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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十一章 新勢力の台頭
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第365話

 二日ほどベッドの上で安静をいられたアルディスは、体力を取り戻すなりネーレの案内で西に向かっていた。


 方角的にはトリアからグロクへ進むのと変わりないが、目指す場所は違っている。

 山というほどではないものの、それなりに高低差のある丘陵地帯を越えた先。


 人里から遠く離れ、文明の気配も痕跡もない場所へアルディスとネーレのふたりだけで降り立つ。


「こんなところに何があるってんだ?」


「場所は重要というわけでもない。人目に触れず、トリアから近く、開けた場所を選んだだけのこと」


「で? 俺の疑問に答えてくれるんだろう? 人目のない場所に連れてくる理由がもちろんあるんだよな」


「無論だ。もうじき御出おいでになる」


 誰が? とアルディスが問いかけるよりも早く異変が起こる。

 アルディスたちから二十歩ほど離れた場所に突然何かが現れた。


 その姿が目に入るよりも早く、生物と思われる魔力を探知したアルディスは警戒して身構える。


「なんだ……!?」


 アルディスの注視するその先で、空間が部分的にゆがみを見せた。

 背景の岩や木々を巻き添えに、ぐにゃりと曲がった光景の中へちぎり絵のように染み出た色はやがて人の姿をかたどっていく。


「女……?」


 次第に明瞭化していく輪郭がふたりの女へと変化し、その姿がハッキリ判別できるようになるとアルディスは驚きに目を見張る。


「……セーラか?」


 アルディスの記憶にある名がこぼれ落ちた。

 それはカノービス山脈のふもとにある隠れ里、そこで御使みつかい様と呼ばれていた人物の名である。


 しかしアルディスが驚いているのはまた別の理由だった。

 それは目の前に現れたふたりの女が寸分違わぬ姿をしていたからである。


 しかも姿が同じでも色合いの違うネーレとは異なり、ふたりの場合は髪色も瞳の色も、まとっているローブですら全く差異がない。

 違いを見つけるのが難しいほどだった。


 あっけにとられるアルディスをよそにネーレがふたりに歩み寄り、一方の女に向けて膝を折る。


「お呼び立ての無礼をお詫び申し上げます。我が役目に従い主を連れてまいりました。何卒セーラ様のお力添えをたまわりたく存じます」


 うやうやしくこうべを垂れたネーレの口が、普段アルディスに向けられるぞんざいな口調とは明らかに異なった言葉をつむぐ。


「うんうん、今度の主はあの子? おー、若いねえ」


 ネーレの言葉を受けて女のひとりが口を開く。

 飛び出してきたのは何とも軽い口調の言葉だった。

 これにはアルディスも意表を突かれる。

 アルディスの知るセーラという女とは明らかに雰囲気が違っていたからだ。


 戸惑いを抱えたままのアルディスに向けて、ネーレとその女が軽い足取りで近寄って来た。


「セーラ……じゃないのか?」


 数歩の距離にまで近付いても、その姿はセーラにしか見えない。

 赤みのある濃い茶髪にルビーの如くきらめく瞳。飾り気のない漆黒の長衣。

 どこからどう見てもセーラの姿だが、アルディスを映すその瞳にはこちらをうかがうような色が浮かんでいる。


「こんにちは。君のお名前は?」


 ネーレと同じ顔とは思えない、自然な笑みを浮かべて女が問いかけてくる。


「……」


「あ、そっか。ごめんね。人に名前を訊ねるときは先に名乗らないとね」


 女は両手を胸の前で軽く叩き合わせた後、右手の指をそろえて左胸に添える。


「私の名はセーラ。練能れんのうのアロフセーラよ」


「セーラ……? いや、だけどあんたとは……初対面、だよな?」


 自信なさげにアルディスが問う。


「そうね。会うのは初めてよ」


「……俺の知っているセーラとは……別人、なのか……」


「君の知っているセーラ?」


「我がセーラ様。我が主は展見てんけんのセーラ様と面識がございます」


 ふたりの会話に横からネーレが口を挟んだ。


「展見と? 珍しいこともあるもんだね」


「加えて救魔きゅうまのセーラ様にもご縁があるようです」


「おやまあ。ますます珍しい」


 自分を無視して会話を交わす色違いのふたりに、アルディスは割って入る。


「俺の知っているあのセーラとあんたは……別の人間なん、だよな?」


「そうよ、この子の主さん。君が以前会ったセーラは展見てんけん、そして私は練能れんのう。外見は似ていても同一の存在じゃないわ。混乱するのも無理はないけれど」


 どうやら目の前にいる女もアルディスが既知の女も同じセーラという名らしい。

 見た目も全く同じ、加えて名まで同じというふたりの存在に困惑するアルディスのとなりへ、なんの前触れもなく人影が現れた。


「なっ……」


 それは練能のセーラと名乗った女に瓜二つの姿をしていた。


 つい先ほどまでアルディスたちのやりとりを離れた位置から眺めていた最後のひとりだ。

 いつの間に近付かれたのか、アルディスはその接近を感知できなかった。


 反射的に警戒を見せたアルディスに向けて、練能のセーラと同じ姿をしたその女はネーレ顔負けの無表情で短く告げる。


「私は結空けっくう。結空のアロフセーラ」


「え、あ……ああ」


 結空のアロフセーラと名乗った女は名前だけを告げると、用は済んだとばかりにアルディスから離れていく。

 そのままよたよたと重い足取りで近くにある大岩に腰を下ろすと、だらりと上半身を横にして寝そべってしまった。


 その振る舞いはアルディスの知る隠れ里のセーラとも目の前にいる練能のセーラとも明らかに違うが、外見だけならば鏡で写し取ったように一致していた。

 目に映る光景と脳が昨日まで認識していた記憶が雑多に絡み合い、うまく飲み込めず幻覚を見せられているような感覚にアルディスは困惑する。


「それで、君のお名前は?」


 そんなアルディスを引き戻したのは練能のセーラが問いかける声である。


「……アルディスだ」


「うんうん。アルディス君か、良い名前だね」


 さすがに礼儀として名乗らざるを得なかったアルディスに、練能のセーラは大げさに首肯しゅこうして飾り気のない笑みを浮かべる。


「ではアルディス君。そろそろ本題に入るとしようか」


 練能のセーラが人さし指を立てて話を進めようとする。


「この子が君を私に引き合わせたということは……今君は強さを求めている、という解釈で良いんだよね?」


 その指摘自体は間違いではない。

 ヴィクトルに敗れ、仇を目の前にしても戦いに持ち込むことすらできない自らの無力を痛感させられたアルディスは確かに強さを求めている。


「君は強い。この周辺で君に勝てる存在は数少ないだろうね。でも君は弱い。それを思い知ったから今ここにいる」


 だがアルディスはネーレの説明とも言えない不明瞭な言葉に従って、わざわざこんな人里離れた地にやって来たのだ。

 そこへ現れたのは正体不明の上、ネーレや隠れ里にいるセーラそっくりの女たち。

 加えてやはりこの女もろくな説明をせず、訳知り顔で話を進めようとしている。


 そんなもどかしく不快な状況にとうとうアルディスの苛立ちが限界を超えた。


「いい加減にしてくれ。わけもわからずこんなところまで連れてこられて、何の説明もなしに意味のわからないことばかり。もううんざりだ。俺にもわかるように話をしてくれ」


 声を大にしてわめき散らすわけでもなく、暴力に訴えるでもなく、それでも確実に怒りの感情を込めてアルディスは目の前のセーラをにらんだ。


「そもそもあんたら一体何なんだ。ネーレ、お前もだ。俺のことを主だなんだと呼びながら、さっきから見ていればこの女に対する振る舞いの方がよほど従者らしいじゃないか。お前は結局何がしたいんだ? 俺に何を望んでいるんだ?」


 次いでその怒りは何ひとつ説明しようとしないネーレにも向けられる。

 そんなアルディスの様子に何かを察したらしく、練能のセーラが人さし指の先を眉間にあてて目を閉じる。


「んー、その様子だともしかしてこの子から何も聞いてない……のかな?」


 窺うように目を開けた練能のセーラは自分を睨んでいるアルディスに気付くと、途端に申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「あー、ごめんね。何も聞いてないとそりゃわけがわからないよね」


 あっさりと謝罪の言葉を口にすると、練能のセーラはアルディスの正面に向き直り表情を改めた。

 そして「とりあえず端的たんてきに言おうか」と口を開いた。


「私なら君をもっと強くしてあげられる。君にその気があるのなら、今よりもずっと力強く、もっと速く、もっと強靱きょうじんにね。今のままでも君は十分に強いと思うよ。多分この世界であれば上位百人へ入るくらいには。でもそれでは足りないと君は思った、そうでしょ?」


 アルディスが今の実力に不足感を抱いているのは確かである。

 今以上の強さを得る手段がわからず、もどかしい思いをしているのも間違いはない。

 強くなる方法があるのなら知りたいと望むのは当然だが、だからといって正体不明の人間が言うことを鵜呑うのみにするつもりもなかった。


 そもそも戦う力を手に入れたいのはアルディス側の事情である。

 初対面の相手が都合良く無償で協力してくれるなどと、甘い考えを抱くほどアルディスも純朴じゅんぼくな男ではない。


「まさかそれがあんたらの目的だなんて、ふざけたことを言うつもりじゃないよな?」


「もちろんそれは私たちが君に提供出来る交渉材料であって目的ではないよ。君を強くする代わりに、私たちも君に望むことがあるの。取り引きだと考えてもらえばいいかな。他にも疑問はあるだろうから、質問があれば答えるけど」


 あっさりと目論見もくろみがあると明かした練能のセーラに、アルディスは少しだけ話を聞く気になる。

 見返りもなしに協力すると言われれば、きっとそんな気にはならなかっただろう。


「取り引き、か……」


 互いに利益を享受きょうじゅする取り引きである方がまだ現実味があるというものだった。


「……三つほど訊きたい」


 考え込んだ末にアルディスはいくつかの疑問を解消することにした。


「まずひとつ、あんたらが俺に望むことというのはなんだ? 俺になにをさせようというのか、それを答えてくれ」


 まずは彼女の目的である。

 アルディスに何かをさせたいのか、何かを差し出させたいのか、それがわからなければ交渉のしようもない。


 だが問いかけに対するセーラの答えはアルディスにとっても意外なものだった。


「扉を開いて欲しいの」


「扉?」


 拍子抜けしたようにアルディスがオウム返しにつぶやいた。


「私たちが求めるのは《白扉はくひ》と呼ぶ扉を開ける強者つわものよ。正しくは白扉の守護――門番を倒せる強者を求めているの。白扉を開くのは私たちの悲願。私にとっては存在意義そのものだから」


 セーラの言葉に、つまりその門番と戦って倒せばいいのかとアルディスは理解する。


 話の流れから読み取るに、セーラたちでは門番を倒すには力不足ということだろう。

 強さを求めるアルディス、そして強者の助力を得たいセーラ。


 なるほど互いの利害は一致しているわけだ、とアルディスは納得した。


「で、その白扉というのはどこにあるんだ?」


「今はまだ教えられないかな。今の君では連れて行っても無駄死にするだけだもの」


 アルディスが純粋な興味で訊ねると、返ってきたのは愛想のない答えだった。


 無駄死にと切って捨てられたことでわずかに不快な感情を抱くも、事実アルディスが勝てない相手が存在する以上は、その門番とやらの力を勝手にあなどるのは自らの不明というものだろう。


 湧き起こりかけた不快感を押し込めてアルディスは続ける。


「じゃあふたつ目だ。結局あんたらは何者なんだ? ネーレも、俺の知るセーラもあんたらも全く同じ外見をしているのはなぜだ? 血縁にしても似すぎだろう。まさか他にも同じ顔をした人間がいるとか言わないだろうな?」


「いるわよ」


「……」


 揶揄やゆするつもりで投げかけた疑問をあっさりと認められ、アルディスは反応にきゅうする。


「私と同じ、アロフセーラの名を持つ者の数は全部で一〇八。君がさっきからネーレと呼んでいるこの子と同じ、アロフセーラの娘たちは全部で一二九六ほど存在するよ。顔はまあ……同じだね」


「なっ……」


 想像以上の数にアルディスが絶句した。


「私たちはね……なんて言ったらいいのかな。んー……人をね、守りたいの。そういう一族だと考えてもらえばいいかな。寒すぎて人の住めない土地を住みやすく変えたり、安全な水がみんなに行き渡るよう管理したり、呼吸ができるように大気を維持したり、ちゃんと夜が暗くなるよう制御したり。人がえてしまわないように世界を保つのが一番の……役目? かな」


「あんたにもそういった役目があると?」


「私の役目はちょっと違ってね。君みたいに時折現れる強い人間を見つけること。そして見出した強者に手を貸して、白扉を開ける高みにまで引き上げることが使命なのよ」


 そんな説明を聞いて、アルディスはこれまでネーレがとってきた行動の意図をようやく理解した。


「……ネーレがこれまでずっと俺に同道していたのも――」


 そんなアルディスの言葉を練能のセーラがさえぎって説明を続ける。


「君という原石に強くなる可能性を見出したということね。そして今、君は私――練能の前にたどり着いた。白扉を開き得る可能性と自ら高みに進まんとする意志の両方を携えて。可能性なき意思に希望はなく、意思なき可能性に未来はない。その両方がそろって、初めて白扉に挑む資格を得るのよ。そして君は資格を得た。君は六人目だね」


 つまりネーレはその強者を釣り上げる釣り針であると同時に、資質を確かめる試金石でもあったということだ。

 きっとアルディスに出会う前から、白扉の門番とやらに勝てそうな人間をさがしていたのだろう。


 素養ありと判断した人間をセーラの前に連れてくることが、ネーレの役目だったのかもしれない。

 たまたま出会ったアルディスという一個人の強さに目をつけ、その動向を観察し、可能性を見出したからこそ今こうしてセーラに引き合わせているというわけだ。


「……あんたらがその白扉はくひとやらを開くために強者きょうしゃを求めていることはわかった。その強者となり得る対象としてネーレが俺に目をつけたことも」


「疑問が解消してなによりよ」


「いろいろ言いたいことはあるがな……」


「で、訊きたいことの最後、三つ目は何かな?」


 相手の目的は理解した。


 セーラはアルディスにさらなる強さをもたらし、それと引き換えにアルディスは白扉の門番討伐という成果を提供する。

 それ自体にいなやはない。


 だがその上でアルディスも確認をしなければならないことがあった。

 アルディスはセーラの透き通った赤い瞳をじっと見つめた後に口を開く。


「……俺に手解てほどき出来るほどの実力があんたらにあるのか?」


 ネーレは確かに強い。

 しかしそれは他の人間たちに比べればという話であり、いくら強くともアルディスやロナの域には達していない。


 それを踏まえて目の前に立つ練能のセーラをアルディスは見る。

 その身体にネーレほどの魔力はなく、下手をすればキリルやミネルヴァよりも魔力が小さく感じられた。


「言っちゃ悪いが魔力もそれほど強くなさそうだし、武術にけたようにも見えない。むしろネーレの方がよほど――」


「じゃあ確かめてみる?」


 疑いの目を向けるアルディスの言葉をまたもセーラが遮った。

 それまで感情のままに目まぐるしく豊かな変化を見せていた顔から表情が消える。


「言っちゃ悪いけど、今の君と戦っても負ける気はしないよ」


 能面のような無表情はそのままに、セーラは口角だけを上げてあおるような言葉をアルディスに突きつけた。


「練能の名は飾りじゃないの」

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― 新着の感想 ―
あれだけ憎しみがあったのに強くなりたいと願うのが10年位かかるのがなんとも。。 でも人間の意思ってそんなもんだよね。俺も禁煙しようって思ってから10年位たってる。いまだにしていない笑
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