第33話
グラインダー討伐隊は草原を西に向かって進むと、目撃情報の多い地域を中心に分隊単位で分かれて捜索を開始した。
「こんなんで大丈夫なのかねえ?」
頭上に広がる青空を仰ぎながら、テッドが言う。
『白夜の明星』の一行は、割り当てられた捜索地域をのんびりと歩きながらグラインダーの影を探していた。
「あはは。だよねえ。まさかあれで魔物に挑もうとか……、笑っちゃうね」
笑いながらノーリスが同意する。
ノーリスだけでなく、アルディスも同じ気持ちであった。
草原の絶望を冠するディスペアなど、比べものにならないほどの力を持つグラインダー。
その圧倒的な力に対して、領主が用意した戦力は四百人強。決して少なくはない数だ。
が、魔物相手――特に空を飛ぶ魔物に対して雑兵をいくら集めたところで、ほとんど意味はない。
「魔術師はいねえわ、兵士は実戦経験もない若造が大半だわ、指揮官にもまともに戦えそうなのはいねえわで、あれで魔物討伐なんぞ悪い冗談だぜ」
指折り数えて肩をすくめるテッドにオルフェリアが同意する。
「ほんと、魔物の強さを甘く見過ぎね」
戦いにおいて数は力だ。それはたとえ魔物相手でも変わりない。
たとえひとりひとりが小さなかすり傷しか与えられなくても、人数が増えればそれだけ与える傷の数も増えるだろう。
だが数が有効に働くのは、あくまでも一定以上の力量を持った人間が集まればの話である。
かすり傷すら与えられない人間がどれだけ増えたところで、相手に与えるダメージはゼロのままだ。
むしろ味方の動きを阻害するという意味ではデメリットにしかならない。
魔物相手に魔術師を同行させていないなど傭兵からすれば愚の骨頂だし、アルディスの見たところ実戦経験のない新兵が多すぎる。
あんな陣容で魔物と戦おうなどと、ただ犠牲者の数を増やすだけのことだ。
「数で質を補うつもりなら、せめて今の倍は必要だろう? 兵士の質を見る限り、三分隊くらいで一度に掛かって、半分犠牲が出るのに目をつぶれば足止めくらい出来るだろうけどよ」
テッドはそう言うが、アルディスの考えは少々異なる。
アルディスが指揮官なら兵士に槍など持たせない。大盾と弓を持った兵士半々で編成し、少なくとも五十人もしくは小隊単位で行動させるだろう。
どうせ兵士たちでは魔物に傷をつけることなど出来ないのだ。ならば最初から防御と牽制に専念させ、グラインダー発見後は他の隊が応援に到着するまで退きながら戦って犠牲を減らす方が良い。
魔物の相手は手慣れている傭兵に任せれば良いのだ。慣れない戦いで兵士を消耗させる必要などないだろう。
実際、アルディスが見た兵士たちの力量では、グラインダーどころかディスペア相手でも太刀打ちできそうになかった。
「でも領軍の皆さん勝つ気でいるみたいだよ。傭兵の力なんて借りなくて十分とか言ってる小隊長もいたしね」
「訓練のしすぎで頭ボケてんじゃねえのか? あんなんじゃあ獣王相手でも全滅しちまうよ!」
他人事のような口調で話すノーリスに、テッドが乱暴に言う。
「ま、そもそも獣王が減ったからこんな事になってるんだけどね」
あっけらかんとした表情でノーリスが笑った。
「はいはい。文句言いたいのはわかるけど、一応依頼として請け負ってるんだからね。きちんと割り当てられた役割は果たしましょう」
「分かってるって、オルフェリア。仕事は仕事だ」
口ではどうこう言っても、受けた以上はしっかり仕事をこなさなければならない。
テッドが先頭に立ち、アルディスたちは空中を警戒しながら草原を進んでいった。
ディスペアや獣王の数が減ったと言っても、草原に危険が全く無くなったわけではない。
ディスペアたち以外にも『グリーンナイフ』や『コヨーテ』、『グラスウルフ』といった肉食獣は跋扈しているのだ。
「そっち行ったぞ、アルディス!」
テッドの警告が飛ぶ。
アルディスたちは今、遭遇した『コヨーテ』の群れ相手に戦っていた。
コヨーテはイヌ科の小型肉食獣である。獣王に比べればやや格下の獣だが、その牙は鋭く、群れをなすという点で獣王とはまた違った危険性を有している。
アルディスは宙に浮かせたままのショートソードを、向かってくるコヨーテの一体に差し向け、飛びかかってくる前に首を刈り取る。
背後には二体のコヨーテが回り込んで来ていた。しかしアルディスが振り向いて構えるまでもなく、コヨーテたちの前にネーレが立ちふさがった。
ネーレが腕を振り払うと、空中に生み出された氷の針がコヨーテたちの眉間に吸い込まれていく。
ドサリと音を立てて崩れ落ちるコヨーテたち。
襲いかかって来た八体のコヨーテは、形勢不利を悟って撤退する暇も無くアルディスたちに刈り取られた。
「へえ、さすがアルディスが太鼓判を押すだけある。良い動きするじゃねえか」
「この程度、児戯に等しき事よ」
ネーレはそっけない口調でテッドへ答える。
「えっ、ちょ、ちょっとあなた! 今さっき詠唱してなかったわよね!? どういうこと!? もしかしてあなたもアルディスみたいに無詠唱で魔法使えるの!?」
「詠唱? なんぞそれは?」
「はあっ!?」
オルフェリアとネーレが互いに疑問符をぶつけ合っている。
オルフェリアにしてみれば、アルディス同様に詠唱をすっ飛ばして魔法を使っていることに驚きを隠せないのだろうし、ネーレにしてみれば、それに疑問を持たれること自体が理解できない様子だ。
互いに常識の根底部分が食い違っているのだから仕方がない。
頭を抱えはじめたオルフェリアをよそに、テッドが機嫌良さげに言う。
「今回だけの臨時メンバーってのも、もったいねえくらいだな。どうだ? アルディスと一緒にうちのパーティへ入ってみねえか?」
「我は主に従うのみ。我が主がお主らと行動を共にするならば、我も共に行こう」
「あはは。その主従設定って、本気――みたいだね。ごめんごめん」
からかうような口調のノーリスをネーレが睨みつけた。
出会って早々、「我が名はネーレ。我が主アルディスの従者だ」と突拍子もない自己紹介をした女は、ノーリスにしてもちょっかい出し辛い雰囲気を持っているらしい。
そんな風にして、ときおり襲いかかってくる獣を蹴散らしながら、アルディスたちはグラインダーの捜索を続ける。
「ホントにザコしかいねえな」
半日草原を歩き回って、出会うのはグリーンナイフやコヨーテ、グラスウルフばかり。
ディスペアはもとより獣王すらその姿を見せていない。
アルディスとネーレの狩りがいかに異常なものだったか、この状況からもうかがえるだろう。
「ねえテッド、そろそろお昼にしない?」
「ん? ああ、もうそんな時間か」
今のところグラインダーは姿を見せていない。
他の傭兵や領軍が遭遇している可能性もあるが、少なくともアルディスたちのところへはなんの連絡も来ていなかった。
連絡がない以上、まだ発見には至っていないという前提で捜索をすすめることになる。勝手に持ち場を離れるわけにはいかないのだ。
そういう意味でも、今回の討伐はいろいろと問題がある。
もしかしたらこの瞬間にもどこかの分隊がグラインダーと交戦している可能性はあるが、それを知らないアルディスたちは援護に向かうことも出来ないのだ。
一応発見した場合は狼煙で合図を送る手はずだが、実際に戦闘状態へ突入した際、そんな悠長なことをしている暇は無いだろう。
一般兵士しかいない分隊など、あっという間に全滅する可能性すらある。
もちろん、だからといってアルディスたちにあれこれ意見を言う権限はない。
彼らに出来るのは、粛々と与えられた役割を果たすことだけだ。
「じゃあ、あの木陰で休憩するか」
テッドが近場の木を指差す。
草原とはいえ、ところどころ木が生えている場所もある。
街道沿いの木陰は天然の休憩所となり、狩りをする傭兵や旅をする行商人たちにとって貴重な安らぎのスペースだ。
「ねえ、アルディス。悪いけど水出してもらえないかな? 水筒が空になっちゃったんだ」
「ならば我が」
アルディスが答えるよりも早く、ネーレが白魚のような手から水を生み出す。
「むむむ……」
その様子を食い入るようにオルフェリアが見つめていた。
彼女にしてみれば、アルディスに続いて無詠唱で魔法を使う人間がもうひとり現れたのだ。内心穏やかではいられないだろう。
「ほら、オルフェリアも。とっととメシ食っちまえよ」
常識を根底から覆された魔術師の苦悩など、剣士のテッドに分かるはずもない。
ひとり眉を寄せて頭を抱えるオルフェリアの横で、テッドとノーリスはのんきにローストした肉を挟んだパンにかぶりつく。
「我が主、食事が温まったぞ」
「いや、だからな。俺は俺で勝手に食うから、わざわざ温めなくても良いって言ってるだろ?」
「野外とはいえ、主に冷めた物を提供しては従者の恥だからな。黙って受け取り食すのが主としての器という物ではないか?」
「誰も頼んでないってのに……」
休憩の間中、ネーレは甲斐甲斐しくアルディスの世話をする。
頭上に魔法で覆いを作り木もれ日をさえぎり、アルディスの手が空くと温めたパンを手渡し、合間合間に冷やした水を差し出す。
その様子は正しく主人に奉仕する従者そのものだった。
パンを片手に端から見ていたテッドが誰ともなくつぶやく。
「まあ、確かにやってることは従者に見えなくはないがよ……」
「でも、あんなぶっきらぼうな口調の従者って見たことないけどね、僕」
ノーリスは冷たいパンを水で流し込み、「あれ? おいしいなあ、この水」と水筒をのぞき込んだ。
奉仕されている立場のアルディスとしては文句を言うのも気が引けるが、どうせならその労力を他のことに向けてもらいたいと思ってしまう。
逆に言えばそれだけ余裕があるという事であろう。
実際のところ、グラインダーと遭遇さえしなければ、この捜索行はアルディスたちにとってピクニックと大して変わりがない。
やがて食事を終え、「食後の一眠り」と横になろうとするアルディスだったが、それを許そうとしないテッドたちにせき立てられ、グラインダーの捜索を再開する。
とはいっても、やることは午前中と何ら変わりない。
ときおり遭遇するコヨーテやグリーンナイフをあしらいつつ、淡々と草原を歩いて行った。
やがてアルディスたちの行く手に街道が見えはじめる。
「このまま街道まで行ったら、そこから街道沿いに少し南へ進んで、今度は東向きに戻るのよね?」
「うん、そのまま東へ進んで指揮官のいる本隊と合流すれば、今日の捜索は終了だよ」
オルフェリアにノーリスが答える。
「ずいぶん街道に人がいるな」
折り返し地点の街道へ近づくにつれ、思ったより人の影が多いことにアルディスは気が付いた。
「ここのところグラインダーの噂が広まってたからね。様子見で街に留まっていた行商人やら隊商やらが一斉に動き出したんじゃない? 今なら草原中に領軍の兵士が散らばってるし、野盗や山賊も動きにくいだろうからね」
地図をのぞき込みながらノーリスが言う横で、『白夜の明星』のメンバーがリラックスした表情で言葉を交わす。
「やれやれ、ようやく半分か。大した儲けにゃならねえが、たまにはこういうのんびりした仕事も良いじゃねえか」
「そうよね。天気も良くて気持ちいいし、何より気が楽だわ」
その点はアルディスも同感だ。だが彼の場合は、不必要に領軍と関わり合いたくないという事情がある。
「俺としちゃあ、さっさとグラインダーに出てきて欲しいもんだがな。そりゃ一日くらいならこういうのも良いが、何日もこれで拘束されるのは正直ごめんだぞ。あと眠い」
「眠いのはいつものことでしょ」
オルフェリアがあきれて言う。
「まあまあ、そう言うなよアルディス。ほら、見てみろや。温かい日差し、気持ちの良い風、面倒なディスペアや獣王は出てこねえ、青々と広がる空には流れる雲、その大空を飛んでいく鳥の影――――あん?」
アルディスの肩に腕を回し、とくとくと語っていたテッドの眉間にシワがよる。
視線の先には、天高く悠々と滑空する一羽の鳥らしき影があった。
「『キラーバード』……じゃねえな」
「『監視者』でもなさそうだな」
目を細めるふたりの後ろから、ネーレが冷静に指摘する。
「あれがグラインダーではないのか?」
2016/12/19 誤字修正 ディスピア → ディスペア
※感想欄での誤字指摘ありがとうございます。
2017/01/04 誤字修正 ディスペアたち意外にも → ディスペアたち以外にも
2019/07/30 誤字修正 別れて → 分かれて
※誤字報告ありがとうございます。