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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十一章 新勢力の台頭
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第367話

 軽い口調とは裏腹に、アルディスを凌駕する力量を見せつけた練能れんのうのセーラ。

 こうも一方的にやりこめられればさすがにアルディスも反論はできない。


「それじゃあ、ひとまず今日のところはこれまでだね。さっそく明日から特訓に取りかかろうか」


「承知いたしました。それでは明日も同じ時間にこの場所で」


 地面にあおむけで身体を放り出しているアルディスは、セーラとネーレの会話に口を挟む気も起きなかった。


「それで良いな、我が主よ」


「……勝手に話を進めておいて、良いも悪いもないだろ」


 同意を求めるようなネーレの言葉だったが、アルディスの意志など最初から気に掛けていないであろうことは容易にはかれた。

 アルディスを『我が主』と呼びながら、口調も扱いもどこかぞんざいだった理由が今回明らかになり、長年の疑問がひとつ解けたことは間違いない。


 少々納得出来ない気持ちはあるが、それでも今のアルディスに必要なのは仇敵を討てる強さを得ることだ。

 セーラの手を借りることで強くなれるのであれば、些細ささいな問題だと無視することもできる。





 翌日からアルディスはセーラの手解きを受けるため、名もない丘陵きゅうりょう地帯へと通い詰めることとなった。


「あの岩に攻撃を当ててみて」


 そう言いながら練能のセーラが指し示すのは、半分地面に埋まった五十メートルほど先の大岩。


「ただし、この障害物に当てないようにね」


 その程度、とアルディスが考えるよりも早く、セーラが岩の周りを囲むように障害物を生み出す。

 人間の形をした赤い板状のそれは金属でも木材でも石材でもなく、アルディスの知るどんな材質のものとも違っている。


 しかし驚くべきはそこではない。

 一瞬のうちに展開されたその障害物はアルディスの視界を埋め尽くし、目標物となる岩の存在を完全に隠してしまった。

 その数は百や千どころではないだろう。

 改めてセーラの力を見せつけられたアルディスだった。


「障害物に当てなきゃいいんだな?」


 とはいえ、動かない標的を壊すだけならば簡単である。

 セーラの生み出した障害物は魔力をびており、その配置は手に取るようにわかる。

 あとはわずかに残された隙間を狙って攻撃を通し、岩まで届かせて壊せば良いだろう。


 アルディスは相応の威力を持たせた風の刃を放つ。

 直線的な攻撃では障害物を避けられないため、緩やかな弧を描くように曲げながらセーラが配置した障害物の間を縫うように飛ばす。


 親指と人差し指で円を作る程度の大きさしかない隙間を通り、アルディスの攻撃が標的である岩を破壊した。

 同時にセーラの生み出した障害物が一瞬にして消え去り、粉々になった岩が姿を現す。


「魔力の扱いは上手……」


「うわっ!」


 唐突に背後から声をかけられてアルディスは驚く。


 声の主は結空けっくうのセーラと名乗った人物だった。

 昨日に引き続き練能のセーラと共に丘陵で待っていた彼女は、今日もつい先ほどまで寝そべりながらアルディスたちを遠くから眺めていたはずである。


 魔力探知という技術のおかげで、ここ最近は身の危険を感じるほどに他者の接近を許したことのないアルディスにしてみれば心臓に悪いことこの上ない。

 ましてや一瞬で背後を取られるなど、これが戦場であれば命取りとなる失態だ。

 彼女へ向ける視線に複雑な感情が含まれてしまうのは仕方のないことだった。


 そんなアルディスの内心を知ってか知らでか、結空のセーラは無表情のままパチパチパチと小さく拍手を送ってくる。


「なかなかやるね……君」


 とても称賛されているとは思えない表情で言われ、アルディスは反応に困った。


「確かに応用力は高いね。魔力の制御が十分にできていないと今のは難しいし」


 練能のセーラも同意して、アルディスを評す。


「昨日の手合わせを考えれば咄嗟とっさの判断力や技の選択、その展開速度も悪くないと思う。だからこそ足りない物は明らか」


「……明白」


 結空のセーラもそれに頷く。


「君に足りないのは基礎的な力、地力だね。簡単に言うと魔力が足りていないってこと」


「そんなこと……」


 今さら言われるまでもなかった。


 アルディスもそんなことは十分――いや痛感するほどに理解している。

 魔力が強ければヴィクトルに飛剣の制御を奪われるような失態は犯さないだろう。

 相手を凌駕する魔力を持ってさえいれば、仇敵が展開する障壁に攻撃を阻まれることもなかっただろう。


 十の魔力と百の魔力がぶつかれば百が勝つのは当たり前だ。

 だが生まれ持った魔力には個々人で大きな開きがある。

 努力によって魔力が伸びることはあるが、それとて十の魔力が十一や十二になるのがせいぜいだろう。


 十の魔力を持って生まれた人間が百の魔力を持って生まれた人間を超えることはありえない。

 それがこの世界でも、アルディスの育った世界でも共通の常識である。


「だからアルディス君の場合、魔力を今の十倍くらいに伸ばすことを最初の目標にしようか」


 そんなアルディスの常識を練能のセーラは軽い口調で破壊してきた。


「は……?」


「うん? あー、心配しないで。十倍っていうのはとりあえずの話で、最終的には三十倍くらいにはしたいなって思ってるよ。最初は基礎が大事だから、技術的な部分は魔力を十倍にした後だね。さっきも言ったように技術面は今でも悪くないんだけど、まだまだ改善の余地はあるし、特に身体強化は雑すぎるもの」


 アルディスの困惑を別の意味に取ったらしい練能のセーラが、聞いてもいない育成プランを語り出す。


「……魔力はそんな簡単に増やせるものじゃないと思うんだが?」


「魔力を理解していなければそうだろうね。でも理解さえしてしまえば魔力量なんて好きに増やせるし、完全に排除することだって可能だよ」


「……あんたが昨日やってみせたように、か」


「そうだね。あれは魔力量制御の初歩かな。極限まで身体から魔力を抜けば、魔力量の大小で居場所を察知されることは防げるし」


「そう、か……」


 前日の手合わせ時に推測した通り、練能のセーラは身体にまとう魔力を減少させてアルディスの魔力探知を無効化していたのだという。


「身体に多くの魔力を取り込めるようになれば単純な出力も上がるし、身体強化も上の段階へ進めるから」


「わかった。それが俺の求める強さにつながるならあんたの言うことに従う。昨日はあんたを軽んじるようなことを言って悪かった」


 いろいろと吹っ切れたアルディスはセーラに対する非礼を詫びて頭を下げる。


「その上で頼む。力を貸して欲しい。俺には……どうしてもこの手で討たなきゃならない相手がいるんだ」


 すでに練能のセーラがアルディスよりも遙か高みにいる存在であることは理解している。

 ならば教えをうことに躊躇する理由もない。


「あー、そんな風に頭下げなくていいよ。昨日も言ったように君が強くなってくれることが私たちの目的にも通じるんだから。君が《白扉はくひ》を開けるくらい強くなったときに協力してくれれば、それでお互い様ってことで。ほら、頭上げて上げて」


「ああ。あんたたちでも敵わないという門番にどこまで俺の力が通用するのかはわからないが、可能な限り協力すると約束しよう」


 促されて頭を上げたアルディスはハッキリと言い切る。


「うんうん、頼むよ。それじゃあさっそく鍛錬に取りかかろうか」


 アルディスの言葉を受けて、練能のセーラは満足そうな笑みを見せた。


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