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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十一章 新勢力の台頭
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第375話

 アルディスとヴィクトルが一進一退の攻防を繰り広げていた。


 練能れんのうのセーラから手解てほどきを受けたことでより一層魔力の扱いにけたアルディスは、前回のヴィクトル戦から確実に力をつけている。


「まあまあ成長したじゃないですか」


 明らかに動きの良くなったアルディスの成長をヴィクトルも素直に認める。


「いつまでも先輩面して、足をすくわれても知らないぞ」


 冷静に斬撃を繰り出しながらアルディスが皮肉めいた答えを返す。


 ヴィクトルの腕を狙って蒼天彩華そうてんさいかをひと振りし、それをフェイントとして足もとから魔術で作り出した氷塊ひょうかいを打ち上げる。


 攻撃の組み立てとしては特別変わったものではない。

 おそらく前回までならばヴィクトルも余裕を持ってかわしていただろう。


 だが今回は違う。

 魔力の扱いを深く知るということは無駄をそぎ落とし、より効率的な使い方を学ぶということである。

 それはごく単純な一手や動作そのものを研ぎ澄ますことにつながった。


 洗練された魔力操作により、アルディスが無意識下に行っていた身体強化は格段に向上し、それは踏み込む、剣を振るうといった基本の動作を鋭くしていく。

 現実の時間にすればほんの数分の一秒にしかならない違いだが、極限まで上り詰めた者同士の戦いではそのわずかな時間が勝負を左右する。


「大きく変わったわけでもないのに、まるで生まれ変わったかのような動き。この短期間で何をしたんですか?」


 アルディスの攻撃をいなしきれず、剣で受け止めざるを得なかったヴィクトルが疑問を投げ掛けてくる。


「基礎をおろそかにしていると言われてな、地味な鍛練を今さらやっているってだけだ」


「基礎……?」


 ヴィクトルが珍しく難解な表情を見せた。


 それは仕方がない。

 戦いに明け暮れる傭兵団で求められたのは、一日でも早く実戦で通用する戦士になることだ。


 事実、アルディスも傭兵団時代は実戦形式で訓練を行うことが多かった。

 もちろん最初こそ基礎的な鍛練から入ったのは確かだが、最低限をすませればすぐに実践的な内容に移っていく。傭兵ならばそれが当たり前だった。


 平和な時代のたしなみとして学ぶ武術ならいざ知らず、常に戦場で暮らし、毎日のように命のやり取りを強いられる傭兵は悠長に基本を積み重ねている暇などない。

 元は嗜みとして武術を学んでいた出自のヴィクトルにしても、長年にわたる傭兵生活でそこは失念していたのだろう。


「確かに、基礎はおろそかにして良いものではありませんね。この歳になってなおさらそう感じるようにはなりましたよ。でも……」


 アルディスの放った十本の炎矢えんしが引き寄せられていくようにヴィクトルを追尾する。

 音もなく高速で標的に向かって行く炎矢が宙に赤い筋を描いた。


 風の魔術を繰り出してそれを撃退しながら、それでも落としきれなかった炎矢からヴィクトルは身をかわす。

 その体勢が崩れた一瞬をついて、今度は正面からまばゆく輝きと共に厚みのある光線をアルディスが放った。


 間断のない攻撃に魔法障壁を多重展開して迎え撃ったヴィクトルだが、その勢いに押されてしまう。

 障壁に撃ち込まれた光線が強烈な光を放って周囲を照らした。


 攻撃の光が収まる。

 なかなかに重い一撃のはずだが、ヴィクトルはかろうじて攻撃を防ぎきり二本の足でしっかりと地に立っていた。


「でも基礎を重視したところで、それが目に見える効果としてわかるのは数年単位の時間があってのことです。こんな短期間でここまで動きが洗練――いえ、底上げされるとは思えないのですけどね」


 警戒をあらわに凝視しつつ、ヴィクトルはアルディスの言葉を疑うようなセリフを口にする。


「基礎にもいろいろあるってことだな」


 アルディスも馬鹿正直に明かすつもりはなかった。

 セーラから学んでいることは、アルディスにとってヴィクトルに対する唯一のアドバンテージだからだ。


 アルディスとヴィクトルの共通点は魔力の法則――魔法を知り、魔術を繰り出せることだろう。

 同時にそれは法則を知らず、魔術を操れず、ただパターン化された『魔法』という定型魔術しか使えないこの世界の魔術師とふたりとの違いでもある。


 ゆえにヴィクトルがアルディスと同じ知識を得、同じ条件下で戦えばあっという間にこの優位性も崩れるに違いない。


「……いろいろとは?」


「ご親切に解説してやる義理はないな。あんたは俺の敵だろう?」


 解説の代わりにアルディスはヴィクトルの周囲から空気の成分を一部抜き取る。

 その成分を取り込むことこそが、人が呼吸をしなければならない理由だとアルディスは学んでいるからだ。


 魔力を理解したアルディスには指定した空間からその成分を抜き去ることは容易たやすい。

 魔力という召し使いに権限をもってそう指令すれば良いだけなのだから。


「なんの魔術を…………うっ、これは……!?」


 息苦しさを覚えたのだろう。

 瞬時にヴィクトルの顔色が変わる。


 アルディスは魔力そのものの性質を知り、特性を知り、それを操る術を学んだ。

 一方で先日までのアルディスがそうであったように、生まれたときから周囲に満ちる魔力を『そういうもの』として自然に受け入れ、『そうあるべきもの』として法則を認識し、感覚的に扱っているだけなのが今のヴィクトルだ。


 魔力の法則は理解していても、魔力そのものを理解しているわけではない。

 それが今のアルディスとヴィクトルの差である。


 乖離かいりしていた実力差が埋まりつつあるのは、天才的なヴィクトルの感覚に対して魔力を理解したアルディスの知識と技術が上回った結果だった。


「く……っ……!」


 必死に空気を吸い込むも、息苦しさが増すばかりのヴィクトルがその瞳に初めて恐怖の色をにじませる。


 理屈を知っているわけではないだろう。

 しかしヴィクトルは異常の原因が自分の立っている場所にあると瞬時に理解したらしく、その場を飛び退いて呼吸を回復した。

 さすがはエリオン、サークのふたりと並んでウィステリア傭兵団の才人と呼ばれただけはあった。


「アルディス……きみ……」


 乱れた呼吸を整えながらもアルディスに向けられるヴィクトルの目には、警戒と畏怖の感情が浮かんでいた。


 だがヴィクトルとて、そこで手をこまねいて時間を無駄にするような凡人ではない。

 息が整うやすぐさま反撃に出てくる。

 もはや手加減する余裕もなくなったのか、ヴィクトルは魔術で頭上に巨大な竜巻を生み出すと、小規模な嵐と呼んでも差しつかえない規模のそれをアルディスに向けて放つ。


 対するアルディスはつゆほどの動揺も見せず、魔力に命じて大気中の成分を動かすことで対処する。

 大気の濃度に極端な差を付けて、ある地点は濃く、その反対にある地点では大気を構成する粒を極限にまで薄くする。


 それはせずしてヴィクトルが竜巻を生み出す過程と同じだった。

 しかしながら魔法に基づいて魔術を行使するヴィクトルと、魔力に指令を下して大気の最小単位で状況を組み立てるアルディスとでは当然結果が拮抗するわけもない。


 必然、ヴィクトルの竜巻はアルディスの生み出した竜巻に飲み込まれ、かてとなって吸収されていく。

 自らの魔術が取り込まれる過程を見せつけられたヴィクトルが、信じられないものを見たとばかりに言葉を失う。


「…………今……何をしたのですか?」


「ちょっとした奇術だよ」


 ようやく言葉を振り絞ったヴィクトルへアルディスは軽い口調で答えた。


「そうですか。……当然種は簡単に明かしてくれないのでしょうね!」


 無駄な問いかけをヴィクトルはそうそうに切り上げ、今度は数多の氷槍ひょうそうを生み出してアルディスに切っ先を向ける。


 その氷槍が繰り出されるよりも早く、アルディスは氷の温度を一気に上げ瞬時に蒸発させる。


 魔術を生み出し構成するのが魔力である以上、その土台を崩してやれば魔術は成立しなくなるのが道理だ。

 魔術によって生み出された氷槍を、同じく魔術によって生み出した火で溶かすことはアルディスでなくともできる。

 だが当然それでは後手に回らざるを得ず、自身に襲いかかってきた氷槍に対する防御手段にしかならない。


 魔力へ直接指令を下すということは、その大前提すらも覆すほどの異常な行為である。

 練能れんのうのセーラ曰く、『魔術の根源に触れる真理と言って良い』とのことだった。


「…………奇をてらった戦い方はおすすめできませんね。必ずどこかで壁にぶつかりますよ」


「じゃあ、地力勝負をしてみるか?」


 困惑を隠しきれないヴィクトルが皮肉めいた忠告をすると、アルディスは挑発するように蒼天彩華で何もない宙を斬る。


「手加減は……しませんよ!」


 瞬きも許さない程の速度でヴィクトルが迫り寄る。

 その両手に一本ずつ握られた剣が斬撃を次々と繰り出した。


 速度、重さ、角度、剣筋、そのすべてが並の傭兵では一生届くことのない極みに達する天才の剣である。

 味方にすればこれほど頼もしいことはなく、敵にすれば恐ろしいことこの上ないそれも、今のアルディスには十分対応なレベルに見えていた。


 双剣とはいえヴィクトルの剣は外連味けれんみのない真っ当な剣術である。

 であればこそ、身体強化の効果を向上させその速度へ追従できるようになったアルディスがおくれを取る理由もなかった。


 斬撃を弾き、刺突をいなし、牽制のひと振りで相手の足を止めると反撃のひと振りをぶつける。

 不快な音を響かせ、二本の剣を交差させたヴィクトルがアルディスの剣を防ぐ。


「その小身のどこにこんな力があるんですかね!」


「若い活力のある身体と言ってくれよ!」


 軽口を叩き合いながらつばぜり合いをすると、アルディスは足払いを仕掛ける。

 体勢を崩しながらそれをかわしたヴィクトルへ、一歩踏み込んで今度は上段から袈裟懸けを繰り出した。


 ヴィクトルの焦りが短い音となってこぼれ出す。


「くっ」


 以前のアルディスならばヴィクトルの後退速度に反応出来ず、取り逃していたかもしれない。


 しかし今のアルディスは違う。

 その剣先はヴィクトルに追いつき、切っ先がわずかに逃げる服のすそを捉えて切り裂く。

 身体には届かずとはいえ、ヴィクトルの動きを捉えて追いすがるほどには肉薄しているのだ。


 間合いを避けて距離を取ったヴィクトルが大きく息を吐いて肩の力を抜く。


「これは想定以上ですね。少し君を甘く見ていた、それを認めましょう。簡単には勝てそうもない上に、お仲間さんもなかなかの使い手みたいですし……」


 ダーワットと戦いを繰り広げるロナたちをヴィクトルはチラリと横目で見る。


「残念ですが、ここは一度退かせてもらいましょう」


 構えを解かないアルディスへ一方的に言い放つと、ヴィクトルはさらに後退してダーワットに向かって叫ぶ。


「ダーワット、撤退です! 退きますよ!」


 それを耳にしたダーワットは、直前まで戦っていたロナたちを放置して何のためらいも見せずに後退していく。


「それではアルディス、私も退散させてもらいます。次も同じように上手くいくとは思わないことです。私と渡り合えたくらいで満足していては彼女に勝つことなどできませんよ」


 警戒をあらわにしたままのアルディスへ忠告めいた言葉を残し、ヴィクトルは退却に移りその姿を消した。







 こうしてアルディスとヴィクトルの三度目となる戦いは、相手の退却という結果に終わった。

 両者の間に明確な決着がついたわけではない。

 だがその影響かそれとも別の理由なのか、結局その後ヴィクトル率いる部隊は足を止めることになる。

 アルディスとしては当初の思惑通りである。


 その間、ムーア率いるウィステリア王国軍の本隊が到着し、近衛傭兵隊と合流して神皇国軍へと攻撃を開始する。

 だがそこにヴィクトルやダーワットの姿はなかった。


 彼らのいない神皇国軍はさほど手強い相手でもない。

 戦いは兵力でも上回るウィステリア王国軍の勝利で終わった。

 その後ウィステリア王国へ侵攻してきた他の軍も、アルディスたちの活躍によって各個撃破に成功する。


 こうして神皇国軍の侵略を防いだウィステリア王国だったが、見事なまでの快勝は短絡的な人々の目を曇らせてしまうらしい。

 驚いたことに、国内ではこれを機に逆侵攻すべきとの声が上がりはじめた。


 女王ミネルヴァは他国への侵攻を良しとしなかった。

 しかし旧ブロンシェル共和国の一部民衆からはむしろ庇護ひごを求める声が上がってくるようになり、それを無視し続けることも難しくなる。


 あくまでも魔物や獣、戦乱から守るための一時的な措置だと主張する声に押され、やむを得ずミネルヴァも旧ブロンシェル領への進駐を承諾する。

 住民の総意で自発的に望んだ場合に限るという条件で、いくつかの村や町がウィステリア王国の庇護下に入ることとなった。


 領土が広がったことに喜ぶ者や、それを勝利の成果として誇る者、あるいは自らの手柄を声高こわだかに主張する者……反応は様々である。

 だが一時的な庇護とはいえ、領土の拡大が後々火種になりかねないことを心配する者はミネルヴァをはじめとして多い。


 事実、これ以降も庇護を求める町や村は増え続ける。

 それらを取り込んでいった結果、ウィステリア王国の領土は加速度的に膨張していくことになった。


《炎矢》は造語です。

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