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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十一章 新勢力の台頭
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第358話

 城の広大な敷地のはずれにある訓練場の一角。そこでは戦いに備えて今日も多くの軍士たちが訓練に励んでいた。


 だが今日はいつもと少しだけ状況が違う。

 当たり前の日常風景をき乱すように、華やかさを隠しきれない一行がその場に姿を現したからだ。


 先頭に立つのは騎士服に身を包み、凛とした雰囲気をまとった女性。

 軍士たちの主君であるその顔を知らぬものはこの場にいない。


「おい、あれ」


「女王陛下……?」


 突然訓練場へ姿を現した女王に、それまで訓練用の剣を打ち合わせていた軍士たちが申し合わせたわけでもなく手を止める。


「皆さん、訓練中にお邪魔しますね。少し身体を動かしたいので、隅の方をお借りします」


 ミネルヴァがたおやかに周囲へ声をかけると、すぐさま訓練場の一角が空けられる。

 空いたスペースの中央にミネルヴァとそれに対峙する形でアルディスが進み出た。


「国を統べる女王が剣を振り回すというのは風聞が悪いんじゃないのか?」


 本人が妙に乗り気――というよりたっての希望と表現した方が正しいだろうか。

 話の流れでいつの間にかミネルヴァと手合わせするはめになったアルディスが遠慮がちに訊ねた。


「今さらです。『剣術狂いの令嬢』が『剣術狂いの女王』に変わったところで大した違いはありませんよ」


「いや、それは――」


 結構な問題だろう、というアルディスの言葉をミネルヴァが遮って続ける。


「師匠にご指導いただくのも久しぶりですね。まずは今の力量を見ていただけるとありがたいです。将軍、木剣を」


 差し出された木剣を受け取るついでに、ミネルヴァはムーアに耳打ちをする。

 頷いたムーアがアルディスの方にニヤリとした笑みを一瞬向けてきた。


「何を企んでいるのやら。まあ……気分転換くらいにはなるか」


 もはやこうなると軍士たちも訓練どころではないだろう。

 自分たちの君主、それも年若い女王が剣を振るうところが見られるのだ。


 しかも相手はウィステリア王国軍に知らぬ者がいない有名人のアルディス。

 野次馬根性がなくとも訓練の手を止めて見入ってしまうのは当然であった。


 ムーアを除き、その場で最も上位の軍士である大隊長のひとりが差配を買って出る。


「それでは陛下、アルディス殿もよろしいですな? ……始め!」


 合図と共にまず飛び出したのはミネルヴァだった。


「はあっ!」


 最短で距離を縮めて挨拶代わりの一撃をアルディスに放つ。

 その鋭い踏み込みと振るわれた木剣の速さに周囲の兵たちから歓声があがる。


 アルディスの方も小手先の技は使わず、その攻撃を真正面から木剣で受け止める。


「真面目なことだ」


 一撃を受け止めただけで、ミネルヴァが日々の鍛錬を怠っていないことがアルディスにはわかった。

 弟子の生真面目さに心配すると同時に、嬉しさで笑みがこぼれる。


 三合ほどミネルヴァの攻撃を受け止めたアルディスは初めて反撃を繰り出す。


 ミネルヴァの実力をうかがうような一撃は、上手く勢いをそらされた。

 さらに二の太刀、三の太刀と攻撃を繰り出すごとに鋭さを増していくアルディスの攻撃を、ミネルヴァは難なくさばいていった。

 以前であればその処理に手間取っていただろうミネルヴァの成長を見せつけられ、アルディスは柄にもなく心を弾ませた。


(鍛錬を欠かしていなかったというのは嘘じゃなさそうだ)


 心の中でそうぶつやき、アルディスはミネルヴァの評価を改める。


「いい剣筋になってきたな」


 その力量は貴族の嗜みや遊びで身につけた、という程度ではない。

 実戦経験の不足はあるだろうが、剣技だけならばおそらく並の傭兵をも上回っているだろうとアルディスは判断した。


「評価をいただくのはまだ早いですよ。――将軍!」


 しかしミネルヴァはその評価で満足するつもりはなさそうだった。

 三歩ほど距離をとると突然ムーアに向けて声を張り上げる。


「どうぞ、陛下!」


 ミネルヴァの声に応じてムーアが木剣を一本放り投げてきた。

 本来なら放物線を描いて地面に落ちるはずの木剣が、ミネルヴァの目の前で宙に浮きその動きを止める。


 アルディスは何もしていない。


「まさか……」


 まぎれもなくそれはアルディスの得意とする飛剣術――剣魔術だった。

 そしてこの場にロナが居ない以上、アルディスが操っているのでなければその術者はミネルヴァ以外に他ならないだろう。


「あれって剣魔術だよな?」


「まさか陛下が操ってるのか?」


 宙に浮いた剣、そしてその切っ先がアルディスに向いていることから、周りを囲む軍士たちの中にも状況を理解する者が出始める。


 アルディスとミネルヴァの目が合う。

 それを合図にミネルヴァの飛剣は大きく迂回してアルディスの横から襲いかかる。

 同時にミネルヴァが正面から手に持った木剣で攻撃を繰り出してきた。


「いつの間に……!」


 弟子の成長を喜びながらも意表を突かれたアルディスは、それでもすぐさま気を取り直し、向かってくるミネルヴァへと逆に距離を詰める。

 ミネルヴァに向けて一撃を加え、その体勢を崩すと一歩下がり、迂回してきた彼女の飛剣が繰り出す攻撃をかわす。

 その間に体勢を整えたミネルヴァが突きを繰り出してくると同時に、逃げ場を塞ぐように飛剣が背後へと回った。


(動きは拙いが)


 木剣を左手に持ち替えると半身になって突きをかわし、アルディスは空いた右手でミネルヴァの利き腕を取る。

 そうして彼女の剣を封じ、自由なままの左手で後方から襲いかかる飛剣を迎え撃った。


 アルディスが左手で木剣を振るい、ミネルヴァの飛剣を弾き飛ばす。


「そこまで!」


 勝負ありとみたのだろう。大隊長が立ち会いの終了を告げると、ミネルヴァの身体から緊張が抜けた。

 同時に見事な立ち会いをその目にした軍士たちから歓声が上がる。


「ふぅ……、やはり師匠はお強いですね」


 アルディスがつかんでいた手を離すと、ミネルヴァは大きく息をついて額に浮かんだ汗をそでで拭う。


「まさか剣魔術を自力で身につけるとは思わなかった」


「驚きましたか? でしたら頑張った甲斐がありました」


 嬉しそうに笑うミネルヴァの表情に思わずアルディスの方も頬が緩む。


 下地はあった。

 以前からおぼろげながら魔力を見分けられるようになっていたミネルヴァである。

 いまだに魔力を判別できないキリルよりはよほど魔術の習得に近付いていたはずだ。


 とはいえ魔法という固定観念に束縛されたこの世界の人間にとって、魔術を繰り出すということは決して簡単なことではなかっただろう。

 あるいはロナあたりが手ほどきをしたのかもしれないが、それでもミネルヴァの努力あってのものである。


「ここで披露せずに奥の手として隠しておいた方が良かったんじゃないのか?」


 その努力を費やした成果であればこそ、易々と公に知らしめるのはもったいないのではないかとアルディスは考えるのだが、どうやらミネルヴァとしては別の考えを持っているようだった。


「侮られすぎるのもどうかと思いまして。こうして実力を見せておけば、あまりに程度の低い刺客が頻繁にやって来ることもなくなるでしょう? それに……」


「それに?」


 問い返したアルディスの耳にミネルヴァは口を近づけると、内緒話をするいたずらっ子のようにささやいた。


「実はもう一本同時に操れます。それは奥の手として隠しておくつもりですが」


 それを聞いてアルディスはなるほど、と納得する。

 どうやらミネルヴァは単なる強さだけではなく、したたかさをも身につけつつあるようだった。


 それを聞いて感心すると共に、アルディスはミネルヴァの言葉に聞き捨てならない表現が含まれていることに気付く。


「そんなに刺客が多いのか?」


「数だけなら。大半は玄人くろうとと思えないほどの者ですが、その度にロナが眠りを妨げられるらしくて……。刺客がやって来るのは仕方ありませんが、面倒なので送り手の方で最初からふるいにかけてもらえないかと」


 そうすれば少なくとも襲撃の回数は減るじゃないですか、とミネルヴァは涼しい顔で言い放った。


「ちなみにどのくらいの頻度で刺客が送り込まれてくるんだ?」


「ロナの話では多いときで一晩に三回、少なければ二日に一回程度だと」


「ロナのやつ……」


 アルディスの眉間にシワが生じる。


 そんなに刺客が頻繁にやって来るなど、ロナからは聞いていない。

 ロナはきっと「ボクが対処するからいいや」くらいに思っているのだろう。


 だがいつまでもロナをミネルヴァのそばに置き続けるわけにもいかないのだ。

 ミネルヴァの護衛についてはムーアと協議して整えている最中だが、どうやらそれを急ぐ必要があると考え直すアルディスだった。





 その後、ロナがカルヴスに向けて出発するまでの間に、アルディスはミネルヴァへ刺客を送り込んできた闇稼業の者たちや裏ギルドを徹底的に潰して回ることとなる。

 同時期にエルメニア帝国やアルバーン王国の暗部の活動がしばらくなりをひそめることになるが、それについて話を振られたアルディスは多くを語らずただ「自業自得だ」と切って捨てるだけであった。


2025/01/21 ロナの一人称修正

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