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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十一章 新勢力の台頭
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第371話

 侵攻を続ける神皇国しんのうこく軍の勢いは止まらない。


 本来その侵攻を押し止めるべきアルバーン王国の軍は、先の会戦で大打撃を受け再起できていなかった。

 会戦で大打撃を受けたのはエルメニア帝国も同様で、それに加えて自国の領土が攻め込まれているわけではないため援軍を出すことには消極的な姿勢を見せている。

 ロブレス同盟から脱退したサンロジェル君主国の軍に至っては、積極的に神皇国軍と対峙する意味はなく、現状はどの勢力にも肩入れせず静観を決め込んでいた。


 今では神皇国軍の占領地域が旧ブロンシェル王国領土の九割にも達し、旧王都をはじめ主要な町はすでに飲み込まれてしまっている。

 その伸びた手がウィステリア王国との国境をおかしたとのしらせが届いたのは、アルディスが練能れんのうのセーラから「いい感じ」との評価を受けた翌日のことだった。


 辺境にあるいくつかの村が焼かれるに至ってはウィステリアとしても動かないわけにもいかず、アルディスはムーアから近衛傭兵隊を率いて侵攻の足を止めるよう要請されたのだ。


「こんな人数で前線に行けとか、ちょっとこき使われ過ぎじゃないの?」


 騎乗したアルディスの横に並走しながらロナが不満を口にする。


「別に撃退しろと言われたわけじゃない。ムーアの本隊が到着するまでの間、敵の侵攻を遅らせるのが目的だからな」


 アルディスは馬を走らせながらそう答える。


 辺境に向けてトリアを出発したアルディスたち近衛傭兵隊は、準備を手早くすませ即座に辺境へと馬を進めていた。

 いくらウィステリアの精鋭とはいえその数は百名を少し超えたほどに過ぎず、侵攻してきた神皇国軍へ対処するにはあまりにも少ない。


「これならボクとアルだけでさっさと行った方が早いじゃないか」


「それは何度も言っただろう」


「はいはい。アルやボクだけの力に頼り切っていたんじゃ、国として成り立たないって話は耳にタコができるくらいに聞いたよ」


「それに……」


 アルディスはそこで口を閉じた。


 現在旧ブロンシェル共和国領からウィステリア王国領へと侵攻してきている神皇国軍の集団は四つ確認されている。


 そのうちのひとつ、今アルディスたちが迎撃に向かおうとしている集団だけが、他の集団に比べて突出していた。

 他の三つが国境から二日ほどの距離まで進軍してきているのに対して、その集団だけが四倍以上の速度で進軍しているのだ。


 軍の規模はいずれもさほど変わりないとの報告がある以上、考えられるのは質の違いである。

 そしてアルディスにはその原因に心当たりがあった。


「言っておくけど、赤い鎧の女将軍は目撃されていないって話だからね」


 そんなアルディスの内心を見透かしたかのようにロナが言う。


「わかってる。だがヴィクトルが率いているという可能性もあるだろう」


「まあ……、そっちは十分あり得るね」


 一度ならず二度までも、アルディスを赤子のようにあしらった敵の存在を忘れるわけにはいかない。

 もしこれから戦う神皇国軍の指揮官がヴィクトルだとすれば、アルディスやロナなしには対抗しえないだろう。


「アルディス、そろそろ敵の予想侵攻範囲に入ります」


 アルディスの後ろで馬を走らせていたリアナが前に出てきて告げる。

 その背後にはフードで顔を隠したフィリアが続き、ネーレ、キリル、エレノアと近衛傭兵隊の中核を担うメンバーがそろっていた。


 アルディスは頷くことでリアナに返事をすると、背後の隊員に向けて声を張り上げる。


「足を緩めろ! 周囲を警戒しつつ馬の息を整えろ!」


 近衛傭兵隊に徒歩の兵はいない。

 百騎以上の集団が緩やかに速度を落とし、隊列を整えていく。


「上から確認しようか?」


 ロナの申し出をアルディスが却下する。


「いや、相手にヴィクトルがいれば逆にこちらの存在を気取られかねん」


「何言ってるのさ、ヴィクトルがいるならなおさらでしょ。向こうの方が探査範囲は広いんだから、何もしなけりゃ先に見つけられちゃうよ」


「……それもそうか」


 ヴィクトルの反則的な能力を思い起こし、アルディスも同意せざるを得ない。


 そこへ馬を寄せてきたキリルが声をかけてきた。


「あの……アルディスさん」


「なんだ?」


 キリルの手には鳥の羽をいくつも付けた小さな道具があった。


「索敵ならこれを使ってみませんか?」


「これは?」


 見たことのない道具に興味を持ち、アルディスはキリルから受け取ってそれをまじまじと眺める。


「エレノアと一緒に作ったものです。この宝石を通じて術者と視覚を共有できますから、こちらの存在を隠したまま上空から索敵をするにはもってこいです。ただ、この道具を空に浮かべる人間と視覚を共有する人間、ふたりの魔術師が必要になるのが問題なんですが……」


 キリル曰く、その術者ふたりもよほど息のあった者同士でなければ上手く連携できないため、今のところは実用試験の域を出ていないらしい。


「エレノアとふたりで何度も試してみたんですけど、細かいところでズレが出てしまうんですよ。でもフィリアちゃんとリアナちゃんなら」


 生まれた時から一緒にいる双子ならば、赤の他人同士よりもよほど息の合った連携ができるだろうというわけだ。


「……試してみるか?」


「やってみたい!」


「面白そうな道具ですね」


 アルディスが軽い調子で訊ねると、フィリアもリアナも前のめりで引き受ける。

 キリルから説明を受け、フィリアが視覚の共有を、リアナが道具を浮かべる役割を担うことになった。


「じゃあ飛ばしますね」


 リアナは宣言すると道具の周囲に上昇気流を発生させて空に向かって浮かべていく。


「わあぁ……速ぁい!」


 道具に付けられた宝石と視覚を共有したフィリアが、目を閉じたまま楽しそうに声をあげた。


「大丈夫、フィリアちゃん? 目が回ったりしない?」


「大丈夫だよ。揺れる感じもないし」


「えぇ……」


 どうやらキリルにとっては予想外の答えだったらしい。


「キリルの時は違ったのか?」


「えーと、そうですね。やっぱり視界の動きが自分の制御下にない状態っていうのは、かなり違和感というか不快感というか……。平たく言うと馬車酔いの強烈な感じと言ったらわかりやすいでしょうか? 僕の場合、眩暈めまいや吐き気に見舞われて集中力が全然続かなかったんですけど」


 アルディスの問いかけに答えるキリルの表情は優れない。

 どうやらエレノアとふたりで道具を試していた時は、ずいぶんと大変だったらしい。


 フィリアとリアナが互いの意思疎通をはかるそぶりすら見せないことが、キリルにとっては驚きに値するようだった。


「リアナ、もう少し遠くが見たいんだけど」


「わかりました」


 フィリアの抽象的な要求に文句もつけずリアナが応える。

 上空の道具がさらに高度を上げた後、右から左へぐるりと見回すように半回転した。


「フィリア、後ろから鳥が近付いているから避けますよ」


「いいよー」


 フィリアの返事とどちらが早かったのか、上空に浮かべた道具をリアナは風を操って横にスライドさせる。


「双子ってすごいなあ……。右に避けるか左に避けるかも告げないであんなことやったら、感覚が狂って混乱しそうなもんだけど」


 感心するキリルがリアナに問いかける。


「リアナちゃんはさっき鳥を避けるときに、どうして右に避けたの?」


「どうしても言われても……んー、なんとなくとしか……」


 リアナの回答にキリルは苦笑いを浮かべた。


「なんとなくかぁ……」


 そのなんとなくという感覚が、ふたりの間で一致しているからこそフィリアも平然としているのだろう。

 意識せずとも自然と連携が成り立つのはさすが双子と言うべきである。


 そうこうしているあいだにも、フィリアは宝石を介した視覚で周囲をつぶさに観察を続けていた。


「あっ」


 フィリアの口から短い声が飛び出す。


「ちょっと遠過ぎてよく見えないけど、大きな集団が移動してる」


「どの方角だ? 距離は?」


 アルディスの問いかけにフィリアは「んー」と少し考え込んだ後に口を開いた。


「方角は今の進行方向から少し右側……角度で言うと十五度くらいかな? 距離は……飛んで行けば一時間ちょっとくらい」


「周辺の地図を出してくれ」


 フィリアの返答を受けて、アルディスが地図に敵軍と思われる集団の位置を書き入れる。


「相手の進軍速度を考慮すると、このまま進路を東に向ければ……」


「夕暮れ時にちょうど側面を突けそうですね。しかも西日を背にした状態で」


 キリルがアルディスの言葉を引き継いで狙いを口にした。


「よし、まずはひと当てして相手の足を鈍らせよう。詳細を詰める。各分隊長を集めてくれ」


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― 新着の感想 ―
>この道具を空に浮かべる人間と視覚を共有する人間、ふたりの魔術師が必要になる 目視でドローンを操縦する人とVRゴーグルで映像だけ見る人か。
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