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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第六章 王都の三大強魔

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第45話

 再び王都へと足を踏み入れたアルディスは、さっそく最初の目的地へと歩いて行く。


 それは情報屋チェザーレが居座っている宿屋兼酒場だ。


 厨房で昼の仕込みをする音だけが響きわたる。店内にいる客はチェザーレひとり。

 もっとも、情報屋として客を待つチェザーレを、酒場の客と呼んで良いのかはわからないが。


「よお」


 軽い調子でアルディスが呼びかけると、振り向いたチェザーレはあからさまに顔をゆがめる。


 濃い褐色の瞳には怯えの表情が浮かんでいた。

 彼にしてみれば、アルディスはできれば会いたくない相手なのだろう。


「なんですか?」


「客に向かってなんだとはご挨拶だな。買い手を待ってる情報屋に用事といったら決まってるだろう? ちょっとは喜んだらどうだ?」


「喜べるわけないでしょう。あの後大変だったんですよ? 私が貴方とグルで罠にはめたとか言われて、ひどい目にあったんですから」


 どうやらチェザーレはアルディスが返り討ちにした傭兵から、報復を受けていたらしい。


「なんだそりゃ? ちゃんと最後に嘘だって言ったはずだけどなあ……。オツム弱そうだったからな、あの傭兵。あれじゃあ、いつまで経ってもうだつが上がらないのは当然か」


「……一応あれでも、王都ではベテランと呼ばれている傭兵なんですけどね」


 直情的で頭が弱いところはあるが実力は確かだ、とチェザーレは言った。


「ふうん、あれでねえ……」


 アルディスは数日前にあしらった傭兵たちを思い出す。

 だが改めて振り返っても、残っている印象は『相手の力量を計ることも出来ない三流の傭兵』といったところだ。


 もちろんアルディスが草原で助けたグレシェたちや、森で救助したマリウレス学園の生徒たち、それにトリア領軍の新兵たちと比べれば多少はマシだったかもしれない。

 だがアルディスの中では、トリアでも指折りの傭兵であるテッドたちが強さの基準となっているため、あのレベルでは強い弱いを論じる対象にはならないのだ。


「ま、それは良いから、さっさと仕事の話に移ろうか」


「私にとってはちっとも良くないんですが……。仕事の話って、情報屋としての私に用事があるって事ですか?」


 チェザーレは不審げな視線をアルディスに送る。


「それ以外に何があるんだよ」


「いえ、てっきり貴方は私のことを恨んでいるかと思っていましたので」


「恨んでいる? ……ああ、そうか。そうだな……、確かにこの前みたいなことをされれば愉快じゃないな。この前も言ったように、次はないからな」


 軽い調子で言うアルディスと対照的に、チェザーレの頬は引きつっていた。


「だ、だったら……」


「だが俺は情報屋としてのあんたを買ってるんだ。他の情報屋が知らなかった情報を持っていたし、情報の内容自体もかなり正確だった。だからあんたの()()()信用してる」


 アルディスが評価しているのはチェザーレの仕事と、それによってもたらされる情報だけだ。彼の人格や生き方を評価しているわけではない。


「それで? あれから女傭兵の新しい情報は入ってきてるか?」


「………………銀貨二枚」


 精神的に屈服したチェザーレは、長い沈黙をはさんで、しぶしぶと情報料を提示した。

 アルディスが懐から銀貨を二枚カウンターの上に置く。


「トリアでの騒動が、少しずつ王都でも情報屋の耳に入りはじめています。今のところは衛兵と()めて姿を消したという程度の噂ですが、いずれ捕縛命令のことも伝わってくるでしょう。トリア侯は必死に情報を隠蔽(いんぺい)しようとしていますが、夜とはいえ市街地での出来事です。近隣の住民から話が漏れているんだと思います」


「トリアから捜索の手は伸びてきてるか?」


「今のところ、表だってはありません。ですが王都でも情報を得て女傭兵を追う人間が出はじめていますし、遠からずトリア侯の息がかかった者もやってくるでしょう。ただ、良い話もあります。トリア侯と領軍が追っているのは女傭兵だけらしいです。仲間の男には興味がなさそうですよ。黒髪黒目でスミレ色の細布を額に巻いた傭兵には」


 目の前にいる少年の容姿と同じ特徴を挙げて、チェザーレが目を細めて言った。


「そうか」


「それと、双子についても同じです。トリア侯の標的はあくまで女傭兵だけのようです」


 今度はアルディスが目を細める番だった。


 やはりこの男は有能だ。アルディスは改めて認識した。

 この二日間だけで、前回は持っていなかったであろう双子の情報まで入手している。


「わかった。情報はそれですべてか?」


「ご不満でしたか? 銀貨二枚分の価値はあったと思いますが?」


「不満はない。じゃあ、次の話に移ろう」


 予想外の言葉に、チェザーレが疑問を浮かべる。


「次の話? なんでしょう?」


「女傭兵は三日ほど前、王都に姿を現した。その後、帝国へと流れて行った」


「なんですか? それ?」


「情報提供だ」


 チェザーレが(いぶか)しげな表情を見せた。

 目の前にいる少年が、ただで情報をくれるほど甘い相手ではないと知っているからだ。


「その情報……、本当の事なんですか?」


「真偽を確かめるのは、情報を得た人間がそれぞれ努力すれば良いんじゃないか?」


 無責任なことを口にしながら、アルディスは懐から一枚の金貨を取り出すとチェザーレの前に置く。


「なんですか? これ?」


「今の情報を広めてくれるあんたへの手間賃だ」


「偽の情報を流せということですか? それじゃあまるで――」


「『飼い猫』じゃないか、って?」


 チェザーレの言葉を先取りしてアルディスが口にした。


「ええ」


「飼い猫のどこが気にくわない?」


 チェザーレの反応などどこ吹く風で言い放つ。


「これでも長年野良でやって来た自負(じふ)というものがあるんです」


 『飼い猫』というのは支配者や権力者の手足となって、裏の世界で暗躍する人間たちの符丁(ふちょう)だ。

 密偵、暗殺者、間者、そしてチェザーレのような情報屋がそれに含まれる。

 チェザーレの口にした『野良』というのは『飼い猫』と対照的に、誰にも雇われずフリーで活動する人間を表す。


 一方で『飼い犬』という言葉もある。

 これは符丁でも何でもなく、支配者や権力者のために表の世界で働く人間たちを表す俗称――蔑称(べっしょう)と言った方が正確かもしれない。

 騎士や兵士、政務官や外交官などの文官や役人もこれに含まれるが、面と向かって相手に言うのは侮蔑行為以外の何ものでもないため、通常は陰口をたたくときにしか使われない。


「野良はいざというとき誰も助けてはくれない。いつのたれ死ぬかも分からない。ましてイタズラするような野良はすぐに殺処分だ」


 最後のセリフを強調してアルディスが不敵に笑う。

 アルディス相手にいたずらを仕掛けてしっぺ返しを受けたチェザーレとしては、心中穏やかではいられないだろう。


「じゃ、じゃあ貴方がいざというときに助けてくれると言うのですか?」


「なぜ俺があんたを助けなきゃならない?」


「だって、飼い猫になれって……」


「俺は一言も『飼い猫になれ』なんて言った覚えはない。『飼い猫のどこが気にくわない?』と言っただけだ」


 黒髪の少年はしれっと言う。


「俺はあんたに金を払う。あんたはその金に見合った仕事をすればいい。これは商取引だ。俺に敵対しなければ、今後も仲良くやっていきたいと思ってるんだがね」


 アルディスはチェザーレの為人(ひととなり)を買っているわけではなく、その情報収集能力だけを評価しているのだ。


 彼が内心で何を考え、何を感じようと、対価に見合うだけの情報を提供してくれればそれで良かった。


「じゃあ、そういうことで。よろしくな」


 泣きそうな顔のチェザーレへ一方的に告げると、アルディスは酒場を後にした。


2017/02/05 誤字修正 トリア候 → トリア侯

2018/02/11 修正 一週間ほど前 → 三日ほど前

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