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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十一章 新勢力の台頭
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第357話

 アルディス率いる近衛傭兵隊は敵本隊の背後へと回り込むことに成功する。


 自軍の別働隊がウィステリア王国軍の横腹を突くことで戦いを優勢に運ぶつもりだったエルメニア帝国軍は、逆に突然背後へ現れた敵兵の存在に浮き足立ち統制を乱す。

 数にすればさほど多くないとはいえ、五人もの魔術師を抱える部隊が最大火力を注げばその戦力は恐るべきものとなる。

 警戒をおろそかにしていた帝国軍はその報いを受けることとなった。


 ムーア率いる王国軍本隊が機を見て攻勢に出たこともあり、勝敗はあっという間に決した。

 終わってみればウィステリア王国軍の完勝である。


 もちろん戦いである以上は犠牲者が皆無というわけにはいかないし、負傷者も多く出ている。

 対してエルメニア帝国はその何倍もの被害を受けて撤退していった。


「それでは、当面攻勢はないと見て良いでしょうか?」


 王城の執務室で戦いの報告を受けたミネルヴァ女王が戦いの指揮をったふたりへそう問いかける。


「どうだろう……。帝国にとっても今回の損害は大きいだろうが、うちとは土台の国力が違うからな」


「とはいえその国力とて限界はありますよね? 兵士にしても軍需物資にしても無限に湧き出てくるものではないでしょうし」


「俺が心配してるのは旧ナグラス王国領なんだよなあ」


「旧ナグラス王国?」


 ミネルヴァと意見を交わしていたムーアの口から出てきたのは、彼女の予想していなかった祖国の名だ。


「これまで攻めてきた連中はどれもエルメニア帝国の旧領を地盤とする貴族の軍だった。去年まで敵対国家だったナグラス王国の領地は当然ながら不安定で、そこから兵を集めるなんてことは難しかっただろう。だが併合からもう一年が経つ。帝国に対する不満や抵抗もそろそろ下火になっているだろうし、その支配が受け入れられるようになれば――」


「かつて守るべき対象であったナグラス王国の民が、ウィステリア王国の敵に変わる、ということですか……」


 ムーアの説明にその意を察したミネルヴァが声のトーンを落とす。


「師匠はどう思われますか?」


「遅かれ早かれいずれはそうなるだろうな。すでに旧ナグラス王国の地はその大半がエルメニア帝国の貴族によって治められている。治安が落ち着けば帝国の領民兵として駆り出されるのは当然だ」


 アルディスの答えはムーアの考えを肯定するものである。


「まあ、今すぐにということもないだろう。アルバーンや君主国が西進しているうちは帝国にも時間的な余裕がある。帝国への警戒はもちろん必要だが、それと同時にあの二国の動きも注視しておくべきだろうな」


 そんなアルディスの考えを受けて、ミネルヴァは別の切り口からムーアに問いを投げかける。


「今、戦線はどのあたりなんでしょうか?」


「直近の情報だと、アルバーン王国は相当な速度で進軍しているらしいな。西方にはその勢いに対抗できるほどの大きな国はないから、進軍を止めるのは厳しいだろう。つってもアルバーンはアルバーンであれだけ補給線が伸びたんじゃあ、そろそろ限界が近いとは思うが……。サンロジェル君主国とカルヴス王国の方は戦線も膠着状態らしい。これはカルヴスが健闘しているというよりも、君主国側の手が足りなくて侵攻が滞っているといった方が正しいだろうな」


「南の大陸から援軍がやって来ているという話ですが」


「ああ、だから近々君主国も動き出すだろうな。ってことでアルディス、例の件、考えてくれたか?」


 ミネルヴァの求めに応じて状況を説明していたムーアが、アルディスへ顔を向けて訊ねた。


「魔術師を援軍として送る話か」


「さすがに兵をいて送るほどの余裕はないからな」


 エルメニア帝国の侵攻を警戒しなければならない以上、ウィステリアから遠く離れているカルヴスへまとまった数の援軍を送るのは難しい。

 以前、交渉目的で赴いたときのように少数の精鋭を送るのが精一杯だろう。

 それも帝国や君主国に悟られないよう極秘裏に送り込む必要があった。


 能力的にはアルディスが適任だろう。しかしアルディスが長期間にわたって本国を離れるのも問題がある。

 つい先日痛い目を見たとはいえ帝国にはまだ余力があり、いつまた攻勢があるか分からないのだから。


 アルディスの代理として派遣するとなれば必然的に候補は限られた。

 劣勢を単騎で覆せるほどの実力を持つ魔術師はそう多くない。

 アルディス以外であれば、フィリアとリアナの双子、あとはロナとネーレくらいのものだろう。


 しかしさすがに見た目が獣のロナをウィステリアからの正式な援軍として送るわけにはいかないし、ネーレはネーレで遠慮がないあの物言いは国家間の折衝において問題となりかねない。

 キリルを補佐につければとアルディスは考えるが、ロナとネーレをキリルが御せるとは到底思えなかった。


「リアナが……『私が行く』と言い出してな。『前回も同行していて顔見せも済んでいるからちょうど良い』と。だが――」


 双子の保護者を自認するアルディスとしては表情が曇るのも致し方ない話である。


「リアナひとりで行かせるのは危険すぎる」


 その危険は戦場という意味でも、それ以外の意味でもだった。


 人間的に大きく成長したとはいえ、アルディスから見ればリアナもまだまだ世の中を知らない子供である。

 ニコルが睨みをきかせている以上、そうそう変な策謀に巻き込まれることはないだろうが、それも絶対ではない。


「だったらロナとネーレをつければどうだ? 戦力的にも申し分なくなるし、あいつらならリアナをそれとなくフォローしてくれるだろう」


「ネーレはともかくロナをミネルヴァのそばから離すのはまずくないか?」


 今現在ロナはミネルヴァのそばについて護衛をしている。

 当のロナはのんびりゴロゴロとしながらおいしいお菓子や干し果実にありつけるので、半分休暇気分で任務をこなしている様子だ。


 だがその実力はアルディスに匹敵するものがあり、そのへんの騎士もどきを十人張り付けて置くよりもよほど心強い護衛となる。

 ロナを護衛から外すとなれば、ミネルヴァの身辺にどうしても不安が生じてしまうだろう。


「その間はお前が護衛を代わればいいじゃないか」


「ロナと違って寝室にまで入り込むわけにはいかんだろうが」


 そんなことかと言わんばかりのムーアにアルディスが懸念けねんの一端を口にする。


「そこまで気を使っていただかなくても構いませんよ、師匠。私だって政務のかたわら鍛錬は欠かしていません。短時間なら自分の身くらい守れます」


 自信ありげにミネルヴァがそう主張するが、アルディスとしてはハイそうですかと簡単には受け入れられない。

 今の彼女はまがりなりにも一国の主。万が一と言うことがあってはならないのだ。


 納得しがたい顔のアルディスにミネルヴァが頬をふくらませて、十代の少女らしい顔をのぞかせる。


「あ、その顔。信じていませんね? ……でしたら久しぶりに稽古をつけていただいてもいいですか? 今の私がどの程度戦えるか、実際に確かめてみてください」


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