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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十二章 新旧相容れず

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第385話

 セーラが無詠唱で生み出した炎がアルディスに向けられる。

 その炎が存在し続けるために消費する燃料の粒をアルディスが魔力に命じて排除すると、周囲一帯に広がりつつあった赤いゆらめきが唐突に消失し、余熱だけがほのかに伝わってくる。


「いいね、ずいぶんさまになってきたよ」


 アルディスの対処を褒めながら、セーラが先ほどとは逆にてつく氷塊ひょうかいを生み出した。


「こっちの場合はどう対処する?」


 応用問題の解き方を生徒に問う教師のごとく、休む間もなく巨大な氷を撃ち出す。


 今のアルディスならば魔法障壁で防ぐことは可能だろう。

 しかしセーラが求めているのはそんな力尽くでの防御ではない。


 鍛練――というよりむしろ理解を目的としたこの攻防において取るべき手をアルディスは瞬時に導き出す。


「消し去ればいいんだろ」


 相手の魔術を防ぐのではなく消し去る。

 魔力を理解し魔法にのっとり魔術を操りさえすれば、それが可能だと今のアルディスは知っていた。


 ヴィクトルとの戦いでやってみせたように、魔力に命じてセーラの放った氷塊を包むようにまとわりつかせ、魔力自身を高速で震わせる。

 振動によって魔力同士が周囲の空気を構成する粒を巻き込みながら熱を発生させ、生み出された熱がまたたく間に氷塊を溶かし、さらに高まった熱が溶けた水を蒸発させた。


 場に残ったのは高速でアルディスに向かってくる高温の蒸気のみ。


「そこからこうしたらどう?」


 セーラが新たな設問とばかりに次の一手を打つ。

 蒸気をさらに後押しするようなかたちで風を生み出し、それ単体で殺傷能力を持つほどに鋭い風の刃をアルディスへと放った。


 それに対し、アルディスは特殊な防壁を新たに展開する。

 アルディスの命を受けた魔力が厚みのある板状に拡がると、その内側から空気を構成する粒を排除し、最終的に魔力自身すら立ち去っていく。


 そうして出来上がるのは『何も存在しない』という異質な盾。


 熱も冷気も、衝撃波すら通さないその盾は特定の魔術に対して絶大な効果を発揮する。

 何も存在しない状態を維持するのは難しく、盾を展開できる範囲や継続時間には限界があるが、それでも今のように熱と風を数秒間防ぐだけならば問題はなかった。


 アルディスへと襲いかかった熱風の刃は異質な盾をおかすことはできず、頼りなくその表面を滑るだけ。

 やがて殺傷力を失った熱風は周囲へと拡散していった。


「このへんでひと休みしようか」


 さらに続くと思われた模擬戦は、そんなセーラの言葉によって中断される。


 アルディスが強くなるために練能れんのうのセーラから手解てほどきを受けるようになって四ヶ月以上が経つ。

 様々な知識を吸収し、魔力への理解が深まったアルディスは飛躍的に強くなっていた。

 身体に取り込む魔力量も当初セーラの言っていた三十倍に達し、地力が増した上でさらに知識を土台にした新たな戦い方も学んでいる。


 身についたのは戦いに関することだけではない。

 光と色の仕組みを理解したことで、アルディスは人間の目をあざむすべを手に入れた。


 以前魔獣王シューダーから譲り受けたレシア製の剣。

 その希少性ゆえに人目を引きすぎるだろうと判断したアルディスは携帯を控えていたが、光を歪ませることでその輝きをごまかし、今ではありふれた古い剣に擬装することで常の佩剣はいけんを可能にしていた。


 セーラから授かった知識はこのように戦闘以外でも役に立っていたが、もちろん顕著けんちょに成果が出ているのは戦いのスキルである。

 先ほどの異質な盾などはその最たるものだ。


「『無陣ヴォイド』の扱いも慣れてきたよね」


 セーラは満足そうにアルディスの対処を評価しながらも、注意点を指摘することも忘れない。


「でも使い方を間違えないようにね。防げるものと防げないものをしっかり見極めて使わないと、逆に痛い目を見るよ」


 アルディスが『無陣ヴォイド』と名付けた異質の盾は無条件で魔術全般を防ぐ魔法防壁と違い、有効性が極端にはっきりしていた。

 それだけに使いどころを間違えれば効果的どころか有害になりもする。

 しかし適切に活用できれば、魔法障壁で防げないレベルの攻撃も無効化できるだろう。


「魔法障壁と重ねて使えば問題ないだろう?」


「まあ、それだけの魔力が身についているのは間違いないよ。あとは咄嗟とっさの防御でそれができるかだね。次回からはそのあたりを重点的にやってみようか」


 課題を口にして次からの鍛練に目星をつけるセーラ。

 そんな彼女にアルディスは数日前から考え続けている疑問を投げかけてみた。


「セーラ、少し訊いてみたいことがあるんだが」


「なんだい?」


「魔術で人間を洗脳することはできるのか?」


「それはまた……ずいぶんと物騒な疑問だねえ」


 セーラの表情がとたんに険しいものとなる。


 ダーワットたちが洗脳としか言いようのない状態におちいっていたことから、洗脳あるいはそれに近い状態を生み出せるのは間違いない。

 アルディスがセーラに尋ねているのは単なる確認に過ぎなかった。


「理論上はできるはず。でも相当難しいし、それ以前にやり方を教えるつもりはないからね」


「洗脳の仕方なんぞ知りたくもない。俺が知りたいのは逆だ。魔術で洗脳ができたとして、それを魔術によって強制的に解くことはできるのか?」


「うーん……もとが魔術による洗脳なら、魔術によって解くことは可能だと思うけど。強制的にとなると厳しいかも」


「不可能、とは言わないんだな」


「そうだねえ……。どういった洗脳を受けているのか、それがわからないことには解析のしようがない。魔力も、それを使った魔術も決して万能ではないんだよ。特に人の脳へ干渉するとなれば相当デリケートな話になる。魔力を理解することが児戯じぎと思えるほどには難しいだろうね」


「洗脳されていた本人の言葉では、頭環とうかんを身につけていた間ずっと思考や行動を縛られていたらしい。頭環が外れれば洗脳が解けた様子だったが」


「洗脳されていた本人、と来たかあ。それはちょっと聞き捨てならないね」


 しばらく考え込んでいたセーラがアルディスに問う。


「……その頭環の現物はあるのかい?」


「ああ、持って来ている」


 ダーワットが身につけていた頭環はアルディスが引き取っていた。

 本来であれば国の管理下に置かれるようなものであるが、それをおして手元に確保するだけの発言力が今の彼にはある。

 もともとウィステリア王国の技術者や職人が理解不能とさじを投げたようなシロモノだったため、アルディスのツテを頼って調べるという結論に異を唱える者は少なかった。


 アルディスが『門扉ゲート』から取り出した円環を受け取るなり、セーラは眉間にしわを寄せる。


「あー、だめだよアルディス君。これはだめだよ。明らかに破損しているじゃないか。欠けのない完全な形のものはないの?」


 手渡した円環はアルディスの剣によって切断され、その機能を失っていた。

 そのおかげで死の間際にダーワットは正気を取り戻せたわけだが、逆に言えば手がかりである頭環自体は壊れたガラクタと化している。


 断面からは細かい部品や長く伸びた紐状の物体が複雑に絡み合い、何がどういう仕組みになっているのかさっぱりわからない。

 わずかな可能性に賭けてセーラへと見せたものの、当の彼女は明らかな難色を示した。


「ない。これだけだ。無傷の状態で手に入れるあても……今はない」


 どこで誰が作っているのかもわからない。

 隷属させられているかつての仲間たちはその額にこの円環を身につけているのだろうが、当然「よこせ」と言って素直に渡してくれるはずもないだろう。

 ならば力尽くで奪い取るしかないだろうが、本気でこちらを攻撃してくる相手から額の頭冠をかすめ取ることがそんなに容易たやすいわけもない。


「これじゃ厳しいと思うなあ……。一応、預かって解析はしてみるけど、どれだけの情報が取れるかはわからないよ?」


 それでも不完全な頭環を調べてみるとセーラは請け負ってくれた。


「感謝する。たとえ洗脳を解く方法がわからなくても、その糸口が見つかるだけでも構わない」


「あまり期待はしないでね。時間も結構かかると思うし」


 セーラの言葉にアルディスも気まずさを覚える。

 無理を言っている自覚はあるのだ。


「鍛練をしてもらっている上に余計なことまで押しつけてしまってすまない」


「あー、いいよいいよ。どうせ丸投げするんだし。私は戦いが専門で、こういった技術的な部分は別のセーラに頼むだけだから」


 しかし心苦しさを顔に出すアルディスに対して、セーラはあっけらかんとした口調でそう言い放った。

 どうやらあっさりと請け負ってもらえたのは、彼女自身の負担になるわけではないかららしい。


「貸しひとつ、ってことにしておくよ」


 最後にセーラはちゃっかりと付け加える。

 だが無理やり隷属させられているかつての戦友を助けられるなら、アルディスにとってはその程度安いものだった。


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