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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十一章 新勢力の台頭
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第372話

 アルディス率いる近衛傭兵隊は、敵集団に気取られず接近することに成功する。


 距離を縮めたことで相手集団の様子が明らかになった。

 軍旗の中に女神の紋章が混じっていたことで、間違いなく神皇国軍を名乗る敵であると判明する。


 神皇国軍は行軍を停止し、明るいうちから野営の準備を進めていたようだ。

 アルディスたちが接近すると風に乗ってかすかに炊飯すいはんの香りが流れてくる。


 行軍を終えてひと息ついたからだろうか、弛緩しかんした空気が漂っているのが見て取れた。

 不意を突くにはうってつけの状況だろう。


「駆け抜けろ! 敵を減らすよりも、混乱させるのが目的だからな!」


 アルディスは声を上げると先頭に立ち馬を走らせる。

 先陣を切った隊長に続いて、百騎あまりの隊員たちが神皇国軍へと吶喊とっかんした。


「なんの音だ……?」


 音のする方向を見て西日に目をすがめた神皇国兵士のひとりが、多数の騎兵を見つけて慌てて叫ぶ。


「て、敵だ! 敵襲だ!」


 狼狽をあらわにしつつも、態勢を整えようと動きはじめる兵士たち。


 当然それを黙って許すアルディスではない。

 通りすがりのついでとばかりにひとりの兵士を討ち取ると、続けて逃げ腰になった別の兵士を斬り捨てる。


 しかし馬の足は止めない。

 あくまでも目的は敵を混乱させ、襲撃を受けたという記憶を焼きつけることだった。


 無抵抗の行軍と、いつ襲撃を受けるかわからない行軍とでは大きく事情が異なってくる。

 一度襲撃を受けた以上、神皇国軍は当然次の襲撃もあることを前提に行軍しなければならなくなるだろう。


 当然行軍する足は遅くなり、野営時も警戒を厳重にしなければならない。

 場合によっては進撃を停止して制圧した町へ籠もる可能性もある。

 そうして時間を稼ぐことが今回アルディスに求められた役割だった。


「成果は上々……これくらいで十分か」


 あらかじめ決めておいた通り、隊の部下たちは四方に散って撤退に移っていた。


 敵の最も深い位置まで斬り込んでいるのはアルディスだが、彼自身は逃げに徹すればいかようにもなる。

 アルディスの周囲を固めるのはフィリアをはじめとする精鋭中の精鋭。生半可な敵が相手ならば不覚を取る心配もない。


「全員問題なく……ちっ、クレスか」


 戦況の把握がてら周囲の様子をつぶさに確認していたところ、ひとりの若い隊員が敵兵に囲まれつつあることに気付く。


 まだ顔に幼さが残るその少年は、アルディスも顔見知りの傭兵クレンテの実子である。

 近衛傭兵隊結成に伴い志願してきたクレスは最低限の剣技こそ身につけていたものの、実力不足を理由に最前線に立った経験がなかった。


 本来なら双子のどちらかと模擬戦をさせて、身の程を自覚させようとアルディスは考えていた。

 だが練能れんのうのセーラから手解きを受けるためにトリアを留守がちにしていたこともあって、結局ずるずるとそのまま放置が続き今に至ってしまったのだ。


 クレスはクレスで鍛練を重ねていたらしく、その技量自体は一人前の傭兵と認めざるを得ない程度には伸びている。

 だからこそ今回の戦いに参加することを認めたのだが、やはり訓練と戦場とではいろいろ勝手が違う。

 今回初めて前線に立ったことで気がたかぶっているのか、味方が撤退をはじめているのにも気付かず敵と刃を交わすことに集中しているようだった。


「周りが見えてないな」


 生徒に赤点を言い渡す教師の如くそうつぶやくと、アルディスは馬首をそちらに向ける。


 クレスを三人の兵が囲み、そのうちのひとりが後ろから斬りかかろうとした。

 そこへアルディスが割り込む。


「後ろががら空きだ」


 斬りかかろうとしていた兵とクレス、双方に対してのダメ出しをしながらアルディスは剣を振り下ろす。


「うぎゃあ!」


 背後から一刀のもとに斬り捨てられた神皇国の兵士が倒れ、クレスはようやく自分が危ういところだったと気付いたらしい。

 指揮官としてアルディスは新米部下を叱責しっせきする。


「クレス、足を止めるなと言っただろう!」


「これだけ敵が混乱してるなら、このまま戦っても勝てるじゃないですか!」


「周囲をよく見ろ。このまま留まれば三人どころか十人、二十人に囲まれるぞ」


 アルディスの指摘にようやく周りを見る冷静さを取り戻したのか、クレスの顔色が悪くなる。


「ほら、わかったら早く離脱しろ」


「は、はい!」


 うながされたクレスは慌てて馬首を返し駆けていった。

 それを見送りながら、アルディスはそばに付き従っていたグレシェへ指示を出す。


「グレシェ、悪いがクレスがまた変な方へ気を取られるようなら……」


「わかってるよ。威勢ばかりで勇み足が先立つ新米を導くのが先達者せんだつしゃの務め、なんだろう? このに及んでまだウロウロするようなら尻でも蹴って追い立てておくさ」


「頼む」


 先に離脱を開始したクレスは、後を追いかけるグレシェよりも遠くへと離れている。

 そんな彼らの後ろ姿を、アルディスの背後からフィリアとリアナがじっと見つめていた。

 その瞳に浮かぶ暗い色に困惑を覚えながらも、アルディスはふたりへクレス同様に後退を言い渡す。


「フィリア、リアナ。お前たちもそろそろ離脱しろ。俺は最後尾で敵を抑えておく」


「え、やだ」


「アルディスが残るなら私たちも残ります」


 にべもなく即断で拒否され、困ったアルディスはロナに助けを求める。


「……ロナ」


「大丈夫じゃない? この程度の敵なら」


 しかし黄金色の相棒はのんきな答えをよこすだけ。


「……ネーレ」


「もはやお守りが必要な幼子でもなかろう」


 立派に成長した双子はすでにネーレの庇護対象ではないのか、そっけない回答が返される。


「……味方がいねえ」


 大きくため息をつきつつも、アルディスは強く出られない。

 軍組織という観点からはフィリアもリアナもアルディスの指揮下にある部下である。

 本来なら指示に従わないのは命令無視としてとがめるべきだろうが、なかなかそれをドライに割り切れないアルディスであった。


 もともとこの部隊自体が近衛傭兵隊という傭兵部隊である以上、正規兵のように厳格な上下関係とは縁遠くもある。

 隊員がアルディスに従っているのは、誰もが納得する強さと実績を示しているからにほかならない。

 本来、傭兵というのは無条件で上官に従うほど扱いやすい者ではないのだ。


「仕方ない。逃げ遅れもなさそうだし、適当にかき乱しながら後退するか」


 作戦は大成功と言って良い。


 敵襲を受けたという事実が、今後は神皇国軍の行動に足枷となってまとわりつく。

 以後、彼らの進軍速度は大幅に遅くならざるを得ないだろう。


 混乱から立ち直り、追いすがってくる神皇国軍の兵を振り払いながら離脱に移る。


 しばらく馬を走らせると、神皇国軍の姿が後方の視界から消えていく。

 もはや危険はなくなったであろうと思われたそのとき、ロナの耳がピクリと動いた。


「アル、来るよ」


「やっぱりいたか。だが……」


 アルディスたちへ接近してくる魔力反応を最初に察知したのはロナだった。

 すぐにアルディスもその反応を拾い、表情を引き締める。


「ふたつだけ?」


「この速さは……飛んできているのでしょうか?」


 遅れてフィリアとリアナもそれに気付く。


 アルディスたちに近付いてくる魔力はふたつあった。

 移動速度を考えるに、リアナの推測通り空を飛んで接近してきているのだろう。


「我が主よ、一方の魔力には我もおぼえがある」


 最後にネーレが確信を持ったように言い放った。


「先日我が主が戦った強者つわもの、確か名は……ヴィクトルであったな」


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