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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十一章 新勢力の台頭
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第359話

 カルヴスへの援軍としてリアナとネーレ、それにロナが旅立ってから半月後のこと。

 遠く西国からとある情報がウィステリア陣営へもたらされた。


「アルバーンが大敗した?」


 将軍の執務室へ呼び出されたアルディスは、話を切り出したムーアに向かって詳細を説明しろと言わんばかりに問いかける。


「詳しい状況はまだわからないが、どうも惨敗を喫したらしい」


 執務机に座って報告書らしき書類を手に持ったムーアが答える。


「だが西の諸国は小さな国ばかりで、アルバーンへ対抗できるほどの軍を備えた国はなかったはずだが?」


「そこんところがよくわからん。アルバーンを破った軍は神皇(しんのう)国軍と名乗っているらしいが……神皇国なんて国、聞いたことがないんだよな。アルディスは知ってるか?」


「神皇国……? いや、知らないな」


 聞き慣れない国の名前にアルディスが眉を寄せると、ムーアが一国の軍を預かる者としての視点から見解を述べる。


「新興国家なのかもしれないな。それならそれでアルバーン軍をはねのける力を持っているというのは恐ろしい話だが」


「逆に言うと、味方につけられれば情勢を好転させられるかもしれない、と?」


 今度はムーアの考えを先読みしたアルディスが問いを投げかける。


「ああ。陛下としては対アルバーンの面で協力が得られないか、カイルを特使として送ることも考えているらしい。双国同盟に参加してくれれば一番なんだが、まあ最初はあちらの出方を見てみないとわからんだろう」


 現在ロブレス同盟を構成する三国はそれぞれ目先の敵に向けて侵攻を続けている。

 エルメニア帝国軍はウィステリア王国を、サンロジェル君主国遠征軍は都市国家カルヴスを、そしてアルバーン王国軍は西方の小国家群をその標的としていた。


 しかし帝国の侵攻はアルディスとムーアがはね返し、君主国の遠征軍はカルヴスへ援軍として向かったリアナたちの加勢もあって侵攻が停滞しているらしい。

 唯一順調に勢力を広げていたアルバーン王国だったが、今回の敗戦によって大きく後退を余儀よぎなくされるだろう。


 少しずつ天秤の傾きは変わりつつあった。


「カルヴスが持ちこたえている間に、ロブレス同盟へ対抗できるだけの態勢を整えたいところだが……」


 ムーアが小さくため息をつく。


「カルヴスがもっているのも、リアナたちの加勢があってこそなんだよなあ」


 カルヴス王太子であるライオネルからミネルヴァ宛に援軍派遣の感謝をつづった書簡が送られてきており、その中でリアナたちの働きについても言及されていた。


「君主国軍の撃退に大活躍らしいぞ。向こうじゃフィリアナの信奉者まで出はじめているらしい」


 フィリアナという仮初めの姿で君主国軍と戦うリアナは、少しずつカルヴス軍の中で存在感を増しているという。

 年若いにもかかわらず、無詠唱で魔術を操り、圧倒的な強さで幾度もカルヴスを救っている彼女に感謝と畏敬いけいを抱かない者はむしろ少ないだろう。


 加えてあの美しさである。少女から大人の女性へと変貌を遂げつつある容姿に魅了されるカルヴス軍兵士も多いという話だった。


「リアナが無事ならそれでいい」


 とはいえアルディスにとっては勝利も評判も二の次である。彼にとってはリアナが無事であること、それが何よりも大事なのだ。

 そんな態度を見せるアルディスをムーアがからかう。


「ネーレとロナの方は心配してやらないのか?」


「あれが俺の心配を必要とするようなやつらか?」


「そりゃ、ごもっともで」


 真顔で問い返したアルディスに、ムーアは苦笑いで答えた。






「くしゅん!」


 カルヴス王宮の一室。リアナへ割り当てられた部屋の応接間で、ソファーに寝そべったロナがくしゃみをした。


「どうしましたロナ? 風邪ですか?」


「誰かがボクの噂をしているような気がする……」


 となりに座っているリアナが心配そうに問いかけると、ロナは遠い誰かにその責任をなすりつける。


「それ、ただの迷信ですよ」


「むぅ……」


 ロナの言葉をあっさり切り捨てたリアナへ、テーブルを挟んで向かいのソファーに座るカルヴス王弟ニコルが困ったような笑みを浮かべる。


「気をつけてくれよ。お前さんたちは今や我がカルヴスになくてはならない戦力なんだから。部屋が寒くて風邪ひかせました、なんてことになったら『我らがフィリアナ様のぐうし方がなっていない』とか軍から絶対文句が来るからな」


 どうやら困り顔の原因はリアナやロナではなく、リアナという戦力を一時的にでも失うわけにはいかない軍からの圧力を想像してのことらしい。


「様付けで呼ばれるような立場じゃないと思うんですけど……。あと私、カルヴス軍に所属しているつもりもないんですが」


 ニコルの口にした言い回しに、違和感を抱いたリアナは控えめに否定する。

 一方のニコルはそんなリアナの困惑を承知の上でなだめにかかる。


「まあそう言うなよ。軍にとっては……軍に限らずカルヴスにとってお前さんは何度も危機を払いのけてくれた殊勲者であり恩人でもあるんだから。それだけみんなから感謝されているし、仲間として受け入れられているってことだ。ジルト将軍なんて、可能ならお前さんを養子に迎えたいなんて公言しているくらいだぞ。まあ嬢ちゃんにとっては迷惑な話かも知れないが」


 リアナはジルト将軍の名を聞いて、甲冑を着た好々爺(こうこうや)といった見た目のお爺ちゃんを思い出す。


 ジルト将軍も最初はリアナの実力を疑ってかかっていたひとりだった。

 しかし実際にリアナが対君主国軍との戦いに参加して実績を積むにつれその態度は軟化していき、今では率先して彼女の支持に回っている人物である。


 軍の重鎮でもある将軍のリアナに対する接し方は、力強い味方として、信頼できる仲間としての扱いを経て、最近では孫娘を甘やかす祖父のような様相すらていしている。

 養子として迎えたいというのが戦力としてリアナをカルヴスに縛り付けたいという政治的な判断なのか、それとも単にリアナを可愛い孫娘のように感じるようになっただけなのかは分からない。


「いえ、その……迷惑とまでは言いませんが……」


 ただ、どちらにしてもその期待にリアナが応えることはないだろう。

 この国にはアルディスがいないのだから。


「心配しなくてもジルト将軍の件は兄貴の方から止めてもらっている。将軍も嬢ちゃんの意志を無視して話を無理やり進めるような人じゃないから安心してくれ」


 そう口にしたニコルは「あー、そうそう」と付け加える。


「将軍は大丈夫だが、他の貴族から無理難題を押しつけられそうになったら、断る為に俺やライの名前を出してもらって構わないからな」


「はぁ」


 ニコルは簡単にそう言うが、さすがに王弟おうてい殿下や王太子殿下を安易に盾として使うわけにもいかず、リアナは曖昧あいまいな返事をする。


「他にも希望や要望があるなら気軽に俺へ言ってくれよ。無制限というわけにはいかないけど、大抵のことには応えられるぞ。それだけの働きをしてくれているんだから、遠慮する必要はない」


「十分良くしてもらっていますよ。部屋だってこんなにすごいところを割り当ててもらっていますし」


 今やカルヴスでのリアナの待遇は控えめに言っても『賓客ひんきゃく』である。


 部屋は貴族令嬢にあてがわれるであろうもので、広さも調度品の質も今までのリアナでは想像もつかないものだった。

 食事も毎日宮廷料理人が腕によりをかけたものを提供され、頼んでもいないのに部屋着用のドレスまでもがクローゼットに並べられているような有様だ。


 援軍として派遣された軍士が受ける待遇とは到底思えない。

 この生活に慣れると自分がダメになってしまう。そんな恐ろしささえ抱いてしまうような待遇に不満があろうわけもなかった。


 いて言うなら社交の場へと引っ張り出されるのだけは避けたいが、同盟国からの申し出である以上、ウィステリア王国軍の一員であるリアナとしては無下にできないのが悩ましいところである。


「それはそうと、話があるんでしょ? どうせ君主国軍の動きに不審なところがあるって話だろうけど」


 会話の途切れた隙を埋めるようにロナが話題を切り替える。


「その辺はお見通しか」


 ロナの指摘を肯定するも同然にニコルも表情を改めた。


「昨日の夜様子を見に行ったら、ずいぶん人が減ってたからね」


「ああ、どうやらようやく撤退してくれるらしい。今回はわりと早く諦めてくれたようで助かるよ」


「撤退? そんな雰囲気じゃなかったけどなあ」


 ニコルの見解にロナは疑問を浮かべる。


「どういうことだ?」


「んー、多分あれは撤退って言うより転進って感じだよ。兵士たちの気も張りつめたままだったし」


「転進だって?」


 ロナの言葉にニコルが驚く。


「うん。矢束の補充とか気にしてたみたいだし」

「もしそれが本当ならどこへ……」


 ニコルは口元に手を添えて考え込みだした。


「君主国軍が敵対しているのも今となってはカルヴスとウィステリアくらいのもの。他の都市国家はすでに陥落しているし、他に敵対する勢力といえば…………そうか、神皇しんのう国か」


 それはつい最近リアナの耳にも入ってきた国の名前だった。


「神皇国って、アルバーンを追い返したっていう西の小国ですか?」


「そうだ。負けたのはアルバーンだが、大陸全土を支配下に置こうとするロブレス同盟にとっても無視できない存在だろう。アルバーンが君主国に援軍を求めたと考えれば今回の動きも説明できる。帝国軍の方にも動きがないか確認させる必要があるな」


「アルバーンに勝ったということは、神皇国はかなり強い軍をもっているということですよね。そんな国が今まで知られていなかったというのも不思議ですけど」


「それがよくわからないんだよなあ。どうも以前は『聖教国』と名乗っていた国が母体になるらしい。熱心な信者が多くて宗教的色合いが濃い国だったって話だが、軍事的に強かったなんて話は全くないんだ。不確定な情報によると支配者が代わって神皇国を名乗るようになったらしいから、そこから軍事面を強化し始めたのかもしれないな」


「王様が代わったんですか?」


「いや、もともと王はいただかず教会が政治を行っていた国らしいが……神皇ということは何者かがそれに取って代わったってことだろう。アルバーンとの戦いで先頭に立って軍を率いるやたら強い女将軍がいたという話だが、あるいはその人物が神皇なのか……」


 教会という言葉にリアナの表情がこわばる。


 ウィステリア王国内ではエルマーによって新しい女神の教えが広められている。

 それにより表向きは双子を忌諱きいすることが禁じられ、旧教会の影響力は着実に弱くなっていた。

 もちろん長年にわたって染みついた人々の価値観はそう簡単に変わるものでもない。

 おそらくアルディスやリアナが望む世の中は、ウィステリア王国においても五十年、百年という年月の経過を必要とするだろう。


 ウィステリア王国ですらそうなのだ。ましてや新しい教えの存在すら伝わっていないであろう国において、双子の存在は相変わらず禁忌きんきである。


 教会が政治を行っていたという聖教国。

 そこで生まれた双子がどんな扱いを受けることになるのか、リアナは想像するだけでも身が震える思いだった。


「悪い。兄貴たちにすぐ相談しなきゃならんようだ。今日のところはこれで失礼するよ」


 内心青ざめるリアナを置いてニコルは挨拶も早々に部屋を出て行く。

 残されたリアナは心配そうに見つめるロナの視線にも気付かず、うつむいてその両拳を握りしめていた。


2025/01/21 ロナの一人称修正

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[一言] ついに女神を僭称するカスが動き出したか……
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