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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第六章 王都の三大強魔

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第46話

 アルディスが王都を新たな拠点にして活動しはじめてから数日。

 何度か狩りには出かけたものの、トリアのように仕事を紹介してくれるツテがあるわけでもない。

 森の家に日用品を運び込んだりと、傭兵らしからぬことばかりをアルディスは続けていた。


 そんなある日。

 情報屋チェザーレが銅貨三枚で、ある情報を提供してきた。 


「トリア侯は貴方に執着していないようですが、傭兵たちはそう考えていないようです。一部の傭兵が貴方を狙っていますよ」


 ネーレの話が伝わるのとあわせて、アルディスの名も同時に王都へ伝わってきているらしい。


 チェザーレの得た情報によると、トリア侯爵や領軍のターゲットはあくまでネーレであり、アルディス個人を相手にした動きは見せていない。

 だがそれを知らない傭兵や、知っていてなお事態の裏を深読みする傭兵たちが、アルディスをトリア侯へ差し出そうと動いているようだ。


「ある意味、流した噂が効いているとも言えますね」


 チェザーレの言う通り、アルディスが依頼して流させた『女傭兵は帝国に流れて行った』という噂は、情報屋を介して傭兵たちの間にも広まりつつあった。


 ネーレを追って帝国に行こうとする者はさすがにいないらしい。


 もともと正式な依頼が出ているわけではないのだ。

 たとえネーレを捕らえても、トリア侯から必ず報酬がもらえるとは限らない以上、わざわざ他国に遠征しようなどと考えるのはよほどの物好きである。

 しかし自分たちのホームグラウンドである王都へ定期的に姿を現しているアルディスなら……。と考える輩が出てくるのは自然なことだろう。


 もちろん、アルディスを首尾良く捕らえてトリア侯へ差し出したとしても、報酬がもらえるとは限らない。

 だが、それが理解できない者、楽観的な者、物事を自分に都合良く考える者たちは、アルディスのことを『旨味(うまみ)のある獲物』くらいにしか見ていないのかもしれない。


 トリアで活動していた頃のアルディスは、あまり悪目立ちしないよう剣魔術や無詠唱魔法を控えてきたし、自分から積極的に名を売ったりしなかった。

 そのため、王都にはアルディス自身の強さが伝わっていないのだろう。


「一応気をつけておいた方が良いですよ。……まあ、貴方ならそう簡単にやられることはないでしょうけど」


「わかった。気をつけよう。礼を言っておく」


「……代金はもらっているんですから、お礼は不要ですよ」


 複雑そうな表情でチェザーレが言った。


「しかしまあ……。襲われるのはともかくとして、ひとつひとつ撃退するのも面倒くさいよな」


「襲われるのは気にしないんですね……」


 たとえ数を頼りに襲いかかられても、そこら辺の傭兵にアルディスは負けるつもりなどない。だが、余分な手間がかかるという意味では面倒であることに変わりがなかった。


「でしたら、前もって傭兵たちが手を出す気もなくなるような強さを見せつければ良いんじゃないですか? 名の知れた魔物を討伐するとか」


「魔物の討伐ねぇ」


 これまでアルディスは名を上げることに無頓着であった。

 それは面倒なことに巻き込まれたくない一心からであったが、今現在のアルディスはすでに面倒事を抱える身である。

 いまさら平凡を装ったところで意味はない。


 であれば、むしろ圧倒的な力を見せつけて、アルディスに手を出そうという気を起こさせない方が良いかもしれない。

 アルディスが傭兵たちの中で一目置かれる存在になれば、双子の事がバレたときにも、ふたりを守る抑止力になるかもしれないからだ。


「チェザーレ。王都周辺で名の知れた魔物っていうと、どういったのがいるんだ?」


「銅貨一枚です」


 情報屋が代金を提示する。


「ずいぶん安いな」


「そりゃ一般市民でも知っているような情報ですからね。私に訊かなくてもその辺で話を尋ねて回れば分かることです」


「だったらタダで教えてくれよ」


「それは情報屋としてのプライドが許しませんから」


 変なところで職業意識の高い男だった。


「わかったよ、銅貨一枚だな」


 苦笑しながらアルディスは懐から銅貨を取り出してカウンターに置いた。


「王都周辺で有名な『名付き』の魔物。しかも討伐するだけで名を上げられるほどの相手は三体います。まずは王都の北、カノービス山脈のふもとに縄張りを持つ『鈴寄り』。これは『トロン』の突然変異種で、顔に二筋の(あざ)を持つ魔物です。次に、王都から見える小島に巣を持つ『四枚羽根』。ふたつの首、四本の足、そして四枚の翼をもつ巨大な鳥の魔物です。最後は、海沿いの廃墟に巣くう『赤食い』。全身が血のような赤に染まった人型の魔物です」


 チェザーレは指折り数えながら三体の特徴を口にした。


「これらをまとめて『三大強魔(さんだいごうま)』と呼ぶこともあります。いずれもこれまで数多(あまた)の挑戦者を葬って来たバケモノです。貴方がトリアで戦ったグラインダーに勝るとも劣らない強さですよ。どれか一体でも討伐することができれば、今後貴方に手を出そうなんて考える傭兵はいなくなるでしょうね」


「懸賞金はかかっているのか?」


「もちろんです。『鈴寄り』の縄張りは重鉄(じゅうてつ)の鉱脈があると言われていますが、ヤツのおかげでその調査すらできずにいます。王都周辺で重鉄の採掘ができれば経済的にも軍事的にも大きな利点がありますから、国としては何とかして討伐してしまいたいでしょうね」


 現在のところナグラス王国で重鉄の採掘ができるのは、帝国との国境付近にある丘陵地帯だけだ。

 帝国との関係が良好といえない以上、開戦時に戦場となる可能性が高い国境付近以外で重鉄の産出ができるようになるのは大きい。


「『四枚羽根』は?」


「周辺の海域で船を襲うため、貿易船の航路が大回りになってしまうんだそうです。あれが居なくなれば、近隣の海域を漁場として開放できるというのも大きいでしょうね。『赤食い』に至っては安全保障上の問題です。廃墟と言ってもかつては砦として使っていた場所らしいですからね。王都のすぐそばにある砦へ、得体の知れない魔物が巣くっているというのはメンツの上からも問題でしょう」


「それだけ理由があるのなら、さっさと軍に討伐させれば良いのにな」


「帝国との緊張が続いている中、不用意に軍を弱体化させたくないんでしょう。大規模な討伐はここ二十年ほどないようですよ」


 確かに軍が大きな被害を受けるのは避けたいだろう。

 グラインダーに匹敵する強さということであれば、有象無象(うぞうむぞう)の兵士が集まったところで死人が増えるだけだ。


「その三体を狩れば王都で名を轟かせることもできる、と?」


「それは間違いないです。加えてそんな強者にちょっかいを出そうなんて、まともな傭兵なら考えなくなるはずです」


「なるほどね」


 その後、アルディスは追加料金を払って三体の詳しい情報を聞き出すと、酒場を後にした。





 必要な準備を終えると、アルディスは王都の北門から外に出て『浮歩(ふほ)』でカノービス山脈のふもとを目指した。

 人目のないところでは空を飛んで時間を短縮し、お昼前には目的地へ到着する。


 王都から近いとはいえ、滅多に人の踏み入ることがない山の中だ。

 生い茂る木々の葉が風にざわめく。

 活発に動く獣の気配はここが豊かな山であることを教えてくれた。


 アルディスは懐から王都で買った安物の鈴を取り出すと、それを軽く振る。

 鈴の透明感ある音が木々の合間を響いていく。


 途端にそれまでアルディスの周囲にいた獣たちの気配が消えていった。

 チェザーレから聞いた話によれば、『鈴寄り』は鈴の音に誘われて現れるらしい。

 通常の『トロン』にはそういった習性などないのだが、突然変異種と思われるその個体は、なぜか鈴の音に反応するという。


 アルディスがしばらく鈴を鳴らし続けていると、葉がざわめく木々の間から、四つ足で歩く白い生き物が姿を現す。


「本当に鈴の音で出てくるんだな」


 現れた魔物の顔はたてがみを持つ獅子のようだが、その足は水鳥のように細く、指と指の間には水かきまでついていた。

 まるで獅子の足を途中で切り落とし、そこに水鳥の足を()ぎ足したような不自然さだが、姿そのものは通常のトロンと変わりはない。


 異なるのはその色だ。通常のトロンは体全体が薄茶色に染まっているが、目の前に居る個体は全身が白い。

 顔には二筋の痣が額からアゴにかけて走っている。

 チェザーレに聞いていた通りの外見。間違いなく『鈴寄り』だった。


「さっさと終わらせるか」


 長年この地で食物連鎖の頂上に君臨していた『鈴寄り』には悪いが、アルディスは時間を無駄に費やすつもりなどない。

 『鈴寄り』が警戒のうなり声をあげるより早く、二本のショートソードを飛ばして前足を斬り落とすと、素早く距離を詰めてその首を一刀のもとに断ち切った。





 数時間後、アルディスの姿は王都からほど近い海の小島にあった。

 島を住処とする『四枚羽根』を討伐するためである。


 この魔物をおびき寄せるのは簡単だ。

 『四枚羽根』は縄張りに立ち入った敵を許さない。

 自分の姿を隠しもせず、これ見よがしに空を飛んで小島にたどり着いたアルディスは、島に上陸するまでもなく『四枚羽根』の襲撃を受けた。


「聞いてたより大きいな」


 チェザーレから得た情報では翼長五メートルと聞いていたが、間近に見ると七、八メートルはありそうだ。

 体を覆う羽毛は限りなく黒に近い紫、その姿は大型の猛禽(もうきん)類を思わせる。

 鋭いくちばしを持つ頭部がふたつ、かぎ爪を備えた大きな足が四本、そして名前の由来でもある翼を二組四枚持っていた。


 四枚羽根がまっすぐにアルディスへ向けて突進してくる。


「おっと」


 単純な攻撃だが、鋭いくちばしを先頭にしてぶつかってくる巨体はそれだけで凶器だ。

 アルディスは瞬時に高度を上げてそれをかわす。


 出会い頭の初撃を避けられた四枚羽根は、そのまま距離をあけて大回りに旋回した。


 その周囲に瞬く光が現れたかと思うと、次の瞬間には光が矢となってアルディスに襲いかかる。

 さすがに回避が間に合わず、アルディスが無詠唱で展開した魔法障壁の表面を、乾いた音を立てて光が踊り狂った。


「電撃みたいなものか?」


 チェザーレから聞いていた『遠距離からの攻撃』とはこれのことだろう。


「確かに上空からこんなもの撃たれたんじゃあ、船乗りもたまったもんじゃないだろうな」


 矢の届かない上空から電撃を放たれたのでは、船上にどれだけ力自慢がいたところで意味がない。

 四枚羽根はいつも一方的な攻撃を加えて、人間たちを追い払ってきたのだろう。


 だが、それは船に乗った人間が相手の場合だ。

 空を飛べるアルディスには、四枚羽根に接近する手段があり、ある程度接近してしまえば魔法で攻撃することもショートソードを飛ばすこともできる。


「行け!」


 アルディスがショートソードを天高く放つ。

 二本のショートソードは四枚羽根を左右から挟むように弧を描いて飛んでいった。


 正体不明の物体から逃れようとする四枚羽根に、アルディスは魔法で牽制をしながらショートソードをたたき込む。

 四枚羽根の懐に潜り込んだショートソードは無慈悲な牙をむき、次々と翼を根元から斬り落としていく。


 三枚の翼を失った四枚羽根は、飛ぶ力を失ってそのまま海へと墜落していった。


「あ、まずい」


 海の中に沈んでしまっては、討伐の証拠である首を取るのも面倒になる。


 アルディスはすぐさま落下地点の海を凍らせ、ついでに針山のように形状を変更する。

 姿勢制御すらままならない四枚羽根は、そのまま落下のスピードにのって針山に突き刺さり、しばらく痙攣(けいれん)した後動かなくなった。


2016/12/30 誤字修正 もうきn → もうきん

※感想欄でのご指摘ありがとうございます。


2017/02/05 誤字修正 トリア候 → トリア侯

2018/02/13 誤字修正 代わりがなかった → 変わりがなかった


2019/05/02 誤用修正 覆い繁る → 生い茂る

※誤字報告ありがとうございます。


2019/07/21 誤字修正 カノープス山脈 → カノービス山脈

※誤字報告ありがとうございます。

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