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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第七章 森と遺跡と剣と少年

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第58話

 ある意味苦行に近い食事を終え、アルディスとキリルは今後について話しはじめる。


「キリル。とりあえず今日はここに泊まれ。剣はおまえが良いというなら俺が一晩預かっておこう。宿代がないってんなら今日は俺が出してやる」


「あ、いえ、宿代は自分で出します。帰り道の路銀(ろぎん)は取ってありましたから……。それと、これ……」


 そう言いながら、キリルがアルディスへ銀貨を数枚差し出した。


「なんだこれは?」


「すみません。僕、今これだけしか手持ちがなくて……」


 申し訳なさそうにキリルが声をすぼませた。


「だからこれは何だと聞いている」


 不機嫌さをにじませながらアルディスが再び問う。


「助けてもらったのと、剣を探すのに力を貸してもらったお礼……です」


「いらん」


「でも……」


「別に金が欲しくておまえを助けたわけじゃない。それにおまえ、さっき『帰りの路銀は』って言ってたよな。この金はその路銀なんじゃないのか?」


「……」


 キリルの沈黙はアルディスの指摘を肯定していた。


「そんなの受け取れるわけ無いだろうが」


 最低限を残して手持ちの金を差し出すことにより、キリルはアルディスへの謝意を表そうとしたのかもしれない。

 おそらく都市国家連合までの道のりを野宿でもしてゆくつもりなのだろうが、戦う力も持たない子供がひとりきり、野宿で夜を明かすなど無謀にもほどがある。


 キリルがそれに気付かないほど愚かな子供とは思えなかった。

 しかし、何とかしてアルディスの恩に報いなければという使命感と、差し出す物もない我が身のふがいなさに挟まれ、苦肉(くにく)の策としてたどり着いた結論がこれなのだろう。


 だからといって路銀をすべて差し出すなど、極端に過ぎる。

 そのアンバランスで極端な思考こそが、世慣れていないキリルの幼さを感じさせてしまい、もどかしさに包まれたアルディスは頭をかきむしった。


 いくら都市国家連合が隣国とはいえ、国境を越えて旅をするには危険も伴うし、お金もかかる。

 キリルが差し出した銀貨は、すべて合わせてもギリギリ足りるか足りないかという金額だ。


 旅慣れた人間なら、そんな所持金で旅はしない。

 予定通りの日程で目的地へ着くとは限らないし、予想外のトラブルに遭うことだってある。

 最低でも倍の金額を想定して準備しておくというのは、傭兵にしても行商人にしても常識であった。

 おそらく生まれてから一度も城壁の外へ出たことがなかったであろうキリルが、それを知らないのも仕方がないだろう。


 決してキリルが無能というわけではない。

 十二歳という年齢を考えれば、ひとりで王都にやって来て、護衛を雇い、コーサスの森にたどり着くだけでも出来過ぎというものだ。

 普通の子供なら、王都にすらたどり着くことができないだろう。


 いくら十歳で商会へ奉公に出て、まわりの子供よりも早く世の中を見ているとは言え、なかなかできることではない。

 農家のように子供の頃から働く人間はいるが、それでもまだほとんどの子は親元で庇護(ひご)を受けている年齢なのだから。


 アルディスが苛立つのは、そんな右も左も分からない子供をひとりで隣国まで、それも魔物がうろつくコーサスの森へ遣いに出す方の無神経さだった。

 なぜ護衛と一緒に送り出さないのか、せめて同行する大人をひとりくらい付けてやっても良かったのではないか。そんな憤りが抑えきれない。


 しかもキリルから聞いた限りでは、最初に手渡された路銀も少なすぎる。

 護衛を雇うのに金貨一枚しか出せなかったのも、仕方ない話だった。


「子供が気を使うんじゃない」


 差し出された銀貨を突き返し、アルディスは気落ちした表情のキリルに問いかける。


「おまえの依頼主っていうのは、本当にその剣が欲しくておまえを寄越(よこ)したのか?」


「え? どういうことですか?」


「剣を取って来いというのは建前で、実際にはおまえを――」


 口にしかけてアルディスは言葉を飲み込んだ。

 『実際にはおまえを厄介払いしたかっただけじゃないのか』などと、子供相手に告げて良いことではないだろう。


「――いや、どうにも見通しが甘いというか、おまえが剣を持って帰れるとは本気で思ってないように感じられてな」


 そう言われて、キリルが首を傾げる。


「そんな事はないと思いますけど……。マリーダさんが言ってた通りの場所にちゃんと遺跡も剣もありましたし、()()()()()()アルディスさんと出会えましたし」


 ふわぁ、とあくびをしかけたアルディスの動きが止まった。


「今、何て言った?」


 真剣な面持(おもも)ちでキリルに確認する。


「そんな事はない、ってところですか?」


「その後だ」


「マリーダさんの言う通り遺跡も剣もあったし、聞いてた通りアルディスさんと出会え――」


「そこだ!」


 キリルの言葉をさえぎってアルディスが指摘した。


「え? なんですか?」


「聞いてた通りってどういうことだ? それじゃあまるで、俺と会うことが事前に分かってたみたいじゃないか」


 結果的にはアルディスが手を貸すことでキリルは目的の剣を手に入れた。

 本来なら熟練の傭兵を護衛に雇わなければならないほど危険度の高い森から無事に帰還することが出来たわけだが、それはあくまでもアルディスという人間に偶然出会ったからだ。


 少なくともアルディスは出会う瞬間までキリルのことを知らなかった。

 おそらくキリルの方もそうだろう。

 アルディスのことを知っているなら、コーサスの森へ(おもむ)く前に一度くらい接触を試みていたはずだ。 


「いえ、さすがにアルディスさんの名前は聞いてませんでしたよ。僕が聞いていたのは『額にスミレ色の布を巻いた男は信用して良い』っていう話でしたから」


 アルディスの言葉を否定するキリル。

 キリルが事前に聞かされていたのは、特定の人名を指した話ではなかったようだ。


 だが、とアルディスは自分の額に巻いたスミレ色の布へ手をあてながら考える。


 いくらこの王都に大勢の人間が居るとはいえ、布の色までをピンポイントに指定されれば該当者などごく一部しか居ないだろう。

 まるで自分のことを指し示したようなその話に、アルディスは気味の悪さを感じた。


「具体的にはどういう話なんだ?」


「僕もそれ以上のことはわかりません。理由も聞かされずにそれだけを言われて、絶対に忘れるなって念を押されました」


 話をしたのはマリーダと呼ばれる商人だ。

 キリルが働いている商会へ融資を行う条件として、コーサスの森にある遺跡から例の剣を持ち帰ってくるよう指示をだした張本人である。


「あ、そういえば……」


 思い出したように、キリルが小物入れの袋に手を突っ込んでゴソゴソと探りはじめた。


「剣を入手するのに成功したら、これを開けって言われてたんです」


 そう言いながら取り出したのは、長辺が五センチほどの小さな封筒だった。


「なんだそれは?」


「さあ……。マリーダさんからは『後で必要になる』としか聞いてませんから……」


 答えるキリルの声にも戸惑いが混じっている。

 その封筒は見るからに薄く軽そうに見える。実は帰りの旅費が入っている――というわけでもなさそうだった。


「まあ、開けてみれば分かるだろ」


「そうですね」


 剣を手に入れたら開けと言われていたのだ。

 剣も入手し王都にまで戻ってきた今、開いたとしても問題はないだろう。


 キリルがさっそくとばかりに封筒を開く。

 その中には小さなカードが入っていた。


 カードの表面をしばらく眺めていたキリルだったが、その表情には困惑の色が浮かんでいる。


「どうした? 何か書いてあるのか?」


「それが……、よくわからないんです」


 答える声にも当惑が感じられる。


「わからない? 文字じゃないのか?」


「いえ、読めることは読めるんですが……、意味がわかりません」


「なんて書いてあるんだ」


「えーと……、『我らの剣は勝利のために、我らの心は仲間のために。いざゆかん、栄光を我らが旗のもとに』って、……なんですかね、これ?」


 キリルが読み上げた文言を聞くなり、アルディスが血相を変えて立ち上がる。

 それまで座っていた木製のイスが、音を立てて床に倒れた。


「ど、どうしたんですか?」


 常ならぬアルディスの様子に、キリルが目を丸くする。


 キリルの問いかけも耳に入らない様子で、アルディスは身を乗り出すと、小さなカードをひったくる。

 そしてカードに記されている文字を何度も何度も読み返すと、しばらくカードを凝視し続けていた。


「あの……、アルディスさん?」


 恐る恐るキリルが呼びかけるが、返事はない。

 まるで周囲の雑音から隔絶されたように立ち尽くすアルディスの口から、誰に聞かせるともなく言葉がもれた。


「なんで……、誰が……」



2019/05/03 誤字修正 報いなければとという → 報いなければという

※誤字報告ありがとうございます。

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