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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十二章 新旧相容れず
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第381話

 夜明けの帝都は城下中に響きわたる轟音と共に厄災の日を迎えた。

 あらかじめ指示を受けていたヴィクトル配下の天隷てんれい隊が城内の方々へ散り、夜間勤務の終わりを迎えようとしていた衛兵や騎士たちを虐殺していく。


 断末魔の悲鳴が響きわたる。

 その異変により眠りから覚めた者たちがひとりまたひとりと部屋を飛び出し、城内に広がる惨劇さんげきを目の当たりにした。


「な、何事だ!?」


「敵襲……? いや、刺客が入り込んだのか?」


 腕に覚えのある者は尋常じんじょうならざる状況を理解すると、すぐさま武装を整えて上官や主のもとへと向かおうとする。


 しかし多くの者はその途上で命を落とすこととなった。

 四方へ散らばったヴィクトルの部下たちが城内のあちらこちらで、武装した者を片っ端から斬り捨てていたからである。


「そなたは神皇国しんのうこく使節団の? これは一体何が――」


 血まみれの剣を握って回廊の真ん中に立つ白装はくそうの戦士と出くわし、衛兵のひとりが問いかけの言葉を口にした瞬間だった。

 戦士の剣が風切り音を立てて振るわれ、衛兵の首が飛んだ。


「き、貴様! 血迷ったか!?」


 同僚を今まさに目の前で殺された衛兵が剣を抜いて戦闘態勢をとる。


「明らかな敵対行為と――」


 なおも言葉を続けようとした衛兵の首を、再び振るわれた戦士の剣が刈り取った。


 重い音を立てて首が床に落ちる。

 大量の血を吹き出しながら首を失った衛兵の身体が後に続いて倒れ込んだ。


 白装に身を包んだヴィクトルの部下は何の感情も感じさせない冷えた視線をたった今奪い取った命からそらし、次の標的を求めて回廊をゆっくりと歩いて行く。







 有象無象の相手を部下に任せ、ヴィクトルは城の最上階からゆっくりと階下へ向かって降りていった。

 すでに王族の住まう階層は掃討済みである。

 寝ずの番と天井裏の影に守られていた皇帝の首を取り、その足で皇太子を殺しに向かい、道中を阻む護衛騎士を残らずほふっていったのだ。


 王族、貴族、騎士、兵士、文官。

 帝国の中枢を担う支配者、軍事力を支える武官、そして官僚による統治機構。

 それを殲滅し、帝都そのものを破壊する事が今回ヴィクトルに与えられた役割だった。

 交渉を行う使節団というのは帝国をあざむく偽装でしかない。


 どこからか壁の崩れる音が響いてくる。部下が戦う余波を受けたのだろう。

 ヴィクトルは取りこぼしのないよう、丹念に敵を殺して回る。

 標的はもちろんのこと、たとえ対象外であっても武器を手にして向かってくる者は平等に冥府へ送り出していった。


「逃げれば良いものを……」


 高貴な女性を守ろうとしたのか、守り刀を手に立ち向かってきた侍女は斬り捨てざるを得なかった。

 自らの命よりも忠義を選んだ彼女たちを、苦しまないよう一瞬のうちにヴィクトルは刈り取る。


 敵意をすべて振り払ったヴィクトルが周囲を見回すと、目に入ってきたのは侍女たちの後ろで自らの胸を貫いて命を断った高貴な女性の姿だった。

 年齢や装い、部屋の配置をかんがみるに、おそらくは皇太子の妃だろうとヴィクトルははかる。


 動く者の居なくなった部屋でヴィクトルは不快感に顔を歪めた。


「……」


 またどこかで轟音が響く。

 部下たちが黙々と役目を果たしている以上、ヴィクトルも感傷にひたっている暇はなかった。


 重い足を動かして部屋を出ると、魔力反応を確認しながら取りこぼしのないようしらみつぶしに残った人間をあぶり出す。

 人間らしき反応を見つけると、近付きながら周囲の美術品や装飾品へ衝撃波を飛ばして破壊して接近を知覚させる。

 さっさと逃げなさい――そう心の中でつぶやきながら。


 こんな馬鹿げた作戦で一体どれだけの人間が死ぬのか。どれだけの人間を自分たちは殺さなければならないのか。

 これが戦場であるならば良い。

 相手が死を覚悟した戦士ならば文句はない。

 これが戦略上、意義のある作戦であるならばまだ救いがある。


 しかしこの作戦はどこまでも下種げすな理由で実施されたものだった。


 神皇国はロブレス大陸の全国家を敵とみなしている。

 だがその中でエルメニア帝国は最も遠い。

 大陸の西方にある神皇国と南東の端に位置する帝国は国境を接していないため、直接戦ったのは前回の会戦が最初で最後である。


 会戦では帝国も大きく戦力を消耗したが、それでもアルバーン王国やサンロジェル君主国に比べれば傷は浅かった。

 しかも位置関係を考えれば、この先神皇国からの被害を最も受けにくいのは帝国だろう。

 神皇国の侵攻を直接受ける国々に比べ、教会からの破門による国内の混乱はあれど、純軍事的には比較的安定している。


 その状況を見てヴィクトルの上官たる女将軍ジェリアが言ったのだ。


「あの国だけが平和なのって面白くないじゃない」


 ただそれだけの、本当に理不尽な動機で今回の作戦は実行に移された。


 おそらくは数千、下手をすれば数万の命をヴィクトルとその部下たちは奪わなければならないだろう。

 狂った人間の、「面白くない」というだけの理由によって。


「――あや! しっか――て、ばあや!」


 魔力を探り、人間らしき反応に近付いていくヴィクトルの耳へ女の子の声が聞こえてきた。

 魔力の反応は五つ。そのうちふたつは小さく、一方に至っては今にも消えそうに弱々しい。

 両手の剣をしっかりと握り直し、ヴィクトルはゆっくりと近付いていく。


「ばあや! 諦めないで!」


「姫様……早くお逃げください。安全な場所へ」


「いやよ! ばあやも一緒に行くの!」


 近付くにつれて声がハッキリと聞こえ出す。

 回廊の先に声の主が見えた。

 質の良い寝衣しんいをまとった十歳ほどの女児、それを守るように囲む三人の騎士、そして瓦礫で半身が埋もれた老侍女である。


 おそらくは避難の最中に運悪く崩れた天井に老侍女が巻き込まれてしまったのだろう。

 ヴィクトルもその部下たちも、作戦遂行にあたって周囲への配慮などしていない。

 最終的には城もろとも城下町を廃墟に変えるよう指示を受けているほどだった。

 特に部下たちは遠慮のない戦い方をしているようで、断続的に響いてくる破壊音が確実に城を崩壊に導いているのは間違いない。


 姫と呼ばれた女の子を中心にした五人へと、ヴィクトルは気配を隠しもせずに堂々と近付いていく。

 その足音に気付いた騎士たちが姫を守るようにヴィクトルの前に立ち塞がった。


「貴様、神皇国の!」


 この凶行が神皇国の使節団によってもたらされたことを、帝国側もさすがに気付いたらしい。

 もっとも、皇帝と皇太子の首を取られた後に気付いたところで遅きに失するというものである。


「姫様、お逃げ――」


 騎士のひとりが言い切るよりも早く、ヴィクトルが距離を詰めてその首を断ち切る。


「早いっ!?」


 驚愕する騎士をもう一方の剣で切り裂き、隙を狙って斬りかかってきた最後の騎士を魔術で貫く。


「あ、ああ……」


 あっという間に護衛の三人を失い、姫が恐怖に染まった表情で後退あとずさる。

 かといって逃げ出すわけでもなく、足を震わせながらその場で立ち尽くしていた。


 ヴィクトルが一歩踏み出す。

 姫は動かない。


 またヴィクトルが一歩前へ出る。

 それでも姫は立ち尽くすのみ。その視線がふと脇にそれた。

 誘われてヴィクトルが目を向けた先には瓦礫がれきに半身を埋もれさせた老侍女の姿があった。


 そういうことかとヴィクトルは納得する。

 この姫は自分の命が危機にさらされているにもかかわらず、老侍女を見捨てて逃げることを良しとしないのだろう。


 それが彼女の幼さゆえかそれとも生来の善性か、それはわからない。

 いっそのことこの幼い姫が傲慢さや愚かさを見せてくれればヴィクトルの罪悪感も多少は薄れたはずだった。


 心が泥濘でいねいかったような感覚のまま、ヴィクトルはさらに一歩踏み出す。


「させませぬ!」


 その足を老侍女の手が掴んだ。老女とは思えない握力でヴィクトルの足首が拘束される。


「お逃げください、姫様! お早く!」


「でも……ばあや」


 心の中で老侍女の忠義に称賛と敬意を捧げながらヴィクトルは左手の剣を逆手に持つ。


「やめて!」


 姫の訴えを無視して剣先が老女の首に突き下ろされる。

 決して首を断ち切らぬよう、決して苦しみを与えぬよう。

 剣先に魔力をまとわせて強化し、一瞬で意識を刈り取るべく切っ先を老侍女の延髄えんずいに突き立てた。


「ばあやああ!」


 うめき声を上げる間もなく事切こときれた老侍女の手を足首からがし、ヴィクトルは改めて姫との距離を詰めていく。


「うぅ……ばあやぁ……」


 涙を流す姫に向けてヴィクトルが剣を投げつけた。

 飛剣術を使うまでもなく狙い通りに姫の足もとへ突き刺さった剣が、彼女の生存本能を呼び起こす。


「ひっ……」


 悲しみにひたる状況ではないと、無理やり気付かされた幼い姫は一歩また一歩と後ろに下がっていく。


 タイミングの良いことにまたどこかで轟音が響いた。

 便乗してヴィクトルが意図的に視線を音の方へ向けると、その隙をついて姫が駆け出す。


 その後ろ姿を見送りながら、ヴィクトルは上手く逃げ切れとささやかなエールを送った。


 今回の作戦にあたって、所長からは老若男女すべて殺せと指示を受けている。

 しかしヴィクトルは表向きその指示を受け入れながら、部下へは密かに非戦闘員の殺戮を禁じている。


 巻き込まれて死ぬのは仕方ない。

 だが部下には年老いた者や無抵抗な者、まして無力な子供を直接手にかけさせたくない。

 それがヴィクトルにとっての譲れない一線だった。


 手を汚すのは裏切り者の自分だけでいい。

 それがヴィクトルにとって自らに課した役目だった。


2025/04/08 誤字修正 帝国の大きく → 帝国も大きく

※誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
ヴィクトル、本懐遂げることが出来ても辛いな……。
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