第48話
三大強魔討伐後、アルディスの名はまたたく間に王都中へ広まっていく。
討伐の六日後にその確認を待って、三大強魔の撃破に成功したことが国から公式に宣言されると、王都はお祭り騒ぎに包まれた。
『鈴寄り』の縄張りであった北部の山地では、重鉄の採掘が本格的に開始される見込みとの話が流れ、鉱石を扱う商会や鍛冶師たちが沸き立つ。
『四枚羽根』のせいでこれまで大回りの航路を強いられてきた商船は、最短ルートでの航行が可能になったため、西向き航路で三日以上の日程短縮が可能になる。加えて王都近くの豊かな漁場が開放されたことで、地元の漁師たちも歓喜していた。
『赤食い』の住処であった旧砦には正規軍が常駐し、周辺の治安維持を行うことになるらしい。それにあわせて砦の周囲へ植民が行われる計画も持ち上がっているとのことだ。
懸案事項だった魔物が一気に討伐されたこと。それによってもたらされる数々の経済効果で、ナグラス王国の先行きは非常に明るく見えた。
もちろんそれをもたらした討伐者の名も王都中に響きわたっている。
いまや王都でアルディスの名を知らない者は皆無と言って良い。
数日のうちに、トリアをはじめとする各地へも噂が広がっていくだろう。
存在を隠し通すのが難しいなら、逆に手出しするのが躊躇われるくらい名を上げてしまえ。アルディスの企図したところは狙い通りの効果を生みだしていた。
三大強魔を単身で討伐するほどの傭兵に、手を出そうとするような馬鹿はそうそういない。
「以前、貴方を捕らえようと企んでいた連中も、さすがに手を引いたみたいですよ」
アルディスが泊まっている宿に、わざわざやって来てチェザーレが言った。
「それは何よりだ」
一度に討伐して強い印象を与えた甲斐があったというものだ、とアルディスは心の中でだけ笑みを浮かべる。
「おかげさまで私の方は、あちこちから目をつけられてしまいましたけどね」
チェザーレがため息混じりに不満をこぼした。
アルディスが三大強魔の首を持って現れた夜の事を言っているのだ。
あれがチェザーレへ『見せに来た』行為であることは、多くの人間が気づいたであろう。
となれば、三大強魔討伐者とチェザーレの間にどんな関係があるのか、探りを入れようとする者もいるはずだった。
「まあ、半分以上は仕事につながっていますから、悪いことばかりでもありませんけど」
アルディスのような強者とつなぎがある情報屋、という評判はどうしても人の興味を引いてしまう。
情報屋のような商売において、目立つということはメリットもあるしデメリットもある。
ある程度名の知れた情報屋になることで新しい客を捕まえやすくなる。加えて情報屋同士、横のつながりを持つにも役立つだろう。
その一方で名前と顔が売れていることは、情報収集の際に相手に無用な警戒を抱かせたり、行動の自由を制限されることになりかねないのだ。
「それで? わざわざ人の朝食を邪魔してまで、あんたはそんな世間話をしに来たのか?」
テーブルにひじをつきながら、アルディスは片手でサンドイッチをつまみ口にする。
「わざわざ朝食抜いてまで情報を届けに来たのに、ずいぶんな言いようですね」
「俺が頼んだわけじゃない。まさかさっきの話だけで情報料よこせなんて言わないよな」
「別にあの程度で情報料もらおうなんて思っていませんが、ビジネスというのはお互いの利益があってはじめて成立するものではありませんか? あ、お嬢さん。私にもサンドイッチと果実水もらえますか?」
チェザーレが朝食を注文するために声を上げる。
本格的に話し込むつもりのようだった。
「何が言いたいんだ?」
「先日の一件、私をダシにして自分の名前を売ったわけじゃないですか」
「まさかそれで金をよこせと?」
アルディスの眉がピクリと動く。
「いえいえ、そんな事は言いませんよ。ただ、私をダシに使った対価として少しばかり三大強魔の情報をいただけないかな、と思いまして」
それを聞いてアルディスは納得した。
すでに討伐された存在とはいえ、永年にわたって王国の頭を悩ませてきた魔物たちだ。
その情報にまだまだ価値があるとチェザーレは考えたのだろう。
確かに、今後同じような魔物が絶対に出てこないとは限らない。
もしかしたら人間の踏み入らない秘境と呼ばれる地には、似たような魔物が存在しているのかもしれないし、今後突然変異を起こした魔物が同じように脅威となる可能性もある。
その時、三大強魔の情報が有益な商品となるかもしれないのだ。
他の情報屋と違い、三大強魔を討伐した当の本人とチェザーレには面識があり、望んだことではないにせよツテがある。
ならばそのアドバンテージを活用して、三大強魔の情報を得ておこうと考えるのは、情報屋として当たり前のことだった。
「なるほどね。それで、何が知りたい?」
チェザーレを利用した自覚があるアルディスは、この辺で少し恩を売っておくことにした。
事前に聞いていた情報との差異や、実際に戦って感じた強さや弱点、魔物の能力や習性らしき行動について話していく。
「――ということは、一番手強かったのは『赤食い』だったと?」
「ああ。『鈴寄り』や『四枚羽根』は大した事なかったな。『鈴寄り』はグラインダーより弱かったし、『四枚羽根』は海上を飛んでいるのがやっかいだが、それほど強くない。だが『赤食い』は得体が知れないという意味で不気味だった」
赤い色に向かって襲いかかる習性。液体のような音を立てて移動しながらも、斬ってみると重鉄製のショートソードが折れてしまうほどの剛性。ほとんどの属性が効果を表さない魔法耐性。
首をはねた途端に液体化して床へ染みいっていくその最期。にもかかわらず固体物として残る首。
そのすべてが、アルディスには何とも言えない薄気味悪さを感じさせた。
「首は取ったし、体は消えていった。しかし本当にあれで死んだのかどうか……、そもそも生物かどうかも怪しいが」
「その話、国には報告したんですか?」
「一応な。討伐報告のときに話はした。まあ、本気にはしてなさそうだったが……」
アルディスの話を聞いた兵士は苦笑いしながら調書を取っていた。
傭兵が自分の功績を大げさに誇張するため、話を盛っていると考えたのだろう。
アルディスにしてみれば、引き渡した首が何か問題を起こそうが、砦の床に赤い液体となって染みいった体が復活しようが知ったことではない。必要があればまた討伐しに行くだけだ。
彼にとって大事なのは、名を売ることで余計な火の粉を近寄らせないこと。ついでに懸賞金を得ることだ。
すでに三大強魔の懸賞金は受け取っている。
三体合わせて金貨八百枚。長年王国の首脳部を悩ませていたわりには安かったが、国にしてみれば捨て駒の傭兵に与える懸賞金をそこまで奮発するつもりもなかったのだろう。
そこそこの金額でどこかの傭兵が討伐してくれればもうけもの、くらいに考えていたであろうことが透けて見える。本格的に軍を派遣するとなれば、派兵費用だけで同じ額は必要になるのだから。
もちろんそのような国の思惑が感じられたとしても、アルディスは気にしない。
懸賞金が第一の目的ではなかったし、『赤食い』討伐の際に砦の資材置き場らしき場所で報酬の代わりとなる物を見つけていたからだ。
「まあ、末端の兵士さんには情報の重要性なんて分からないんでしょう」
そんなものですよと言うチェザーレのもとに、給仕の娘が作りたてのサンドイッチと果実水を持ってくる。
「お待たせしました! 小銅貨三枚いただきますね!」
「三枚で良いんですか? ずいぶん安いですね」
宿泊客ならともかく、朝食だけの客なら通常は小銅貨七、八枚が相場だ。小銅貨五枚以下というのはかなり珍しい。
「うちは良心価格でやってますから!」
娘はチェザーレが懐から取り出した小銅貨を受け取り、男好きのする笑顔を残して去っていった。
「もちろん軍団長や将軍クラスになれば、そうも言っていられないでしょうけどね――ぶはっ!」
先ほどの話題を続けながら、チェザーレがサンドイッチを口にし、即座に噴き出した。
「苦っ! ゲホ、げほっ! 何ですかこれ!?」
ひとしきり咳き込んだ後、コップに入った果実水をがぶ飲みしてチェザーレが給仕に文句をつける。
「お嬢さん! これ味がおかしいですよ! ものすごく苦いんですけど!」
「あれえ? お気に召しませんでした? 特製の苦草和えチキンサンド」
「お気に召すも召さないも、苦草は普通気付けに使うものでしょう! サンドイッチの味付けに使うなんて聞いたこともありませんよ!」
そもそも苦すぎて誰も料理に使おうなどと考えないシロモノ、それが苦草だった。
「だからこそです! 誰も使おうとしなかった食材を武器に、未開拓の味にチャレンジしてみたわけですよ!」
「いやいやいやいや、これでお金取るんですか!? むしろこっちがお金を請求したいくらい難解な味ですけど!? というかこれ食べ物ですか!? 何かの嫌がらせじゃないんですか!?」
「嫌がらせなんかじゃありませんよ。現にアルディスさんは黙って食べてるじゃないですか」
給仕の娘とチェザーレの視線を浴びながら、アルディスはサンドイッチを口にしてモグモグと咀嚼する。
「あ、貴方……、それ食べて平気なんですか?」
「……食えないわけじゃない」
顔色一つ変えずにアルディスが言葉を返す。
「さすがアルディスさん! 私の料理おいしいって言ってくれるのは、アルディスさんだけなんだよねえ!」
さすがのアルディスも「おいしい」とは一言も言っていないのだが、娘の中ではそういうことになっているらしい。
「おはよう、メリルちゃん。今日の朝飯はなんだ?」
宿泊客が二階から降りてくるなり、娘に向かって声をかけた。
時間的にも食堂がにぎわいはじめる頃である。
「おはようございます! 今日のメニューはわたし特製の苦草和えチキンサンドとサラダですよ!」
「げっ! 今日は朝飯の当番メリルちゃんかよ!?」
「あ、オレ朝飯いらないわ」
「私もすぐに仕事行くから今日はいいや」
途端に宿泊客たちがバタつきはじめる。
あわてたように部屋へ戻っていく者、自前の保存食で朝食を済ませようとする者、そそくさと宿を出る者。反応は様々だが、どうやら娘の料理に挑戦しようという強者は皆無のようだった。
ここへ長く宿泊している者たちにとって、メリルの作る料理は朝食代を犠牲にしても回避したいものらしい。
その光景を見てチェザーレがアルディスに耳打ちする。
「あの……、余計なお世話かもしれませんが、もっとご飯のおいしい宿屋に移ったらどうですか? 以前泊まっていた宿も悪いところじゃないと思いますけど」
「客の情報を売るような宿じゃあ、安心して眠れん」
それを言われるとチェザーレも返す言葉がないはずだ。
実際あの宿はアルディスの情報を情報屋に売っていたのだから。
あわててチェザーレは話題を変える。
「そもそも貴方、三大強魔の討伐で結構な懸賞金もらっているんでしょう? 宿がどうこう言う前に、もう危険な傭兵から足を洗おうとか思わないんですか?」
確かに傭兵はいつまでも続けていられる仕事ではない。
戦争がはじまれば明日をも知れぬ命だし、平時の仕事も命がけであることが多い。
身ひとつではじめられるからこそ、一攫千金を夢見る若者や、食いつめ者、ならず者たちの受け皿になっているが、好き好んでやりたいと言う人間は少数派だろう。
ましてアルディスのように莫大なお金が手に入ったなら、傭兵を引退して危険のない暮らしを選ぶ人間がほとんどだ。
実際、傭兵稼業で貯めた資金を元手に、酒場や武器屋を街に構える元傭兵も多かった。
アルディスが懸賞金で得た金貨とそれまでに貯め込んだ金貨を合わせれば、森へ建てた家でつつましく暮らすのには十分な金額だ。
だが、アルディスは傭兵稼業をやめることなど、これっぽっちも考えていない。
「もっと財産が欲しいんですか?」
それは違う。金など必要な分だけあれば良い。
「もっと名声が欲しいんですか?」
それも違う。余計な火の粉が降りかからないだけの名声があれば十分だ。
「騎士にでもなりたいんですか?」
馬鹿馬鹿しい。組織でがんじがらめにされるのはイヤだ。
「じゃあ貴族にでもなるつもりですか?」
笑えない冗談だった。傭兵が貴族になるなんて現実味がなさすぎる。第一、貴族なんて何が良いのかアルディスにはわからない。
だからチェザーレにため息混じりでこう問いかけられても、返事に窮するのだ。
「貴方、一体何のために傭兵をやってるんですか?」
2018/05/11 誤字修正 給士 → 給仕
2019/05/02 誤字修正 傭兵家業 → 傭兵稼業
※誤字報告ありがとうございます。
2019/06/25 記載修正 金貨を合わせれば、軽く千枚は超える。森に建てた家でつつましく暮らすなら、十分な金額だ。 → 金貨を合わせれば、森へ建てた家でつつましく暮らすのには十分な金額だ。
※感想欄でのご指摘があり、見直したところ確かに日数的金額的な整合性がとれていないので修正しました。ご報告ありがとうございます。
2019/07/30 誤字修正 その最後。にも関わらず → その最期。にもかかわらず
※誤字報告ありがとうございます。
2019/08/11 修正 吹き出した → 噴き出した
※誤字報告ありがとうございます。






