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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第五章 グラインダー討伐
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第34話

 『それ』は今日も機嫌良く大空を飛んでいた。


 はるか彼方(かなた)まで続く青い空は常に『それ』の庭だった。


 眼下に広がるのは青々とした草が生い茂る草原。

 その上をせせこましく動き回る翼を持たない者たち。

 なんと滑稽(こっけい)窮屈(きゅうくつ)な生き方だろう。空はこんなにも広大だというのに。


 自分の行く手をさえぎるものなどどこにもない。自分の周囲をまとわりつくものなど何もない。

 背中に生えた翼を羽ばたかせ風にのって悠々と飛べば、小さな者たちは恐れをなし、あわてふためき地へ降りてわずかな木々の影に隠れてしまう。


 ときおり向こう見ずな者たちが群れて寄ってくるが、ひと鳴きすればほとんどが算を乱して逃げていくし、それでも分からぬ身の程知らずには風をひと吹きぶつけて愚かさの代償を支払わせれば良い。


 この広い空では自分こそが王者だった。


 だがそんな空の王者も飢えと無縁ではいられない。

 寝床(ねどこ)がある山には獲物が少ないからだ。


 いや、少ないというのは語弊があるだろう。山は豊かな恵みをもたらしてくれている。

 その恵みを受けて木々が実をつけ、小さな獣が実を食べて数を増やし、大きな獣が小さな獣を狩って自らの血肉とし、大きな獣はさらに強き者の(かて)となるのだ。


 そしてその強き者こそが自分である。

 小さな獣も大きな獣も、すべからく自分のエサとして身を捧げるべきだろう。


 だが、山には自分以外の強き者もいる。

 獲物が多い以上に、強き者も多い。それが山の世界であった。


 決して少なくない獲物を、強き者たちがこぞって奪い合う。

 大空では肩をならべる者がいない自分でも、あの山にいる強き者相手ではさすがに容易(たやす)く勝つことは出来ない。

 『硬き者』には自慢の爪もくちばしも効かないし、『鉄を吐く者』の息を食らえば自慢の翼は折られるだろう。『速き者』の動きは風よりも鋭く、『得体の知れぬ者』の視線は恐ろしいほどの熱を持っている。


 あの山でそれら強き者たちと争い、そして獲物を勝ち取るというのは、空の王者たる自分をもってしても容易(ようい)なことではないのだ。


 だが、今は違う。

 たまたま獲物を追いかけて飛んできた東の空で、眼下に広がる光景が以前と違うことに気づいたからだ。


 草原にも獲物はいる。

 だが以前はその数も大きさも、わざわざ山から遠出してくるほど魅力的なものではなかった。


 ところがどうだ。

 しばらく見なかったうちに、獲物がずいぶん増えているではないか。


 大きさには不満が残るが、それは数で補えるだろう。

 なにより草原には他の強き者がいない。

 獲物を巡って戦いになることなどないのだ。


 あの山には翼を持つ者も多くいる。だがそのほとんどは低空を飛ぶ事しか出来ない。

 山を出て遠く草原まで飛べるのは自分たちの同胞だけだ。

 しかも他の同胞は草原に獲物があふれていることに気づいていない。


 眼下にうごめく獲物がすべて自分のものだと理解した瞬間、『それ』は歓喜の震えを感じた。

 わざわざ山から飛んでくるのはそれなりに疲れるものだが、草原にいる獲物の数を思えば、それだけの労力を費やす価値があった。


 今日はどの獲物を狩ろうか。獲物を選択する時間を『それ』は楽しんでいた。

 風にのって東へ向かいながら眼下に広がる草原へ視線を移す。


 『それ』の目が、固まって移動している獲物をあちこちに捕らえた。

 今日はなぜか群れている獲物が多いようだ。

 群れのほとんどは、ときおり山に迷い込んでくるふたつ足の獣だった。

 あちこちに十匹ほどの群れが見える。


 二本足の獣はあまり食いでがないが、群れているのが良い。

 しかもあの二本足は、群れの仲間が死んでも逃げ出さずに向かってくることが多い。

 一匹、二匹狩っただけで逃げ出す他の獣と違って、一度に数多く狩ることが出来る。

 たまに固い殻を持っているヤツもいるが、自慢のかぎ爪とくちばしの前では大した問題にもならない。

 食べにくいのが問題と言えば問題だろう。


 あの二本足は妙な獣で、とんでもなく強いのがたまにいるから注意が必要だ。

 しかし、いざとなれば空に上がれば良い。

 翼を持たないヤツらは空が飛べないからだ。

 ときおり二本足は空に向かっても針を飛ばしてくるが、それも針が届かないところまで上がれば危険はない。


 『それ』は周囲をぐるりと見回すと、もっとも数が多い群れに狙いを定めた。

 一匹一匹は小さくても、あれだけ数がいればたらふく食えるだろう。

 おまけに四つ足の獣も何匹か見える。

 食欲を満たせそうな獲物に恵まれ、『それ』の本能は喜びに満ちあふれていた。


 自分が多くの二本足から注目を浴びている事も知らず、直下にいるいくつかの群れを飛び越えて、まっすぐに大きな群れへと滑空していった。

2016/12/3 誤用修正 すべからく自分のエサでしかない。→すべからく自分のエサとして身を捧げるべきだろう。

※感想でのご指摘ありがとうございました。


2019/05/02 誤用修正 覆い繁る → 生い茂る

※誤字報告ありがとうございます。


2019/07/30 誤字修正 捕らえた → 捉えた

2019/07/30 誤字修正 木々の影 → 木々の陰

※誤字報告ありがとうございます。

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