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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第七章 森と遺跡と剣と少年

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第55話

 コーサスの森を抜け出たアルディスたちは、野盗の群れに囲まれていた。


 人数は見える範囲で八人。

 それ以外にも岩や草むらなどの物陰に隠れている人数が三人。

 合計十一人。小規模とは言えないが、中規模と呼ぶには今少し足りない人数だ。


 アルディスたちが若い傭兵二人組と見て、格好の獲物とばかりに食指を伸ばしたのだろう。

 もっとも、それは大きな勘違いだ。


 キリルに関しては、確かに狩りやすい獲物と言って良いだろう。

 見た目通りに年若く、戦闘技術も経験もほとんどないのだから。


 だがもうひとりの人物は、とても(くみ)しやすい相手と言えたものではない。

 野盗たちは、明らかに襲う相手を間違えていた。


「アルディスさん、どうするんですか?」


 小声でキリルが訊ねてくる。


 キリルは森の中でアルディスの強さを垣間見ている。

 しかし、もともと魔物の強さを十分に理解しているとは言えないキリルにとって、アルディスの強さが規格外であるということを実感するのは困難だろう。

 彼にしてみれば、魔物のウィップスも獣のラクター(大蛇)も、絶対的強者という意味では大して変わらないからだ。


 だからアルディスがこの状況を切り抜ける実力があるのか、キリルには判断しかねるのだった。

 なにせ相手の人数は見えているだけでもこちらの四倍だ。

 加えてキリルは戦いにおいて何の役にも立たない。むしろ足手まといと言って良い。

 アルディスひとりで八倍の敵を相手に勝てるのか、キリルに分からないのも仕方ないことだった。


「心配するな。ラクター二体を相手にするよりは楽だ。…………いや、まてよ」


 キリルに向けて安心するよう言葉をかけた後、アルディスはふと何かを思いついたように口元だけで笑う。


「ちょうど良いかもしれん」


 ぼそりとつぶやくアルディスを、キリルが怪訝(けげん)な顔つきで見る。


「アルディスさん? 何を――」


 問いかけようとしたキリルの言葉を、野盗のひとりが大声でかき消した。


「おい! 返事はどうした!? ここで荷を置いて命を拾うか、それとも冷たくなるか、さっさと決めろ! 決められねえってんなら、俺たちが選んでやろうか!? 当然冷たくなる方の選択肢になるけどな!」


 その声にあわせて周囲の野盗たちが薄ら笑いを浮かべる。

 アルディスは一歩前に出ると、自分の背後に浮かせていた呪いの剣を右手の側に移動させる。


「待ってください! 森の遺跡で見つけたこの剣を差しあげますから、見逃してくれませんか!?」


 そう言いながら右手を前方へ振り、その動きへ合わせて呪いの剣を放物線状に飛ばした。

 すぐそばで見ていたキリルならともかく、少し距離をとっている野盗たちには、アルディスが手に持った剣を放り投げたように見えるだろう。


 呪いの剣が野盗の足もとへ落ちる。


「ア、アルディスさん!」


 まさかアルディスが剣を野盗に渡してしまうとは思わなかったのだろう。

 その目に非難の色をにじませて、キリルがアルディスを(にら)む。


 一方の野盗たちは、チョロいとばかりに笑みを深める。


「ほう、良さそうな剣じゃねえか」


 先ほど返事を催促した男が、さっそくとばかりに呪いの剣を拾い上げて、その装飾を検分する。

 その目は欲望に染まりきっていたが、野盗である以上、それはもともとのことだろう。


「ふむ。手にとっても特に問題はない、か」


 新しい薬の効能を確かめる薬師のように、目の前にある結果だけをアルディスがつぶやいた。


「え? アルディスさん? …………もしかして?」


 キリルは気が付いたようだ。


 呪いの剣が触れた人間にどんな悪影響を及ぼすかわからないため、アルディスは三日間ずっと魔力で剣を宙に浮かせて運んできた。


 触れたときにどうなるか確かめるためには、アルディスかキリルが実際に触れれば良い。

 しかし得体がしれないだけでなく、夜な夜な異形の人型を呼び寄せる、もしくは発生させているような剣に触れたくなどない。

 ならば王都まで魔力を消費させながら持っていき、呪術師なり鑑定士なりに剣を見てもらうほか無いだろうと、アルディスは思っていた。


 ところがである。ちょうど良い実験台が向こうからノコノコとやって来たのだ。

 相手が無法の野盗である以上、アルディスの良心は痛まない。


「アルディスさん……、あなたって人は……」


 キリルからやや冷たい視線が向けられてしまうのは、やむを得ない被害であろう。

 獲物のふたりがそんなやりとりをしているとも知らず、野盗が呪いの剣を鞘から抜き放つ。


「ふーん。良い色してるじゃねえか」


 禍々(まがまが)しいほどに赤く輝く剣身を見て、野盗が満足げに言った。


「でもよ、俺は言ったよな。持ってる物全部置いてけってよ」


「それは出来ない相談だな。お前らに恵んでやる物は銭貨(せんか)一枚ない」


 突然語調が変わったアルディスに、野盗が眉を寄せる。


「はあ!? お前自分の立場わかってんのか! 死にたくなきゃ、他の荷物も全部置いてさっさと消えろって言ってんだろうが! このボケ!」


「だーかーらー。断るって言ってんだろうが! この鳥頭!」


 激発する野盗に向け、売り言葉に買い言葉で応じるアルディス。

 その表情は人の悪い笑顔で染まっていた。


「アルディスさん……」


 横で顔をしかめるキリルだったが、お構いなしに状況は悪化していく。


「てっめえ! 今さら命乞いしてももう遅いからな! おめえら、やっちまえ!」


 野盗の号令を合図に、他の野盗たちが動きはじめる。


「キリル、そこから動くなよ!」


 アルディスはすぐさま二本の剣を宙に浮かべると、『月代吹雪(つきしろふぶき)』をキリルの守りに、『刻春霞(ときはるがすみ)』を隠れている三人に向けて飛ばす。


 自身は『蒼天彩華(そうてんさいか)』を鞘に収めたまま構え、前面からやって来る野盗たちを迎え撃った。


 最初に突撃してきた小柄な野盗の脇腹を、すれ違いざまに鞘で打ちつける。

 次いで接した長身の野盗のみぞおちへ閃光のような突きを放つと、振り向きざまに小太りな野盗に向けて打ち下ろし、肩を砕く。


 その間、視界の端に映るキリルを守るため、『月代吹雪』を背後から来る野盗へ向かわせると二人続けて足の(けん)を斬る。

 子供の前で命を()つ事を避けたアルディスは、野盗の戦闘能力を奪うことに注力した。

 もちろん命までは取らないといっても、まともな治療を受けることが出来ない野盗たちには致命的とも言える傷である。


 加えて、キリルの目が届かないところではアルディスも容赦がない。

 隠れている三人の野盗へは、魔力の位置を頼りに『刻春霞』を忍び寄らせ、相手が気づく間もなくその首を掻き切っていく。


「て、てめえ! よくも!」


 圧倒的な劣勢にもかかわらず、頭に血が上っているのか、呪いの剣を手にした野盗がアルディスへまっすぐ突進してくる。


 アルディスは残る二人の野盗を『月代吹雪』で片付けながら、呪いの剣を手にした野盗と数合斬り結んだ。


「まあ、大丈夫そうだな」


「何を……! ――ぐあっ!」


 しばらく様子を見た後、アルディスは仕上げとばかりに剣を持つ野盗の頭を鞘に収まったままの『蒼天彩華』で豪快に殴りつける。

 脳をゆさぶられた野盗が、足をもつれさせてそのまま倒れこんだ。


 すべての野盗を片付けるまで、時間にしてほんの一分ほど。


 一部始終を見ていたキリルは、改めてアルディスの強さを思い知ると共に、今まで知らなかった一面を垣間(かいま)見た。

 鞘に収めた呪いの剣を手に持ってアルディスが近づくと、難しそうな顔で迎える。


「アルディスさん……。あなた結構ひどい人ですよね」


「ひどい人とは心外だな。降りかかった火の粉を払っただけだろう」


 あっけらかんとアルディスが反論する。


「いや、それは分かってますけど。まさか野盗を実験台にするなんて……」


「どうせ撃退するんだから、ついでに有効利用させてもらっただけだろ? あいつらなら、何か問題が起こったとしても不都合はないし」


 理屈ではキリルにも分かるのだろう。


 野盗など、捕縛されれば行き先はほぼ間違いなく処刑場というのが常識である。

 野盗を殺しても、賞賛されこそすれ非難されることはない。この世界では彼らに人権など無いのだ。

 だから呪いの剣を渡して実験台にする程度、(とが)める者は確かにいないかもしれない。


 しかし、理解できるということと納得できるということはまた別の話だ。

 キリルにしてみれば、自分を救ってくれた人には世間から後ろ指をさされない、英雄のような振る舞いをして欲しいのかもしれない。


 もちろんそれはキリルの身勝手な押しつけである。

 アルディスは別に人々から褒めたたえられたいわけでもなく、英雄になりたいわけでもない。

 ただ自分の大事な物が(おびや)かされなければそれで良いのだ。

 自分の命、財産、仲間。最近ではそれに双子の少女と不遜(ふそん)な態度の従者が加わったかもしれない。


「とにかくまあ、おかげでこうやって危険は無いということがわかったんだ。おまえがこれを持ち帰るためには、どうしても確認が必要だっただろう? 手にとっても問題なし、剣を抜いても何もなし、数合斬り合っても特に変化がないのはわかったんだ。夜に例のヤツらが出てくる以外に害はないのかもな」


 そう言いながら、アルディスが鞘に収まった剣をキリルに手渡す。

 もともとキリルが望んだ剣である以上、彼が持って歩くべきだろうという無言の意思表示だった。


 おそるおそるそれを受け取ったキリルは、しばらく何やら言いたそうに口を開きかけていた。

 しかし、かろうじて自分を納得させたのか、複雑な表情を浮かべながらアルディスへ言葉を返す。


「そうですよね……。元はと言えば僕のためにやってくれたことですし、不満を言うのは筋違いでしたね。……すみません」


「…………まあ、今日のところはさっさと王都に戻ろう。久しぶりにベッドでゆっくり眠りたいしな!」


 少し気落ちした風に見えるキリルの背を強く叩くと、うめき声をあげる野盗たちを後にしてアルディスが歩きはじめる。

 そのすぐ後ろを、剣を抱えたキリルが慌てて追いかけていった。


2016/12/24 脱字修正 変化がないのはわかっんだ → 変化がないのはわかったんだ

※感想欄でのご指摘ありがとうございます。


2016/12/26 改稿 アルディスがほんのりと野盗に優しくなりました


2019/07/15 脱字修正 変化がないのはわかっんだ → 変化がないのはわかったんだ

※脱字報告ありがとうございます。(3年前の修正漏れでした)

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