたこともあって、宴の席に並べられる食事は決して豪勢なものではない。


 しかし、ひとりの犠牲もなく日常を取りもどすことが出来たという事に、村人たちは心の底から笑顔を浮かべて騒ぎ立てる。

 あちらこちらで、(さかずき)を打ちあわせては酒を飲み干している姿が見えた。


「ほんと、ありがとねー。ありがとねー!」


「若いのにすげえなー、あんたー!」


「なあに、壊れた家はまた建てれば良いんだよー。死人が出なかったのがなによりだー」


「ほら、遠慮せずに食いなよー!」


 村人たちが次々とアルディスの前にやってきては、その強さを讃え、笑顔で感謝を述べていく。

 間延びする話し方なのはこの地方独特の(なま)りなのかもしれない。村長以外はみな語尾がやたらと特徴的だった。


「しかし、アルディスさんだっけー? あんた、見た目によらず強いんだなー。俺たちもよりによって魔物のつがいが居着いてたとは思わなかったよー。知ってたらすぐにでも村ごと逃げ出さなきゃならんところだったー」


 髭を生やした中年の男性が、アルディスの杯へ酒をつぎ出しながら言った。

 その言葉に、キリルは疑問を感じてつい横から口を挟む。


「つがいだとそんなにまずいんですか?」


「んー? ああ、ツレの坊やかー」


 男はキリルから声をかけられて、はじめてその存在に気づいたような反応を見せる。ずいぶん酔いがまわっているようだった。


「そうだなー。他の魔物は知らないが、『異聖』がつがいになったときの恐ろしさは、単体の時と比べものにならないよー」


 その理由は異聖の幼体にあるという。


「異聖ってのは普段群れを作らないが、繁殖期だけつがいになるんだー。坊やも見ただろうー? 異聖の幼体をー」


 キリルは無言でうなずく。

 幼体とはいえ宙に浮いた魔物が無数に現れる様は、夢に出てきそうなほどおぞましい光景だった。


「異聖ってのは半端じゃない数の卵を産むらしいー。まあ、あの数を見ればそれも納得できるよなー」


 そう言って、さきほどまで幼体の(むくろ)が散乱していた方向へ男が顔を向ける。


「で、問題なのはその幼体がまわりの生き物を食べ尽くすことなんだー。異聖のつがいがこの近くで繁殖しはじめたのも、水場があるのはもちろんエサが豊富だったってのもあるんだろうなー」


 そのエサに村人たち自身が含まれていることを、彼自身もわかっているのだろう。

 酒をあおりながら複雑そうな表情を見せる。


「でも、あんな大量の魔物が生まれるなんて……。あれが全部成長したらと思うと怖いですね」


「あー、それはないんだわー。あいつら、ある程度成長すると共食(ともぐ)いはじめるらしいからなー」


「共食い?」


「そーそー。幼体のうちに兄弟同士で共食いはじめて、生き残った五体くらいが成体になるらしいぞー」


 それを聞いてキリルは納得した。


 最終的にはそれなりの数に落ち着くわけだ。

 しかし、その前段階で周囲の獲物を食べ尽くしてしまうなど、捕食される側にとっては迷惑以外の何ものでもない。


「よく知ってるんですね」


「あー、坊やは街で育ったくちかー?」


「あ、はい。都市国家連合のレイティン出身です」


「そっかー。街の人間は魔物の生態なんて興味ないだろうなー。でもなー、ここみたいに魔物の脅威と隣り合わせで生きてる村じゃあ、直接命に関わる問題だからなー。子供の頃からたたき込まれるんだー」


 辺境の村ではそういった脅威が現実のものとしてすぐそばにある。

 危険な獣や魔物にちょっかいを出して「知らなかった」では済まされないのだ。下手をすると村に危険を呼び込むことになりかねない。

 だから少なくとも自分の住んでいる地域の獣や魔物については、常識として教えられるのだと、酔っ払いの男は言った。


「それに俺は狩人でもあるからなー。他のやつらよりも詳しいのは当たり前だー」


 聞けば、最初に異聖を発見したのもこの男だという。

 異聖を見つけたときは気が気じゃなかった、と顔を(こわ)ばらせる。


「まあ、それもこの魔術師の兄ちゃんが全部倒してくれたっていうから安心だなー。あれ? 魔法使いだっけー? まあいいやー」


 戦闘後にアルディスが村長に向けて、幼体を含めすべて討伐した(むね)を伝えていた。


 一体でも逃がせば村にとって脅威となってしまう。

 成体を先に倒せば、幼体はどう動くか予測できない。

 だからこそ、成体を後回しにして幼体を優先して叩いていたのだという。


 アルディスは魔物に囲まれたあの状態で、そこまで考えて立ち回っていたのだ。

 やっぱりすごい人なんだな、とキリルは改めてアルディスの座っている方へ視線を向ける。


 そこには村人たちからひっきりなしに酒をつがれ、辟易している剣魔術師の姿があった。





 村長の家で一晩を過ごしたキリルたちは、翌朝になって異聖の遺骸(いがい)を処分するために村はずれの空き地へと(おもむ)く。


 昨日のうちに、村人たちはすぐにでも焼いてしまおうと主張していた。しかしそこにアルディスが待ったをかけたのだ。

 あまり知られていないことではあるが、異聖の触手についている吸盤は魔力を押さえ込む効果があるとアルディスは説明した。


 特別高値で売れるわけではない。だが王都で馴染(なじ)みとなっている呪術師から、機会があれば採取して来て欲しいと頼まれていたらしい。

 異聖の触手は今のところこれといった用途も無いため、見向きもされない素材という認識が一般的だった。


 しかし今後何らかの活用方法が見つかれば、きっと高額で買い取りされるようになるだろう。

 採取を頼んだ呪術師は、商売の(かたわ)ら、趣味で『実用性に(とぼ)しい素材』を有効活用する研究に没頭しているらしい。


 ちなみに、一見有用な素材に見える『青い鉱石のような球体』は本当に何の役にも立たないのだとか。


 昨日はすでに夜が拡がりはじめ、吸盤の採取作業は翌日に先延ばしされた。

 かといって魔物の(むくろ)をそのままにしていては、余計な危険を呼び起こしかねない。

 ということで、アルディスが村はずれの空き地へ魔法で埋めておいたのだ。


 まるで泥沼へ沈んでいくように異聖の骸が地中へ消えていく光景を見て、周囲の村人たちから驚きの声がもれたのも当然だろう。


 アルディスは地中へ隠しておいた異聖の骸を、再び地上へ浮かび上がらせる。

 何もなかった空き地へ、二体の異聖、そして幼体の死骸が大量に現れた。


「さて、じゃあ俺は吸盤を採取するから、キリルは幼体を一箇所に集めて焼いてくれるか?」


「はい」


 返事をして、一体の幼体へ手を伸ばしかけたキリルが一瞬ためらう。


「……これ、手でつかんでも大丈夫なんですよね?」


 いくら幼体とはいえ、そして死んでいるとはいえ元は危険な魔物である。

 戦ったことはおろか、ろくに魔物と接した経験もないキリルが不安に思うのは仕方ないことだろう。


「ははは、大丈夫だ。素手でつかんでも問題無い」


 苦笑なのか微笑みなのか判断がつかないような表情で、アルディスが断言する。


「心配なら手袋使うか?」


「え、あー。……がんばります」


 ただでさえ、例の剣が呼び込む異形の撃退をアルディスに任せっきりなのだ。

 この程度のことでアルディスの手をわずらわせるわけにもいかない。


 キリルは意を決して、異聖の幼体を手でつかむ。

 ぐにゅっとした奇妙な感触が両手に伝わり、キリルは思いっきり顔をしかめた。


2019/07/16 誤字修正 手を患わせる → 手を煩わせる

※誤字報告ありがとうございます。

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