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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第一章 双子の少女
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第3話

 テッドたちがその場にたどり着いた時、周囲はむせかえるような血の匂いにあふれていた。


「野盗か」


 アルディスが口にするまでもなく、状況は見て取れた。


 街道には二台の馬車。

 その周囲を取り囲むようにして武装した小汚い格好の男たちがざっと二十人前後。

 馬車のそばには血を流して倒れこんでいる傭兵らしき人影が見えた。

 決して油断していたわけではないのだろうが、まさか街道沿いにこれほど大規模な野盗が出るとは予測できるわけもない。


 アルディスたちが到着したときにはすでに勝敗がついていた。

 馬車の持ち主は行商人だろうか。すでに物言わぬ(むくろ)となった人型のどれが持ち主なのかもはや知る術はない。


「ちっ、間に合わなかったか!」


 テッドが舌打ちする。

 見たところ全員野盗にとどめを刺された後らしい。


 もはやこうなってはアルディスたちが介入する意味はないのだが、野盗に姿をさらしてしまった以上、「ではさよなら」というわけにもいかないだろう。

 戦闘後の興奮状態にあった野盗たちは、アルディスたちの姿を確認するなり問答無用で矢を射かけてきた。


「くそっ! 今さら関係ありません、つっても聞いちゃくれねえんだろうな!」


「そりゃそうでしょうね! 護衛の残りか、横取り目的の野盗としか思われてないんじゃないの!?」


 射かけられる矢を剣で払いながら叫ぶテッドと、冷静に分析するオルフェリア。

 その脇ではノーリスが淡々と敵に向かって矢を放ち応戦していた。


「アルディス、しっかり守ってよ。僕、弓で射るのは好きだけど、射抜かれるのは好きじゃないんだ」


「そりゃ誰だって嫌だろうよ」


 くだらない冗談にあきれたような表情で応え、アルディスはノーリスの前面へ二本のショートソードを浮かべて矢を切り払っていく。

 宙に浮いたショートソードは、飛んでくる矢を防ぐのに最適な防具だった。

 剣の持ち手が射られる心配はないし、ノーリスの視界を塞いでしまう心配もない。


 野盗たちから連続して矢が飛んでくる。

 幸いなことに弓や矢の質が悪いのか、それとも射手の腕が悪いのか、ほとんどの矢はノーリスを逸れて見当違いの場所へ突き刺さった。

 五本に一本ほど、ノーリスやアルディスに向かってくる矢があるが、それらは全て宙に浮いた剣によってたたき落とされていた。


 そんな矢の射かけあいがしばらく続いたが、野盗の矢は数こそ多いものの一本もアルディスたちに命中しない。

 逆にノーリスが放つ矢は確実に野盗の数を減らしている。

 弓矢による攻撃が効果を出さないことにしびれを切らした野盗たちは、アルディスたちの前衛がテッドひとりしかいないのをいいことに、全員で接近戦を挑んできた。


「あのゴツイ剣士を抑えちまえば、あとは魔術師と弓士だ! 押し込め!」


 野盗の(かしら)らしき男が仲間をあおる。

 ノーリスに射抜かれて動かなくなった数名をのぞき、全員が剣を抜いて頭の声に応えた。


「だから魔術師じゃねえってのに……」


 そんなアルディスのボヤキは当然野盗たちに届かない。

 飛んでくる矢を防ぐ必要がなくなったアルディスは、吶喊(とっかん)してくる野盗たちに向けて二本のショートソードを放つ。


 その瞬間、攻守が逆転した。

 持ち手のいないショートソードたちは、野盗たちの死角からするりと音もなく忍び寄る。


 ショートソードの一本が最後尾の野盗を後ろから突き刺す。

 最後尾を走り、全く後ろを警戒していなかった野盗は、何が起こったのか分からないまま大量の血を流しながら地面に倒れこんだ。


 もう一本のショートソードは地面に倒れこんだ野盗の上を通りすぎると、アルディスたちに向かって駆けている野盗の首を瞬時に掻き切る。

 さらにとなりを並んでいた野盗の脇腹から心臓を貫いた。

 あるはずのない後方からの奇襲。しかも生命の気配すら感じさせない無機物による殺戮が繰り広げられた。


 次々とアルディスのショートソードで命を絶たれていく野盗たち。

 何が起こったのかも理解できないまま、足をもつれさせ、地に倒れ伏す。

 やがて先頭を走る頭らしき野盗がテッドに斬りかかって声を張り上げた。


「野郎ども! コイツを俺たちが抑えている間に残りを片付けろ! 女は生け捕りにしろよ!」


 だがその声に応える者はいない。


「なあ、おっさん」


 テッドの目に哀れむような色が浮かぶ。


「言っとくけど、お前最後のひとりだから」


 その言葉が理解できず、野盗の頭は(いぶか)しげに周囲を見回した。


「なっ……!」


 野盗の目に映ったのは血だまりに沈み込む仲間の体。

 もはや立っているのは自分だけということにようやく気づく。


「ば、馬鹿な! そんなことが……!」


「運が悪かったな」


 そんな言葉と共に、テッドの剣が野盗の頭に振り下ろされた。






 野盗を全員片づけた後、アルディスたちは生存者を手分けして探していた。


「あちゃあ、全滅だねこれは」


 ノーリスの言う通りだった。

 馬車の御者、護衛の傭兵、雇い主と思われる商人らしき男。全員がすでに息絶えていた。

 首や胸に見える刺し傷は、野盗たちがご丁寧にとどめを刺してまわったことを物語っている。


「どうする? 馬もやられちゃってるみたいだし、背負えるだけ持って帰る?」


「馬車を置いて行くのはもったいないが、そうするしかねえだろうな。嵩張(かさば)るものは諦めるしかねえだろう。あとは……、商人の身元が分かるようなものがあれば良いんだが……」


「じゃあ、僕とアルディスは向こうの馬車を見るから、テッドたちはそっち見てくれる?」


「わかった」


 二手に分かれて馬車の荷物を調べるため、ノーリスとアルディスは比較的被害が少ない方の馬車へと近づいていく。


 馬車二台分ともなると、おそらく荷物も結構な量になるはずである。

 持ち主の商人がどんな品を扱っていたかは知らないが、四人で抱えられる量などたかが知れている。


「宝石とか香辛料だったら良いんだけどね」


 ノーリスが勝手な願望を口にした。

 確かに同じ重さや大きさでも、品によってその価値は雲泥の差がある。

 ノーリスの言う通り宝石や香辛料ならば四人が背負うだけの量でも相当な値で売れるだろう。


 だが美術品のように嵩張(かさば)るものや食料品のように単価が安いものでは、持ち運べる量にも限界がある。

 場合によっては現金だけ回収して、あとは諦めることも考えなければならない。


 ノーリスが馬車の後部から近づき(ほろ)に手をかけた。

 ゆっくりと幌をめくって中をのぞいたノーリスが一瞬体を硬直させる。

 次いで顔を片手で覆うと、「あちゃー」と言いながら天を仰いだ。


「どうした、ノーリス?」


 何事かとアルディスが後ろからのぞき込む。


「へ?」


 そこでアルディスの眼に映ったのは、商品が入っていると思わしきタルやカゴの数々、そしてその(かたわ)らで身をすくめて怯えているふたりの少女だった。


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